第19話 告白
目の前に現れたフレッドに司は動揺を隠せない。
司の心情など知らないフレッドは一瞬だけ司に視線をやり怪訝な表情を浮かべるが、すぐにハンナの墓石の前に進むと持っていた花を供え祈るように目を閉じた。
その目には僅かだが、涙のような物が浮かんでいるようにも見える。
先程までフレッドに対して怒りを覚えていた司だったがその様子に疑問を感じる。
(そうだ。さっきの話を聞いてコイツのことを極悪人だと思っていたが、あの夢に出てきたフレッドはそんなに悪い奴には見えなかった。)
そう。
あの夢の中で、フレッドは確かに不真面目な姿は見せたものの、アーマードベアとの戦闘では勇敢に闘っていたし、ポールの事を信頼している素振りも見せていた。
(それに、シャルさんの口振りだとこの人は毎年ハンナさんの墓参りに来ているようだ。)
自分が陥れた相手の家族の墓に、毎年花を供えに来る悪人がどれ程いるのだろう。
もしかしたらフレッドにも何か事情があるのではないか、司はそう考えるようになった。
フレッドは2分程祈りを捧げた後、立ち上がり再び3人に体を向ける。
「では、私はこれで失礼しよう。」
そう言って立ち去ろうとした時だった。
フレッドの視線がシャルの手元に注がれた。
そして目を見開きながら、まるで漏れ出るかの様に声を出した。
「…その、ネックレスは。」
「はい、ポールお爺ちゃんのネックレスです。こちらのツカサさんが届けて下さって。」
シャルがそう言うと、フレッドは驚きに満ちた表情で司に目を向ける。
司は頭の中で言葉を選んだ。
「祖父が持っていました。それを今日、届けに来たんです。」
フレッドはその言葉を静かに聞くと、少し言葉を失った後、深く息を吐き出した。
「そうか。それで君のお祖父さんは何と?」
「…。」
司は迷っていた、ここで真実を追求するべきか。
ここへ来た目的はネックレスをシャルへ渡した段階でほぼ、達成している。
ここから先は司のお節介の様なものだ。
だが、事実を知る身として、ポールが蔑まれているこの状況は、何とかしたいと感じていた。
「…手は、大丈夫なんですか?」
司はゆっくりと口を開いた。
「手?」
「はい。左手です。」
司の質問の意図が分からないと言った雰囲気のフレッドだったがチラリと自分の左腕の傷跡を見る。
「あぁ、この傷かね?怪我を負った時、腕の良い治癒魔法士がたまたま村に滞在していてね。戦闘では使えないが、日常生活には影響はないよ。」
懐かしいと言わんばかりにフフッと笑うフレッドだったが…。
「…その怪我ではありません。それより前に負っていた指の怪我です。」
司の続けた言葉に表情が固まる。
「…どこでその事を?」
「ある人から。」
「…。」
フレッドは否定しなかった。
「指を怪我していたんですか?」
司の台詞を聞いたケリーが追うように質問する。
「その怪我が理由で、フレッドさんは冒険者を引退して警備団、当時の警備員になったんです。」
「ッ?!」
司の口から語られた事実に強く反応したのはケリーだけだった。
フレッドは、じっと司の話を聞いている。
シャルはそんなフレッドを見つめていた。
しかし、彼女の手はギュッと、手元のネックレスを握りしめている。
「…フレッドさん、教えてください。」
「…。」
「あの時アナタは、何故あんなに怯えていたんですか?」
「ッ??!」
フレッドの目が今度こそ驚愕に見開かれた。
司の言う"あの時"と言うのがポールと共にアーマードベアを発見した時だと言う事はフレッドにはすぐに理解できた。
しかし、その事実はあの場にいた当事者しか知り得ないはずだった。
しかし、その驚いた表情も長くは続かなかった。
察したのだ、目の前の青年は全てを知っていると。
自らを断罪するためにこの村に現れたのだと。
次第に何かを諦めたような、いやホッとしたかのような、何とも言い難い笑みを浮かべる。
そして、たっぷりと時間を掛けて、漸く、口を開いた。
「…あの時…最初にアーマードベアを見た時、震えが止まらなかった。」
そうして語られたのは、あの事件よりも1年程前の出来事だった。
「…指に幻痛が走るんだ。冒険者時代にパーティーで受けたクエスト中にアーマードベアに強襲された時に傷を負った場所に。片手が使えなくなり、双剣士としての能力が半減した私が足を引っ張った事でパーティーは半壊。そのアーマードベアは何とか討伐したがメンバーの1人が戦死した。」
