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第1話 父が隠していた仕入れ先

仕事の合間にゆっくりと更新していきます。



所々に赤い岩山が見える以外何もない荒野に1本延びたハイウェイを土煙を上げながら一台の車が走っていた。 


「あっちいなー」


照り付ける太陽を憎たらしげに一瞥しながら1人の青年が恨みにも似た声を出す。

年は20代後半頃だろうか。

最近だと、ここアメリカでも見掛ける事が多いアジア系の若者、しかし都会ならまだしもネバダ州の田舎のハイウェイには似つかわしくない日本人の青年だ。

ちらりと車内に備え付けられたダイアル時計を見ながら、あと4.5時間くらいか、と疲れ混じりのため息をつく。

青年、山之上司(やまのうえつかさ)はこの道を走る切っ掛けになった昨晩の出来事を思い出していた。


司は東京で古着屋を営む27歳。

地元福岡の大学を卒業後、すぐに上京して店を出して来月でもう5年が経過しようとしていた。

5周年を記念した特別な入荷商品を集めにアメリカに渡り早2週間。

カルフォルニアを中心に現地の古着屋、個人のヴィンテージディーラーを回るもどこも不発。

円安と現地での古着人気の影響もあり目ぼしいアイテムは個人の、それも若者が1人で経営する小さな古着屋では到底仕入れできない金額が付いていた。

何とか地方のスリフトショップ(リサイクルショップ)を重点的に回る方針に切り替えたお陰で数は集まったものの、自信をもって目玉と呼べるアイテムは未だ何も買えていない。

最後の望みを掛けて向かったのはアメリカでも最大規模を誇るロサンゼルスのローズボウルフリーマーケットだった。

まだ日も出ていない早朝(深夜と言える時間)から並び、入場開始と共に走って目当てのブースへ向かう。

ライトを片手に片っ端からラックに無造作に陳列された商品を素早く、しかし見落とさないよう細心の注意を払って見ていく。

おおよそ目ぼしいブースを全て見る頃にはもう日もすっかり登って、6月の日差しが肌を焦がすような時間になっていた。


「結局買えたのはこれだけか」


駐車場に停めてあった自身がレンタルした普通車のバックドアを開けながら1人ごちる。

入場の際空にして背負っていた大きなバックパックはすでにパンパンになり、手押しのカートにも大きなビニール袋が1つ積まれていた。

見ようによっては十分な量に思えるが、商売として古着を買い付けに来ている司には(この2週間で買った他の商品も思い出して)物足りない結果だった。


「良い商品にはしっかり値段が付いてるし、かといっておれが初めて来た頃より掘り出し物が少なすぎる」


SNSの爆発的な普及によって、現地のディーラーやバイヤーの目利きが良くなった影響でこの手のマーケットだと掘り出し物と呼べるようなラッキープライスが転がっている可能性は限りなく低い。

今や孫の面倒を見る傍らで古着を売っているような老婆でさえもスマホの画像検索で値段を調べている時代なのである。


「4日後には帰国だし、後はもうスリフトで運に掛けるしかないか…」


荷物を積み、ドアを閉めながら買い付け前の店で5周年の入荷を期待している常連客達の顔を思い浮かべた。

申し訳ないと思いながら、これが自分の実力だと半ば諦めにも似た感情を抱く。


「うじうじしてても仕方ない。やれるだけやってやるさ」


眠気を堪えて運転席に向かう司の背に、不意に声が掛けられた。


「司!」


ある程度離れていても良く響く低い声。

英語のTSUKASA呼びではなく、はっきりとした日本語のイントネーションだった。

声を聞いた瞬間、司はその声が誰の物かを直感した。

生まれてから地元を出るまで毎日の様に聞いてきた声だからだ。


「親父」


向こうから片手を上げてこちらに向かって歩いてくるのは、山之上隆(やまのうえたかし)

