第25話 店舗探し
クロフォード家に招かれてから3日が経過した。
今日はエドワードと約束していた司の店舗の候補地を案内して貰う予定の日だ。
すっかり頬の腫れも引いて、いつもの爽やかさを取り戻した司は、指定された西側の馬車道にある、クロフォード家の不動産屋に訪れていた。
西の方が東よりも若者や冒険者が多いこともあり司は道中、冒険者とすれ違う度に少し警戒してしまっていたが流石に日中ということもあり特に何事もなかった。
強いて言うなら司のその若干挙動不審とも言える態度に怪訝な顔をした冒険者がごく僅かにいたことくらいだろう。
そして、そのごく僅かにいた冒険者も2歩も歩けばその事など気にも止めていない様子だった。
西の馬車通りも、冒険者ギルドのある東西を繋ぐ大きな街道とぶつかるT字路より北側には高級な宿屋や武器、防具屋など"比較的敷居の高い店"が立ち並ぶ。
クロフォード商会の運営する不動産屋はそんな西の馬車通りの北側に門を構えている。
この辺りともなると一軒一軒の建物がかなり大きいが、この不動産屋も例外ではない。
なんなら他の店より一回りでかいくらいだ。
「すっごぉ。」
司は門の前で思わず声を上げる。
相変わらず威厳のあるような建物はどうにも緊張するようだ。
司が扉の前で立ち尽くしていると、扉がひとりでに開く。
内開きの扉の奥には1人の男が立っている。
「ツカサ様ですね?お待ちしておりました。会長からお話は窺っております。さあ中へ。」
パキッとした白シャツにループタイを付け上から黒いベストを羽織った、この世界の販売員としてよく見る格好の男性に促されるまま司は建物の中に進む。
よく見ると扉の影にもう1人似た格好の男性が待機している。
司は扉が魔道具の様な物で、司が近づいて自動で開いたのかと思っていたが、どうやらこの男性が開けただけのようだ。
「お邪魔します。はじめまして、ツカサと言います。今日は宜しくお願いします。」
「こちらこそ、宜しくお願い致します。本日案内を担当させていただくスミスと申します。本日は天気も良いので、あちらのテーブルでお話いたしましょう。」
そう言われて案内されたのは日の光の差し込む、窓側に設置されたテーブル席だった。
周りを見れば似たような席が何個も用意されており、既に商談中と思われる、客と店員が座っている場所もある。
司が席に着き、出された果実水を飲んでいると、先程のスミスと名乗った店員が何枚かの紙を持って司の向かいの席に着席した。
「さて、店舗をお探しと言う事でしたので、こちらで幾つかご紹介できる物件を探して参りました。」
そう言って出されたのは4枚の資料だった。
元の世界とは違い、写真などはないので外観は簡単なイラストで紹介されている。
司の要望通り、全て東の馬車道やその近辺の物件のようだ。
「見てみてもいいですか?」
「勿論です。」
司は一つ一つ入念に見ていく。
馬車道に2件、1店舗は南寄り、もう1つは前回司が襲われた場所より少し北に行った所だ。
(ここはちょっと嫌かもな。)
自身の苦い記憶を思い出す場所の近くに出店するのは気が引けた。
残りの2件の内、一軒は商人ギルドのある東西を繋ぐ街道、もう1つが司の滞在する旅人の止まり木のある通りだった。
「この3軒を実際に見ることは出来ますか?」
「畏まりました。では小型の馬車を手配しますので、10分程お待ちください。」
「ありがとうございます。」
スミスがそう言って席を立つ。
準備が出来るまで、司は3軒の詳細が書かれた紙を読みながら待った。
「まずは一番近くの物件になります。」
そう言って案内されたのは東西の街道の東側に位置する物件だった。
この通りは背の低い建物が多く、案内された物件もその例に漏れず、1階建てのレンガ造りのシンプルな物だ。
中央に入り口があり、左右には大きめな窓が1つずつ付いている。
中に入るとまだライトは付けていないが窓から入ると日の光で店内は比較的明るかった。
パッと見た感じ正方形に近い形で売場面積は15坪程とサイズとしては申し分ない。
「結構広いんですね。」
「元々先月まで家具も扱う雑貨屋が入っていた物件になります。服を扱う古物商という事でしたので、将来的にもこのくらいの面積があると扱う商品の幅も広がるかと思います。」
「なるほど。」
15坪と言うと日本の司の店の1.5倍程の面積がある。
これだけ余裕があれば、陳列も楽だろうと司は考えた。
「奥がバックヤードですか?」
「はい。あちらの扉の奥はトイレ、洗面台とバックスペースになっています。更に奥には狭いですが庭と井戸もありますので水を使う場合にも困ることはないかと思います。」
資料では見ていたが実際見ると全体的に小綺麗なイメージで悪くないと司は感じていた。
「ここが月に銀貨12枚でしたっけ?」
「はい。土地ごと買い取りの場合ですと金貨15枚です。」
「分かりました。」
立地としては悪くはない。
馬車道と比べると人の流れは少ないが、それでもこのアルカムの主要街道の1つに面しているのであれば集客は見込めそうだった。
しかし、まだ1件目。
司は次の場所に向かうことにした。
次に訪れたのは馬車道の南側にある物件だった。
もう1軒の方が前の場所からは近かったのだが時間的に混む前に先にこちらに来た方が効率が良いということだった。
