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第3話 旅人の止まり木


「どうしたの?偽物なんかじゃないわよ?」


司は目の前に現れたゲームのウインドウの様な物を凝視しているだけなのだが、自分が渡した銀貨を疑われると感じた少女は銀貨が本物であると主張する。

その声でハッと少女の顔を見る司。


(これ見えてないのか?目の前にあるけど…)


疑問は消えないが、それでも目の前の少女の不興を買って取り引きが中止になるのは最悪のケースだ。


「いや、なんでも無いよ!20枚ぴったり!ありがとう!」


慌てて渡された硬貨の枚数を数え、間違いの無いことを確認した司はそれをそのまま腰に付けていたウエストポーチに入れた。

そして手にしていたスカーフ、それにビニール袋に戻しておいたシャツを慣れた手付きで畳み、少女へ手渡した。


「確かにシルクの肌触りね。こっちは柔らかいけど初めての感触だわ。」


満足そうに微笑む少女。


「いい買い物ができたわ。ありがとう。」


そう言うと司の持っているビニール袋に目を向けた。


「その中身は今日はもう売ってくれないのかしら?」


銀貨20枚と言う金額を使ってなお、少女の興味は尽きていないらしい。

そう聞かれて一瞬欲が出そうになった司だったが。


「今日は元々下見のつもりだったんだ。また明日以降にでも様子を見て販売するよ。」


(今の俺にとってはこの両手のビニール袋の中身と銀貨20枚が全財産だ。売るにしてもよく考えて売らないと。兎に角まだ情報が足りてない。)


「そう。そう言うとこならしたかないか。」


また来るわ、そう言い残して少女は去っていった。

周りの野次馬が再び少女を避けるように割れ、その姿を飲み込んだところで何事も無かったかのようにもとに戻った。


(にしても綺麗な子だったな…)


肩口まで流れる陽の光を溶かしたような淡い金髪、澄み渡る湖を思わせる青い瞳。

均等のとれたプロポーション。

流石に10代の女の子に対して一目惚れの様な感情を抱くことはないが、モデル顔負けの美貌を前にして言葉が詰まること無く出てきたのは幸いと言えた。


「まさかアンナ様がいるなんてね」


少女と司のやり取りを見ていたマルタがここでようやく口を開いた。


「アンナ様?」


「アンナ・クロフォード。有名な商会の令嬢だよ。」


「へ~。」


道理で。

あの年で銀貨20枚と言う大金をポンと払える訳だ。


(…銀貨か)


司の意識は再び先程まで浮かんでいた文字に向く。


(銀貨をウエストポーチに入れたら文字は消えた。浮かんでいた文字から察するに銀貨の情報って感じだったけど…)


あれはもしや鑑定と言うやつではないか?と司はアニメ等で得た知識から先程の不思議な現象に辺りを付けた。

一方、一連の騒動?に一段落付いたことを察した野次馬が散り散りになろうとしていた。


「所であんた、もうこの場所は貸さなくてもいいのかい?」


野次馬の動きを見てマルタがそろそろ自分の露店の片付けを始めようとしていた。


「そうでした。折角のご提案だったんですが予想以上の収穫が得られたのでこの後は宿でも取ってゆっくり休もうかと。」


「それがいいよ。この町にも着いたばかりだろうしね。何なら良い宿でも紹介してやろうか?」


「本当ですか?!」


正に渡りに船。有り難く提案に乗ることにした司はせめて何かの役に立とうとマルタの片付けを手伝うことにした。


ーーーーーー


「ほんと、ありがとね!手伝って貰っちゃって!これお礼のポピの実!そのまま食べれるから!」


片付けが終わると、ホイッとマルタが黄色の木の実の様な物を投げて渡してきた。

洋梨のような形で見た目だけなら南国にありそうな見た目のフルーツだ。


「ありがとうございます。マルタさん!」


片付けの際に後回しになっていた自己紹介は終えていた。

目の前の女性、マルタはこの町で八百屋をしている旦那を支える傍ら、週の何日かはこの自由市でも野菜や果物を販売しているらしい。

2m四方程の正方形のゴザに野菜を並べて販売するスタイルのようで、片付けと言っても売れ残った僅かな野菜を木箱に入れて、その木箱とゴザを後ろに置かれた彼女が持ってきていた台車に乗せれば終わり、と言う簡単なものだった。


