第21話 営業再開
「てやっ!」
「ハァッ!」
「やぁーッ!」
司の乗った馬車はプーナ村を出て1時間程走った頃、来た時と同じようにウルフ型のモンスターの襲撃にあっていた。
奇しくも対応しているのは行きに同じ馬車に乗っていたあの3人組の冒険者だった。
司は窓から3人の戦闘を観察していた。
今回もウルフの数は4体で、その内2体は既に地面に伏している。
今もまさに冒険者の1人が、味方が1体のウルフを引き付けている間に、横から首に一太刀入れて斬り伏せた所だった。
そのウルフが動かなくなったのを確認すると、2人はもう1人が相手をしているウルフに目を向ける。
そして2人が応援に駆け寄ろうとした時、仲間の振った剣がウルフの肩口に深く吸い込まれ、ウルフが倒れた。
ウルフを斬った冒険者は冷静にウルフの首に剣を突き立てて、止めを刺した。
一連の冒険者達の動作を見て司は奇妙な感覚に襲われた。
(何て言うか、連携が甘い?)
つい昨日、司が彼らの動きを見た時には見事だと感じたが、今はそうは思えなかった。
連携には全体的にぎこちない箇所が目立つし、剣筋も軸がブレている気がした。
しかしそう感じること自体に司は疑問を感じる。
(なんで、俺そんなことが分かるんだ?)
司自身には剣や武道の心得はない。
強いて言うなら、あの夢でポールの戦闘を追体験したくらいだ。
(それに行きには感じなかったのに、帰りだけ感じるなんて。)
あの時と違う冒険者ならまだしも同じ冒険者、同じ相手との戦闘だった。
パフォーマンスが落ちているわけではない。
単に司の目が、前回には気付かなかった、冒険者達の動きの細部や連携の僅かなズレを何故か捉えられるようになっていた。
(もしかして、ポールのネックレスを返したことと何か関係があるのか?)
検証が必要だった。
ゲームならこう言う時、分かりやすく画面にレベルアップやステータス上昇の数値を確認できるのだが、生憎この世界はゲームではないのでそんな便利な機能は搭載されていないようだ。
ウルフの死体の処理を終えた冒険者達が馬車に戻ってくる。
3人が馬車に乗り込んだ事を確認した御者が馬に鞭を打つと、馬車がゆっくりと走り出す。
その後2回、小規模なモンスターの群れに襲われたが、特に怪我人も出ず、アルカムに着いたのは夕方手前程の時刻だった。
司は馬車を降りると、御者と警護の冒険者に礼を言って宿への帰路につく。
昨日の朝町を出てから、まだ1日半程だが司はどこか懐かしさを感じていた。
歩くこと15分程で宿の前まで到着した。
ドアを開け中に入る。
カウンターに座るアルベルトと目が合った。
「ただいま戻りました。」
「おかえり。」
司がアルベルトに帰還の挨拶をする。
アルベルトの返事を聞いて、司も嬉しさを感じる。
この世界において、紛れもなくこの宿が司の"家"なのだ。
司は食堂の方に視線を向ける。
中途半端な時間のため、食堂の方はまだ夜営業の準備で閉まっているようだ。
そのまま階段を上がって自分の部屋に入ると、ベッドに腰を下ろした。
5、6時間馬車に揺られたせいで尻が限界を迎えていた。
(次馬車に乗るときにはクッションが要るな。)
思えば司以外の乗客は皆何かしらを敷いて椅子に座っていた。
クロフォード家の馬車は殆ど揺れなかったしアルカムを走る乗り合い馬車も時間は短時間だったためそこまで揺れも気になる事も無かったので、あそこまで馬車での移動が辛いとは司にとっても予想外であった。
一息ついた司は、立ち上がると部屋の壁にそって置かれた服の元へ行って、まだメンテナンスの終わっていない物から、洗う必要のある物を取り出すと、宿の裏にある井戸まで運び入念に汚れを落としていく。
明日からは再び自由市での営業を再開する。
スキルによって、人助けに似たことが出来ると判明したが、物を仕入れて、付加価値を付けて売る。
それが古物商としての司の本業なのだ。
その日は明日からの仕事の事と疲労を回復させるため、司はいつもより早い時間に就寝した。
夕食の際にミーナが司の無事に安堵し、ネックレスを元の持ち主の家族に渡せたと知ると喜んで尻尾をブンブン振っていたが、ここでは割愛する。
司の頭は明日からの営業に集中してた。
翌日、自由市に出店した司は、憂いを自ら払う様に接客に全力を注いでいた。
「やっぱり、そのシャツに少し首元からネックレスのチェーンが見えるだけで、随分印象が変わりますね!」
ちょうど今、1組のカップルの内の男性の方が司のブースでシャツとネックレスを試着していた。
「素敵よ。アレックス。」
彼女の方も普段の飾り気のない彼氏とのギャップに喜んでいる様子だ。
「やっぱり、店員の僕が言うより、いつもお兄さんを見ている彼女さんが言ってくれた方が説得力がありますね。」
司は敢えて、彼女を立てる様に振る舞う。
「そ、そうか?君がそう言うならたまにはこう言うのも悪くないかもな。」
アレックスと呼ばれた彼氏の方も満更でもない様子だった。
司はここぞとばかりに最後の一押しに舵を切る。
「そのシャツは未使用品なので、すごく仕立てが良く見えます。ネックレスの方は作られたのはなんと、今から150年程前です。」
「150年前?!」
「はい。それだけ古くてもこうしてしっかり手入れをしてあげれば、何時までも輝き続けます。大事に使えば一生使えます。」
アレックスは司の言った150年前と言う言葉にひどく驚いた。
この世界ではアンティークのアクセサリーに対して、価値が広まっていない。
