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第4話 ギルドカード


司が目を覚ました時、部屋はすっかり暗くなっていた。

時計もなく(スマホの充電は切れてはいなかったがそもそも時間は合っていない)、自分がどの程度寝ていたかは分からなかったが、曇りガラスの付いた窓から月明かりと共に表の通りを歩く人の声が僅かに聞こえる事から、幸いにも深夜ということは無さそうだ。

喉の乾きと空腹を覚えた司はベッドから起き上がると、疲れの抜けきれない体を動かし、部屋を出て1階の食堂に向かい始めた。


「おう、遅かったな。後少ししたら部屋まで声を掛けに行くところだったぞ。」


1階に降りると先程の男に声を掛けられる。

この宿、1階のエントランス以外の部分がレストランになっており、今は半分程の席が客で埋まっていた。


「もう今日のピークは過ぎたからな。好きな席に座って待ってろ。何か食べたいものはあるか?基本的に宿泊客には日替わりのセットを出すようにしているが。」


「それで大丈夫です。」


司はそう答えると、ぐるりと店内を見渡した。

窓際にカウンター席が1列、4人掛け程の大きさの丸テーブルが8つ並んでいる。

テーブルの方は先客で6つ埋まっていたがカウンター席の方は誰も座ってなかった。

一瞬迷う仕草を見せるが、すぐに窓際の方へ動き始め、奥から2つ目のカウンター席に腰を下ろした。

料理は5分程で運ばれてきた。


「お待たせしました!日替わりのグラスラビットのシチューになります!」


振り返るとエプロン姿の少女がお盆を持って立っていた。

肩口までの栗色の髪は毛先が少しだけ外へ跳ね、ぱっちりとした瞳は人懐っこく細められている。絶えず浮かぶ笑顔が、少女の快活な性格をそのまま物語っていた。

年頃はちょうど市場で出会ったアンナという少女と同じくらいと思われる。

そして司が一番視線を止めたのは少女の頭に乗った獣の耳だった。

司はありがとう、と言いながら少女の邪魔にならない程度に体をずらした。

少女が慣れた手付きで料理の皿を配膳していく。

あっという間にシチュー、パン、サラダ、そして水の入ったコップと最後にスプーンとフォークが司の前に並べられた。


「お代わりと水以外の飲み物は追加料金が掛かります!また何かあったら声を掛けて下さいね!」


そう言うと少女は別のテーブルへと向かっていった。

見送る司は少女の腰の下でフリフリと揺れる尻尾を無意識に目で追ってしまっていた。



「お口に合いました?」


司が料理を食べ終わったのを見計らって、再び少女が声を掛けにやってきた。


「凄く美味しかったよ。サラダも新鮮だったし、シチューも良く味が染みていた。」


司は思ったままの感想を述べた。

最初の一口こそ、恐る恐ると言った雰囲気でスプーンを口に運んだ司だったが、口に広がるシチューの濃厚な味わいを感じてからは次々に料理を平らげていった。

空腹だった事を抜きにしてもこの世界の料理のレベルは司が心配していたよりもずっと高水準だったようだ。

何より収穫だったのは視界に現れる文字がオンオフ可能だという事を発見したことだった。

食事の際ずっと視界にスプーンやフォークの情報がちらついて鬱陶しく感じた司が消えないかなと思った途端文字が消えたのだった。

いきなりの事に焦った司だったが出てくれと念じれば即座に文字が現れる事を確認して、普段は文字をオフにしておくことに決めた。


「それは良かったです!お母さんの料理はすっごく美味しくて!ここも宿屋より食堂の方が人気なんですよ?」


自慢げに胸を張る少女。

なるほどね、と呟く司はチラリと宿の方のカウンターからこちらを見つめる男の様子を確認した。


(姿は見えないが、料理を担当しているのは彼女の母親なのだろう。あそこにいるのが父親ってことか。)


