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交易都市アルカムの古物商【第1章完結】  作者: 山ノ上商会


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第41話 挨拶回り


一階で開店に向けた最後の準備をしていた司の耳に、入口の扉を叩く音が聞こえる。


「はーい」


ちょうど作業も区切りがいいところだったらしく、司はすぐに手を止めると返事をして扉を開ける。

そこに立っていたのは司の予想通り、クロエだった。


「おはようございます、ツカサさん!」


「…おお」


クロエのいつもの挨拶に対して、司はうまく返事ができなった。

返事をしようと思った時には、司の視線はクロエの服へ向いていた。

昨日、司がクロエに選ばせたタイダイ染めのワンピース。

淡い青と黄色で染められた生地には、二つの色が混ざり合うようなタイダイ染め特有の模様が広がっていた。

自分で選んだだけのことはあり、クロエの緑色の髪とよく合っている。


「似合ってるね」


「本当ですか!?」


「想像よりずっといい感じだよ」


「嬉しいです!」


クロエが嬉しそうに自分の服を見下ろす。

満足そうなその様子から随分と気に入っているらしいことは容易に想像できる。


「それじゃあ、さっそく行こうか」


「はい!」


二人はまず自由市へ向かった。

時刻は既に昼前。昨日までよりは遅い集合時間だった。

自由市に到着した頃には、もうほとんどの店が営業を始めていた。

地面に敷いた布の上へ商品を並べている者や簡単な台を組み立てて、その上に品物を並べている者。客を呼び込む大きな声もあちらこちらから聞こえてくる。

司には少し前までここにゴザを敷いて露店を出していたことに、懐かしさを覚えていた。


「わぁ……相変わらず凄いですね」


自由市に足を踏み入れたクロエが、楽しそうに辺りを見回す。


「クロエさん、来たことあるんだ?」


「何度かあります。でもかなり久しぶりです!」


アルカムの自由市には、トリーナの布市とはまた違った雰囲気がある。

布市には大きな屋根があり、その下に数多くの店が集まっていた。さながら東南アジアの市場のような印象を司は受けていた。

対して自由市には屋根がなく、空の下に様々な店が並び、大勢の人々が好きなように歩き回っている。高い建物が少ないこの世界では日本よりも空が広くなったようにさえ思える。こちらはアメリカのフリーマーケットに近いというのが司の感想だった。

