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第22話 検証


クルソンは焦っていた。

後方には追手が3人。

彼の両側には2人の仲間が並走している。

それぞれ額には大粒の汗を浮かべている。

悪政を敷いていると噂の領主の屋敷に忍び込んだ3人、正体はここら辺一帯で義賊として名を馳せている盗賊団『カマキリ』。

クルソンの職業『細工師』は鍵開けの技術にも適正を示した。

どんな家にも侵入でき、どんな金庫も突破する。

クルソンは自分が稀代の大盗賊になると信じていた。


「くそッ!ツイてねぇな!あんな化け物が警備してるなんてよ!」


クルソン達、カマキリは今日も誰にも気付かれることなく、金庫のある部屋までたどり着いていた。

見張りのネル、運搬のゴズは周囲を警戒しつつ、クルソンが金庫を開けるのを静かに待っていた。

ガチャっと言う音と共に金庫の扉が開く。

クルソンとゴズが顔を見合わせて、ニヤリと笑った時だった。


「誰かいるッ!」


見張りのネルが気配を消して近づく人物に漸く気が付いた。


「‥ハァ。全く。俺がいる時に盗みになんて入るなよぉ。」


大きなため息が3人の耳に届く。

何時もなら誰かに気付かれた段階でとっくに逃走を計っているのだが、何故か3人は目の前に現れた男から視線を外すことが出来なかった。

盗賊として、何度か危ない橋を渡って来た。

死線を越えたことも1度や2度じゃない。

だからこそ認知できる、一見気だるそうな目の前の男から放たれる、圧倒的な死の気配。

男がゆっくりとした動作で腰にぶら下げた鞘から剣を引き抜く。

クルソンも初めて見る、変わった形状の剣だ。

僅かに反った刀身は刃が片側しか無いように見える。

一般的な片手剣よりも刀身は薄く華奢な見た目だ。

しかし男が剣を抜いたことで、クルソン達は今度こそ、空気が軋み、自然に奥歯がガチガチと震えて音をならす程の重圧(プレッシャー)を感じた!


「ほぉら。ちゃんと躱してくれよ。」


男が持っていた剣をクルソンに向けて振った。

決して速い振りではない。

しかし明確に自分の命を刈り取る力を秘めた一撃。

クルソンがそれを躱したのは、偶然だった。

あまりの恐怖に、急に足から力が抜けて膝が折れたのだ。

男が振った剣はクルソンの頭上を髪を数本落としながら進み、そのまま後ろに鎮座していた金庫の右上を5cm程掠めた。

金庫の素材は分からないが最低でも鉄以上の硬度があった筈だ。

それが特に何の抵抗もなく、剣が通った箇所が三角錐の形にすーっとずれるように落下した。

カランと金属が地面に落ちる音がする。

その音で我に返ったカマキリの3人は脱兎のごとく逃げ出した。

男は、追っては来なかった。

しかし、途中で騒ぎを聞き付けた警備兵に出くわし、その場は何とか切り抜けたものの、現在は屋敷の外の森を走っていた。


「ッハァ!ッハァ!」


何時もより息が上がっている事を3人はとっくに理解していた。

屋敷であの男と対峙した事で生じた精神的な疲れ。

それが体の自由と体力を奪っていたのだった。


「ッ!あっ!」


その時先頭を走っていたクルソンが木の根に足を取られて転倒した。

両側を走っていた、ネルとゴズもそれに気付き一瞬足を止めるが、追手がすぐ傍まで迫っていることを確認すると、クルソンを置いて、再び駆け出した。


「ッ?!…ッ待ってくれ!」


クルソンも仲間に見捨てられた事を瞬時に理解する。

すぐに立ち上がろうにも、足に上手く力が入らない。

慌てて後ろを確認する。

警備兵の1人が既に剣を抜いてる。

あと数mでクルソンをその射程に収めるだろう。

クルソンは懐から愛用していたナイフを取り出す。

戦闘職ではないクルソンだが、手先の器用さからナイフの扱いには長けていた。

しかし、如何せん体勢が悪かった。

クルソンは地面に伏し、上半身だけ起き上がった様な格好だ。

それでは力など込められない。

とうとう警備兵が接近し、剣が振り下ろされる。

クルソンはその軌道にナイフを向かわせた。

ガキンッと金属同士のぶつかる音が暗い森に響く。

そして、ナイフが宙を舞った。


「…あッ。」


クルソンは弾き飛ばされた自らのナイフを目で追いながら、警備兵の手が自らを拘束しようと伸びているのを視界の端に捉えた。


「…チクチョウ。」


僅かな呟きが、森の草木が揺れる音に掻き消された。



目を覚ました時、司はベッドに腰掛けた体勢だった。

手にはナイフが握られている。

次いでテーブルに置かれた砂時計に目をやる。

スキルを使う前に、ひっくり返し、落下を始めた砂は、先程と殆ど変わっていない程度しか落ちていない。


(体験の長さに関わらず、時間は一瞬だけってことなのかもな。)