「だけど部屋も綺麗だったし、宿も人気なんじゃないのか?」


「リピーターの方も多いんですけど、やっぱり安い所と比べると少し料金は高く設定してますし、短期滞在の商人の方や高ランクの冒険者の方が多いですね!」


その後の少女の説明によると、長期でこの町に滞在する人の多くは安宿に移るか、個人でアパートのような部屋を借りるか家を買う人がほとんどだと言う。

それでも1度この宿に泊まった人の多くが再びこの食堂を利用しに来てくれると言うのだから驚きだ。


「そういえば、お兄さんのお名前まだ聞いてませんでした!私はこの宿の娘兼ウェイトレスのミーナと言います!あそこで怖い顔してるのが父のアルベルト、ここにはいませんが母のエマと3人でここを切り盛りしてます!」


ペコリと頭を下げる少女。

頭に付いた耳がその動きに合わせてピクピクっと動いていた。


「俺は司。一応ここには2泊の予定だけど、多分1.2週間はお世話になると思う。」


「ツカサさん、ですね!宜しくお願いします!」


そう明るい声で返したミーナは、少し慌てた様子で司の前の空いた食器を片付け始めた。


「明日の朝食も期待してたくださいね!」


食器を全てお盆に乗せ終わったミーナはそう言うと小走りで店の奥へと引っ込んでいった。

腹も満たして満足した司は部屋に戻ろうと席を立ち歩き始める。

カウンターを通った際に店主の男アルベルトに体を拭くためのお湯と布を頼んだ。


湯の張った桶と布を受け取り、体を拭いた司は、寝巻きを持っていない事を思い出し、その日穿いていたデニムと下着代わりに着ていたタンクトップを再び身に付けて布団に入った。

起きてまだ2時間も経過していなかったが、目を閉じて少し経つと規則正しい寝息を立てて、司は眠りに落ちた。


こうして長かった1日が終わった。


ーーーーーー



翌朝、多くの人々が行き交う通りを1枚のメモを見ながら司は歩いていた。

宿を出て15分、通りの突き当たりに佇む周りより一際大きく背の高い建物の前で司の足は止まった。


「ここか。」


手に持つメモへ再び視線を向ける。

そこには手書きの地図が書いてあった。

宿から通りを真っ直ぐ進んだ先、突き当たりの場所に可愛らしい文字で(知らない文字だが何故か読める)大きく『商人ギルド』と書いてあった。

今朝朝食を食べていた際にミーナにギルドカードの事を聞いて、ここに来れば貰えるはずだと教えて貰っていた。

親切にもこの場所へのメモも貰ったが、ここまで一本道だったため、司も特に迷うこと無く目的地に辿り着いていた。


『交易都市アルカム商人ギルド』


デカデカと掲げられた看板の下の大きな扉を押して司は建物の中に入った。


(想像していたよりもずっと役所みたいな雰囲気だな。)


中の様子を見渡す司。

入り口を入ってすぐの左右には商談にでも使うのだろう、イスとテーブルのセットがいくつも置かれていた。

まだ早朝と言うこともあり人は数人といった具合だ。

奥には日本の区役所のようカウンターがずらりと並んでいた。


どこに行けばいいか分からないといった様子の司に、すぐに近くに控えていたギルドの制服と思われる白いシャツにネイビーのベストを着た20代頃の男性が声を掛けた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか。」