やや白髪の混じる短髪を靡かせ、やや老いを感じるもののその表情は覇気に溢れている。


「お前も来てたんだな、どうだった?」


親父も数時間は歩きっぱなしだったのに良くそんなに元気な声が出せるな、と思いながらも数ヶ月振りの再会を司も内心では喜んでいた。


「どうもなにも渋すぎるよ。せっかくの周年だってのに、これじゃ期待はずれだって笑われるかもな」


敢えて冗談っぽくおどけて見せる司だったが、そこは伊達に27年も司の父親をしていない隆はすぐにそれば嘘ではないだろうと言うことを察した。


「まあ、この数年のローズボウルはこんな感じだしな。別にやつらも吹っ掛けてる訳じゃない。こっちの相場が上がったからそれに合わせてるだけなんだろうが、貧乏な日本人からしたらたまったもんじゃない。」


「そう言うわりに、そっちは相変わらず調子良さそうだけどな。先月の周年の入荷の投稿見たよ。とてもじゃないけど太刀打ちできないクオリティだった」


そう、隆もたまたまここに居合わせたのではない。

彼もまた福岡で古着屋を営んでおり、地元では知らない人のいない名店『TOP of the MOUNTAIN 』の社長兼現役のバイヤーなのである。

ローズボウルには当然買い付けに来ており、司がここに来た際には2回に1回程の確率で遭遇する。


「まあ、うちは昔からのコネもあるしな。それはそうとして、この後ちょっと時間あるか?久しぶりに飯でもどうだ?」


息子に褒められ満更でもない表情を浮かべながら、思い出したかの様にこの後の予定を尋ねた。


「この後は近くを走らせてスリフトでも巡回するよ。一応夜は空いてるけど」


「なら夜8時にいつものステーキショップはどうだ?」


初めからこの後の予定を察していたであろう隆は司が回りそうな大体のコースを思い起こしながら時間を指定した。


「了解。また遅れそうなら連絡するよ」


「あぁ、おれは明日には帰国だからこの後は荷物のパッキングくらいだ。何時になっても大丈夫だからな」


じゃあ後でな、そう言うと隆は自分の車に向けて歩き出した。

背中を見送りながら少し背伸びをして、司も運転席のドアを開け中に入る。

少し熱せられた車内の空気が肌にこびりついた。

現在は午前11時。

何事もなければ8時には間に合うだろう。

しかし時間がかかると言うことは良いアイテムが多くピックするのに時間を要したということだ。


「ちょっと待たせるかもな」


自分の運に期待しつつ司はエンジンのボタンを押した。




午後8時、司の運転する車は時間通りに指定されたステーキハウスの駐車場に着いた。

後ろの席の荷物は午前中と比べ若干増えた程度だった。


「ハロー、1人ですか?」


店内に入るとウエイターがすぐにやってきたが、連れが待っていることを告げ店内を見渡す。

すぐに窓際の奥から2番めのテーブルに隆の姿を見つけた。


「ハハハ、その様子じゃ、成果はイマイチだったか?もうお前の分のステーキも頼んである。そろそろ来るはずだ」


隆は司を励ますように笑いながら水の入ったグラスを差し出した。

席に着くなり受け取ったグラスの水を一気に飲み干す。

疲れを隠そうとしない姿は目の前の人物が同業の先輩ではなく短に父親であることへの安心感からだった。


隆の言った通りステーキは5分も待たずに運ばれてきた。

朝から軽い軽食だけしか口にしていない司には本場だからと言うことを差し引いてもよりステーキは美味しく感じた。

