第24話 前進
「……お迎えに上がりました。」
「カレン、ありがとう。」
翌日、クロフォード家の馬車は指定通り、昼を少し過ぎた頃に宿の前にやってきた。
馬車の到着をミーナに知らされ、宿の外に出た司をクロフォード家の侍女のカレンが出迎えたが、司の顔を見て一瞬ぎょっとした表情を浮かべる。
傷薬のお陰で昨日よりもまだましな状態だが、頬はやや赤紫に変色しており、何かあった事は明白だった。
カレンは昨日の昼に司と自由市で会っている。
その時は普通だったので、その後何かしらのトラブルに巻き込まれた事は想像できたが、敢えて事情を聞くような事はしなかった。
どうせこの後、自らの主であるクロフォード家の2人が根掘り葉掘り聞くだろうと考えたからだ。
カレンが馬車の扉を開け、司を中へ誘導する。
司が椅子に座ったことを確認すると、なるべく音を立てないように扉を閉め、自らは御者席へ乗り、馬に鞭を入れる。
司を乗せた小型の馬車はその後、特に何事もなくクロフォード邸へ到着した。
「どうしたんだい?その顔は…。」
エドワードが客間に入るなり挨拶もせずに司に問いかけた。
隣にいるアンナも驚いた顔を浮かべている。
「昨日の夜、ちょっとカツアゲにあいまして。」
司は正直にそう話した。
司の返事を聞くと2人は司の向かいのソファーに腰を下ろした。
それを確認して、1度2人を迎え入れるために立ち上がっていた司も着席する。
「それで、どこのどいつなの?この町でカツアゲなんで姑息な真似をしているのは?」
アンナが少し興奮気味そう言った。
許せないわ!と言う声が今にも聞こえてきそうな様子である。
「誰かまではわからないよ。3人組で皆フードの付いた外套を着ていたから。1人はショートソードを使っていたけど。」
「一先ず、それらしき冒険者のパーティーがいないか、ギルドに確認させましょう。」
司が自分を襲った3人について話すと、エドワードがすぐに控えていた執事に指示を出した。
相変わらず仕事の早い男だ、と司は感心する。
「すいません。お手数お掛けして。」
「いいんですよ。この町の代表の1人として犯罪を取り締まるのは当然の事ですから。」
「代表って?」
「あぁ、言っていませんでしたね。私はこの町の評議会に名を連ねているのです。」
「そ、そうだったんですか。」
流石大商会の商会長ともなれば、そういうこともあるのかと司は納得する。
司の怪我の話はそこで終わるかと思われたが、まだ苛立ちを隠せないと言った様子の人物がいた。
アンナだ。
「にしても、そのくらいの怪我で済んで良かったわね。」
自身の感情を抑えながら、アンナは再び司の頬を見てそう言った。
「結構危なかったんだけどな。アイツらの内の1人が殺しはするなって止めてなかったらどうなっていたか……。」
「さすがにこの町で殺しをするほどバカじゃなかったってことね。」
アンナの言葉に司は疑問を感じる。
あの時、フードの男達の1人が殺しは御法度だと言っていたが、あれはどういう意味だったのだろうと司は考え込む。
その様子に気が付いたエドワードが司に説明を始めた。
「この町には優秀な死霊術士がいてね。彼がいる限り、死後あまり時間が経っていない死体からならある程度の情報が読み取れるんです。それこそ死ぬ寸前の光景や犯人の顔までばっちりとね。」
「なるほど、そう言う人がいるんですね。」
司は自分の『残響読取』の様に記憶を視ることの出来る人物の存在をこの時初めて知った。
司はまだまだこの世界に対する知識が不足している。
それは職業やスキルについてもそうだが、魔法さえまだ見たことがなかった。
最近は魔力晶を使った光を一定に保つ訓練も上手く行っているので、そろそろ魔法の発現に着手しようかと考えているが、魔法と言うものがどう言った物なのか実際に見ておきたいな、と司が考えていると、エドワードが話を本題に移した。
「さて、まずは委託金の支払いからしましょうか。」
そう言うとエドワードが1枚の紙を取り出す。
今回、販売した商品のリストだ。
「以前お話しした通り、数は絞って販売しました。その代わり1点あたりの単価は上がっています。」
そう言われ、司はリストを見る。
内訳はシャツが5枚で金貨2枚、アクセサリー5点で金貨7枚、スカーフが2点で金貨8枚。
(……12点で17万ルピー。)
