第32話 大口仕入れ
トリーナの町に着いて2日目。
司とクロエは昨日受け取ったメモに書いてある場所へ向けて、宿を出発した。
「ここからなら、歩いて15分ってところですね」
メモを持つのはクロエだ。
地図もついていない住所だけのメモを見ても司だけなら目的地に辿り着けたかわからないが、こういう時にこの町出身で土地勘のある従業員がいると心強い。
司にとっては初めて通る道でも、クロエには勝手知ったる地元の道だ。
どんどん進んでいく。
次第に店や民家が減り、2人は町外れの倉庫街にたどり着いた。
「ここですね」
クロエが足を止める。
この倉庫街の中ではやや小さめだが、それでも一般的な住居よりもかなり大きな建物だ。
「この辺りに来るのは流石に初めてですが、多分ここで合っていると思います」
やや自信無さげな様子のクロエだったが、司も正解が分からないので、取りあえず扉をノックすることにした。
コンコンと司が扉を叩く音が響く。
少しして、中から足音が聞こえたかと思うと、扉が開いた。
「いらっしゃい。ヒルダさんの言ってた客か?」
中から姿を現したのは不精髭を生やした、まるで山賊のような見た目の男だ。
「そうです。メモを見せるように言われてます」
司がそう言うとクロエが手にしていたメモを男性に差し出した。
「確認した。中に入れ」
男が扉を更に広げ、司とクロエが通れる隙間を確保すると、2人を倉庫の中へ誘導した。
倉庫の中はシンプルだった。
部屋のような物はなく、柱がいくつかあるだけの広い空間。
そこに積まれた服の山が幾つものある。
「一応、好きに見せて良いと言われているからな。時間は掛かるだろうが、自由に見てくれ。値段は大体1着銅貨15~20枚ってところだ。買うものだけ避けてくれれば、うちの従業員が勝手にまとめておく」
「ありがとうございます」
短い説明を受けて、司とクロエはさっそく一番近くの服の山へと向かう。
どうやらざっくりとジャンルで分かれているらしい。
この山はシャツが積まれている。
男女の区別は流石にしてなさそうだ。
「私はどうしましょうか?」
クロエが司に質問する。
昨日は1日司に付いて歩いていただけなので、何を手伝えばいいか分からないのだ。
「クロエさんはとりあえず、俺がはじいた服から、デザインの気に入った物を選んでみて」
「気に入った物、ですか?」
「あぁ。俺は未使用品を抜くから、クロエさんが何となくでも、これ可愛いな、とか思った物を選んで欲しいんだ」
「けど、それは未使用品じゃないんですよね?いいんですか?」
「ちょっと試してみたいことがあってね」
「わかりました!」
自分にも役割を与えられやる気を見せるクロエ。
その様子に満足そうに笑い掛けた司は、服の山に手を掛けた。
それから、2人はほとんど休憩も取らずに服を選び続けた。
最後の山を見終えたのは、倉庫に入ってから5時間が過ぎた頃だった。
「終わりました」
「おう、ご苦労さん」
司が最初に会った山賊のような男、カルロに声を掛ける。
その後ろには他の従業員の若い男性が2人がかりで司達の選んだ服を整理していた。
「ざっと400着ってところか」
司は自分達の選んだ服が積まれているのを見て満足そうに呟く。
「正確な数を今から集計させるから、どこかで昼でも取ってきたらどうだ?」
カルロの提案に司が頷く。
隣では流石のクロエも少し疲れた表情を見せていた。
倉庫街を進んだ先に屋台が何店舗か並んでいると教えてもらい、2人はそこで遅めの昼食を取ることにした。
夜に影響するといけないと考えて、量は控えめにするつもりだったため、屋台というのはかえって都合がよかった。
司が串焼き、クロエがサンドイッチをそれぞれ別の屋台で買うと、近くのベンチに腰を下ろす。
「それにしても、流石に疲れましたね」
クロエがサンドイッチを頬張りながら司に語り掛ける。
「俺もあの量を一気に見ることはそうそうないから、流石にキツかったな。けど思った以上の収穫だ」
この町で良くて200着でも買えればいいと考えていた司だったが、予定の倍の量を確保できた。
これなら当分は在庫には困らないだろう。
「この後はどうしますか?」
「うーん。一応布市の昨日見ていない場所を見てみるかな。それか近くにアクセサリーを置いてるような古物店があれば行きたいけど…」
「それなら布市の端にアクセサリーのエリアがありますよ。昨日とは反対側です」
「そうなの?」
「はい。昔よくエリーちゃんと見に行ってました」
この後の予定も決まったところで2人は倉庫に戻った。
今度はノックをせずに、そのまま司が扉を開ける。
事前にカルロにそう言われていたからだ。
2人が戻ったことに気が付いたカルロが近付いてくる。
「ちょうど集計が終わったところだ。全部で421着。1着あたり銅貨15枚だが、量が多いからな。端数はまけて、銀貨60枚だ」
「ありがとうございます。支払いはギルドカードでもいいですか?」
「かまわないが、それならヒルダさんの所に行ってくれ。今日も布市にいるはずだ」