それにより敢えて古いものを売る文化がなく、そもそもその存在を知らない人が多いと司は気付いていた。
「本当にそんなに古い物なのか?」
つまり、アレックスの司を疑うような反応も至極当然と言える。
しかし、ここは異世界。
元の世界なら経験と知識を説明して、納得してもらう必要があるが、この世界には全てを一発で説明できてしまう便利な言葉がある。
「はい。僕の古物商としてのスキルがそう言っています。」
「なるほど、スキルの力か。ならば本当なんだろう。よし!この2つを買う。」
「ありがとうございます!」
スキル。
それはこの世界に根付いた特殊な力。
スキルの力がどのように、物や身体に効力を持たせるのかは、未だ解明されていないが、人々はスキルの存在を当たり前の物として受け入れていた。
そもそも魔法がある世界なのだ。
スキルの効果が少し不思議な物であっても違和感はなかった。
「アクセサリーの手入れが難しいようでしたら、また持ってきてください。銅貨10枚でピカピカにしますよ。流石に千切れたりすると職人に頼らないといけないので、大事に使ってあげてくださいね。」
「あぁ。ありがとう。また来させてもらうよ。」
そう言うとカップルは腕を組み、再び自由市の散策を始め、人混みに消えていった。
その姿を見送ると司はふぅ、と息を吐いた。
脳内で今日の売上をざっと計算する。
(服が7着とアクセサリーが3点で、870ルピーか。)
服も相変わらず未使用品を店より安く買えると言うことで人気だが、予想よりもアクセサリーの食い付きが良かった。
新品のシルバーのネックレスやブレスレットが銀貨5枚(500ルピー)以上するのだ。
司は磨き上げたアクセサリーを銀貨1~3枚で販売している。
皆の反応が良いのも頷けた。
その後、追加で服が3着売れ、売上が1000ルピーを越えたところで司は店を片付けた。
「すいません、ナサリーさん。10分程で戻るので荷物を見てもらっててもいいですか?」
司は隣のブースで出店していた女性に声を掛けた。
ナサリーは自由市によく出店している司の顔馴染みで、夫の雑貨屋で売れ残った商品を安く売っていた。
歳は司と同じ位だと思われる。
茶髪をボブに揃えた、利発そうな雰囲気の女性だ。
「もちろん。私もそろそろ引き上げるから片付けが終わるまでには戻ってきてね。」
ナサリーは司の願いを快諾した後、商品の片付けを始めた。
司が向かったのは以前、休日に立ち寄ったドワーフのブースだった。
自由市は出店の場所が日によって変わるため、探すのに多少手間取ると司は予想していたが、思いの外すんなりと見つかった。
武器のエリアと司の出店している日用品のエリアの境の通りに、探していたドワーフの姿があったからだ。
司はそのドワーフのブースにしゃがみこむと前回手に取ったナイフを探した。
けれど似たようなナイフがいくつかあり、見た目では司に区別が付かなかった。
「兄ちゃん、この間も来てくれたね。」
店主のドワーフが司の顔を見て、声を掛けた。
前回のことを覚えているようだった。
「こんにちは。やっぱり護身用にナイフを1つ買おうかなと思って。前回見せてもらったのってどれですかね?」
「それなら、これだな。」
そう言うと店主のドワーフは端の方に置いてあったナイフを司へ差し出した。
司はそのナイフを受け取ると、スキルを使用した。
【鋼のナイフ】
製造年 : 精歴1088年
生産者 : トニー・サントス
使用者 : クルソン・ガリオン
残響 : あり
(これだ!)
司は予想通りの結果に、満足した笑みを浮かべた。
やはりあの時聞こえた声は司の気のせいではなかったらしい。
(残響‥あり。)
あれから色々とスキルを使ってみた司だったが、残響の欄が"あり"と表示されたのはポールのネックレス以降、このナイフが2個目だった。
司はナイフの握りを確かめる振りをする。
流石にそのくらいはしないと怪しまれると思ったからだ。
少しして、司はそろそろ良いかと思い、ドワーフからナイフを購入しようとしたところ、ドワーフの方が先に口を開いた。
「‥‥兄ちゃん、確か商人って言ってたよな。」
「はい。そうですが?」
ドワーフが何だか信じられないものを見るような視線を司に向けていた。
「あれから、そんなに日が経ってねぇってのに。何か、剣の特訓をしてたのか?」
「‥?‥いえ、特には。」
司はドワーフの意図が読めなかった。
「そんなはずは‥‥。いや、なに。握りがあの時とは別人のように様になっているんでな。」
ドワーフは少し感心した様な声を出す。
「握りが‥‥。」
司は手元のナイフとそれを握る自分の手を見つめた‥‥。
ナイフを購入した司は荷物を取りに行き、宿に戻った。
今日はもうメンテナンスをしないといけない商品もなく、仕事はこれで終わりだ。
時刻はまだ夕方。
暇を持て余すのも良いが、司はスキルの検証に時間を充てる気でいた。
そう言うわけで、司は懐から砂時計を取り出した。
これは魔道具ではなく、地球にあるものとほぼ同じ見た目のアナログな物だ。
司は昼の間に隣のナサリーのブースで買っておいたのだ。
前回、ネックレスに魔力を流した際、意識を失っていた司だったが、それがどのくらいの時間だったのか、時計の無いこの部屋では全くわからなかった。
司は買ってきたナイフを握ると砂時計をひっくり返した。
そしてそのままスキルを発動すると、ナイフに魔力を籠める。
視界に表示された、文字列が光始める。
今度は司も狼狽えはしなかった。
すぐに光が視界いっぱいに広がって、司の意識は途絶えた。