外観はこちらもレンガ造りだが、この建物は2階建てである。
扉を開けて中に入る。
1階部分は先程よりは狭く感じる。
恐らく10坪くらいだと司は当たりを付けた。
入り口から見て右奥に階段があり、そこを登ると2階に行けるようだ。
2階に上がると1階よりも広い空間が広がっている。
壁に付いた幾つかの窓と天窓から光が入ってきていることもあり開放的な空間と言えた。
「バックヤードが無い分2階はかなり広いですね。」
「2階だけで先程の物件ほどの売場面積を確保できます。売場にしても良いですし、当面は在庫を保管するのに使って、ある程度物が集まってから一般開放しても良いかと思います。」
「確かに、いきなりこの面積は持て余しそうです。」
もしここを借りるなら、少なくとも1階と2階で2人はスタッフが必要だろう。
エドワードに人を探して貰っているとはいえいい人が見付かるとは限らない。
そんな中でこの物件を借りても当面は2階は倉庫になるのは明白だった。
ただ立地という面では間違いなく一等地と言える。
馬車道の中でも南ということもあり、多くの市民が行き交う東の一大商業エリアだ。
ここなら例え天候が悪くても少なくない集客は見込めそうである。
「ここの家賃が銀貨25枚か。」
「はい。ここは貸し出しのみとなっております。」
先程の物件は買い取りも出来たが、ここは賃貸のみの契約のようだ。
もっとも帰れるならば元の世界に帰るつもりでいる司にとっては元々いくら金を持とうとも物件を買い取る気はないのだが、そこは敢えて説明しなくても良いだろうと考えていた。
最後の物件は旅人の止まり木から徒歩5分と言う距離にある3階建ての建物だった。
中に入ると1階の売場部分は12坪程で、ここも右奥に階段があり、そこを登ると同じ面積の売場が広がっている。
「ここは3階が居住用なんですよね?」
「はい。1階の奥にトイレとシャワールームと洗面台があり、2階には少し狭いですがリビングとキッチン。3階は部屋が3つがあります。」
この物件の利点はここに住むことが出来ることだった。
雑貨店を営む夫婦が建てた物件のようで、その夫婦が田舎へ帰ることになり、手放したそうだ。
売場の広さも申し分なく、裏手には1件目よりも少し広い庭と端に井戸が付いている。
高さは違えど似たような造りの建物が連なっているので庭の部分の風通りは悪くなさそうだ。
築40年程経っているそうで、建物の状態はそれなりではあるが普通に住む分には問題なさそうである。
(それにあんまり小綺麗すぎるよりこのくらいの丁寧に使われていた建物の方が好きかもな。)
元来古い物が好きな司には1件目の物件のような清潔さよりもこの物件に漂う年季から出る独特な雰囲気に良さを感じていた。
「ここが銀貨20枚ですか。」
「はい。買い取りも可能な物件となります。」
銀貨20枚と言えば今司が旅人の止まり木に払っている金額より安い。
ここに住めて、店舗まで構えられるなら悪くない条件だった。
「なるほど。……うん。決めました。ここを借ります。」
「宜しいのですか?先程の2件の方が人通りは多いかと思いますが。」
「大丈夫です。それに今も近くに住んでいるので、この通りに少し愛着もあって。」
「畏まりました。ではお手数ですが、1度当店の方に戻ってから契約となります。」
「分かりました。」
司とスミスの乗った馬車が来た道を引き返して、西に向かって走り出した。
その後契約はつつがなく終了した。
家賃は月に銀貨20枚。
水道代などは掛からない。
最初に家賃とは別に1ヶ月分の家賃分を敷金の代わりに支払った。
その後家賃を3ケ月分前払いしておく。
手痛い出費だが、毎月態々西まで家賃を払いに来るのが億劫に感じたのだ。
もう1度業者に清掃をさせてからの引き渡しになるらしく、入居日は1週間後と言うことに決まった。
商人ギルドまで馬車で送ってもらった司は、時刻がまだ夕方前だったこともあり、その後何件かの服屋を回って新たに未使用品の服を10着程仕入れた。
最後の店を出る頃にはすっかり辺りが暗くなっていた。
そのまま徒歩で宿に戻る。
司の足取りはやや重たそうであった。
宿に戻ると少し部屋で時間を潰してから、食堂へと向かう。
そこそこ遅い時間と言うこともあり既に客はまばらだった。
「あ!ツカサさん!遅かったですね!寝てたんですか?」
ニヤニヤとしたミーナが司の姿を見付けた途端に近付いてきた。
「ちょっと作業をしててね。今から晩ごはん貰っていい?」
「モチロンです!何時もの席も空いてますよ~。」
ミーナは今日も元気いっぱいと言った様子だ。
厨房に向かう彼女の背中を見送りながら、司は自分の定位置でもあるカウンター席に向かった。
夕食後、既に自分以外の客が居なくなったことを確認すると、司はミーナを呼び止めた。
「ミーナ。ちょっといいかな。」
「はい?どうしましたか?」
他のテーブルの片付けをしていたミーナが手を止めて司の元へやってくる。
「えっと、この後アルベルトさんにも伝えるんだけど…。」
「?」
少し間を開けた司に少しだけ怪訝そうな顔を見せるミーナ。
その顔を見て少し罪悪感にも似た感情を抱く司だったが、どのみち伝えないといけないことだと思い、話を続けた。
「あと1週間でこの宿を出ることになったんだ。」
「…え?」
ミーナの目が見開かれた。




