第33話 クロエのコンプレックス
「こほんっ」
クロエがわざとらしく咳をして、手にした杖を握り直す。
「まず、魔法を使う上で大事なのは、魔力操作と詠唱、そしてイメージです」
そう言うとクロエは杖に意識を向ける。
「「穏やかなる光よ、我が意思に応え、辺りを照らせ――《ライト》」
するとクロエの杖の先端に拳大の光の玉が現れた。
まるで電球の様に発光する玉。
しかし熱は感じない。
「これは光の基礎魔法の《ライト》です。室内でも使えるので練習用として最適です」
「おぉ!」
人生で2回目の魔法。
効果は地味だが、それでも司の興奮は隠せない。
「杖は魔法を扱う上で欠かせない、謂わば制御装置の様な物です。魔法を扱う時にはまず杖に魔力を流します。そして魔法の完成をイメージして詠唱で魔法の形を作りあげ、発動させます」
「杖がないと魔法は使えないってこと?」
「よほど優秀な魔法使いなら杖なしでも簡単な魔法は使えますよ。それと例外としてエルフは杖を必要としないみたいです」
「ふむふむ」
司は過去に見た、歴史書に出てきたエルフについて思い返す。
(たしか、元々魔法はエルフだけが使えるものだったんだっけ)
何故エルフ以外の人類が魔法を使えるようになったのかは司にはわからなかったが、恐らく根本的に魔法に対する適正が違うのだろう。
「ではさっそく私の杖を使って魔法を使ってみましょう!」
そう言うとクロエは自身の杖を司に差し出す。
司はそれを恐る恐る受け取ると、質感を確かめるようにしっかりと握る。
材質は木のようだった。
先端には魔力晶の様な珠とそれを支えるように金属が付いている。
正にファンタジーで良くみる魔法の杖といった見た目だ。
「いいですか、ツカサさん。まずは杖に魔力晶の時と同じ要領で魔力を流します。ただしこの時に魔力を細い管のようにイメージして流してください」
「管?」
「杖は魔力晶程、魔力を効率良く通してはくれません。掴んでいる場所全体に流すと魔力が飛散しやすいんです。なので魔力は掌の1点から、細く強く流してあげる必要があります」
「やってみるよ」
司は体内の魔力を動かすイメージをする。
いつもは掌全体に何となく集めていた魔力を、クロエに言われた通り、なるべく1点に集めるイメージだ。
司の体内の魔力が手に移動する。
そこから何とか集中して細く体外に出そうとするが、これが意外と難しい。
うっすら汗をかきながら、魔力を何とか集中させる。
(いまだ!)
魔力が杖に流れていく。
確かに抵抗はあるが、ある程度杖の中心まで魔力が通ると、何かに引き上げられるように魔力が杖の先端の珠に吸い込まれていく不思議な感覚を司は感じた。
「今です!私に続いて詠唱してください。
「穏やかなる光よ、我が意思に応え、辺りを照らせ――《ライト》」
「えーっと。…穏やかなる光よ、我が意思に応え、辺りを照らせ――《ライト》」
司が詠唱した瞬間。
杖の先に先程クロエが魔法を使った時と同じように光の珠が現れた!
