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第2話 交易都市アルカム


「どこだ、ここ」


まだ自身に起こったことを理解できていない司。

両手を確認する。

左手には大きなビニール袋に詰められた古着、右手には小振りな袋にぎっしりと入った様々なアクセサリーがしっかりとした重さを持って存在している。

着てた服はそのまま、買い付けの際いつも使っているウエストポーチも腰に巻かれたまま。

その中に入っている財布やスマホ、パスポート等も恐らくそのままのはずだ。


「持ち物はそのままか。いや、あの時に光った鏡。確か光った瞬間に思わず握った記憶が…」


そんなこと、考えてもしょうがないか。と司は正面を見る。

後ろは壁、左右には壁。

なら前に進むしかない。


司はゆっくりと足裏の感触を確かめるように歩き出した。

ゆっくりと言っても所詮は10メートルやそこらの短い距離。

20秒も掛からず路地から抜けた司の目に飛び込んできたのは、大勢の人々が行き交い、時に怒号にも似た声が響く商店街、いや店の奥にも更に別の店がある、まるで巨大な市場のような空間だった。


「市場…?なんでおれこんなところに…」


呆然と立ちすくむ司の体にドンっと衝撃が加えられた。


「いてっ!」


一瞬何が起きたか分からなかった司だが衝撃を受けた左足の方を見ると、小さな男の子が尻餅を付いたような体勢で転けている事に気が付いた。


「だ、大丈夫?」


しゃがみながら慌てて少年に声を掛ける。

しかしあまりに動揺していたせいか、思わず日本語で話し掛けてしまった事に今更ながら気が付いた。

ここはアメリカ、英語じゃないと通じないと思い直し再び声を掛けようとした時、少年の後ろから女性の声が聞こえた。


「ルカっ!」


「ママ!」


少年は尻餅をついたまま一瞬だけ司を見上げた。

透き通るような金色の瞳。

そして次の瞬間には立ち上がり、母親の元へ駆けて行く。


「もう!すぐ走るから人にぶつかるのよ!ちゃんとごめんなさいはした?」


「し、したもん!」


「ほんとかしら?」


そう言いながら母親が司を見てペコリと頭を下げた。

ルカと呼ばれた少年もそれに習って頭を下げた。

それを見た司は目の前で起きた事に、もっと言えば聞こえた言葉と見えた物に体が一瞬硬直した。


「日本語…?いやそれよりも…」


そう、確かに聞こえてきた言葉は司の慣れ親しんだ日本語だった。

それが何故、日本から遠く離れた場所のはずのここで聞こえたのか。

そしてそれよりも…


「あの母親が頭を下げた時に見えたのって…耳?」


耳。

しかし司が知っている耳とは大きく離れた見た目だった。

まるで動物のような、もっと言えば狼の耳が人にそのまま付いた様な見た目だったのだ。


「…飾りって訳でもなさそうだし…ってことはアニメとかで見る獣人ってやつなのか…?」


そして周りを良く見回して見る。

さっきは注意して見れてなかったが、正面の店でナイフの様なものを売っている男、成人男性にしては背も低い。身長だけ見れば子供のようにも見えるが、子供と言うにはあまりに立派すぎる髭をたくわえている。そしてここからでも良く見える隆々とした腕の筋肉とその上に刻まれた職人特有の生傷が、彼が昨日あるいは今朝まで工房で作業をしていた事を窺わせた。

