第29話 新たな情報
カンカンカンと金属同士をぶつけ合う音が響く。
司が訪れたのはとあるドワーフの工房だった。
広い工房内を見渡すと武器も多少は扱っているようだが、出荷待ちの家具や日用品が多く並んでいる。
「兄ちゃん、何か用か?」
工房に入った司に気が付いたドワーフの1人が声を掛けた。
その手にはトンカチが握られたままだ。
作業中にたまたま通り掛かった職人のようだった。
「店舗用のラックや棚を作って貰いたいんです。ここでオーダーが出来ると聞いて」
「それならあっちのカウンターに行ってくれ。ほら、眼鏡の爺さんがいるだろ」
ドワーフが指差した方を見ると、確かにレジカウンターの様な場所があり、眼鏡を掛けた1人のドワーフが座っている。
「ありがとうございます」
司は声を掛けてくれたドワーフに礼を言うと、指示されたカウンターへと向かう。
カウンターの前まで進むと、そこでようやく目の前に座るドワーフの視線が司を捉えた。
「おやおや、見ない顔だな。今日は仕事の依頼かな?」
「はい。作って欲しい物があって」
そこで司は鞄から今朝書いた店舗の図面を取り出した。
「新しく店を作るんですが、ラックと棚が必要で。ここで作って貰えると聞いて来ました」
「誰かの紹介かい?」
「雑貨屋の女将のナサリーさんから紹介されました」
ここがオーダー制で様々なものを製作してくれる工房だと司に教えたのは、自由市で良く近くに出店することが多かった、ナサリーだった。
自由市で挨拶回りをしている時に教えてくれたのだ。
「あぁ。ステッドマンの所の」
心当たりがあったのか、ドワーフの老人は司の開いた図面を見始める。
「ラックが15個と棚が5つか」
「どのくらいの期間で出来ますか?」
「余程特殊な作りでもなかったら1週間もあれば大丈夫だろうな。ちょっとこっちに来てくれるか?」
そう言うと老人はカウンターから出て、工房内の作業場ではなく、出来上がった商品が置いてある場所へ向かって歩き始める。
司もその後ろに続いた。
様々な製品が、見やすく並べられている。
ちょうど棚類が置かれた場所で老人は立ち止まった。
「店に使うなら、この辺りのサイズくらいか?」
老人が示したのは高さは120cm、横は150cm程のシンプルな木製の棚だ。
「そうですね。このくらいの大きさの物が3つと、後はレジカウンターに出来る棚が2つ程欲しいです。高さは100cm位で、横は150cmもあれば十分です」
「わかった」
次にラックのサイズを確認して2人は元のカウンターに戻る。
「ラックが1つ銀貨2枚、棚は5つで銀貨15枚だな。全部で銀貨45枚だ。先払いになるが大丈夫か?」
「はい。問題ないです」
日本円にすれば45万円程だ。
この1週間で資金がどんどん減っているが、必要経費だと割りきる。
クロフォード家との取引のお陰で元の資金にはかなり余裕あるので司にも焦りはない。
(日本で店を出した時には借りた金がドンドン減るのを見て胃が痛くなったっけ)
司はちょうど5年前の自分の事を思い出して、少し懐かしい気分に浸った。
支払いを終えると、司は工房内を少し見学させて貰える事になった。
作業場は熱を使うため、熱気がすさまじく、5分程いただけで司はシャツにシミが出来る程の汗をかいていた。
それを見たドワーフの老人が「人族にはちょっと辛いだろうな」と勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
工房から出た司は、時刻がまだ夕方前なのを確認すると、工房のある通りを興味本位で歩き始める。
ここは、西の馬車通りから1本入った通りで多くの工房や工場が立ち並んでいることで有名な場所だった。
外観だけでは何の工房か分からない所も多いが、入り口でそのまま商品を売っている場所などもあるため、司は気になった場所へ次々に入店していく。
東にある程度進んだところで、馬車道に戻るため引き返すことにした。
馬車通りに出る少し手前のことだ。
1軒の工房の前で司は足を止めた。
この通りでは珍しく、ショーウィンドウに服が飾られた店だった。
中を覗くと、普通の店のように服が陳列されているようだが、横のスペースには何台ものミシン台が置かれ、今も職人が作業しているようだった。
店内に入る。
シンプルだが清潔感のある内装。
ラックには服が掛けられていて、主に女性用の物を扱っているようだ。
この世界では珍しく、柄や刺繍の入る服も多く、司は新鮮な気分を味わっていた。
「いらっしゃいませ~」
司の入店に気が付いた女性店員が声を掛けてきた。
「ここで作った服を販売しているんですか?」
司は素朴な疑問を店員に投げ掛ける。
「ここでは刺繍や染色をしているんです。」
「あ、そうなんですね」
そう言うと奥のミシン台で作業している女性の方を見る。
確かに服を縫っているのではなく、刺繍をしているように見える。
その奥にはミシンを使わずに手縫いをしている職人もいるようだ。
「服はどこから?」
「西のトリーナの町です。この辺の服屋が扱っているのは大体トリーナの服なんじゃないですかね?」
「トリーナ…ですか」
「ご存知ないですか?服だとこの辺だと一番の場所なんですよ」
「初めて知りました。勉強になります」
「お役に立ててよかったです。他にも気になる商品があれば、声を掛けて下さいね」
そう言うと女性店員はカウンターへと戻っていった。
司は店内の服を一通り見ると、店員に礼を言って店を出た。