「兄ちゃん、お疲れさん!これ飲みな!結局買いそびれちまっただろ?」


「え、いいんですか?ガルドさん、俺銀貨しか持っていないのでお釣りが大変だと思いますが…?」


ポピの実を片手に持つ司へ、ガルドは水の入った瓶を差し出す。

値段が銅貨1枚(1ルピー)のため、銀貨1枚(100ルピー)で支払うと手間を取らせることを察した司だったが、


「タダでいいよ。面白い商品も見せて貰ったしな!兄ちゃんみたいな奴に恩を売っとくのも悪くねぇ!」


ガハハと笑うガルド。それを見て高い買い物になったなと笑いながら司は瓶を受け取り、ゴクゴクと音を立てて一気に飲み干した。


「生き返りました。このお礼は必ず。」


瓶を受け取った時から視界の端に見えている文字を取りあえず無視して司はマルタと共に今日の宿を探すべく歩き出した。


ーーーー


「着いた、ここだよ。」


自由市から歩くこと10分程。

マルタが止まったのは小綺麗なレンガ造りの建物の前だった。3階建てで1階の窓の曇りガラス越しにぼんやりと人影を確認できた。

ここか、と司は持っていた台車の持ち手を地面に置いた。


「悪いね、台車まで運ばせちゃって。」


「いえいえ、そのくらいは当然ですよ。それの荷物まで乗せて貰っていますし。 」


司は台車に積んだ自分のビニール袋を一瞥すると建物のドアの上へ視線を移した。入り口のドアの上に看板が掛けられていた。


「【旅人の止まり木】?」


「私の友人夫婦が経営している宿屋でね。安宿よりは値は張るかもしれないけど、部屋にはちゃんと内鍵も付いてる。セキュリティは保証するよ!」

 


じゃあね、頑張りなよ。

そう言って台車を自らの手で引いて帰路へ着いたマルタの背を見送ってから、司は【旅人の止まり木】の扉を開けた。


「いらっしゃい。」


カランカランとドアに取り付けられた鈴が来訪者の訪れを告げる。

その音を聞くやドアの正面に構えられたカウンターに座った男性が入り口に向かって声を上げた。


「1人で宿泊なんですが部屋は空いていますか?」


ドアから真っ直ぐカウンターに進んだ司は店の男に話し掛ける。

カウンター越しに見える宿屋の店員とは思えない程引き締まった、鋼のような筋肉に少し萎縮しそうになった。


「宿泊だね。うちは一泊銅貨80枚。朝食は宿泊客はタダ。昼と晩の時間の飯は1食銅貨5枚。部屋の掃除は連泊の場合、必要な時に声を掛けてもらえれば昼間にやっておく。その間、鍵はこっちで預かるから貴重品はあまり残しておくなよ。」


予めマルタから料金等についての説明を聞いていた司は二つ返事で了承した。


「じゃあ取りあえず2泊。あ、今晩と明日の食事も込みでお願いします。」


「はいよ。170ルピーだ。」


「銀貨2枚からお願いします。」


「銅貨30枚のお返しだ。」


この世界で金額を表す際には基本的に2種類以上の硬貨を混ぜた表現は使われない。

このやり取りの場合、店側が銀貨1枚と銅貨70枚と表現することはない。

これは単に言葉の長さの問題であり生活の中でその方が便利だと根付いたのである。

お釣りの銅貨と一緒に木製のルームナンバーのキーホルダーが付いた鍵を受け取る。



「ここか。」


説明された2階の一番奥の部屋のドアの鍵を開け、中に入る。

綺麗に掃除された室内。

8畳程の部屋はダブルサイズ程のベッドが一つ、テーブルとイスが2脚、クローゼットが1つと言うシンプルな物だった。

ふうっと息を吐くと、司は手にしていた荷物をテーブルに置いて、そのままベッドにダイブした。

想像していたより柔らかい寝心地に、司はようやく張り詰めていた肩の力を抜いた。

気を抜けば今にも眠ってしまいそうな程の疲労に襲われるが、その前に現状を1度整理する必要を感じていた。


(取りあえず、所持金は1830ルピー。およそ18万円。持っているものは仕入れ用に買っていた服が20点程、アクセサリーは15点って所か。)


今すぐ飢えると言うことは無い所持金を得れたのは本当に運が良かったな、と司は振り返る。


(そしてやっぱり一番はこれだな)


ベッドに触っているせいで先程視界に現れた文字に意識を向ける。


【羊毛のマットレスのベッド】


製造年 : 精歴1098年

生産者 : アルベルト・ステッドマン

使用者 : 多数(最後の使用者 トーマス・オッドレイ)


(ベッドは見える。)


転移してから今に至るまで、物に触れると浮かんだり浮かばなかったりしている文字。


(これまでに文字が見えたのは…最初の銀貨、水の瓶、マルタの露店のゴザ、木箱とその蓋、台車、この宿の入り口とこの部屋のドア、鍵に銅貨、最後にベッド…

逆に見えなかったのは、マルタの所の野菜や果物か。)


うつ伏せだった体を回転させ天井を向きここ数時間の記憶を辿り丁寧に思い出していく。

視界の端と表現していたが具体的には文字は司の視界の約1/4を占めていたので、気付きそびれると言うことはほぼ皆無と言っていい。

記憶にあるのはそれで全部のはずだ、と天井を向いていた頭を横に転がした。

視線が移動した先にあったのは1人で使うにはやや大きめなサイズのテーブルと、その上に雑に置かれた2つのビニール袋だった。

そして少しだけ違和感を覚えた。


(そう言えば今着ている服やあの袋と服に触れた時も文字は出なかったな。)


そうでなければこの世界に現れてからすぐにこの文字に気が付いただろう。

食べ物が例外なのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

司は当てが外れたとばかりにため息を吐くと、ゆっくりと目を閉じる。

とうとう体が疲労に耐えられなくなったのだ。


(アニメでよくあるチートな鑑定スキルってやつなら話は早かったんだが…)


現実はそう甘くはないか。

そう心で思ったのも束の間、司の意識は眠りへと沈んでいった。






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