その様子を隆は満足そうに見てから自分のステーキにナイフとフォークを向かわせた。


食事は終始和やかに進んだ。

話題は地元にいる家族、母親と妹の話から始まり最近のお互いの店の様子、そして今回の旅の成果の話へ。

食事も終わり、そろそろ解散か、と言ったタイミングで隆は司へ小さなメモを渡した。


「これは?」


メモにある住所を見ながら訝しげな表情を見せる司。

視線を上げると、その日一番真剣そうな表情の隆を認めて姿勢を正す。


「うちの店が出来て、27年。ここまでやってこれたのはおれの実力だけではない。」


再びメモを見る司。

住所はロサンゼルスから遠く離れた場所。

ユタ州の聞いたことない町だった。


「そこで明日の夜、月に1度のナイトマーケットが開かれる。紹介制のシークレットマーケットだ。時間はないが、明日の早朝に出れば間に合うはずだ。」


「紹介制のナイトマーケット?」


「そうだ。古くからあるが知っている人間は極少数だ。日本だとうちの他に10店程だろう。」


ふーん、とちょっと胡散臭い物かの様にメモを触る司だったが隆の目は真剣なままだった。


「うちの周年の商材は大半がそのナイトマーケットで仕入れた物だ」  


「まじで?」


「まじで」


信じられないと言うように目を見開いた司を無視して隆は続けた。


「ユタの中でも移民が多い町でな。目立った特産品もなく、困窮した人々が始めたのがそのナイトマーケットだ。


月に1度、町のバイヤーが北アメリカ大陸全土から買い付けた様々なアイテムが並ぶ。

規模はそこまで大きくないがな。

だが、クオリティはピカイチだ。

そして値段も安い。」


そこまでを一息で話した後隆は鋭いと言われる眼光を更に細めて息子を見た。


「お前も気になったことがあるだろう?

世間では名店と言われるヴィンテージショップがどこで仕入れをしているのかと。

今のアメリカじゃ日本でまともに出せる金額でスペシャルと言われるようなアイテムの仕入れをするのは、無理とまでは言わないがかなり厳しい。

そう言うアイテムを出している店は大体2つにひとつ。

資本力があるか、場所を知っているかだ。」


そう言われて司は今朝の買い付け中の事を思い出した。

途中、世間で名店と呼ばれる店のバイヤーと同じブースを見るタイミングがあったが、果たして彼はあの場所でそこまでの買い付けをしていただろうか。

あの場所で司が先に目を付け諦めたアイテムを後から掴んだ彼は、結局値段を聞くとそのままハンガーをラックへと戻したのではなかったか。

彼の荷物は自分と同じ程度にしか膨らんでいなかったのではないか。

もし彼が親父の言っているナイトマーケットを知っていたとしたら。

だからあの場所でそんなに焦りもなく商品を見ていたのだとしてら。


「けど、そんなところがあるならどうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ」


不貞腐れたように言う司を見て隆は苦笑いを浮かべた。


「お前がうちの店を継いだ時に話すつもりだった。大学を出たばかりの若造の店なんて3年も持たないと思っていたからな」


酷いことを言っている自覚がないのか隆は先ほど息子を出迎えた時のようにハハハと笑いながら答えた。


「しかし我が息子ながら目だけは良いらしい。お前の店の商品をSNSでチェックしているがどれも良いアイテムばかりだ。こんなおじさんじゃ選べないようなセンスのあるアイテムだって扱ってる」