にしても、と司は思う。


(まさか、クルソンが盗賊だったとはな…。)


司はスキル『残響読取』は、物に宿った持ち主の意識を読み取る物だと考えている。

その副産物として物の名称、製作者、使用者等が表示され、より強い記憶の宿る物に『残響』と言う形で表示が残る、と予想していた。

なので元の持ち主が善人であれ、悪人であれ、その物を使ったり身に付けていた時に強い感情を抱けば、司にはそれを残響として読み取れる。


(前回のポールが善人だったから失念してたけど、こう言うパターンが有るんだな。)


その事も司にとっては大きな収穫だった。

次に司は売り物のアクセサリーから1つのリングを取り出した。

フィンの店で購入したリングの1つだ。

そのリングに対してスキルを使う。


【銀のリング】


製造年 : 精歴948年

生産者 : ドル・スタンス

使用者 : マーク・アンドリア

残響 : なし


このリングには残響が残っていない。

司は残響のない物に魔力を込めた時の反応が知りたかった。

リングを握り、魔力を込める。

何も起こらないと言う予想に反して、司の視界は光に包まれた。



マークはエストラ共和国の東部にあるミッカー郡を統治するミッカー家の配下、アンドリア家の次男。

今日も趣味の歓楽街の探索に来ていた。

そこで抱いた娼婦を気に入り、自らの身分を明かす。


「俺はマーク・アンドリア。この町を治めるアンドリア家の次男である。」


娼婦は大層仰々しく驚いて見せた。

その様子に気を良くしたマークはチップの代わりに身に付けていたリングを外して娼婦に渡す。


「これをくれてやろう。その身分では中々貴金属など買えまい。」


マークが去った後、娼婦はリングの扱いに困った。

何せ男物のリングだ。

自身の指には合わないし、娼婦が身に付けるには武骨過ぎるデザインだった。

しかし、領主の息子からの贈り物をすぐに売りさばく様な真似は出来ない。

娼婦は私物を入れていた箱にそのリングを無造作に入れる。

数年後。

私物を整理していて出てきたリングを質屋に持っていった。



(……。)


