第34話 帰省
「すいません、ツカサさん。やっぱり一回実家に帰ろうと思います」
つい先程、自分で言った発言を、覆した事に申し訳なさを感じながらクロエが司に頭を下げる。
「ここで帰らなかったら次はいつかも分かりませんし、両親も心配してるってエリーちゃんが言ってたので…」
それを聞いた司は満足そうに頷いた。
「うん。それがいいと思うよ。俺の事はいいからゆっくりしてきな」
折角の家族との再会。
司はそれを邪魔するつもりは毛頭なかった。
「あ、えっと…」
「うん?」
しかし司の言葉を聞いたクロエから声が漏れる。
それを不思議に思った司だったが、クロエの言葉を待つことにする。
クロエは意を決したように、俯いていた視線を上げ、司を見た。
「お願いします!私の実家に付いて来てください!」
「…え?」
クロエの案内で司はトリーナの西部にある住宅街を歩いていた。
時刻は昼過ぎ。
人通りが多いとは言えないが、それでも主婦や子供の姿が目立つ。
「無理を言ってすいません」
この道に来るまでにも何度か聞いた言葉をクロエが発した。
「いいって。久しぶりで不安だって言うのは分かったし、俺も雇い主として挨拶しておいて損はないしな」
「ありがとうございます」
クロエはどうしても1人で帰る勇気が出ずにいたが、司を連れていけば両親も安心するのではと考えていた。
その考えは司にも理解できていたが、1つは不安な事もある。
(彼氏だなんて勘違いされないようにしないとな)
久々に帰ってきた年頃の娘が男を連れて来るのだ。
その時の親がどういうことを想像するかを察する事は司にも容易だった。
「…ここです」
クロエが1軒の民家の前で立ち止まる。
周りよりも少し大きな建物。
2階建てで、家の表には庭もあり、花壇には花が植えられている。
誰かが手入れをしているのが窺える、綺麗な花壇だ。
家の前で立ち止まったクロエだが、深く呼吸をすると、前へ踏み出した。
その後ろを司も少しだけ距離を空けて進む。
庭を抜けると直ぐに玄関にたどり着いた。
コンコン
とクロエが玄関の扉をノックした。
「はーい」
中から女性の声がする。
どうやら不在という事態は避けられたようだ。
その声を聞いて、クロエの体が少しビクっと揺れる。
それを見た司が「大丈夫だ」と声を掛けた。
「どちら様ですか?」
ガチャっと音を立てて、扉が開く。
それと同時に中から声がする。
現れたのは緑の髪を肩より少し上で切り揃えた女性だった。
司より少し上くらいだろうか。
背はさほど高くない。
だからだろう。
クロエの後ろに立つ、背の高い司ではなく、目の前のクロエに最初に女性の視線が向かう。
クロエの顔を認めた瞬間に目が見開かれた。
「…えっと、ただいま」
「…クロエ…?」
その目にうっすらと涙を溜めて、クロエの名前を呼んだ。
中に案内された司達はリビングにあるテーブルに並んで座っていた。
「ごめんなさいね、この子ったら急に帰ってくるものだから、大したおもてなしも出来なくて」
玄関で涙を流した女性が、お盆に紅茶を入れたカップを乗せて2人の元へ運んできた。
「いえいえ、お構いなく」
司は紅茶を受け取ると、口を付ける前に1度カップをテーブルに置いた。
「改めて、はじめまして。クロエさんを雇わせてもらっています、古物商のツカサといいます」
「ご丁寧にありがとうございます。クロエの母のミーシアです」
ミーシアがお盆を置き深々と頭を下げる。
その様子に司は申し訳なさを覚えると同時に目の前の女性がクロエの母ということに驚く。
見た目から姉あたりだと勝手に思っていたからだ。
隣に座るクロエはというと、そんなことお構いなしにキョロキョロと辺りを見回していた。
「それにしても、今までどうしてたの?冒険者になるって出ていったっきり手紙の1つも寄越さないで」
司との挨拶を終え、ミーシアは本題とばかりにクロエに体を向けた。
「どうって、最近まで普通に冒険者をしてたよ。けど入ってたパーティーが解散して。魔法もこれ以上は伸びなさそうだったから冒険者は引退したの。それでツカサさんに雇ってもらえることになったんだ」
「…そう」
説明を聞いたミーシアは短く返すとじっとクロエの顔を見つめた。
「けど、無事で本当によかったわ。」
「…うん。心配かけてごめんなさい」
そんな2人の様子を見て、一安心した司は、ようやくカップの紅茶に口をつけた。