「そりゃ物心付いてからずっと親父の店が遊び場だったんだ。どんな商品が人気で、どんな商品をお客が探してるかなんて嫌でも分かってくるよ」


幼い頃から父親の店に入り浸っていた司にとってそれは当たり前の感想だった。

現に、小学校は放課後のほとんどを服を見て過ごし、中学に上がってからも部活のない時は父親の店の手伝いをしていた。

その経験があったからこそ、大学を卒業した直後に独立すると言う息子の言い分に隆と母親が納得したのだった。


「で、どうする、行くのか?おれが向こうの主宰に話を通しておくが」


それは司の体を気遣っての言葉だった。今朝も深夜と行って過言ではない時間から先程までずっと体を酷使していたのだ。

いくら明日の朝に出れば間に合うとは言え、ロサンゼルスからユタの田舎町までだと車で10時間は掛かる。


「そりゃどうもなにも。」


そんな父親の心配の尻目に、司の目は先程までの疲れを忘れたかの様に輝いていた。

返事は決まっていた。


「行くに決まってるさ。」







父親から受け取ったメモの町に着いたのは夕方5時頃だった。

朝からほとんどノンストップで車を運転して、流石に疲れを感じていた司は一息付こうと手頃なパーキングに車を停めた。


「お、タコスあるじゃん」


流石に空腹も限界だった司。

パーキングの目と鼻の先にあったメキシカンレストランへ行くとケバブとコーラを注文し、5分も掛からず間食すると、再び自身の車へと戻った。


「まだ言われた時間まで3時間弱あるし、ちょっと仮眠でも取るか」


車の鍵がしっかりと掛かっているのを確認した司はリクライニングを倒すや否やすぐに寝息を立てて始めた。



「う、うーん。今何時だ…?げ!ヤバい!もう始まってる!」


すっかり日が落ちて辺りが暗くなっていることを寝ぼけた目で確認すると、時計がナイトマーケットの開始の時間から30分程進んでいることに酷く焦る。

慌ててリクライニングを戻し、エンジンを付けて会場まで車を飛ばす。

幸いスマホのナビは目的地までの到着を残り5分と教えてくれた。



「ここか。」


ナビが示した場所にあったのは大きな倉庫の様な建物。

隣の駐車場に車を停めると僅かに開いた入り口から中へと入る。

エントランスは小さな個室。

全体的に薄暗く奥は黒いカーテンで仕切られていた。


「ハイ、見ない顔ね。誰の紹介?」


声を掛けられ、右手を見るとテーブルがあり、そこにまるでクラブにいるかのような黒いドレスを着た金髪の美女が座っていた。


「ハイ、おれはツカサ。TOP of the MOUNTAINのタカシの紹介で来たんだ」


「あー!あなたがタカシの息子なのね!あまり似てないから分からなかったわ!私はエレナ、よろしくね!」


「母親似なんだ。宜しく、エレナ」


見た目通りのテンションで返事をしてきた美女、エレナと握手をかわす。


「ここでのルールを説明するわね!まず今日は初回と言うことで使える金額は1万ドルまで。点数に制限はないわ。ここに来れるのは年に3回。あとは…特にないわ!」


簡潔な説明だったため司も素直に分かったと返事をした。

しかし疑問もあったので続いて質問する。


「けど何で購入制限なんてあるんだ?いっぱいかってもらった方がエレナ達にも良いんじゃないか?」


「まあ確かに売り上げとしてはそちらの方が良いでしょうけど。」


エレナは整った眉を困ったように寄せながら続けた。


「うちのマーケットのウリはクオリティと値段なの。けど購入制限がないと誰かお金持ちが全部買い占めて終わり。それじゃタカシみたいな昔からの常連客に申し訳ないでしょ?1人の太客よりも、多くはないけど古い友人達もしっかりと大事にする、それがこの町の方針なの!」


なるほど。と司は頷く。


「良い町なんだね、ここは」


人との繋がりを大事にする。

客商売をしている司には、すんなりと理解できた。

そしてそれが言うほど簡単では無いことも。


「この町は昔は今よりもずっと貧乏だった。私は分からないんだけど、本当に暮らしていくのがやっとだったって。だから父や祖父なんかの世代の人はみんなタカシみたいな昔からの友人に感謝してるんだ!

