第30話 服の町トリーナへ
街道を進む馬車の揺れも1日も乗っていれば慣れる。
いや慣れると言うのは少し語弊があるかもしれない。
前回の失敗から学んでクッションを持参して挑んだ遠征だったが、司は自分の臀部がもう麻痺して痛みを感じなくなっているのではと心配していた。
司とクロエの姿はトリーナへと向かう馬車の中にあった。
昨日の午後に出発した馬車は、途中の村に一泊して、今朝からまた目的地のトリーナへと進んでいた。
「あと3時間くらいですね」
司の荷物を挟んで隣に座るクロエが司へ語り掛ける。
その奥にはクロエの荷物と、全長で120cm程ある1本の杖が置かれていた。
「もう尻の感覚もないから、今なら寝れそうだよ」
「やっぱりもう少し硬めのクッションにしておけば良かったですね」
「本当だよ。それでも何もなかった前回よりましだけどね」
司が購入したクッションは普段使いの事も考えてやや柔らかいタイプにしたのだが、もう少し弾力のあるものの方が今よりましだったのには違いない。
それでも多少ましになる程度の差らしいと購入の際に店員に言われていた。
後は慣れの問題だ。
それから30分程経った時だった。
突然、馬が激しくいなないて、馬車が急停車した。
その後直ぐさま、後方に待機していた冒険者が馬車から飛び出す。
どうやらモンスターと遭遇したらしい。
その様子を確認した司や他の乗客は窓から外の様子を窺う。
そこで見たのは3mはあろうかという巨大な姿だった。
猪に似た大きな牙を生やしたモンスター。
その手に巨大な丸太の様な物を握ってこちらに向かってきている。
「ッ?!なんだアイツ…」
高さで言えば司がポールの記憶でみたアーマードベアを凌駕している。
残響読取のお陰で小型のモンスター程度であれば大した恐怖は抱かなくなっていた司でも、流石に恐れを抱く。
他の乗客からも悲鳴に似た声が漏れる。
「あれは、オーク!こんな場所に出るなんて!」
司の隣で同じく外の様子を窺っていたクロエが声を上げた。
その時には既に護衛の冒険者とオークとの戦闘が始まろうとしていた。
冒険者の人数は3人。
1人がタンクの様な役割を果たし、オークの振りかざした丸太を、盾を使って受ける。
あまりの力にその場で耐える事は出来なかったようで、1m程後退するが何とか攻撃をいなすことに成功する。
その隙に残る2人がオークを挟撃した!
1人の足を狙った斬撃がオークの足に当たる。
もう片方も丸太を持っているオークの右腕に向け剣を振る。
しかしどちらの攻撃もオークの分厚い皮膚を僅かに裂いた程度で、致命傷には繋がっていない。
(攻撃力が足りていない)
司の目には冒険者側の火力が足りていないように映る。
これがポールなら素の状態でも今の一撃でかなりのダメージは与えられたであろうが、今戦っている若い冒険者にとってはかなり苦戦しそうな闘いになるであろう事は明白だった。
その時だ。
司の隣で状況を見ていたクロエが杖を持って馬車から飛び出した!
「クロエさん!」
少し遅れて、司が心配のあまり声を出すが、その時には既にクロエは馬車の外に出て、杖を構える動作に移っていた。
「清浄なる水よ、我が意思に応え、球となりて敵を穿てーー《ウォーターボール》!」
クロエの突き出した杖の先端に何処からともなく水が集まる。
それがクロエの詠唱に呼応するように直径にして50cm程の大きさの水球の形に膨れ上がると、勢い良く飛び出した!