正に小説やアニメに出てくるドワーフといった風貌の初老の男。

その老人の前でしゃがみながら商品を見ている男?声からして男だろう、彼の姿は完全に二足歩行のトカゲではないだろうか。

確かに周りを見れば司のよく知った人間としか思えない人も多く歩いている。

しかし僅かに、いや割合で言えば2~3割程は所謂獣人やドワーフと言ったファンタジー言う亜人という人種に違いなかった。


「ここは、異世界ってことか…」


司も何も生きてきて当然服にしか興味が無かったわけではない。

アニメにも人並み以上には触れてきており、彼の置かれたこの現状が異世界転移であることは想像に固くなかった。


「マジか…」


どさっと音を立てて左腕で握っていたハズのビニール袋が司の手から落ちていった。




「兎に角、このままじゃしょうがないか。ひとまずは情報収集だ。」


たっぷり1分ほどその場で高まった後、司はまるで田舎から出てきたばかりの観光客の様にキョロキョロと周りを窺いながら目の前の市場を周ることにした。


「売っている物は雑貨、アクセサリーに、カトラリー。向こうと同じような物もあれば…


見たことない様な道具…機械みたいな物、ナイフや剣、盾なんかもある。


正にファンタジーって感じだな。」


司が出てきた通りから順に奥へと進んでいくと、手前は武器のような物騒な物、段々と日常雑貨が増えてきて、そして5分程進むと野菜や果物を売る食料市場へと変わって行く。

食べ物は見た目だけなら旨そうだな、見たことない生き物まで吊るされてるけど、と司は周りに聞こえない程の声で呟く。


「いらっしゃい!らっしゃい!冷たい水と果実水だよー!」


声のした方を見ると氷の入った大きな樽に500ml程の容量の瓶に入った飲み物を売っているらしい露天があった。

司はここでようやく数時間何も口にしていないことに気付く。

気付いたら最後、喉の乾きが止まらなくなる。


「おじさん、水を1つ」


幸いにも人間と思われる男性が売っている事を確かめた司は樽の後ろで声を出す男性に声を掛けた。

最初から話し掛ける人物が所謂亜人と言われる人物と言うのもハードルが高かったのである。


「まいど!1ルピー銅貨1枚ね!」


財布から金を出そうとした司の手が止まる。

今更ながらこの世界の通貨を所持していない事に思い至った。


「お?どうした兄ちゃん。まさか財布忘れちまったか?」


飲み物屋の男性がウエストポーチに手をいれたまま固まる司を見かねて尋ねる。


「いやー…、そのまさかで!財布が見当たらなくて!いや、全財産入ってたんですけどね~」


ハハハと苦し紛れに笑いながら答える司。

そこに隣の露店から声が掛かった。


「あんた!そりゃほんとかい?」


司の視界の端に座ていた恰幅の良い女性がドカッと勢いよく立ち上がった。

見れば40~50代程の頭にバンダナを巻いた少し汚れたエプロン姿の女性が心配そうにこちらを見つめていた。


「ええ、田舎から出てきたばかりで浮かれていました。歩いているうちに落としたようで。」


「大変じゃないかい!見たとこその荷物の物を売りにわざわざ馬車を乗り継いでこのアルカムの自由市まで来たってクチだね!」


「アルカム…?自由市…?」


はじめて聞く単語だ

司は思わずそのまま聞き返した。


「違うのかい?大体田舎からこの交易都市アルカムに来た人は仕事を探しに来たか、この自由市で物を売ろうってやつの2択なんだけどね!」


交易都市アルカム。

司は思いがけず自らが突然転移してきた場所の名前を知ることとなった。


「恥ずかしながら本当にド田舎に住んでたもので、この辺りの事もよく分かってないんです。兎に角大きな街を目指して来て、今朝ここに辿り着いたばかりでして。」


これ幸いにと、司は目の前の女性から怪しまれ過ぎない程度に情報を引き出そうと考えた。


「この市場は自由市と言うんですね。自由、と言うことは誰でも出店出来るんですか?」


「そうだよ!ここアルカムは流れの商人が集まって発展した都市だからね!全人種、どんな人であれ商売の機会を失わないよう開かれているのがこの自由市ってわけさ!」


「なるほど、俺みたいな流れの人間にとってはかなり有難い場所だな。」


「そうだ!あんた、どのみち無一文ならここで何か売ってみたらどうだい?この辺じゃ見ない格好だし、異国からの商人志望ってとこだろ?手に持ってるそれ、売り物なんじゃないのかい?」


