第39話 開店準備②
翌日。
店の前に止まった荷馬車から、次々と大きな荷物が運び込まれていく。
トリーナで仕入れた服が、ようやくアルカムへ届いたのだ。
「全部二階でお願いします」
「こっちも同じ場所でいいか?」
「はい。お願いします」
司が指示を出す横で、クロエも運び込まれた荷物を邪魔にならないように奥へと寄せていく。
さすがに什器程の時間が掛かることもなく、無事に搬入が完了した。
最後の荷物を運び終え、配達に来た男達に礼を伝えて、見送る。
司が二階に上がると、そこは荷物で溢れていた。
「……こんなに買ってましたっけ?」
クロエが積み上がった荷物を見上げる。
「四百着ちょっとだったかな」
「数字で聞くより、こうして見ると凄いですね……」
トリーナで買った服の大半はヒルダの倉庫で買った物だった。
広い倉庫で見るよりも、こうして限られた店舗のスペースで見ると、そのボリュームは多く感じる。
「とりあえず分けようか」
「はい!」
二人は早速作業に取り掛かることにした。
まずは梱包を解き、中に入っていた服を取り出していく。
最初に分けるのは未使用品と倉庫でクロエに選んでもらった古着の二種類。
「これはこっちですね」
「うん」
クロエが手にした服を古着の山へ置く。
自分で選んだ服ということもあって、どれが古着なのかはほとんど覚えているらしい。
司が一着ずつ確認するよりも遥かに早い。
クロエのその記憶力の良さは、司にとっても良い意味で計算外だった。
二人で作業を進めていくと、空きスペースには少しずつ二つの服の山が出来上がっていった。
大きな山と、小さな山。
比率でいえば、未使用品の方がかなり多い。
そして全ての服を分け終える。
「次はこっち」
司が未使用品の山を指差す。
「こっちをもっと細かく分けるよ」
「どう分けるんですか?」
「まず男物と女物。それから服の種類とサイズかな」
「分かりました」
そこから再び仕分けが始まった。
まずはメンズとレディース。
そこからシャツなどのトップスとパンツ、スカート。
さらに同じ種類の中でもサイズごとに分けていく。
最初こそ司が確認しながら進めていたが、クロエが作業を覚えるのに、それほど時間は掛からなかった。
「これはこっちですよね?」
クロエが一着のシャツを持ち上げる。
「うん。それで合ってる」
「じゃあ、これは……こっちですね」
次の服を手に取ると、迷うことなく別の山へ置いた。
「クロエさん、結構早いね」
「服は好きですから!」
少し得意そうにクロエが答える。
実際、司が思っていた以上にクロエの仕事は早かった。
服の種類について一から説明する必要もなく、生地を触っただけで大体の厚さや着る季節まで判断している。
トリーナで服を見て回っていた時にも感じていたが、やはり服そのものについてはかなり詳しいらしい。
そして、司だと少し悩むレディースのサイズ分けも、クロエに任せるとかなり早く仕分けしてくれる。
これには男女の差があるにしても、司にとってはかなり大きな助けとなった。
そのまま二人で作業を続け、昼休憩を挟んで小一時間後、店内を占領していた大量の服は、ようやくある程度綺麗に分類されていた。
「……終わりましたね」
クロエが腰に手を当て、大きく息を吐く。
「とりあえず仕分けはね」
「まだあるんですか?」
「むしろ、ここからかな」
司はそう言って立ち上がると、昨日設置されたラックへ目を向けた。
四百着以上ある服を、全て店頭へ並べるつもりは司には元々なかった。
そもそも一階に置かれたラックだけでは全てを掛けることなど出来ない。
無理に詰め込めば置けないこともないかもしれないが、それでは客が服を選びにくくなる。
司は一階のラックの前に立ち、その長さを改めて確認する。
「全部は出さないんですか?」
「うん。出せないっていうのもあるけど、あんまり詰めすぎても服が見づらいからね」
「なるほど……」
「最初は一階に並べる分だけ選ぼう」
そこから今度は、売り場へ出す商品の選定が始まった。
メンズだけに偏らないようにレディースも選び、トップスばかりにならないよう、パンツやスカートも混ぜる。
さらにサイズにもある程度幅を持たせる。
司はラックに並んだ時の光景を想像しながら、一着ずつ商品を選んでいった。
「これも出そう」
「こっちですか?」
「うん。そのサイズがちょっと少ないから」
「なるほど」
クロエが選ばれた服を別の場所へ移す。
今度は先程までの単純な仕分けとは違う。
店全体の商品構成を考えながら選ぶ必要があるため、経験のある司が中心になって進めていく。
「同じ服がある場合はどうするんですか?」
「最初は一着か二着でいいかな。同じものばっかり並んでても面白くないし」
「残りは?」
「二階に置いておいて、売れたら補充しよう」
「なるほど……」
クロエが感心したように頷く。
司にとっては、日本で店をやっていた頃にも当たり前に考えていたことだった。
商品が見やすいこと。
店の中が歩きやすく導線が確保されていること。
そして、店内を見渡した時に色々な商品が目に入ること。
商品が多ければいいというものではない。
せっかく広い店を借りたのだから、その広さを潰すような並べ方をするのはもったいないし、在庫も無限じゃない。
そうして一階に並べる商品を一通り選び終える。
「よし。とりあえず最初はこれくらいかな」
「結構減りましたね」
「残りは在庫だね。売れた分から入れ替えていけばいいよ」
選ばれなかった未使用品は、再び種類とサイズごとにまとめて二階の端に置いておく。
そして売り場へ出す服は、そのまま一階に持っていって並べるわけではない。