そしてその水球が再び冒険者に対して丸太を振り下ろそうとしていたオークの顔面を正確に撃ち抜いた。
突然の、予想外の攻撃を受けたオークはその衝撃に耐えられず、背中から倒れる。
「…ッフガゥ」
しかしそれで息の根を止めるまでは至っていない。
後数秒もすれば起き上がってしまいそうだが、当然、冒険者達もその隙を逃さない。
剣を手にした2人が一瞬の内に倒れたオークに接近すると、1人は顔面に向けて全力で袈裟斬りを、もう1人は喉元に剣を突き立てる。
斬ッという鈍い音が響き、少し痙攣した後、オークは沈黙した。
「ふぅ…」
軽く息を吐いたクロエが杖を下ろす。
司は初めて見る魔法と、それを生み出したクロエの力に感動を覚えると同時に無事に目の前の脅威が去った事に安堵する。
その後車体と馬に異常が無いことを御者が確認して、再び馬車が走り始める。
その間にクロエは冒険者に囲まれ、色々聞かれていたようだったが、返事もそこそこに、すぐに司の元へ帰ってくると「戻りました」と何事も無かったかのように席に着いていた。
「凄かったな」
司が包み隠さず本心からクロエを称賛する。
それを受けたクロエは少し照れた様に笑った後ーー
「一流の魔法使いなら、あの一撃でオークの頭を吹き飛ばしてますよ」
と少し自嘲気味に答えた。
馬車が予定時刻より少し遅れて、トリーナの町の門を通過した。
アルカムの門よりは小さいが、それでもプーナ村や昨晩泊まった村の門とは比べ物にならない規模の物だ。
少し進んだ所で馬車が停車する。
それに合わせて乗客が立ち上がって荷物を持って馬車から降りていく。
司達の前を通る乗客は「ありがとう」とクロエに対して礼を述べていく。
それに笑顔で「出来ることをしただけです」とクロエが返すのを見ながら、司も降車の準備をして立ち上がった。
馬車から降りると、そこは広場のようになっていた。
中央に噴水があり、その真ん中には2m程の大魔道士エルディオンの像が鎮座している。
色んな場所にあるんだな、なんて事を考えながら、司はクロエの方を向いた。
「さて、無事に到着したようだしとりあえず宿だな」
「宿ならこの先の通りにも何軒かありますよ」
「クロエは実家があるんだろ?」
「確かに実家はありますけど、かなり端の方にあるので、今回は一緒の宿の方が都合がいいと思います」
「そっか」
司がそう言うとクロエが案内のため先に歩き始める。
何となくクロエが実家を避けているような雰囲気を司は感じ取ったが、あまり踏み込むべきではないと思い、クロエの後に大人しく続いた。
2、3軒の宿屋を周って、一番セキュリティと値段のバランスが良いと感じた宿に決める。
鍵付きの個室で1人1泊銅貨50枚。
この町に3泊する予定だったので、銀貨3枚を支払う。
もちろん司とクロエで2部屋分だ。
3階建ての建物で部屋は2階が空いていた。
店主から鍵を受けとると、指定された部屋へと向かう。
司とクロエは部屋の前で別れると、それぞれ部屋に入った。
ベッドとサイドテーブルがあるだけのシンプルな内装で、清潔感のある良い部屋だと司は素直に感じた。
荷物を置くと必要そうな物だけショルダータイプの鞄に入れて、部屋を出る。
クロエはまだ部屋から出てきていないようだ。
司は一足先に下に降りることにした。
この宿は食堂がないので1階に降りるとカウンターと客室が2、3部屋ある廊下がすぐに目に入る。
カウンターではつい先程、司達のチェックインを担当したこの宿の店主の男性が何かの作業をしているようだった。
「すいません、この辺におすすめの食堂とかってありますか?」
「それならここを出て、右に4軒行った所に昔からやっている所があるぞ。この宿の客も良く行く場所だ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
そんなことを話しているとトントンと階段から誰かが降りてくる足音が聞こえてきた。
司が階段を見ると案の定クロエがやや小走りで階段を降りてきているところだった。
「すいません、お待たせしました」
「いや、ちょうど食堂の場所を聞いていたんだ」
店主に礼を言うと2人は宿を出て、おすすめして貰った食堂で遅めの昼食を食べることにした。
「この後は布市を見る予定ですよね?」
「あぁ。この町最大の市場って話だからね」