前回の22万ルピーより金額は下がっているが、エドワードの言う通り1点の単価は上がっている。
相変わらず凄まじい販売力だった。
「シャツも売れたんですね。」
リストを見て司が思わず声に出す。
古着屋としてやはり自分の仕入れた服が売れると思うところがあるのだろう。
「はい。シャツの方はいつもご贔屓にしていただいている常連様に販売しました。見たことのない物に目のない方が多いのでね。」
それにしても、と司は少し呆れたように考える。
(あのシャツ一着あたり約40万ってどんな常連だよ。)
元の世界の高級デパートの外商を利用するような富豪の姿を司は想像した。
司自身は、あまり所謂大金持ちの様な客を相手にする機会は無かったが、ジャンルは違えど同じアパレル業界の噂でたまに耳にすることはあった。
「販売金額170,000ルピーの6割102,000ルピーが司さんの取り分になります。」
エドワードがギルドカードを取り出すと、司もその動きに応じてギルドカードを差し出した。
重ねられたギルドカードが淡く発光して、送金が完了した。
これで司の持ち金は24万ルピーを越えた。
その時、司はふと疑問を感じた。
「そう言えばどうして、俺を襲った奴らはギルドカードを狙わなかったんでしょうか?無理やり送金させればもっとお金を取れたはずなのに。」
確かに彼らはあの時、ギルドカードには目もくれずに現金だけを奪っていった。
司はその行動に強い違和感を覚えた。
「それは、ギルドカードを使った取引はギルドの方に履歴として誰と誰がいくらのやり取りをしたか、しっかり残るからですよ。盗みでそんなことをすると自首と変わりませんからね。」
エドワードがゆっくりとした口調でそう答えた。
つまり、ギルドカード自体が財布の様な魔道具なのではなく、単にオンライン送金のための媒体なのである。
「なら、現金は仕事の時以外は持たない方がいいかもしれませんね。」
司が現金を所持していたのには、自由市に出店する際のお釣りとして持っていたと言う理由が大きかった。
大半の客はギルドカードで支払いをするが、1日に1人は現金で支払う人がいるためだ。
司の言葉を聞いたエドワードがうんうんと満足気に頷く。
その隣に座るアンナも父親と司のやり取りを見てすっかり落ち着きを取り戻したようだった。
「さて、次の話なのですが。まずはこれを。」
エドワードはそう言いながら懐から小さな袋を取り出した。
そして袋の口を開けると、中から小さな光る物を数個摘まんで、自分と司の間にあるテーブルに置く。
エドワードの指がテーブルから離れると、光る物の正体が判明した。
「凄い。完全に再現できてますね。」
そこにあったのは司がエドワードに説明したヴィンテージのシャツに付いていたシェルボタンと瓜二つなボタンだった。
「エストラ共和国の沿岸に生息するムースト貝と言う貝の材質があのボタンと一番近かったので、とりあえず試作品を作らせました。」
「数十種類の貝を取り寄せるのは中々大変だったのよ。他にも似た殻の貝もあったけど、サイズが小さくて削り出すのが大変だったみたい。」
エドワードの説明をアンナが補足する。
それでもあの話をしてから僅か2週間程で既に試作品とはいえ、ここまでのクオリティの物を作るのだから余程腕の良い職人を、それも大勢抱えているのだろうと司は推測した。
「本当に凄いですよ。このまま商品化しても問題ないと思います。」
古いシェルボタンの中には薄く、何かに引っ掛かるとすぐに割れてしまうものも多い。
しかし、司の目の前に置かれたのはしっかりと厚みもありながら、この種の貝殻特有の七色の様に輝く色彩を失っていない。
これなら多少雑に扱っても大丈夫だろうと、司は太鼓判を押す。
「実は、既に我が商会の扱う高級衣料のボタンをこれに差し替える作業に入ってもらっています。後数日もすればこのボタンの付いた服が発売される予定です。」
エドワードの仕事の早さには司も舌を巻かざるをえなかった。
それはつまり、既にこのボタンの量産体制も整えつつあるということだ。
それは大商会の人海戦術がなせる業でもあった。
「価格は現在の価格から2割上げる予定です。その2割の内の1割、つまり商品価格の2%を情報使用料として司さんにお支払したいと考えています。」
「分かりました。それでお願いします。」
2%と聞くと低いく感じるが、司のしたことはシェルボタンなら再現できると助言しただけである。