あ、分からないって言っても私もちゃんと感謝してるんだよ?こうやって月に1度座って話すだけでお小遣い貰えるわけだし!」


そう言うとエレナは立ち上がり奥のカーテンまで歩き出した。

テーブル越しだと分からなかったが、彼女の着ていたドレスは思っていたよりも丈が短く、スラリと伸びた足に思わず目が向かう。


「それじゃあツカサ。我が町のシークレットナイトマーケット。しっかり楽しんでいってね」


カーテンを開く音とエレナの声で慌てて視線を前に戻す。

司がありがとうと声を掛けると、エレナはクスっと笑って返した。

足を見ていたのはどうやらバレたらしい。




倉庫を改装したらしい会場は思ったよりも広々としていた。

手前にはこちらのイベントなどで良く見るラックに掛かった服がズラリと並ぶ。

奥の方は服以外の小物や雑貨のようだ。

少し遅れて入場したことで焦っていたが、中にいる人数は思ったよりも多くない。

ロス等であるヴィンテージイベントの時と比べると10分の1程度だった。

これならゆっくり見れるぞと思った司は早速近くのラックを覗いてみて、目を見開いた。


「これ、50年代のレーヨンシャツだ。しかもこの柄でこのコンディションって…」


この買い付けの2週間で見たどんなアイテムよりも司の好みだった。

続いて隣を見る、そしてその隣も。

珍しさは最初のシャツには劣るかも知れないがそれでも早々にはお目に掛かれないような服達が次から次に出てくる。

夢中でラックを見ていた司だったが、ふと我に帰った。


「いや、感動してる場合じゃないだろ。おれは買い付けに来てるんだ。この中からちゃんと利益が出るアイテムを探さないと。」


過去の経験からこのクラスの商品は日本の販売価格と同じかそれより高い金額が付いている事を知っていた司。

恐る恐る値札を確認する。


「…嘘だろ」


付いていた金額は想像よりかなり安い金額だった。

日本での売値で言うとその半額、予想していた金額だと実に3割程の値段だ。


「こんなのって…。じゃあこっちは!こっちも!こっちも安い。」


信じられない。

震える手を何とか抑えながら司はエレナが言っていた「お金持ちが全部買い占めて終わり」と言う言葉を思い出していた。


「ハハ、そりゃ金があれば全部買いたくなるよ」


呆れたような乾いた笑いを出して、司はヨシと気合いを入れ直す。

1万ドルと言う制限の中で何を買うのか。

いくら安いとは言え、元が100ドルから数千ドルと言う物まであるのだ。

会場を見渡しどの場所に何があるのかを確認する。


「やるぞ。」


アメリカに来て一番の気合いを入れた。




「ハイ、おかえりなさいツカサ」


「ただいまエレナ。もう一度、今度は奥のアクセサリーも見させて貰うよ」


最初に会場に入ってから早くも5時間が経過していた。

時刻は既に深夜1時を回ってる。

このナイトマーケットもあと2時間で終わるわよ、と先程車に荷物を乗せに1度このエントランスを通った際にエレナに言われていた。

例え資金が尽きようとも時間の限り見て回る気でいた司は荷物が無くなったことでさっきここを通った時よりも軽い足取りで会場の奥にあるアクセサリーのコーナーへと向かった。