「おおぉ!!」
司は感激のあまり、声を上げる。
すると光はその声に反応するように、
シュンと姿を消した。
「…あれ?」
一旦は成功かと思った司だったが、クロエが《ライト》を使った際には10数秒は杖の先端から光の珠が出た状態だったはずだ、と思い返し、ため息をもらす。
「失敗かぁ…」
すると、分かりやすく項垂れる司を見て、クロエがクスクスと笑みを溢した。
「ツカサさん、今どんなイメージで詠唱しましたか?」
クロエにそう聞かれて、司は少し考え込む。
「どうって、確かにあの時は魔力を込めるのに必死で…。ただ光の珠が出ろって思ったくらいかな」
「だから、すぐ消えちゃったんです。魔法で大切なのはイメージなんです。詠唱さえすれば杖が魔法を形作ってくれます。けど、発動した魔法がどのように具現化するかは術者のイメージ次第なんです」
「イメージ…」
「ただ、やっぱり杖に魔力を注ぐのに慣れないと、やっぱり細かなイメージまでは中々出来ないと思います」
「魔力を注ぐので必死だったもんな」
「とりあえず魔力を体の中で色々な形に操作できるようになりましょう!」
そう言うとクロエは司から杖を回収して、それを自分の座る椅子の横にそっと置いた。
「魔力の基礎運用の中に《魔力視》と呼ばれる物があります」
「《魔力視》?」
「はい。魔力を自分の目に集めて、相手の魔力を探る技能です」
言葉で言われても司には皆目検討も付かない。
クロエも最初から司が理解できるとは思っていなかったのか、間髪いれずに言葉を続けた。
「やり方は簡単です。魔力を少しだけ切り離します。
魔力晶を光らせる時くらいで大丈夫です。
そしてその魔力を自分の目に動かします」
恐らく言葉で言いながら、クロエが実際に魔力視というものを使っている。
しかし先程の魔法と違って外から見てもその変化はわからなかった。
「やってみてください。そして成功したら私の体を見てみてください」
言われた通りに、司は体内の魔力に再び意識を向ける。
切り離す魔力はいつも通り。
魔力晶を光らせる程度だ。
司はそれをいつもは右手に移動させるが、今は目に向かって動かす。
練習の甲斐あってか、魔力はすんなりと司の目まで移動した。
それを察したクロエが集中する司に再び語り掛ける。
「イメージです。魔力を目に。薄い膜で覆うように引き伸ばすんです」
クロエに言われるままに、司はイメージする。
眼球を覆うイメージはしづらい。
なので司はコンタクトレンズをイメージした。
魔力をレンズのように、眼球のなるべく外側に薄く広げる。
すると、視界が明らかに変わった。
別に目が良くなったりしたわけではない。
ただ、目の前にいるクロエ、正確にはその体内に淡いブルー光が燻っているのが"視える"のだ。
「光っているのがわかりますか?」
「はい」
司は無意識に敬語を使う。
司の中では今、この瞬間は雇い主と従業員ではなく、未知の体験を経て、まるで大学の教授に新しい理論を教えられているような感覚になっていた。
「成功です」
クロエはホッとしたように、柔らかな笑みを浮かべて、そう言った。
「じゃあ私の中をもっと良く視てくださいね。何が見えますか?」
そう言われて、司はクロエを凝視する。
端から見れば、年頃の女性の胸部に近い部分を至近距離で凝視する、かなり危ない光景だが、2人はそんなことは全く意識していない。
「これは…数字の2?」
「正解です」
司の目にはクロエの体内、淡く光る腹部の上、胸部の辺りにはっきりと"2"と光る文字が見えていた。
「魔力の操作を覚えると、こんな風に体内で魔力を自在に動かすことが出来ます」
「…すごい」
司は素直に感嘆の声をもらす。
今の司には到底その様な細かな操作が行えるとは思えない。
「ここまでとは言いませんが、とりあえず、ある程度魔力を自由に扱う特訓ですね!」
幻覚だろうか。
クロエの瞳にうっすらと炎が浮かんでいる幻覚を司は見た。
(思ったより、スパルタ気質かもしれない…)
その後、司の腹の虫が鳴るまで、クロエの特訓(厳しい)は続いた。
翌朝。
司とクロエは朝食を済ませると、昨日話していた通りトリーナの町を見て回るため宿を出た。
