第27話 新居へ
いよいよ、店舗の受け渡しの日がやって来た。
司は宿で少し遅めの朝食を取り、昨晩のうちに終わらせた荷物の整理の最終確認を行う。
部屋には商品の在庫が置いてあるが、台車を使えば2往復程で全て移せる算段だった。
程なくして、アルベルトから来客の知らせが届く。
宿の外に出ると、一台の馬車が停まっており、その前に前回物件の案内を担当したスミスが立っていた。
「おはようございます。朝からありがとうございます。」
「いえいえ。こちらが鍵になります。このまま1度馬車でお送りいたしますが?」
「他の荷物もあるので、台車を引いて1人で向かいますよ。」
「なら、余計に大変でしょう。台車を馬車に固定して運びましょう。ゆっくり走らせれば問題ないと思われます。」
スミスからの提案に司は一瞬申し訳なさを感じたが、折角の申し出を無下にはできなかった。
宿の裏から台車を持ってきて、馬車とロープでしっかりと固定する。
その後は司とスミス、それに何故かアルベルトまで一緒になって司の荷物を台車に積んでいく。
途中ミーナも手伝いを申し出たが、まだ食堂に客がいたため司にやんわりと断られていた。
司の計算通り半分ほどの荷物を乗せた段階で台車は一杯になった。
司はアルベルトに礼を言うと、馬車の中へ乗り込む。
スミスは御者席へと座り、馬に鞭をいれると、馬車はゆっくりと走り出した。
宣言通り人の早歩きよりやや早い程のスピードで馬車は進む。
目的地までは5分と掛からなかった。
ガチャリと司が鍵を差し込んだ扉から解錠を知らせる音がする。
鍵を引き抜き、扉を開けると一週間前に見た店舗の景色が広がる。
清掃を入れたお陰か、前回よりも確かに綺麗になっていると司も感じたが、経年でややくすんだレンガの質感の良い雰囲気はそのまま残っていた。
「中を確認なさいますか?」
司の後に建物に入ったスミスが尋ねる。
「いや、先に荷物を運んでしまいたいので、それは後にしておきます。」
「では、1度戻りましょうか。」
2回目こそ自分で運ぼうと思っていた司だったが、スミスの有無を言わせぬ雰囲気に黙って従い、そのまま馬車に乗り込んだ。
2度目の荷積みを終え、司はすっかり空っぽになった自身の部屋を見渡す。
シングルベッドに、テーブルとイスだけのシンプルな客室。
この世界に来て1ヶ月、ずっと寝起きした場所だ。
流石に愛着もあれば、名残惜しさも感じる。
「お世話になりました」
司は独り言の様にそう言うと、部屋を扉を閉め施錠はせずに、一階へと向かった。
階段を降りると、アルベルトと給仕の仕事を終えたミーナが司を待っていた。
アルベルトはカウンターの中、ミーナはその横に立っている。
「本当にお世話になりました」
先程部屋を出る時にも言った言葉を2人に伝える。
しかし先程よりややトーンは低かった。
「この宿に泊まれて、本当に良かったです。ここは、間違いなくこの町の俺の家でした」
「…ツカサさん…」
司の言葉を聞いたミーナが僅かに涙ぐむ。
アルベルトはいつも通り寡黙な態度だが、目だけは少し優しさをはらんでいるように司には感じられた。
「まあ、そうは言っても今晩もここで食事するつもりだし、朝もまた食べに来るよ。」
哀愁漂うミーナを励ますように司は声を掛ける。
自分の事をそこまで思っていてくれる事に司も少し釣られて涙ぐみそうになるが、年上として恥ずかしい所は見せまいと懸命に堪えた。
「アルベルトさん。いつもお湯や部屋の清掃をありがとうございました」
「まあ、それが仕事だからな」
言葉は冷たいが、満更でも無さげなアルベルトを見て、司もくすりと笑みを溢した。
そして手に持っていた鍵をカウンターの上に置く。
「じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい!頑張ってくださいね!」
「まあ、また後でな」
2人に見送られながら、司は出口へ振り返る。