「ほうほう、このリングは10Kゴールドのカレッジリングでこっちは古くないけどシルバーのメキシカンジュエリーか」


雑貨類が大半を占める中、アクセサリーの類いもしっかりとした面積に所狭しと陳列され存在感を出していた。


「お、兄ちゃん!若いのに詳しいな!そいつはおれがテキサスで買い付けてきた逸品さ!服は古いものが多いが、アクセサリーはどちらかと言えばセンスで買ってきてるぜ!」


なるほど確かにと司はテーブルを見渡した。

パッと見てヴィンテージのインディアンジュエリーも多く並んでるが、それ以上に目を惹くのは彼の言う通り、年代は浅いがデザインに優れたアクセサリーの数々。

こう言うのは一つ一つ何百と言う数の中から探すのが億劫なアイテムだが、彼のピックはすこぶるセンスが良い。

適当に選んで店に出しても問題なく売れてしまいそうな物ばかりだった。


「確かにセンスが抜群だね。これとそれ、あ、そっちのバングルも貰うよ」


司好みのアイテムを一通り選んで会計をする。

割と数を選んだため受け取ったビニールはずっしり重かった。

反対側の手にはこのブースに来るまでに寄った服のブースからそこまで値段は付かないが、デザインの気に入った服を買った大きなビニール袋が握られている。

これでほぼぴったり1万ドルかな。と司は心の中で計算した。


「あの奥はなにがあるんだ?」


司は今いる倉庫の奥のブースの更に奥、

照明もほとんど付いていない様な場所に雑貨や家具などが乱雑に置かれていることに気が付いた。


「あー、ありゃ昔からの売れ残りだな。俺たちのじいちゃんや親父達もこのマーケットを始めた頃は目利きなんてそうでも無かったのさ。

日本人やこっちのコレクターとかに教わりながら段々と腕を上げていったんだ。

あそこにあるのはそんなダメダメだった頃に買ってきちまったガラクタ達ってわけだ。」


「なるほどね。」


そう説明されたが、もしかしたらそんな中に今では価値の付くものが埋もれているかもしれない。と考えたのは司の職業病のようなものだろう。


「ちょっと見てきてもいいか?」


「何もないと思うけどなぁ。まあ何か欲しいやつがあればタダで持って帰ってもいいぜ。処分に困ってるんだ。ただあんまりデカイ家具なんて選ぶなよ!運ぶのも大変だし、車に乗るかも分からねぇ!それに送料で大赤字だ!」


ケラケラと笑うバイヤーをよそに司の足は既に薄暗いガラクタ置き場へと向かっていた。


「おーい!行くなら荷物くらい預かろうか?邪魔だろうし」


「いや、大したことないから自分で持てるさ」


振り返りながら返事をする。

司の体は好奇心に駆られて薄暗い空間をキョロキョロとしながら奥へ奥へと進んでいった。



「うーん、本当に大したものは無さそうだな。正直家具の価値もイマイチ分からないし」


長年服に触れてきた司であったが、家具をみて詳細が分かるような知識は持ち合わせていなかった。

精々がボルトを見て古そうだなと思える程度だ。


「そろそろ時間だし帰るか。収穫は十分だしな」


一通り奥まで見て満足したのか、そう呟く。

左右の手のアクセサリーと服の入ったビニール袋、そして先に車へと入れたアイテム達を思い浮かべてホクホク顔を浮かべる。


「親父には感謝だな」


車に付いたらメールでも送るか。今ちょうど帰りの飛行機だろうから見るのは何時間も先だろうけど。

ここを紹介してくれた父の顔を思い浮かべた時だった。


「ん?なんだあれ?」


目に付いたのはテーブルの上に置かれた鏡だった。

足のある置き型で細長い楕円形の鏡の周りに装飾がある、アンティークショップなどでも良く見かけるタイプのありふれた物だ。


「やけに装飾がしっかりしてるな、溝も深いし。それになんだ?この素材は。銀でも無さそうだし」


近くに寄って鏡を覗き込む。

灯りが少ないせいか、あるいは鏡面が経年で曇っているせいか、覗いてもほとんど顔も映さない。

しかし良く見れば何か市場のような風景が映っている様に見えなくもない。

鏡ではなく絵なのか。

普段なら大して興味など出ない物だが何故か司はその鏡から視線を逸らせなかった。

うーんと唸りながら細部を見ていた時だった、鏡の周囲を囲む幾何学模様のような装飾の溝が淡く緑の光を放った。


「光ってる?」


アクセサリーを入れた袋を右手に持ったまま、恐る恐る鏡に触れる。


ピカッ!


「うわ!」


眩い光が鏡の鏡面から放たれた!

司は反射的に、周囲の暗さも相まって、光から逃げるようにキツく目を閉じる。

光はすぐに収まったように感じた。

しかし何故か薄暗かったはずの周囲からは感じ取れなかった程の柔らかい光を瞼越しに確認できる。


「な、なんだったんだ?」


ゆっくりと怯える様に目を開ける。

瞳に映ったのは先程までいた薄暗いガラクタ置き場ではなかった。

それどころか室内でさえない。

上を見れば天井は無く青々とした空が建物越しに目に入る。

多少薄暗いのは周りの建物のせいだろう。

レンガ造りの3階建て程の建物が左右に並んでいた。

後ろには同じくレンガ造りの壁。

正面はタイル貼りの道が真っ直ぐ10メートル程伸びて、この先の明るい通りに繋がっているようだった。

耳をすまさずとも人々の生活する騒音が聞こえる。

間違え様のないくらい、司が立っているのは、路地裏だった。


「へ?」


間の抜けた声がレンガの壁に少し反響して、消えていった。




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