「わかりました。ちょうどこの後布市に行こうと思っていたので、その時に支払っておきます」
「それと服だが、どうする?こっちで配送の手配をしてもいいが」
「本当ですか!」
この荷物をアルカムに持って帰る方法を考えていた司にとって、それは有難い申し出だった。
「流石に2人で運ぶのは無理だろう。今後も量が多い時はアルカムに送るから、後で住所を書いてくれ。もちろん配送料は貰うがな」
「ありがとうございます!」
そのまま司とカルロは倉庫の端に置かれた作業台へと向かい、そこに置かれた紙とペンで住所を書いてそれをカルロに渡す。
カルロも今回の取引の内容のメモを2枚用意するとそれを司に渡した。
「1枚はそっちの控えだ。もう1枚はヒルダさんに渡してくれ」
司はカルロに礼を言うとクロエの元に戻った。
そして他の従業員にも声をかけ、倉庫を後にした。
結果として、布市には昨日と同じくらいの時間に到着した。
昨日の店に行こうと通りを歩いていたが、偶然、その途中の別の店でヒルダの姿を発見する。
「ヒルダさん」
司が店員と話しているヒルダに声を掛ける。
古着が置いてあるので、どうやらここもヒルダの取り仕切る店らしい。
「ツカサじゃないか。もう倉庫の方は見終わったのかい?」
「はい。お陰様で良い物が買えました。支払いをギルドカードでしたいので、これを渡すように言われました」
司は鞄からメモを1枚取り出し、ヒルダに手渡す。
受け取ったメモを見たヒルダは満足そうに微笑む。
「ずいぶんと買ってくれたんだね」
そう言うと懐からギルドカードを取り出し司へと向ける。
司も自らのギルドカードをヒルダの物と重ねる。
互いのカードが淡く発光して、取引が完了した。
「アルカムなら配達には長くても大体1週間もみててくれればいいからね」
「ありがとうございます」
「また仕入れが必要ならその時は先に手紙でも何でもいいから連絡しておくれよ」
「わかりました。またお世話になると思います」
司はそう言うと次なる買い付けに向けて歩き始める。
と、言っても案内のため先行するのはクロエだが。
その後たどり着いたアクセサリー等を扱っているエリアで司は纏まった数のシルバーのアクセサリーを買い付けることに成功した。
一つ一つの大きさは大したことないため、アクセサリーは司とクロエで手分けして持って帰ることにした。
満足げな顔で布市を後にする司。
時間も昨日より早く、昼も遅かったため、今から夕食という気分にもならない。
ひとまず、荷物を宿に置きに行くことにした。
「思ったより早く終わっちゃいましたね」
「予想以上の収穫だったよ。この町に来てよかった」
宿までの道すがら、クロエがぽつりとこぼした言葉に司が相槌を打つ。
「それにクロエさんが一緒で本当によかった。俺だけだとまずは道を覚えたり、場所を調べる所から始めないといけなかったから。早く終わったのはクロエさんのお陰だよ」
「そ、そんなことないですよ!」
不意に司に褒められ、クロエは少し照れたようにそれを否定する。
満更ではない表情だったことは顔を見なくても明白だった。
「明日は丸1日空いたんですよね?」
「そうだね。帰ってもいいんだけど、折角だしこの町を少し見ていこうかな」
「あっ、だったら私が案内しますよ!」
司の言葉にやや前のめりで答えるクロエ。
先程褒められたこともあり、自分が役に立てそうな事には率先してやりたがっているようにも見える。
「それは有難いけど…」
司はそこまで言うと少し言い淀む。
その様子にクロエが少し怪訝そうな表情を浮かべる。
司がその先を続けることはなかった。
宿に帰ると司の部屋に荷物を置いて、夕食まで各々自由時間にすることにした。
しかしそれにクロエが待ったをかけた。
夕食までせいぜい2時間程。
何処かに出掛けるのにも中途半端な時間だ。
そこでクロエは司に魔法の練習を提案した。
まさかクロエの方からその話をしてくるとは思っていなかった司だったが、いずれ魔法は教わろうと思っていたので、クロエの提案を喜んで受け入れる。
自室から自身の杖を取ってきたクロエが司の部屋の椅子に座る。
椅子は1脚しかないため、司はベットに腰掛けることになった。
「ツカサさんは、魔力晶の練習はしているんですよね?」
「あぁ」
「なら実際に魔力晶に魔力を流してみましょう」
「わかった」
そう言うと司は持ってきていた魔力晶に魔力を流していく。
司がカトリーヌの店で一番最初に魔力を流した時には眩い光を放っていた魔力晶。
それが今は優しく、安定した光を放つようになっていた。
「すごい!上手です!」
その光景を見たクロエが良い意味で驚きの声をあげた。
「ここまで安定して魔力を出せるなら、魔法もきっとすぐ使えるようになりますよ!」
「ほんと?!」
司はクロエに褒められ、つい意識を乱してしまう。
その瞬間、 魔力晶の光が大きく揺らぐ。
「あ…」
司のちょっと間抜けな声が部屋に響いた。