途中、厨房の方からエマが顔を出しているのに気が付いて、ペコリとお辞儀をした。
それを見たエマも満足そうに頷いた。
「では、私はこれで失礼します。また何かお困りの事があれば何時でもお尋ねください」
2往復目を終え、台車と馬車を繋いでいたロープを解くと、スミスが司を向きなおしてそう言った。
「ありがとうございます、スミスさん。本当に助かりました」
「これも仕事の内ですから。それと会長より言伝てがございます」
「エドワードさんから?」
「人をお探しだったと言うことで、目ぼしい人材のピックアップが終了したとの事です。明日、別店の者がその事でこちらを伺う事になっております」
「本当ですか!ありがとうございます」
その後お手本のように綺麗な礼をしたスミスが馬車に乗り込み、馬車がゆっくりと走り出す。
司はそれを見送ると、建物の裏手に台車を置き、店舗部分に入った。
司の荷物と商品がゴザの上に置かれただけの簡素な内観だ。
今日からここが司の城となる。
日本で古着屋を立ち上げた時の事を司は思い出していた。
あの時は何とか物件を契約して借金をして古着屋を開業した。
父親のアドバイスを受けながら什器を選び、初めての1人での海外買い付けに苦労して、店をオープンした。
幸運にも今回は借金はしていない。
運転資金にも余裕はある。
自分が離れている間に、日本の店がどうなっているかは分からないが、そこはもうなるようにしかならないだろうと割り切っていた。
何はともあれ、ここからまた新しい生活が始まるのだ。
「よし、とりあえず荷物を裏に片付けておくか」
今日はこれから、昨日購入した雑貨類の受け取りがある。
受け取りは午後からを予定しているため、まだ少し時間があることを確認すると、司は荷物の整理を始めた。
全ての荷物を受け取って、整理し終えたのは既に日が大きく傾いた頃だった。
「意外と疲れたな」
特にベッドのマットを入れた時が大変だったと、司は思い返す。
思ったよりも階段が狭く、マットを曲げながら配達の店員と男2人で何とか3階の寝室まで運んだのだ。
司自身、3階建ての建物に住むのは初めてだったが、荷物を持っての階段の往復は体力のある司にもキツイものだった。
「元々老夫婦が住んでいたって言うし、引っ越すのも納得だよな」
司は2階のリビング部分に元々置いてあったイスに座り小休止を取りながら、周りを見渡す。
8畳程のリビングはキッチンと食器棚、それに4人掛けのテーブルとイス、小さな棚だけと言ったシンプルな内装だ。
食器棚には最低限の食器だけが並べられているだけで空いたスペースが目立つ。
扉は1つで、その扉を開けると階段の踊り場に出る。上の3階には6畳程の部屋が3つ。
司の寝室と後2部屋あるが、当面は荷物置き場等でしか使い道はない。
階段を降りた先は店のバックヤードや風呂場等の水回りのエリアだ。
この場所が今日から司の家になる。
「宿にいる時には食堂の声も聞こえてきてたけど、ここは静かだな」
1人で住むには十分すぎる広さだが、司はどこか寂しさも覚えていた。
辺りが暗くなり始めた頃、司は家を出て夕食を食べるために旅人の止まり木に向かった。
「あ、ツカサさん!おかえりなさい!」
旅人の止まり木の扉を開けると、昨日までと同じようにミーナから声を掛けられる。
その事に少し安心した司は「ただいま」と自然に返した。
一夜明け、司はまだピカピカのリビングで朝食を取ろうとしていた。
折角一人暮らしを始めた事もあり、朝は近所にあるパン屋でパンを買ってきていた。
湯沸かしの魔道具でお湯を沸かすと、ミーナと買い出しに行った際に購入していた紅茶の茶葉をティーポットに入れ、お湯を注ぐ。
慣れている訳ではないので温度は適当、茶葉を浸す時間も勘頼りだ。
出来上がった紅茶をコップに入れると、パンを皿に並べてみる。
日本にいた頃なら皿は出さず、袋からそのまま手に取って食べていたであろうが、司も異世界での一人暮らしに少し浮わついているようだ。