「それで、ツカサさんは古物商と言うことですが、うちのクロエは役に立てていますか?」
一通り、クロエの近況報告が終わり話が司に戻ってきた。
「そうですね。ただ古物商と言っても扱うのはほとんど服の予定です」
「服、ですか?」
「はい。実はクロエさんを雇ったのもつい先日なんですが、今度自分で店を持つことになって。そこの経理や販売員をクロエさんにはお願いしようと思っています」
古物商が服を扱うと言うことにあまりピンと来ていない様子のミーシアだったが、販売員と聞いて、何かを思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、この子。昔から服は大好きだったんですよ。
小さい頃なんて布市でたまたま通った服屋さんの服を凄く欲しがって…、けどそれが高くて高くて。諦めなさいって言っても聞かなくて、とうとう大泣きを始めたんです」
「ッ!もう!お母さん!いつの話をしてるの!」
ミーシアが昔を懐かしむように話す。
しかし司の隣に座るクロエは急に自分の恥ずかしい話を暴露され、慌てた様子で母親の話を遮った。
それもミーシアには面白かったのだろう、クスクスと笑いながら話を続ける。
「大きくなってからも、友達とよく布市や近くのお店を見に行っていたんですよ」
そう言うとミーシアも自分のカップの紅茶を1口飲んだ。
クロエはまだ何処か納得いっていないようだが、同じタイミングで紅茶を口に運んだ。
「そのまま服屋さんにでもなってくれれば良かったんですけど、昔からそれ以上に好きなものがあったみたいで」
ミーシアの話はそこでいったん途切れた。
服以上に好きなもの。
それは間違いなく魔法だろう、と司には簡単に推測できた。
しかし魔法の話になると、やはりクロエの表情が少し曇る。
クロエ自身は若くして、C級冒険者になっている。
C級と言えばプーナ村のフレッドと同じランク。
フレッドの方が冒険者としての活動期間は長かったはずなので、クロエが比較的優秀だったのではないかと司は予想していた。
だからこそクロエがそこまで悲観するほど才能がないとは司には思えなかった。
しかし、それと同時に今日聞いたクロエの祖母の話を思い出す。
このトリーナで1番と言われた魔法使い。
クロエはその祖母と自分を無意識に比べてしまっている。
司にはそう思えてならなかった。
「この子、本当に母のことが大好きだったんですよ」
ミーシアが懐かしむように口を開いた。
「母、というと…」
「私の母でクロエの祖母にあたる人なんですけど、魔法使いをしていたんです」
「それなら、さっき寄った魔法屋でも話を聞きました。この町で一番の魔法使いだったって」
「あら、母のことを?」
「はい。クロエさんが昔から通っていた店らしくて、そこの店主から少し」
司の説明を聞いて、ミーシアが納得したように頷く。
「この子、小さい頃は母の後ろをずっとついて回っていたんですよ。魔法の練習をしている時も、家にいる時はいつもそばにいて」
「ちょっと、お母さん」
「いいじゃない。本当のことでしょ?」
クロエが恥ずかしそうに口を尖らせる。
「おばあちゃんみたいな魔法使いになるんだって、そればっかり。学校に通い始めてからも、帰ってきたら庭でずっと魔法の練習をしていました」
「へえ」
司は隣に座るクロエへ目を向けた。
クロエから魔法が好きだったことは聞いていたが、幼い頃からそこまで熱心だったとは知らなかった。
「でも、結局なれませんでしたけどね」
クロエが小さく呟く。
先程まで浮かべていた恥ずかしそうな表情は消え、どこか寂しそうな笑みへと変わっていた。
「おばあちゃんは凄かったんです。私なんかとは全然違って。同じ魔法でも学校の先生が使うものよりずっと強くて、詠唱だってほとんど時間が掛からなかったんです」
クロエは昔を思い出しているのか、視線を少し落としながら続けた。
「小さい頃はそれが普通だと思ってました。でも、自分が学校で魔法を習うようになって、初めて分かったんです。おばあちゃんがどれだけ凄い魔法使いだったのか」
憧れていたからこそ、同じ道を目指した。
しかし自分が魔法を知れば知るほど、その背中がどれだけ遠い場所にあったのかも理解してしまったのだろうと司は想像する。
「学校に通って、冒険者になって、それなりに頑張ったつもりだったんですけど……結局、最後まで全然追いつけませんでした」
「クロエ……」
ミーシアが心配そうに娘の名前を呼ぶ。