それだけで、金額は未知数だが、安定して収入が得られるだけでも、司にとっては僥倖であった。
その後、司はエドワードが用意していた情報使用料の契約書類に署名して、控えを大切に懐にしまう。
「それで、ツカサ。その怪我以外に何か不便していることとかない?」
話が一段落したことを見計らってアンナが口を開いた。
「不便かぁ。」
それを聞いた司は少し考え込む。
特に不便していることもないが、そう言えばと昨日の夜に考えていたことを2人に話す。
「実は近々店舗を持とうかと考えているんです。」
「ほう。店舗ですか。」
エドワードが感心するかのように言った。
「自由市での出店は毎日朝早くから場所の取り合いですし、客足が天候でかなり左右されます。お陰様で少し資金もあるのでいっそ店を、と思いまして。」
「なるほど。それは素晴らしいことだと思いますよ。」
「ええ!店舗があれば商品に格が生まれるしね!」
エドワードの頷きにアンナが勢いよく続く。
事実、この町において自由市の認識は、店舗を持っている店が、売れ残りを持ち寄るアウトレットの様な場合か、店舗を持てない新人の商人などが出店していると言うものだ。
飲食店等は例外とは言え、司の出店している日用品エリアではその認識が一般的だった。
より質の良いものを求める人はまずは店舗に行く。
それがこの町の常識でもあった。
それでも中には才能ある新人が出店している場合もあるため、掘り出し物を見つけるのを楽しみに自由市に行く人も少なくはないのだが、やはり店舗を持っているというのはこの町において1種の箔なのだ。
「店を持とうと思ったのも最近なんですが、そもそもこの町で店を持つためにはどうすればいいのかも知らなくて。」
日本なら、店舗の契約や行政への許可の申請、場合によっては資格の取得等、店舗を持つには何かと手間が掛かる。
この世界に来てまだ1ヶ月も経っていない司には、まだまだ知識が足りなかった。
「良かったら、当商会にそう言う不動産を扱っている部門があるのでそちらで幾つか店舗を見繕っておきましょうか?」
不安げな司を見たエドワードが助け船を出す。
「え、いいんですか?」
「勿論です。こちらにも利のあるお話ですし。それと、店舗を登録したり運営するには何かと大変かと思いますので、人を雇ってみてはいかがでしょうか。」
「人を、ですか?」
「はい。当商会で何人か紹介できると思いますので。希望があれば…ですが。」
これには司もすぐさま頷くことが出来なかった。
日本で古着屋をしていた時から1人で店を経営してきた司には"人を雇う"という経験がなかったのだ。
人を雇うことにはリスクがある。
賃金は勿論だが目を盗んで窃盗を働く人がいる可能性もあるのだ。
それらを考慮した結果、司は1人で店を経営する気軽さを取っていたのだった。
考え込む司にエドワードが、これは助言ですが、とそっと声をかけた。
「経理等の事務に加えて、ある程度戦闘も可能な人材も斡旋可能です。元々冒険者だった人等になりますが。そういう人を雇うと護衛としても役に立ってくれます。」
「護衛ですか?」
「はい。先日の様なことは、この町ではあまりないにしろ、ツカサさんがもし今後この町を出て商品を集める時等には非常に有能だと思いますよ。」
なるほど、と司は唸る。
確かにこのままこの町だけでの仕入れというのも無理があると司も感じていた。
何より買い付けのように色々な都市に行くのは司としても本来、仕事を兼ねた趣味と言える。
この世界は司の知らない事が山程あるのだ。
この町だけで完結するのは勿体ないと司も思っていた。
そしてその際に盗賊の様な者やモンスターと遭遇する可能性は、きっと高いはず。
そう考えた顔を上げる。
「分かりました。では、お言葉に甘えて店舗と人を探して貰ってもいいですか?」
「勿論です。物件は2、3日もあればある程度ピックアップ可能だと思います。エリアとしては今滞在している東側で宜しいですか?」
「はい。」
西の繁華街の様な雰囲気も捨てがたいが、東の落ち着いた雰囲気を司も気に入っていた。
「それでは3日後に人を遣ります。従業員はひとまず店舗が決まってからで大丈夫でしょう。」
「ありがとうございます。」
こうして、司のこの町での生活は新たな局面を迎えようとしていた。




