第31話 仕入れ先の開拓とクロエの親友
「意外と難しいものですね」
布市に着いて1時間を過ぎて、未だ何も買えていない司にクロエが声を掛ける。
「古着を扱っているところもあるけど、どうしてもコンディションがね…。ただ初めてのマーケットなら、こういう事も良くあるさ」
素人目に見るとかなり絶望的な状況だが、司にとってはそうでもないらしい。
「昔、初めて訪れた市場で3時間周って1着も買えなかった事もある」
「3時間でですか?!」
「妥協すればもっと買えるんだけど、妥協して買った服ってちゃんと売れ残るんだよね」
「やっぱりお店をするって難しいんですね」
「とにかく、根気との戦いかな」
2人はその後も順番に各店舗を確認して行く。
そして布市の中ほどにさしかったところで、司が周りの店の雰囲気が変わった事に気が付いた。
「…質が上がった」
「質、ですか?」
「さっきまでの通りと比べると、生地のクオリティの高い店が多いんだ」
「そうなんですか?全然分かりませんでした…」
服に関しては素人のクロエには分からない、生地の質や縫製の細かさなどの違いを司の目ははっきりと捉えていた。
「もしかしたらエリアで価格帯も違うのかもしれないね」
確かに広大な市場に何の規則性もなく同じジャンルの店がこれ程並んでいるとは考えづらい。
もしかすると、ここから先に進む程より高級志向の店が増えるのではないかと司は予想した。
しかし、司は何も高い物を求めている訳ではない。
程よいクオリティでコンディションの良い物を安価で提供する。
それが司の理想だ。
「この辺りを重点的に見てみようか」
そう言うと司は今まで以上に慎重に店を観察していく。
店ごとに扱う物のジャンルが違うという、この市場の性質上、新品の服と古着を同じ店で扱っていることは考えづらかったが、念のため新品の店の商品も観察していく。
そうして10数m進んだ所で司はこの通りで初めて古着を扱っている店を見つけた。
店内を見渡してみても先程までの通りの店と比べて、明らかに綺麗な物が多い。
ここなら、と期待して司は服を見ていく。
5着程見るとさっそく、探していた質感の服を見つけた。
司はニヤリと笑ってスキルを使う。
【綿のシャツ】
製造年 : 精歴1098年
生産者 : ローザ・ヘイル
使用者 : なし
残響 : なし
使用者の欄に名前がない。
司の探していた古着の中に紛れた未使用品だった。
(よし!)
司はその調子で店内にある服を片っ端から見ていく。
20分程で15着の未使用品が集まった。
ここは男性物のシャツを扱っている店だったので種類は少ないが、上々な出来といえる。
「いくらになりますか?」
司の様子を黙って見ていた20代前半くらいの見た目の店員の男性に声を掛ける。
「1着銅貨20枚だから全部で銀貨3枚だな」
「少し安くなりませんか?」
「おいおい。うちは良い状態の物だけ厳選して置いているんだ。これ以上安くしちゃ赤字になっちまうよ」
「そうですか…。なら他にも在庫ってどこかに保管していたりしませんか?」
「在庫なら倉庫に溜めてるが?」
「その倉庫に入らせてもらうことは出来ませんか?」
「倉庫にか…?ちょっと待ってな」
そう言うと男は司達を置いて、何処かに行ってしまう。
その様子を見ていたクロエが司に話しかけた。
「何処に行ったんでしょうか?」
「多分、上役に確認に行ったんだよ。あの人がオーナーって訳じゃなくて、他に経営者がいるんだ」
「なるほど」
「こんなに状態に拘っているんだ。シャツだけを選別して集めるより他のアイテムも一緒に集めた方が効率がいいからね。多分場所を分けて売っているんだよ」
「なら、別の店に確認しに行ったんですね」
「多分ね」
程なくして、店員の男が1人の女性を連れて戻ってきた。
女性の方は司より少し年上に見える。
「あんたが倉庫を見たいっていうお客だね」
肩より少し長い赤い髪を靡かせ、姉御肌という言葉が良く似合いそうな口調の女性だ。
「はじめまして。アルカムで古物商をしている司と言います。今度店を開くんですがその仕入れ先を探していて、偶然この店を見つけたんです。」
「古物商が、服を?」
女性が少し怪訝そうな表情を見せる。
彼女の中の古物商のイメージと服というのがあまり結び付かなかったのだろう。
「古着をメインで扱う店です。ただの古着ではなく状態には拘ります」
「なるほどね。だったらうちの店は仕入先としてはうってつけって訳かい」
「ここまで見た古着屋の中ではここが断トツでクオリティが高い。是非倉庫でもっと買わせてほしいんです」
「何着くらい必要なんだい?」
「自分で見て、良いと思えたら200でも300でも」
司の返事を聞いて、ヒルダの目付きが少し変わった。
「そうかい。ただ今日はもう時間も遅いからね。明日でもいいかい?」
「もちろんです」
司の返事を聞くと、店の奥から女性は紙とペンを取り出し、何かを書き込んでいく。
書き終えた、そのメモを司に「ほら」と言いながら渡した。
「ツカサって言ったね。私はヒルダ。明日の午前にでもこの住所に来ておくれ。この紙を見せれば中に入れるよう話は通しておくよ」
「ありがとうございます。ヒルダさん」