「それで、今日はどこに連れて行ってくれるの?」
宿を出たところで司がクロエに尋ねる。
「そうですね……」
クロエは少し考えるように視線を上へ向ける。
昨日、自分から案内すると言い出したものの、いざとなるとどこから案内するべきか迷っているようだ。
「ツカサさんは何か見たいものとかありますか?」
「うーん。特にはないかな。俺はこの町のこと全然知らないし、クロエさんに任せるよ」
「わかりました!」
司に任されたクロエは俄然やる気を見せる。
「それじゃあ、まずは中央広場に行きましょう! この時間なら露店もたくさん出てると思います」
「了解。今日はクロエさんについて行くよ」
「任せてください!」
胸を張って答えたクロエが司より少し前を歩き始める。
昨日までの仕入れの時とは違い、今日は特に目的があるわけではない。
帰りの馬車が出るのは明日の朝。
今日1日は完全に自由な時間だった。
「まずは中央広場に行きましょう。この時間なら露店もたくさん出てると思います」
「布市とは違うの?」
「全然違いますよ。食べ物とか日用品とか、色々な物が売ってます。布市ほど大きくはないですけど」
クロエの案内で町の中心部へと向かう。
昨日まで歩いていた道から何度か曲がり、細い路地を抜ける。
司だけなら同じ道をもう一度歩けと言われても難しいだろう。
しかしクロエは迷う様子もなく進んでいく。
やがて建物の隙間から開けた場所が見えてきた。
「ここです!」
クロエの言葉通り、広場にはいくつもの露店が並んでいた。
野菜や果物を並べる店。
湯気を立てる鍋から料理をよそう店。
木工品や食器を扱う店まである。
昨日まで見ていた布市とは違い、完全に地元の人間に向けた市場のようだ。
「結構賑わってるな」
「この辺りに住んでいる人はよく使いますよ。私も昔はお母さんのお使いでよく来てました」
そう話すクロエの横を、買い物籠を持った女性が通り過ぎていく。
観光地というよりは、トリーナで暮らす人々が日常的に利用しているという雰囲気の場所だった。
司はそういう場所も嫌いではない。
むしろ古着屋という仕事柄なのか、その土地で暮らす人間が普段どんな生活をしているのか知る方が興味を惹かれる。
「ツカサさん、こっちです」
少し先を歩いていたクロエに呼ばれ、司はその後を追った。
それからしばらく、2人は広場を見て回った。
途中、クロエが子供の頃によく食べていたという焼き菓子を買い、広場を抜けた後は町の中心にある大きな時計塔へ向かう。
更にそこからクロエが昔通っていた学校の前を通り、近くを流れる川に架かった大きな石橋まで足を延ばした。
「さすがに店とかもちょっと変わっちゃってますね…」
石橋の上から川を眺めながら、クロエがぽつりと呟く。
「久しぶりなの?」
「はい。アルカムに行ってから一度も帰ってきてなかったので」
「そっか」
クロエがアルカムへ出たのがいつなのか、司は詳しく聞いたことがない。
それでも町を歩くクロエの様子を見ていれば、それなりに久しぶりなのだろうということは分かった。
「あっちは?」
司が橋の向こう側を指差す。
通り沿いに商店が並んでいる。
昨日訪れた布市周辺とはまた違った雰囲気だった。
「あっちは昔からあるお店が多いですよ。道具屋とか薬屋とか……あっ、魔法店もあります」
「魔法店?」
その言葉に司が反応する。
魔法店と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、アルカムで訪れたカトリーヌの店だった。
そして同時に、昨日の出来事を思い出す。
初めて自分の手で発動させた《ライト》。
ほんの一瞬で消えてしまったとはいえ、自分が魔法を使ったという事実は一晩経った今でも司の中に強く残っていた。
「行ってみてもいい?」
「魔法店ですか?」
「うん。昨日魔法を使ったからか、ちょっと興味が出てきて」
司がそう言うと、クロエは納得したように頷いた。
「だったら丁度いいですね。私が昔よく行ってたお店がありますよ」
「クロエさんが?」
「はい。魔法の本とか魔力晶を買いに行ってました」
そう言ったクロエは橋を渡り、そのまま先ほどの通りへと入っていく。