意識が回復した司は何とも言えない気分になる。

しかし、大した内容ではないにしろ、残響のないアイテムの記憶が見れただけでも、大きな収穫と言えた。

その後は持っていたアイテムの記憶を次から次に見ていく。

恋人と別れて何の未練もなく売られたブレスレットや飲み屋に忘れられたリング等、どれも特に役に立つ情報は見えなかった。

現実時間では5分も掛かっていないが、短い記憶とは言えそれなりの数をこなせば精神的にも疲れは出る。

アクセサリーの記憶を全て確認した司は、急な眠気に襲われ、ベッドの上に横になる。

目を覚ましたのはすっかり日も暮れた夜だった。


次の日から司は5日間連続で自由市に出店した。

あまり売上の良くない日もあったが、それでも生きていくには困らない程度の利益は出ている。

持ち金は143,150ルピー。

宿の代金は週払いしているため、ここから多少毎週減るとは言え、この世界に来て1ヶ月も経たないと思えばかなり上出来と言えた。


この日、司は自由市から引き上げると商品を部屋にしまって、宿の食堂ではなく違う酒場にでも繰り出そうと考えていた。

司は転移する前も2週間は酒を飲んでいなかったので、もう1ヶ月以上の断酒している状態だ。

毎日飲みたいほどの酒好きとまではいかないが、嗜む程度には酒を好んでいる司にとって成人して以来こんなに酒を飲んでいないのは初めてだった。

そう考えたのも、今日の日中自由市にクロフォード家の侍女であるカレンがやって来て、明日の昼過ぎにクロフォード家に招かれたのだ。

委託で預けた服の代金の支払いと、以前話していたシェルボタンの開発について進展があったので、その話し合いがしたいという内容だった。

その為明日は自由市への出店を止め、午前中はオフにすることにしたのだ。

なので今晩多少酒を飲んでも問題は無いだろうと司は考えた。


宿で魔力晶を使って少し時間を潰し、辺りが暗くなり始めた頃、司は宿を出た。

アルベルトやミーナには事前に伝えてあったので、軽く挨拶をした程度だ。

持ち物はギルドカードと多少の小銭、そして護身用のナイフだけと言う身軽さだ。

司は軽い足取りで馬車道へと向かった。


司が入ったのは酒場と言うには落ちついた雰囲気の小洒落たバーの様な店だ。

司の好みとしては大衆酒場の様な場所なのだが、1人で入るには気が引けた。 

そこで目を付けていたのが、馬車道にあるこの店だった。

馬車道の中でも高級店のエリアと庶民的な店のエリアのちょうど境程にある庶民にも少し頑張れば手の届くような店だった。

少し薄暗い店内で注がれたフルーツ酒と料理を楽しむ。

ワインのような種類の酒もあったが、味が分からないのでまずはハズレそうもないフルーツ酒を司は頼んでいた。

料理と酒の味に満足すると、次いでエールをオーダーする。

エールは冷えた状態で運ばれてきた。

この世界には冷蔵庫のような魔道具もあれば、瓶を丸ごと入れることで急速冷蔵させる物もある。

司はゴクゴクとあえて音を立てるようにエールを一気に飲み込む。

日本のビールとは違う味だが、程よく癖があって嫌いではない、と司は次の一口を口に運んだ。


2時間弱で5種類の酒を楽しんだ司は、しっかりとした足取りで馬車道を歩いていた。


「うぅーん、満足したな~。」


思わず背伸びをしながら、独り言を話してしまうくらいには上機嫌だった。

それも無理はない。

仕事も始まったばかりとは言え順調で、スキルの事も段々と判明してきた。

それに明日のクロフォード家でも恐らく少なくはない金額が手に入ると思われる。

元の世界に戻る術も分からない現状、金はいくらあっても足りない。

そろそろ宿を引き払って、こっちで部屋を借りてもいいかもしれないと司が考えていた時だった。

目の前に2人の男が現れた。

フードの付いた外套を着ていて顔は分からない。

しかし、佇まいからして一般人と言うわけでも無さそうだ。


(冒険者か?)


司は目の前で立ち止まる2人組をそう予想した。

フードのせいで顔も良く見えないが、こちらから関わろうとは思えない。

司は怪しさを感じつつ、その2人を避けて通ろうとする。 

しかし、2人は司の行く手を阻むように横に移動した。


「?あの、通りたいのですが。」


司が目の前に立ち塞がる2人に声を掛ける。


「…そいつはちょっと、出来ねぇな。」


返事は背後から聞こえた。

予想外の声のした方へ司が振り返ろうとした時、背中に何か硬いものが当てられた。


「ッ?!」


元の世界ならこういう時の相場は拳銃だろうが、この世界に拳銃は存在していない。

あるとすれば、剣かナイフか。

どちらにしろこの状況で下手に抵抗する度胸は司には無かった。

司は両手を胸の高さまで上げると指を広げ、抵抗の意思が無いことをアピールする。

この世界で通じるかは分からないが何もしないよりはましだろう。

司の動きを見た前の男たちの、唯一フードの影に入っていない口をニヤリと嫌らしく動かした。


「このまま隣の路地に入れ。」


司が横を見るとそこは薄暗い路地の入り口だった。

初めからここで待ち伏せするつもりだったのだろうか。

考えても仕方ないと思い、司はゆっくりと路地を進む。

後ろの男は司の背中に武器を押し当てたまま付いてきている。

その後ろに先程まで司の前にいた2人が続いた。


「止まれ。」


そう言われた司が立ち止まる。

大人しく従う司に後ろの男もククっと下卑た笑みを浮かべた。


「取りあえず有り金全部出しな。あんな店に1人で行くんだ。ギルドカードに入れてない分の金も多少はあるだろ?」


司は男に言われるまま、ゆっくりとポケットに手を入れる。

手には小銭を入れた袋と、ナイフの感触を感じる。


(どうする。反撃するか?)


先程、司の前にいた2人は動きからして冒険者の中でも下位の実力程度しか無さそうだと司はポールの残響から得た力で見抜いていた。


(恐らく後ろの男も他の2人と同程度だろう。ポールの感覚が残っている今の状態ならいけるか?)


司は小銭袋ではなく、ナイフを握りしめる。


「どうした!早くしろ!」


動きの止まった司を急かす怒号が、路地に響く。


(いまだッ!)


男が叫んだ瞬間、背中の武器に込められた力が緩んだことを察した司は、隙を付いて前方へ跳んで相手と距離をとる。

司の予想外の行動に男の反応が遅れる。

司が男と向き合った時、司の手には既にナイフが握られていた。




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