この食堂の名物だというパスタの様な麺料理を食べながら今後の予定を話す。
このトリーナの町は完全な円形ではないが、直径1.5km程の城壁に囲まれた地方都市だ。
その中心部分にある市場、通称『布市』には多くの服飾店を中心に様々な店が軒を連ねているーーという説明を、司は馬車でクロエから聞いていた。
「布市には新品の服は勿論ですが、西から流れてきた古着も並んでいます。ツカサさんの言うデッドストック?ていう物も見付かればいいんですけど…」
「そこは運次第だね」
司の扱う服の多くが、元の世界でデッドストックと呼ばれる、古着の中に紛れている未使用品だ。
古着と同じ価格で仕入れて、新品より安く売る。
それが司の店の強みである。
「後はアクセサリーや、時間があれば他にも売れそうな物は色々見てみるつもりだよ。それに少し試したい事もあるしね」
「試したい事、ですか?」
「まあ、それは後のお楽しみだよ」
その後、料理をしっかりと完食した2人は、クロエの案内で布市に向けて歩き始めた。
「ここか…」
歩いて10分程で目的地の布市に到着する。
入り口の様な物はなく、自由市の様に店舗の列がいくつも並んでいる。
自由市と違うのは、屋根の存在だろう。
継ぎ接ぎされたような簡素な作りの屋根だが、これなら雨でも問題なく買い物を楽しめそうだ。
上から見れば長方形をした市場には、何本もの細い通りが平行に走っている。
外側の数列には食料品や日用雑貨を扱う店が並び、その大部分を占める中央区画には服飾店がひしめいている。
司達が歩いてきた通りは、ちょうど市場の中央に出る道だったらしく、目の前には服飾店の列が何列にも渡って広がっていた。
「とりあえず右端から見ていくか」
司の提案にクロエも黙って従う。
そして服飾の一番右の列から布市に入った。
中の雰囲気はまるで東南アジアのマーケットの様だと司は感じた。
1店舗あたり4~6畳程の広さで店舗と店舗の間にはちゃんと仕切りもある。
道は2m程だが、歩く人の数も多く、気を付けないと人とぶつかってしまいそうだ。
各店にはそれぞれ特徴があるようで、ズボンだけを売っている店、シャツだけを扱っている店など、外から見ただけでも目的の物を探しやすいようになっていた。
ただ今のところ古着を扱っている店は無さそうだった。
司はクロエが付いてきていることを確認しながら、足早に進んでいく。
しかし1列目では目当ての店は見当たらなかった。
続いて2列目、3列目と見ていく。
司が初めて古着を扱っている店を見付けたのは4列目の中頃だった。
「クロエ、ここを見てみよう」
後ろを歩くクロエに声を掛けると司は店に足を踏み入れた。
そんなに広くない店内だが、壁にラックが左右に3つずつ並んでいて、ぎっしりと服が掛けられていた。
一見綺麗そうに見えるが、見る人が見ればそれが古着だと分かる。
奥には服が雑に畳んで重ねられていて、その隣に店主と見られる男性がイスに座って、何やら本を読んでいるようだった。
「すいません、ちょっと見てもいいですか?」
司から声を掛けられて、店主の男性はそのでようやく来客に気付いたらしい。
読んでいた本を閉じると「どうぞ」とイスから立ち上がるわけでもなく、無愛想に返事をした。
日本だけで生活をしていたなら少し面を食らうような店主の態度だが、海外買い付けをしていた司は良くある光景としてそれを受け入れた。
さっそくラックの中の商品を見ていく。
わざわざ1点1点にスキルを発動したりすることはない。
手で触り、その感触で新品の生地か使われている生地かを判断して、時折気になる感触の服にのみスキルを使っていく。
その方がスキルの鑑定結果を視線で確認するよりも早いと司は学んでいた。
もっともそれも、司の古着屋としての経験ありきの業ではあるが。
一通り服を見て、この店には未使用品が無さそうだと判断した司はクロエに声を掛けて、その場を後にする。
「本当に触っただけでわかるんですね」
布市の通路を歩きながらクロエが司に感心したような声色で話しかける。
「まあ、慣れみたいな物だよ。クロエさんも色々服に触れていけばわかるようになると思うよ」
そう言って布市をどんどん進む2人。
その後市場の1/3程を見た段階で、まだ司は何の収穫も得られていなかった。