女性は司の持つビニール袋へ視線を向けた。


「まあ、一応は。」


司は曖昧に頷く。

正直、この世界の価値観など何一つ分からない。

持っている服が高く売れる保証もなければ、逆にガラクタ扱いされる可能性だってある。

だが――


「売る場所は借りられるんですか?」


今の司にはそうする他この場所で(今日という日でさえも)生きる術がないのも事実であった。


「もちろんさ。普段なら日割りで銀貨1枚だけどね。私はもう店じまいするから、この場所、ただで使って良いよ!」


「おいおい。あんたがそんなにお人好しだったとは知らなかったぜマルタ」


「うるさいよガルド!今日はよく売れたからね。ここで得を積んどくのも悪くはないだろ?」


ここで隣で話を聞いていた飲み物屋の男(ガルドと言うらしい)がからかうように笑った。

フンっと鼻息を立てて、マルタと呼ばれた女性が再びこちらを見る。


「ところであんた、どんなものを持ってきたんだい?」


気が付くと周囲の店主達まで興味津々といった様子でこちらを見ていた。

司は左手で持っていた大きな方のビニール袋の結び目を解き始める。

ガルドとマルタはやや前のめりの姿勢でビニール袋の口を凝視した。


「ここの流行りに合うかはわかりませんが…」


そう言って司が取り出したのは1枚の赤いシャツだった。


「これは50年代、あー…大体今から70年前に作られたレーヨンシャツです。」


「「レーヨン?」」


ガルドとマルタの声が重なる。

目は何か信じられない物を見たかの様に丸く開かれていた。


「レーヨンって言うのは、分かりやすく言えば木から作られた素材ですね。ほら、触ると柔らかくて揺れるとドレープって言う独特な揺れ方をします。色も入りやすいし何より着心地が良いんです。」


「ちょっと良いかい…確かに…柔らかいね。それにこの鮮やかな赤!まるで上流階級の連中が着るシルクのドレスみただよ!」


恐る恐ると言った様子でシャツに触れたマルタはただでさえ丸くなっていた目をより見開いて叫ぶようにそう言った。


「確かにこれは人工シルクなんて呼ばれ方もします。シルクほど高価じゃないけど、リネンより柔らかい…ちょうどその中間のような素材ですね。」


と司が補足する。


「…なるほどね。初めて見る生地だけど、これは…。けどこれ男用だろ?私みたいな女も着れる物は何かないのかい?!」


マルタも女性。司が取り出した見たこともないような生地と鮮やかな色味の服を見て、まだ彼女が若かった頃のようなお洒落に対する欲というものを刺激されていた。


「レディースですか…普段はあまり扱ってないですが…あ、これなんてどうです?」


続いて司が取り出したのは1枚のスカーフだった。

パッと見た所(司の感覚では)80年代から90年代頃と思われるネイビーを基調とした総柄の物だ。


「これは正真正銘、シルク素材のスカーフです。ネイビーに所々イエローやピンクの柄も入っているので女性にはぴったりだと思います」


それを見たマルタは驚きを通り越して固まった。

マルタの知るシルクのスカーフと言えば、上流階級の物達が自らの地位を示すかのように身に付けており、その色味や柄で競い合うような代物だ。

鮮やかで細かな柄のスカーフを作れる様な職人は希少でそれこそ豪商や貴族のお抱えとなっていることがほとんど。

そして、マルタもそう何度も見たことがあるわけではないが、司が取り出したスカーフはマルタの知るどのシルクのスカーフよりも鮮やかで細かな柄の逸品だった。


「こ、こんな高価なもの、私なんかじゃとても買えないよッ!」


「…こ、高価って…」


日本だと店出しの価格で¥5.6000ってとこだぞ。と考えた所で司は極めて重要な事を失念していた事を思い出した。


「そう言えば、ここの通貨って…?」


(さっきは銅貨1枚とかって言ってたと思うけど…)


驚いた表情のマルタを尻目に、隣に立つガルドが呆れたように口を開く。


「おいおい、兄ちゃんホントに何処から来たんだよ?

通貨っていや大陸共通でこの銅貨と銀貨、それに金貨だろ。」


ガルドが自分の露店の棚の裏側に置いてあった箱から茶色と銀色の真ん中に穴の空いた2枚の硬貨を取り出し、司に見せながら続ける。


「銅貨1枚で1ルピー、銀貨1枚で100ルピー。この辺じゃ他の通貨なんて使えないぜ?」


「いやー、ほとんど物々交換が主流の田舎育ちなもので…。だけど俺の知っている通貨と同じで安心しました!」


これ以上あまり目立たない方が懸命だと察した司は咄嗟に誤魔化した。

こう言う時に接客で培った話術が活きてくれて良かった、と思いながら最初のガルドとの会話を思い出していた。


(水が銅貨1枚って事は大体1ルピーが100円くらいか?そうなると銀貨は1枚1万円、ここには無いみたいだが金貨は1枚で100万円くらいって感じか)


ざっくりだが、脳内で瞬時に計算する。

ここに来るまでに他の物の値段までは確認できていなかったが大体合ってるだろうと辺りを付けた。


(さっきの反応を見る限り日本の金額通りだと安すぎるようだし、かといってこの世界の相場観がないままあまりに高値を付けるのは俺の倫理に反する…)