司もその後を追う。
「昔からある店なの?」
「私が小さい頃にはもうありましたよ。店主さんも変わってなければ、まだ同じ人だと思います」
「じゃあクロエさんのことも知ってるかもね」
「覚えてますかね?」
クロエは少し懐かしそうに笑う。
通りを進んで数分。
クロエが一軒の店の前で足を止めた。
「ここです」
店構えはアルカムのカトリーヌの店より少し大きい。
扉の横には魔力晶らしき青白い石がいくつか飾られ、窓越しには杖や魔法書らしき物も見える。
司が看板を見上げる。
トリーナに来てから何度も店を訪れてきたが、今日だけは仕入れが目的ではない。
「入ってみようか」
「はい」
クロエが扉に手を掛ける。
カランカランと来客を知らせる鐘の音が店内に響いた。
店に入った司はまず店内を見渡した。
アルカムで訪れたカトリーヌの店よりも少し広い。
壁際には大小様々な杖が立て掛けられ、反対側の棚には魔法に関する物と思われる本が所狭しと並べられている。
他にも魔力晶や、司には用途の分からない道具がいくつも置かれていた。
「いらっしゃい」
店の奥から声が聞こえる。
姿を現したのは、白髪混じりの髪を後ろに撫で付けた初老の男性だった。
男は司へと視線を向け、そのまま隣に立つクロエへ目を移す。
「……ん?」
クロエの顔を見た男の動きが止まった。
「もしかして、クロエか?」
「お久しぶりです」
「やっぱりそうか!随分久しぶりじゃないか」
どうやらクロエの言った通り、店主は昔と変わっていなかったらしく、ちゃんとクロエの事も覚えているようだ。
「アルカムに行ったとは聞いてたが、帰ってきてたのか」
「一昨日からです。仕事でトリーナに来ていて」
「仕事?」
男が不思議そうに首を傾げる。
その視線が司へと向いた。
「こちらのツカサさんのお店で働いてるんです」
「はじめまして。司です」
司が軽く頭を下げる。
「へぇ。クロエがねぇ」
店主は感心したようにクロエを見る。
「ちゃんと働いてますよ!…まだ数日ですけど」
どこか疑われているように感じたのか、クロエが少し頬を膨らませる。
最後に付けた言葉はかなり小さかった。
「別に疑っちゃいないさ」
店主はそう言って笑う。
そのやり取りから、昔からクロエのことを知っているのだろうということが司にも伝わってきた。
「それで今日はどうした?何か必要な物でもあるのか?」
「今日は俺が魔法店を見てみたくて、クロエさんに案内してもらったんです」
「ツカサさん、昨日初めて魔法を使ったんですよ」
「ほう?」
店主が興味深そうに司を見る。
「使ったと言っても《ライト》ですけどね。しかも一瞬で消えました」
「最初なんてそんなもんだ。それより魔法を使えたなら十分じゃないか」
「俺もそう思ってるんですけどね」
司は昨日、杖の先に現れた光の珠を思い返す。
たった一瞬。
それでも自分の手で魔法を使った時の興奮は今も残っている。
「その前にクロエさんの手本を見ているので、まだまだだなって感じです」
それでも、もちろん満足はしていない。
昨晩の寝るまでの時間や今朝の朝食までの間、司は1人、部屋で魔力操作の練習をしていた。
「クロエさんに教えてもらってるんです。昨日も夕食までずっと魔力操作の練習に付き合ってもらって」
「へぇ」
店主が再びクロエへ視線を向ける。
「なら先生には困らんな」
「先生なんて、そんな……」
クロエが困ったように笑う。
「何言ってる。昔から魔力操作は上手かったじゃないか」
その言葉に司が反応する。
昨日の練習でクロエが見せた魔力操作を思い出したからだ。
体内の魔力を動かし、胸の辺りにはっきりと数字を作ってみせた。
少なくとも今の司には到底真似出来そうにない。
「確かにすごかったですよ。魔力で数字を作って見せてもらいました」
「だろう?」
何故か店主が自慢げに頷く。
「小さい頃からその辺りは器用だったんだ。この子のお婆さんも魔力の扱いが上手かったからな」
「お婆さん?」
司は初めて聞く話にクロエを見る。
クロエは一瞬だけ困ったような表情を浮かべた。
「クロエさんのお婆さんも魔法使いだったの?」
「……はい」
クロエが小さく頷く。