背筋を真っ直ぐ伸ばした立ち姿に柔らかな仕草、どこかの貴族と言われても信じてしまいそうな美しい佇まいに、少し気後れしながら司は答えた。


「ギルドカードの発行に来ました。」


「新規の発行でございますね?失礼ですが商いの経験は?」


「故郷で店をしていました。しかし、やはり一山当てたいと思ってこうして都会に出てきたクチで。」


「その際にギルドカードは発行されていなかったのですね?」


「はい、本当に田舎だったもので。」


「承知致しました。」


一通り問答を終えると、職員の男性は司を奥のカウンターの一番右の受付へと案内した。


「担当の物を呼んで参りますので少々お待ちください。」


そう言うと男はカウンターの端の入り口から中に入って更に奥の扉へと消えていった。

2分程待つと先程とは別の30代程の男性が司の前へと現れた。


「あんたが、新規登録希望の兄ちゃんだな。」


案内してくれた男性とは違い、やや荒っぽい口調だが、シャツとベストを大きく盛り上げる筋肉と歴戦の戦士を思わせる雰囲気には良く合っていた。


「カードの発行は簡単だ。この魔道具に触れてくれ。そうすると魔道具が自動的に過去の犯罪歴と個人の情報を読み取ってギルドカードが発行される。ギルドカードに記された職業が商売に向いたものだった場合はこのままここで本登録する。もし戦闘職だったりしたら冒険者ギルドで本登録してくれ。」


(…魔道具)


司はファンタジーっぽいなと感じながら、ここで変に質問するべきではないと考えて、言われた通りに箱型の魔道具に設けられた手形ほどの窪みに手を当てた。

すると窪みの中が僅かに発光する。

それはこちらの世界に来る前に、あのナイトマーケットで見付けた鏡の縁の部分が出していた光を連想させる光だった。


「よし、犯罪歴はないな。」


司からでは分からないが、どうやら問題なかったようだ。

少しして箱形の魔道具から1枚のプレートが排出された。


「それがお前のギルドカードだ。確認してくれ」


司は箱から半分出た状態のプレートを抜き取り内容を確認した。


【ツカサ・ヤマノウエ】所属 : 無し


種族 : 人族


職業 : ・古物商 ・来訪者


スキル : ・残響読取 ・言語理解


所持金 : 0ルピー


(一番上は名前、その下は種族か。職業の古物商は古着屋だからだろうが、その横の来訪者?っていうのはいったい…)


職業の『来訪者』と更にその下のスキルと書いてある欄に関しては全く理解できない。


「どうだ?他人からは名前と職業欄しか確認できない。スキルに関しては秘密にしている人間も多いからな。」


それを聞いて司はギルドカードを男の前に差し出した。


「えっと…一応こういう内容だったんですが。」


男は受け取ったギルドカードを覗くと、ほうっと感心した様な声を漏らした。


「古物商か。それにダブルジョブとは珍しいな。来訪者?聞かない職業だな。」


「ダブルジョブ?」


「職業欄に2種類の職が記されている者の事だ。まあ1000人に1人くらいはいるがな。」


「そうなんですね。」


「まあ古物商を持っているなら、ここでこのまま本登録出来る。本登録されるとこのカードにアルカムの名前が表記され準市民の扱いを受けることが出来る。」


「準市民ですか?」


「準市民になるとこの町の市民と同じ様に公共施設を利用できるようになる。ただ市民と違うのは毎年ギルドカードを更新して更新料を納める義務が発生する。納める額は最初の本登録の時に銀貨1枚。その後1年間毎に銀貨10枚。そして準市民のまま3回ギルドカードを更新すれば晴れて市民となりその後の更新は免除される。」


わかりました、と司は頷く。

発行は簡単だがそれを維持するのに少しハードルがある。

逆にその程度の金額も払えないようじゃどの道商人としてやっていくことは出来ないだろう。

そこまで考えて司はウエストポーチの中から銀貨を1枚取り出した。


「では、これで本登録をお願いします。」


「わかった。ついでに預けたい現金があったら預かるが?」


「ここは銀行も兼ねてるんですか?」


「まあ銀行と言えばそうなるか。うちが現金を預かればその金額がギルドカードに表示される。支払いの際はお互いのギルドカードを重ねて金額を念じれば取引が終わる。」


「なるほど、それは便利ですね。」


ポーカーフェイスを装う司だったが、まさか異世界にキャッシュレスが進んでいると思ってはおらず軽いカルチャーショックを受ける。


(異世界、侮り難し。)


司はウエストポーチから持っていた銀貨を全て取り出し男に差し出した。




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