受け取ったメモには住所と、その下にヒルダのサインが書いてある。
それを大事に折り畳んで鞄にしまうと、先程選んだ服の会計をしようと、司は店員の男に声を掛けた。
言われた通り、銀貨3枚の会計を済ませると、司は商品を受け取ろうとするが、それをヒルダに止められる。
「どうせ、明日も服が増えるんだ。これはコイツにこの後倉庫まで運ばせておくよ」
それを聞いた男は露骨に顔をしかめるが、ヒルダが軽く睨むと、すぐに笑顔で「お任せくだせぇ」と頭を下げた。
その後、通りをさらに進むが、本格的に古着を扱っている店が無くなり、高級志向の店が増えていく。
司は自らの予想が当たっていたと思いながら、クロエに声を掛けた。
「よし、今日はもうここまでにして、帰ろうか」
司の言葉を聞いて、クロエは短く頷いた。
「わかりました。晩ごはんなんですけど、私のおすすめの店が近くにあって、そこでもいいですか?」
「もちろん!楽しみにしてるよ」
昼にこの町に着いてから、4時間程は歩き回った2人。
司は馬車での移動の疲れもあって、中々の疲労を感じていたが、対してクロエはけろっとした様子でまだまだ元気そうだった。
少し前まで冒険者として活動していた影響だろう。
一見すると普通の少女のようだが、基礎体力は自分よりも高そうだなと司は素直に感心した。
布市を出た頃には、既に辺りは夕日に照らされて、町全体がオレンジに染まっていた。
アルカムよりも建物の背が少し低いせいか空がより広く感じる。
クロエのおすすめの店は宿とは布市を挟んで反対方向だったが、歩いて5分程の場所にあった。
「いらっしゃませ~」
扉を開けて店に入った2人を店員の女性が迎える。
「お二人様ですか~?…ってクロエ?!」
「エリーちゃん久しぶりっ」
「もう!久しぶりじゃないわよ!アルカムに行ったきり全然帰って来ないから心配してたのよ!」
「ごめんなさい…」
どうやら店員の女性とクロエは知り合いのようだ。
2人が話している間に司は店内を見渡す。
外観はレンガ造りだが、中は木張りで、所々に観葉植物が置いてある、お洒落なカフェのような内装の店だ。
まだ少し夕食には早い時間のせいか店内には他に客はいなかった。
窓側の一番奥の席に案内され、司は何を頼めばいいか分からなかったので、適当におすすめを注文する。
クロエは昔から好きだという、何かのフライ(司には名前が分からなかった)を頼んでいた。
クロエにエリーと呼ばれたウエイトレスは厨房に注文を伝えに行くと、すぐに2人の座るテーブルに戻ってきた。
「それでこの人はクロエの彼氏?」
クロエの前に座る司を見て、エリーが少し悪戯っぽく笑いながらクロエに話し掛けた。
「な!ち、違うよ!この人は私の雇い主のツカサさん!」
「なーんだ、つまんな~い」
エリーの言葉にクロエが慌てて否定の声を上げる。
その様子を見たエリーも初めから期待していなかったのか、言葉は軽いものだった。
「クロエを護衛に雇ってるんですか?」
次いで、エリーが司を見て口を開いた。
「護衛っていうのもあるけど、うちの店員として雇ってるんだ」
エリーは司の返事に「店員?」と首を傾げる。
それを見たクロエが少し俯く。
「実は冒険者は引退しちゃったんだ。やっぱり私じゃ、これ以上上にはいけそうもないから…」
「…そうなんだ。クロエ、頑張ってたのにね…」
先程の様子から久しぶりこの町に帰ってきたクロエが冒険者を辞めたことをエリーは知らなかったのだろう。
場の空気が少し重たくなるが、それも少しの間だけだった。
「けど、もう危ないことはしないって事だもんね!そっちの方が親友としてはむしろ安心ってものだよ!」
「…エリーちゃん、ありがとう」
うんうん、とエリーは満足そうに頷く。
それを見たクロエもどこか安心したような表情を見せた。
その後、厨房から呼ばれたエリーが料理を持って帰ってきた。
司の前にはオークのステーキ、クロエの前には白身魚のフライが並べられる。
どちらもサラダとフライドポテトがサイドに添えられたプレートスタイルだ。
クロエがさっそくナイフでフライを一口サイズに切ると、フォークで口まで運ぶ。
「…んっ!これだよ~。懐かしいなぁ」
一口食べ、顔をほころぼさせる。
そんなクロエを見て、司もオークのステーキを切り始めた。
「御馳走様でした」
「お粗末さまです!」
綺麗に完食した2人の皿を見てエリーが笑顔で答える。
2人の食事中に客が増えて、席は半分ほどが埋まっていた。
しかし従業員もエリーの他に2人いるので、エリーが司達に掛かりきりでも特に問題なく回っているようだった。
「2人はいつまでこの町にいるの?」
空いた皿を片付けながらエリーがクロエに質問する。
「一応あと2日の予定、ですよね?」
「うん。どれだけ買えるか次第だけど、それくらいで戻らないと。オープンの準備もあるしね」
「そっか~。短いんだね…。家にはもう行ったの?」
「まだなんだ。冒険者になるって飛び出したきりだし、ちょっと帰りづらくて…」
「おばさんも、おじさんも別に怒ったりしてないよ?むしろ心配してるって。顔見せるだけでもいいから、帰ってあげな」
「…うん」
消えそうな声で返事をするクロエ。
その様子を司は黙って見ていた。