次は商品のメンテナンスをしないといけない。
二階に設置された大きな作業台。
司はその上に、先程選んだ服から一着をシワを伸ばすように広げて置いた。
「まずは状態を確認して、問題なければアイロンを掛ける」
「新品でも確認するんですか?」
「もちろん。運んでる途中で汚れたりすることもあるし、最初からほつれてることだってあるからね」
司は襟や袖、縫い目などを確認していく。
大きな問題がないことを確認すると、今度は皺を伸ばしていく。
「こんな感じかな」
「私もやってみていいですか?」
「もちろん」
次はクロエが司と交代する形で作業台の前に立つ。
最初の数着こそ司が横から細かくやり方を教えていたものの、クロエはすぐに作業を覚えていった。
元々服が好きだからなのか、一つ一つの扱いも丁寧だ。
「シワ伸ばすの上手いね」
「本当ですか?昔はよくお母さんの手伝いでやってたんです」
「へぇ。これならすぐ任せられそうだよ」
「頑張ります!」
クロエが嬉しそうに次の服へ手を伸ばす。
その後は二人で手分けして作業を進めていった。
状態を確認して、皺を伸ばす。
そして最後に値段を付ける。
値付けについては、最初のうちは司が中心になって決めていった。
大まかな仕入れ値と服の種類。
生地やこの世界で売られている服の相場。
それらを考えながら、一着ずつ販売価格を決めていく。
「これは、この値段で」
「はい」
クロエが値段を書き留める。
「次は……これくらいかな」
「こっちの方が高いんですね」
「生地も少しいいし、作りもこっちの方がしっかりしてるからね」
「なるほど……」
単純な作業ではあるが、一着ずつやっていけば、当然時間は掛かる。
二人で作業を続けているうちに、窓から差し込む光も少しずつ傾き始めていた。
その頃になってようやく、値付けまで終わった服を一階へ運び、ラックへ掛けていく。
昨日まで空だったラックに少しずつ服が並んでいく。
再びシワになるといけないので、雑には持てない。
一階と二階を何度も往復しながら、司達は作業を続けた。
やがて今日、予定していた分の商品の、ほとんどをラックに並べ終わる。
「……本当にお店になりましたね」
クロエが少し離れた場所から店内を眺める。
昨日も什器が入った時に似たようなことを言っていたクロエだったが、その目にはその時とは比べものにならないほど店内が、店らしく映っていた。
色や形の違う服がラックに並び、壁際の棚にも畳まれた商品が置かれている。
司もクロエの隣に立ち、店内を見渡した。
「うん。だいぶそれっぽくなったね」
「これなら、もうお客さんが来ても大丈夫そうです」
「いや、まだまだやることあるよ」
「えぇ……」
クロエが露骨に肩を落とす。
その反応に司が笑う。
そして、おもむろに二階の奥に向かって階段を進んでいく。
何事かと思ったクロエも司の後に続いた。
司が立ち止まった先、そこには、今日ほとんど手を付けなかった服の山が残っている。
トリーナの倉庫で、クロエに一着ずつ選んでもらった古着の山だった。
クロエもそこでようやく、その服達の存在を思い出した。
「あっ」
クロエが短く声を上げる。
「そういえば、この子達はどうするんですか?」
「うん?」
司は目の前の古着の山を見る。
「それは明日かな」
「さっきみたいにシワを伸ばすんですか?」
「いや」
司が首を横に振る。
「こいつらは、そのまま売るつもりないから」
「……え?」
クロエが古着の山と司を交互に見る。
「売らないんですか?」
「そのままではね」
「……?」
ますます意味が分からないといった顔をするクロエ。
「じゃあ、どうするんですか?」
「ちょっと手を加える」
「…加工するんですか?」
「うん」
司は一着のシャツを手に取った。
薄い青色の、この町で好まれている比較的装飾の少ないシンプルなデザイン。
生地の状態はもちろん悪くない。。
クロエに古着を選んでもらった時、司が求めていたのはこういう服だった。
安いだけでは足りない。
破れが少なく、生地もしっかりしていて、まだ十分に服として使える物。
そして出来るだけ、余計な色や柄が入っていない物。
トリーナの町を歩き、様々な服を見ているうちに司は一つ気付いたことがあった。
この世界にも色鮮やかな服がないわけではない。
刺繍が入った物もあれば、柄の付いた布を使った服もある。
しかし元の世界と比べれば、単色や単純な柄の服が圧倒的に多かった。
ならば、日本では珍しくもなかった物でも、この世界では十分に目を引く商品になるかもしれない、司はそう考えたのだ。
そのために、クロエにはわざわざ状態のいい古着を選んでもらったのだ。
「これを、染めようと思ってるんだ」
「染める?」
クロエが司の持つ服を見る。
「色を変えるってことですか?」
「まあ、そんな感じかな」
「でも、それなら最初から色の付いた服を買えば……」
「普通に一色で染めるわけじゃないよ」
「……?」
クロエが首を傾げる。
司はそんなクロエを見て、小さく笑った。
「まあ、明日やってみれば分かるよ」
「全部ですか?」
クロエが積まれている古着へ視線を向ける。
「全部」
「……本当に?」
「本当に」
クロエがもう一度、服の山へ視線を戻す。
自分が一着ずつ状態を確認して選んだ服達。
それを司は一体どうするつもりなのか。
クロエには全く想像出来ないようだった。
一方で、司の頭には既に完成した姿が浮かんでいる。
それがこの世界でどんな反応をされるのか。
「明日も忙しくなりそうだな」
司はそう呟きながら、手にしていた古着を元の山へと戻した。