一概にはどちらが良いとは言えないが、司は自由市の雰囲気を気に入っていた。


「ツカサさんも、ここでお店を出してたんですよね?」


「うん。ついこの前まではここに毎日のように店を出してたんだよ」


司にとっても、それほど昔の話ではない。

それでも、こうして改めて自由市を歩くと、懐かしいと思えた。

二人で自由市を歩いていると、見覚えのある店が見えてきた。


「ツカサじゃない。最近見ないと思ってたけど。あら、何、デート?」


店先にいた女性が司に気付き、声を掛けてくる。


「お久しぶりです。デートじゃないですよ」


「もう自由市には出ないの?」


「はい。実は店を借りることになって。明日から営業を始めるんです」


「へぇ! 自分の店を持つの!」


女性が驚いたように声を上げる。

司は簡単に店の場所を説明した後、隣にいるクロエへ目を向けた。


「それと、こちらが店で働いてもらうクロエさんです」


「初めまして、クロエです!」


「よろしくね」


女性がクロエへ笑いかける。

しかし、すぐにその視線がクロエの着ているワンピースへ向いた。


「……ところで、その服。随分変わった柄だけど」


「あ、これですか?」


クロエが嬉しそうに自分のワンピースを摘まむ。


「ツカサさんのお店で売る服なんです!」


「これを?」


「同じ染め方をした服ですね」


司が補足する。


「タイダイ染めっていう染め方で、染料を何色か使って模様を作るんです」


「へぇ……」


女性が興味深そうにワンピースを見る。


「じゃあ、同じ服もあるの?」


「似た色で作ることは出来ますけど、全く同じ柄にはならないですね。染めるたびに少しずつ変わるので」


「それは面白いわねぇ」


女性はもう一度クロエの服を眺める。


「明日って言ったよね? 時間があったら見に行ってみるわ」


「ありがとうございます」


それからも司は自由市を歩き、以前世話になった店主達へ見つける度

に挨拶をしていった。

その度に、かなりの確率でクロエの服について聞かれることになる。

特に女性からの反応がよかった。

もちろん、それがそのまま売上に繋がるとは限らない。

それでも、司が思っていた以上にタイダイ染めは人の目を引くらしく、同時に受けも悪くなさそうだ。


「この服、凄いですね」


自由市を出たところでクロエが自分のワンピースを見る。


「何人に聞かれたか、わかりません!」


「宣伝としてはかなり優秀だったね」


「この色を選んだ私を褒められているみたいで、嬉しいです」


「自分で染めたり、選んだりしたものがお客さんに選んでもらえれば、その時はもっと嬉しいさ」


二人で笑いながら、次の目的地へ向かうことにした。

ちょうど小腹の空き始めた昼時、向かったのは旅人の止まり木だった。


「いらっしゃいませー!」


扉を開けると、聞き慣れた声が響く。


「あっ、ツカサさん!」


司を見つけたミーナが笑顔を浮かべる。


「こんにちは、ミーナ」


「こんにちは! 今日は――」


そこでミーナの視線が司の隣へ動いた。


「こんにちは」


クロエが軽く頭を下げる。

ほんの一瞬だけ、ミーナの口の動きが止まるが、何事もなかったかのようにすぐに笑顔に戻る。


「……いらっしゃいませ!」


「ミーナ、この前話した従業員のクロエさん」


「初めまして。クロエです」


「初めまして! ミーナです!」


初対面の二人が挨拶を交わす。

そのまま司達はいつもの席へ向かった。


「ツカサさんは、いつもののでいいですか?」


「うん。それでお願い」


「クロエさんはどうします?」