「トリーナ、ですか?」
「うん。どこにあるか知ってる?」
「ここからだと馬車で1日位の場所ですね」
夕食を旅人の止まり木で食べながら、手の空いたミーナを呼び止めると、夕方に聞いた町について尋ねてみる。
案の定、すんなり答えが帰ってきた。
「結構掛かるんだな」
「まあ大きな都市の中では近い方なんですけどね。エストラ共和国との交易も盛んなので、向こうの服なんかもあるらしいですよ」
「なるほどね」
「女子としては1回くらい行ってみたい町ですね」と少しうっとりとした表情で語るミーナだったが、少しすると落ち着きを取り戻したようで、司の目的を考え始める。
すぐにミーナの中で答えが出たようだった。
「仕入れですか?」
「そうなんだ。什器が出来るまでの間暇だからね。3日くらい向こうに行ってみても良いかもと思ってさ」
「そうなんですね。気を付けて下さいね。前みたいに誰かに襲われないとも限らないので…」
ミーナが心配そうな視線を向ける。
今は治っているが少し前まで腫れていた司の頬を見ているようだった。
「大丈夫だよ。今回はちゃんと護衛もいるからね」
「護衛ですか?」
「そう。今日面接をしてね。従業員を1人雇うことになったんだ」
「そうなんですか!その方が護衛も兼ねてるんですか?」
「元冒険者の人でね。落ち着いたらここにも連れてくるよ」
「楽しみにしてます!」
ミーナの脳内では屈強な男性の冒険者が司を守るように町を歩く姿が再生されていた。
まさか護衛兼従業員が若い女性であるなど、この時は考えもしていなかったのである。
ミーナの考え、もとい勘違いに気付きもしない司は、夕食を終えると宿を出て、まだ慣れない帰り道を歩いて、自宅へ戻った。
翌日。
司が朝食を終え、紅茶を入れ直して2階のリビングでのんびりしていた時、1階の店のドアがノックされた音が聞こえた気がした。
まだ早い時間のため、聞き間違いかと思いながらも一応確認のために階段を降りる。
そのまま店舗部分に出たところで、再びドアがノックされた。
司が気のせいではなかったのかと驚き半分で扉を開けると、そこにはこの世界の女性の平均よりも低い身長の女性が立っていた。
「クロエさん?」
やや緊張した面持ちで佇むのは昨日面接で採用したクロエだった。
「おはようございます。何時に来たらいいのか聞いてなくて、とりあえず早めに来てみました!」
「あ、そっか!ごめんね。とりあえず入って」
「お邪魔します」
クロエはおずおずと店舗の中に入ってきた。
少し進んだところで辺りを見渡すと、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「まだ本当に空っぽなんですね」
事実この店舗部分にはまだ何も置かれていない。
ただ10畳程の空間が広がっているだけだった。
「後1週間で什器が届くから、そしたらもっと店らしくなるよ」
職場環境がまだ整っていないことに少し気まずさに似た感情を抱きながら、司が答えた。
司はそのままリビングのある2階にクロエを連れていくため店舗の奥へと進む。
ついでに簡単にだが1階部分の説明を済ませておく、2階はリビングしかないので特に説明は必要ないだろうと判断した。
リビングに入ると先程まで飲んでいた紅茶が少しぬるくなってしまっていた。
クロエにイスに座るように促すとコップに入っていた紅茶をシンクに流し、棚から新しいコップを取って新しく2杯分の紅茶を淹れる。
クロエはその様子を眺めつつ、忙しなく首を振って辺りをキョロキョロとしていた。
程なくして、紅茶を入れ終わった司が2つのコップをテーブルにそれぞれ奥と自らの席に座った。
「実はまだ紅茶を淹れるのに慣れてなくてね。味が悪かったら申し訳ないけど…。あ、紅茶大丈夫だった?」
「あ、はい。好きです。頂きます」
クロエは淹れたてのまだ湯気の立ち上るカップを手に取るとゆっくりと口をつける。
「…美味しい」
「よかった。昨日は失敗したんだけど、今日は上手くいったみたいだ」
「ふふっ。まだ慣れてないんですね」
「何せ引っ越してきてまだ3日目だからね」
そう言うと司は自分のカップを手に取った。
全体の温度を下げるために息を全体に吹き掛ける。
司は少し猫舌だった。
「さて、今後の予定なんだけど」
紅茶もある程度飲んで、クロエが少しリラックスしたことを確認した司が、仕事の話を始める。
「はいッ」
そんな司を見て、少し姿勢を正しながらクロエは短く返事をした。
もっと気を抜いて貰ってもいいのに、と司は内心で考えるが、そこは時間が解決するだろうと思い、話を続ける。
「まず今日なんだけど、商人ギルドに行って営業許可を取ろうと思うんだ」
「なるほど。申請書類は任せてください!」
「ハハッ、頼りにしてるよ。その後は、急遽なんだけど明日からトリーナに行こうかと思ってて。それの準備をしようかな」
「…トリーナ。買い付けですね!」
「うん。この町だけだと限界があるからね。店をオープンさせるまでの間に時間もあるし、このままだと在庫も心許ないからね」
「トリーナなら任せてください!私トリーナが地元なんです!」
クロエが立ち上がり、胸を張って答える。
「え、そうなの?!」
しかし、もたらされた情報は司にとって有益だった。
「はい!知り合いの服屋もありますし、色々役に立てると思います!」
まさかの偶然に、司はクロエを採用したことに既に手応えを感じ始めていた。