「魔法使いだったなんてもんじゃない。トリーナじゃ一番の魔法使いだったんだぞ」
店主がクロエの代わりに答える。
「若い頃は冒険者としても随分活躍したらしい。俺が店を継いだ頃にはもう引退してたが、それでも魔法の腕は大したもんだった」
「そんなにすごい人だったんですね」
司が感心していると、クロエは少しだけ視線を落とす。
「……私、お婆ちゃんに憧れて、魔法使いを目指したんです」
「そうだったんだ」
「小さい頃はよく魔法を見せてもらってました。すごく綺麗で……私もいつかお婆ちゃんみたいな魔法使いになりたいって思ってたんです」
祖母のことを話すクロエの表情は柔らかい。
本当に好きだったのだろう。
しかしその表情は長くは続かなかった。
「でも、全然ダメでしたけどね」
クロエが自嘲気味に笑う。
「ダメって、昨日あれだけ魔力を動かしてたじゃない」
「魔力操作は出来るんです。でも、魔法は別です」
クロエは店内に並べられた杖へと視線を向ける。
「同じ魔法を使っても、他の人より詠唱に時間が掛かりますし、使う魔力の割に威力も弱くて……」
「そうなの?」
それは司には意外と思える話だった。
昨日クロエに魔法を教えてもらった限りでは、そんな印象は全く受けなかった。
魔法についての知識も豊富で、魔力操作も司とは比べ物にならないほど上手い。
「昔からそうなんです。練習してもなかなか上手くならなくて」
クロエはそう言って笑う。
しかし司には、その笑顔がどこか無理をしているように見えた。
「それに、お婆ちゃんがすごい人だったので……」
そこでクロエが一度言葉を止める。
「お婆ちゃんの孫なのにって、よく言われました」
店主が僅かに顔をしかめた。
「周りも悪気があったわけじゃないんです。ただ、私がお婆ちゃんみたいになりたいって、ずっと言ってましたから」
「……そっか」
司はそれ以上何も言わなかった。
祖母に憧れて魔法使いを目指した。
しかし、その祖母が優秀であればあるほど、上手く魔法を使えない自分との差を思い知らされる。
クロエにとって祖母は憧れであると同時に、コンプレックスでもあるのだろう。
「でも、お婆ちゃんのことは大好きですよ!」
クロエが慌てて付け加える。
「それは分かってるよ」
司が優しく笑う。
その言葉にクロエも少し安心したように笑みを浮かべた。
それから司は店内を見て回った。
魔法の基礎について書かれた本を手に取ったり、並べられた杖を眺めたりと、仕入れとは関係なく純粋に魔法店を楽しむ。
クロエも昔を思い出したのか、店主と時折昔話をしながら司に道具の説明をしてくれた。
司もせっかくだし、杖を買おうかとも思ったが、まだ上手く魔法は扱えない。
どうせなら魔力操作のレベルが上がってからにしようと思い直した。
店に入ってからどれくらい経っただろうか。
一通り店内を見終えた司とクロエは店主に礼を言い、魔法店を後にした。
外に出ると、太陽は既に随分と高い位置まで昇っていた。
「結構長居しちゃいましたね」
「面白かったからね」
司は満足そうに答える。
「それに、クロエさんの昔の話も聞けたし」
「もう……余計なことまで聞かれちゃいました」
クロエが少し恥ずかしそうに呟く。
2人はそのまま通りを歩き始める。
しかし先程まで次々と町を案内していたクロエの足取りは、どこか目的地を失ったようにゆっくりとしていた。
「そういえばさ」
「はい?」
「クロエさんの実家って、この町なんだよね?」
司の言葉にクロエの足が僅かに止まる。
「……はい」
「まだ帰ってないけど、本当にいいの?」
「仕事で来ましたし、別に帰らなくてもいいかなって」
クロエはそう答えた後、少し気まずそうに笑った。
「そっか」
司はそれ以上聞かなかった。
家庭の事情というものは他人が簡単に踏み込んでいいものではない。
昨日も同じことを聞こうとして、結局やめた。
しかし少し歩いたところで、今度はクロエの方から口を開いた。
「ツカサさん」
「ん?」
「今日って、もう予定ないんですよね?」
「特にはないよ」
クロエは前を向いたまま少し考える。
やがて何かを決めたように、司へと振り返った。
「……やっぱり久しぶりに、実家に帰ってみてもいいですか?」