「あ、じゃあ私は……」


クロエがメニューへ目を落とす。

その視界の端で、ほんの少しだけミーナを見る。

司がアルカムへ来てから長くこの宿に泊まっていたことはクロエも聞いていた。

それを考えれば、好みを覚えられていること自体は不思議ではないし、決まった席があったとしても違和感はない。

ただ、それにしても司へ向ける笑顔や声の調子が、自分に向けるものとは少し違うように思えた。

クロエは一度司を見る。

当の本人は何も気にした様子もなく、ミーナについでもらった水を飲んでいた。


「……なるほど」


「何か言った?」


「いえ、何も」


クロエは何事もなかったようにメニューへ視線を戻した。

注文を終えると、ミーナが仕事へ戻っていく。

しばらくして料理を運んできた時、今度はミーナがクロエの服に気付いた。


「そういえば、その服すごく綺麗ですね!」


「ありがとうございます!」


クロエが嬉しそうに答える。


「これ、ツカサさんのお店で売る服なんですよ」


「えっ! そうなんですか!?」


「同じ物ではないけどね。同じ染め方をした服を何着か用意してるよ」


司が説明すると、ミーナが改めてクロエのワンピースを見る。


「こんな柄、初めて見ました」


「明日から店を開けるから、よかったら遊びにおいでよ」


「明日ですか?!」


ミーナの顔が一気に明るくなる。


「行きます! 絶対行きます!」


「仕事はさぼらないでね?」


司がちらりと店の奥のカウンターを確認する。

ミーナの声に反応したのか、アルベルトがじっと司たちの方を見ていた。

ミーナもそんな父親の視線に気が付いたのか、少しだけ声のボリュームを抑えながら続けた。


「……昼の営業が終わってから行きます」


少し残念そうに言い直すミーナを見て、クロエが小さく笑った。

昼食を終えた二人は旅人の止まり木を後にした。

午後からは、本格的な挨拶回り。

店で使う備品を購入した雑貨屋。

ラックや棚を注文した工房。

他にも、店を開くまでに世話になった場所を順番に回っていく。

全てを回り終えた頃には、既に夕方前になっていた。


「これで終わりですか?」


西の馬車通りから戻ってきたクロエが司に尋ねる。

今までのルートからして、そろそろ終わりが近いと予想してのことだった。


「いや、あと一軒だけ、絶対に外せないところが残ってるんだよね」


「どこですか?」


「クロフォード家」


「……え?」


クロエが足を止める。


「クロフォード家って……あのクロフォード家ですか?」


「多分、そのクロフォード家」


「多分って……」


トリーナ出身のクロエにとって、その名前は当然よく知っている。

トリーナの町にも大きな影響力を持つ、アルカム近辺では知らぬ者はいない豪商。

その当主の家へ、司は今から挨拶に行くという。


「ツカサさん、クロフォード家ともお知り合いなんですか?」


「色々世話になってるんだよ」


「……ツカサさんって、何者なんですか?」


「なんで?」


本気で分かっていなさそうな司を見て、クロエはそれ以上何も言わなかった。

クロエからすると、自分でも見たことのない染めや古着の知識を持っていたり、アルカムでも有数の豪商と関りもあるようだ。だが、そうかと思えば常識的なことも知らなかったりする。極めつけはクロエの祖母の過去を見たあのスキル。

だけど、今はそのことについて触れるべきではないだろう、とクロエは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「それはそうと、クロフォード家まで行くなら、やっぱり馬車ですかね」