今朝焼き上がったばかりのパンを一齧りして、紅茶に口を付ける。
紅茶の思ったよりも渋い風味に顔をしかめた。
朝食後は店舗部分の採寸作業に入った。
図面では貰っているが、一応自分で測りながら、オーダーする什器のサイズや配置を脳内にイメージしていく。
当面は一階部分だけの営業を予定している。
しかし、2階にもメンテナンスが終わった在庫を掛ける用のラックやアイロン台が欲しいので、2階の採寸もしておく事にした。
貰った図面とは別の紙に手書きで図面を作成して、什器のイメージを書き込んでいく。
慣れない羽根ペンでの作業に思ったよりも手間取りながら司は熱心に手を動かす。
ようやく全て書き終えた頃、店の扉がノックされた。
扉を開けると1人の獣人の男性が立っていた。
狼を思わせるグレーの髪と耳。
顔つきは整っており、歳は司とあまり変わらないように見える。
「はじめまして。クロフォード紹介の人材派遣店よりお迎えに上がりました。リチャードと申します」
綺麗な礼をして見せたリチャードに司も慌てて挨拶を返す。
「司です。ありがとうございます」
リチャードの後ろには先日スミスが乗っていた馬車と同じタイプの馬車が停まっている。
司は1度店に戻ってから、先程書き終えた図面を折り畳みポケットにしまうと店の鍵を閉め促されるままに馬車へ乗った。
馬車は商人ギルドの通りを左に曲がり、西の馬車通りに向かって進んでいく。
司もてっきり不動産屋のある西の馬車通りの北側に行くと考えていたが、馬車は東西を結ぶ街道の丁度中頃で停車した。
馬車の扉が開かれ、目の前の建物の中に案内される。
「こんなに町の中心近くに店があるんですね」
店の廊下を歩きながら司は何気なくリチャードに質問した。
「人材派遣の先はこの町全体に及びますので、この立地が一番都合が良いんです。先日ツカサ様が利用された不動産も東に多くの物件を抱えていますが、西の方が店の入れ替りがあるので、そちらに店舗を構えております」
「なるほど、そういう理由なんですね」
その後も少しリチャードと会話をしながら歩いていると、どうやら目的の部屋に辿り着いたようだ。
中に入ると丁度司の店の一階部分程の広さの部屋にソファとテーブルが設置されただけのシンプルな空間が広がっていた。
入り口と対面の壁に大きな窓が付いているので、開放的な印象だ。
司がソファに座ると、テーブルに何枚かの書類が置かれていることに気付く。
司の視線が書類に向いたタイミングで、ソファの横に立ったままのリチャードが口を開いた。
「今回、ツカサ様の店舗の従業員用にピックアップした3人の情報が各々の紙に記載されています。護衛も兼ねた人選となりますので男性2名、女性1名となっております」
「ありがとうございます」
「ツカサ様が問題なければこのまま面談も可能です。3人は別室で待機させております」
「そうなんですね。ならこのまま順番に案内してきて貰えますか?」
「承知しました」
今日、早速面談になるとは想定していなかった司だったがどうせなら早い方が良いだろうとリチャードの申し出を受け入れる。
そこには既に待機してもらっている3人への申し訳なさも含まれていた。
司の返事を聞いて、リチャードが退室する。
部屋の扉が閉まるのを確認した後、司は手元の資料に軽く目を通す。
(なるほど、3人とも元冒険者で事務作業もある程度問題ない、か…)
書類は簡単な履歴書のようになっており、3人共が冒険者を引退した後の転職先を探しているようだ。
(ポールやフレッドのようにそのまま戦闘職に就く人ばかりでは無いってことか)
そしてゆっくりと一人一人の項目を確認していく。
男性の1人は35歳の元剣士。
もう1人の男性は27歳の斥候職。
そして最後の1人の書類で司の目線が止まる。
(魔法使い…)
唯一の女性の職業欄にはファンタジーの代表格とも言える職業が記されていた。