しかし現状完全に無一文であるのは事実。

何としてもここで1点は売っておきたい。

司はそこまで考えると目の前の女性、マルタにも手が出せる金額をこれまでに培ってきた古着屋としての直感で導きだした。


「銀貨2枚。それでどうでしょう。」


こちらの言い方だと200ルピー、日本円にすると2万円。

司の感覚だと高い値付けであるが、先程のマルタの様子を見るに、こちらの世界では決して高過ぎると言うことは無いはず、と言う計算だった。


「…銀貨2枚?!。そりゃ破格だわね。」


「こっちも無一文なので。特別にその金額でお譲りしますよ。」


あくまでも取り引き。

内心ではヒヤヒヤしながら、しかし司の顔にはそんな心情などは1ミリも感じられない営業スマイルが浮かんでいた。

営業スマイルと言っても素人に有りがちな張り付けた様な物ではなく、プロとして相手に一切の威圧を与えない柔らかな笑みだ。

マルタもそんな司を見て悪い気はしていないらしく、しかし頻りに「旦那が…」「今日の売り上げが…」と呟いて悩む素振りを見せ始めていた。


(よし!あと一押しだ!)


司が更にトークを始めようとした時だった。

それまで司達の様子を眺めていた群衆(いつの間にか出来ていた)の中から良く通る若い女性の声がした。


「そのスカーフ私が買っても宜しいでしょうか?」


不意に声を掛けられ司とマルタついでにガルドが声がした方向へと体を向ける。


「あ、あんたは…?!」


マルタが驚いたような声を上げた。

群衆を掻き分けて、勝手に割れた気さえしたが、現れたのは周りの人々よりも明らかに仕立ての良い青いワンピースを着た美しいブロンドヘアの少女だった。


「いかがかしら?先程見せていたシャツとスカーフ、2点で銀貨20枚払います。」


「銀貨20枚?!」


こちらに向かって歩きながらそう言う少女に 司は思わず聞き返した。

銀貨20枚と言えば日本円で20万円。

元々日本で出す予定だった金額のおよそ4倍だ。


「悪い話ではないと思いますが?」


司達まで約2mと言った距離で足を止めた少女は自信に満ちたような笑みを浮かべた。


「それは…その値段で買ってくれれば助かるけど…」


チラリとマルタの方を確認する。

ちょうどマルタが諦めにも似たため息をついたタイミングだった。


「あたしのことなんか気にしなくていいよ。よくよく考えりゃスカーフ巻いてお洒落するような年でもないしね」


両手を胸の位置まで上げてやれやれと言うポーズをとるマルタ。

それに、と続ける。


「あんたに使えって貰えるなら、そのスカーフも本望ってもんさ」


目の前の少女を知っているかの様な口調のマルタに僅かな違和感を覚えたが、折角の商機を逃す司ではない。


「マルタさんがそう言うなら、君に売るよ。2つで銀貨20枚。いや、18枚でもいいくらいだよ」


明らかに年上だったマルタとガルドには敬語だった司も見たところ自分より10歳程若く見える少女にはやや砕けた口調使った。その方が警戒されないと思ったのだ。


「ふふ、20枚で結構よ。私がそれにはそれだけを払う価値があると思ったのだから。」


少女はそう言うと肩に掛けた小振りなショルダーバッグの中から財布と思われるポーチを取り出した。


「さっきまでの話だとギルドカードも持ってないんでしょ?現金でいいわよね?」


「ギルドカード?」


聞き慣れない単語を聞き返すのと、少女がポーチから紐を通して纏められた銀色のコインの束を2束取り出すのはほぼ同時だった。


「なるべく早くとった方がいいわよ。何かと便利だしね。」


確認してと出された銀貨。

ギルドカードと言うワードに今だ意識を傾けていた司だったが、すぐに我に返ると少女の手から銀貨の束を受け取った。


「ありがと…う」


お礼を言い終える前に、司は視界の端にまるでゲームに出てくるウィンドウの様に文字が浮かび上がっていることに気が付いた。


【世界共通アルカム銀貨】


製造年 : 精歴1072年


生産者 : アルカム商業評議会


使用者 : 多数(最後の使用者 アンナ・クロフォード)



「なんだこれ?」




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