「でも、冒険者はもういいかなって。ちょうどパーティーも解散しましたし、魔法もなかなか上達しなくなっていたので」
クロエはそう言うと、今度は少しだけ表情を緩めた。
「魔法を嫌いになったわけじゃないんです。練習するくらいなら空いた時間でもできますし、これからは趣味で続けようかなって」
「そう。てっきり魔法まで辞めてしまうのかと思ったわ」
「それは無理だよ。小さい頃からずっとやってきたんだもん」
母親に向けて答えたクロエの声は、先程よりも明るい。
その言葉を聞いて、ミーシアも安心したように微笑んだ。
「それなら良かった。冒険者を続けて、いつか大怪我をするんじゃないかって、ずっと心配していたのよ」
「……ごめんなさい」
「本当よ。せめて手紙くらい寄越しなさい」
「はい……」
小さくなるクロエを見て、司は思わず笑いそうになる。
冒険者として活動していた頃のクロエを司は知らない。
それでも普段の彼女はどちらかといえばしっかり者で、仕事について話している時も頼りになる印象が強かった。
そんなクロエも、母親の前では普通の娘なのだろう。
「でも、帰ってきてくれて本当によかった」
そう言ってミーシアは微笑む。
そのまま紅茶へ手を伸ばそうとして、ふと何かを思い出したように動きを止めた。
「……そうだわ。ちょっと待ってて」
「どうしたの?」
クロエの問いには答えず、ミーシアは席を立ってリビングを出ていった。
何処へ向かったのか。
司がクロエを見るが、クロエにも心当たりはないようで首を傾げている。
しばらくすると、ミーシアが細長い布包みを手に戻ってきた。
それを目にした瞬間、クロエの表情が変わる。
「それ……」
ミーシアはテーブルの上に布包みを置くと、巻かれていた布をゆっくりと解いていった。
中から現れたのは一本の杖だった。
ただし、司がこれまで目にしてきた杖とは随分と形が違う。
「小さいな……」
それを見た司から思わず言葉が漏れた。
長さは五十センチほどだろうか。
クロエが今使っている杖は百二十センチほどあるため、半分にも満たない。
杖そのものも細く、先端には水晶が取り付けられているが、それも一般的なものと比べてかなり小振りだった。
「……おばあちゃんの杖」
クロエが呟く。
「まだあったんだ……」
「もちろんよ。おばあちゃんがずっと使っていたものだもの。捨てられるわけないでしょう?」
クロエは懐かしそうに杖を見つめている。
「でも、こんなに小さい杖もあるんだな」
「おばあちゃんが特注で作ってもらった物なんです」
「特注?」
「はい。普通の杖は大きくて持ち歩くのに邪魔だからって。小さい頃からずっとこれを使ってました」
「へえ……」
確かに五十センチほどなら、持ち運びには困らないだろう。
しかし司はつい先程、魔法屋で杖について教えてもらったばかりだ。
杖は単なる棒ではない。
魔力を流し、魔法を制御するための道具であり、先端に取り付けられた魔力晶もその補助を担っている。
そう考えると、目の前の杖は随分と頼りなく見える。
それでも、このトリーナで一番とまで言われた魔法使いが特注してまで使っていた杖だ。
司は自分の知らない未知の素材や技術があるのだろうと勝手に想像した。
「クロエ」
ミーシアが杖を両手で持ち上げる。
「これ、あなたが持っていきなさい」
「……え?」
クロエが驚いたように顔を上げた。
「私が持っていても仕方ないもの。魔法も使えないし」
「でも、お母さんがおばあちゃんから貰った物でしょ?」
「貰ったというより、残された物ね」
ミーシアはそう言って小さく笑う。
「それに、魔法関係の物なら、私よりあなたが持っていた方がいいでしょう?」
クロエは差し出された杖を見つめたまま、すぐには手を伸ばさなかった。
「……本当にいいの?」
「もちろんよ。まだ魔法の事が嫌いじゃないなら。持っていてあげて」
その言葉を聞いて、クロエは恐る恐る両手を伸ばす。
ミーシアの手からクロエの手へ、小さな杖が渡った。
「……ありがとう、お母さん」
クロエはそう言うと、懐かしむように杖の表面を指で撫でる。
その横で司も改めて杖へ目を向けた。
極端に小さな杖。
先端に取り付けられた、小振りな水晶。
持ち運びやすさを理由に特注されたという、一般的な杖とは随分違う形。
そしてそれを使っていたのは、このトリーナで一番と呼ばれた魔法使い。
この杖には何か秘密があるのではないかと、司は直感した。