「そうだね」


クロフォード家の屋敷は町の北側にある高級住宅が立ち並ぶエリアの中でも奥に位置している。

そこまではさすがに歩いて行くには距離があるので、二人は近くの発着所から乗り合い馬車へ乗り、北に向かうことにした。

馬車道を進むにつれて、窓から見える景色が少しずつ変わっていく。

道幅は広いままだが、人の数と店が減っていく。

代わりに一軒一軒の建物が大きくなり、広い庭を持つ屋敷が目立つようになった。


「この辺り、来たことないです……」


クロエが窓の外を眺める。


「俺も何回かだけだよ」


「”何回か”は来たことがあるんですね……」


やがて馬車を降り、しばらく歩く。

司もクロフォード家に来る際は、毎回馬車で送迎してもらっていたので、正確な住所などは知らない。

しかし、大体の時間や、外の景色を頼りに歩いていたのだった。

そうしているうちに見覚えのある屋敷が見えてきた。


「ここだよ」


「……大きい」


「俺も初めて来たときにはびっくりしたよ」


クロエが思わず呟く。

司も初めて来た時には似たような感想を抱いた、と同調したが、実は少し強がっていた。

いまだ、ここに来るたびに毎回でかい家だなと思っている。

長い塀が終わりを迎える。

大きな馬車でも平気で通ることができる程の幅のある門は固く閉ざされている。

そしてその前には門番と思われる2人の騎士が両側を固めている。


「エドワードさんはいらっしゃいますか?」


「旦那様は現在外出しております」


「やっぱりそうですよね。急に来ちゃったんで」


元々、約束を取り付けていたわけではない。

大商会の代表ともなればかなり忙しいだろうと司は自身の無計画さを少し後悔した。

ただ、会えないなら、開店したことだけ伝えてもらってもいいだろう。

司がそう考えていると、門番が少し待つよう告げて屋敷の奥へ消えていった。

しばらくすると一人の侍女を連れて戻ってきた。

クロフォード家に仕えているカレンだった。


「ツカサ様、アンナお嬢様がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」


「ありがとうございます、カレンさん」


カレンに案内されるまま二人は門を通って、屋敷の中へ入る。

平然と廊下を歩く司。その後ろでクロエの歩き方が妙に固くなっていた。

通されたのは広い応接室。

大きなテーブルを挟むように、柔らかそうなソファが置かれている。

壁際には見ただけでも高そうな調度品がいくつも並んでいた。

クロエは長椅子へ座ってからも、落ち着かない様子で周囲を見ている。


「クロエさん、そんな緊張しなくても大丈夫だと思うよ」


「しますよ!」


クロエが小声で答える。


「クロフォード家ですよ!?」


「俺、前来た時普通にお茶飲んだけど」


「そういう問題じゃありません!」


これはしばらく緊張はほぐれないだろうなと司は苦笑しながら、出された紅茶へ手を伸ばす。

クロエはそんな司を信じられないものを見るような目で見ていた。

しばらくして、応接室の扉が開く。


「お待たせしました、ツカサさん」


入ってきたのはアンナだった。

ブロンドの髪を靡かせながら、一瞬だけ司の隣に座るクロエに目を向けるが、すぐに視線を司へと戻して歩き始める。


「ごめんね。急に来ちゃって」


「いいのよ。お父様は仕事で出ているから、私でよければだけどね」


そう言ってアンナが司達の向かいの席へ座る。

司はその姿を見ながら、ふと数日前に見た光景を思い出した。

母親の陰からイレーネを見上げていた、小さな女の子。あの時はまだアンナは二歳だった。

目の前のアンナにその頃の面影がそこまではっきりと残っているわけではない。

それでも、あの幼い少女が今目の前にいる女性なのだと思うと、不思議な気分だった。


「そちらの方は?」


「あ、紹介します。店で働いてもらうことになったクロエさんです」


「クロエです! よろしくお願いします!」


クロエが勢いよく頭を下げる。


「アンナ・クロフォードです。よろしくね」


アンナはそんなクロエに穏やかに微笑んだ。

簡単な挨拶を済ませたところで、司は今日訪れた理由を伝える。


「実は、明日から店を開けることにしたんだ。それで一応挨拶に来ておこうと思って」


「まあ。思ってたよりも早かったわね」


「うん。何とか商品も揃って、準備も終わったからね」


「さすが、と言っておくわ」


「はは、ありがとう」


軽く笑いながら司が頭を下げる。

その時、アンナの視線がクロエへ向いた。

正確には、その服へ。


「ところで……先程から気になっていたんだけど、その服は?」


「あ、これですか?」


クロエが待ってましたとばかりに笑顔になる。


「ツカサさんのお店で作った服なんです!」


「作った?」


アンナが興味を示す。


「正確には染めたんだけどね」


司はタイダイ染めについて簡単に説明した。

トリーナで仕入れた古着を何色かの染料を使って染め直したこと。

そして、染める度に模様が変わるため、全く同じ柄の物は二つと出来ないこと。

具体的な染め方については今回は言及しないようにした。


「同じ柄の物がない……」


アンナが興味深そうにクロエのワンピースを見る。


「面白いわね。それに、とても綺麗‥‥」


「ありがとうございます!」


今日一日、何度目になるか分からない言葉に、クロエは嬉しそうに答えた。

緊張も少しは取れているようだ。

その後も店について少し話をして、司達は席を立つ。


「お父様にも伝えておくわ。近いうちに一緒に店にも遊びに行かせてもらうから」


「ありがとう。でも、無理にスケジュールを調整したりはしないように伝えておいて」


「ふふっ。わかったわ。ちゃんと伝えておく」


アンナに見送られ、二人はクロフォード家の屋敷を後にする。

帰りはいつものように馬車通りまで、カレンが二人を馬車で送ることになった。

馬車が門を抜け、屋敷が少し遠くなったところでクロエが大きく息を吐いた。


「はぁぁぁぁ……」


「そんなに緊張してたの?」


「当たり前じゃないですか!」


そんなやり取りの途中にもクロエの先程まで伸びていた背筋が一気に緩む。


「でも、アンナもいい子だったでしょ?」


「それとこれとは別です!」


司もクロエの気持ちはわかる。

ただ司に関しては初めてアンナと出会ったのも自由市だったので、周りと雰囲気が違うとは思いつつ、ここまで特別な存在として見ることがなかった。

だからアンナと話すことに緊張することはなかった。

ようやく解放されたと言わんばかりに、リラックスした様子で窓の外を眺めていたクロエが、ふと何かを思い出したように表情を固めた。


「……ツカサさん」


「うん?」


「近いうちにクロフォード家の当主様が来るかもしれないんですよね?」


「そう言ってたね」


「……」


クロエが黙り込む。


「どうしたの?」


「急に開店が怖くなってきました……」


「大丈夫だって。普通に接客すれば」


「ツカサさんはもう少し緊張してください!」


馬車の中にクロエの声が響いた。


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