フレッドは昔を思い出すように、左手を見る。
左手の指は、細かく震えていた。
「その記憶は私の心にトラウマの様に根を張った。怪我が治り、医師にも戦闘に支障は出ないと言われた。その通り、日常生活には問題はなかった。だがモンスターを前にすると、それも、巨大なモンスターと対峙するほど、完治したはずの左手が痛み、あの時私のせいで死んだ仲間の姿を鮮明に思い出した。」
「それで冒険者を辞めたんですね?」
司が確認するように、問い掛ける。
相変わらずシャルはじっとフレッドを見詰めている。
ケリーはフレッドの話す内容と、自分の知る当時の話に食い違いを感じたのか、睨むような視線をフレッドへ向け始めていた。
3人からの視線を集めたフレッドは、逃げることもせず、一定のトーンで話を続ける。
「…あぁ、そうだ。私は堪えられなかった。戦えなくなった自分に、じゃない。冒険者のくせに仲間の死にびびって剣を持てなくなった私に付けられた"臆病者"と言うあだ名に、私は堪えられなくなった。」
それは奇しくも、ポールに付けられた悪評と同じ呼び名だった。
「この町の警備員としての仕事は幸い双剣を使わなくても済むような任務ばかりだった。それに私とペアを組むことが多かったポールさんの実力は本物だった。警備員として問題なくやっていけるハズだった。」
そこでフレッドは話を切った。
代わりに司が続ける。
「しかしそこでまた、アーマードベアと会敵した。」
それを聞いたフレッドはこくりと頷く。
「相手は怨敵、アーマードベア。そして目の前には横たわる冒険者の姿。私のトラウマを嘗てないレベルで呼び起こすのには十分だった。」
目を閉じ、何かに堪えるようにフレッドは自らの左腕を押さえつけた。
「ポールさんは私にとって、良い上司だった。過去の勤務中に私の左手の異変にポールさんはいち早く気が付いた。しかし事情を察し、深くは聞いてこなかった。そして私の事を気遣い、度々夕食に招いてくれるようになった。」
懐かしいと言わんばかりに、フレッドは視線をハンナの眠る墓に向ける。
「そんなポールさんと一緒だったからこそ、私はあの時、一時的にだが、左手の痛みに堪えながらでも、冒険者時代のように剣を振ることが出来た。しかし、あの時、あの咆哮、殺気は私の判断を鈍らせるには充分だった。」
その時の事を思い出しているのだろう、何かに堪えるようにフレッドはこめかみを押さえる。
「そうして、身体を硬直させ、アーマードベアの攻撃を左手に受けた私はポールさんに言われるままに、その場から立ち去った。」
「「ッ?!」」
遂にフレッドの口から発せられた決定的な一言に、ケリーとシャルがビクッと反応を見せる。
ケリーの目は大きく開かれ、シャルに至っては再び祈るような仕草を見せてた。
「腕を裂かれた激痛に堪えながら、何とか助けを呼びに村に走った私だったが、途中で足を止めた。」
そこから先は司も知らない。
ポールが流された後の話だった。
「私は思ったのだ。2人で何とか渡り合えていたアーマードベア相手に、1人で勝利できる筈がない!このまま村に戻ったら私はポールさんを見捨てて逃げたと、思われるのではないか?!またあの時のように"臆病者"と後ろ指を指され生きていく事になるのでは…?!」
それまでの平坦だったフレッドの声のトーンが、突如乱れた。
「そんなことになるくらいなら、ポールさんと最期まで一緒に闘って、名誉の死を選びたい!そう思い、再びあの河原に向かったが、辿り着いた私の目に映ったのは…何故か私の剣で止めを刺され、生き絶えたアーマードベア…だけだった。闘っていた筈のポールさんの姿は何処にもなかった。」
フレッドは押さえていたこめかみから手を外すと、眼前に移動させ震える手を見詰めた。
「もし戦闘が終わって、ポールさんも無事なら、村までの道は一本道、私とスレ違わないわけがない。周りをどれだけ探しても、ポールさんの姿はない。血痕もアーマードベアの死体の辺りで途切れていた。…何はともあれ、戦闘が終わったなら村に戻る必要がある。しかし、どう説明する?正直に話すか?そんなことをすれば私は"臆病者"扱いだ。共に闘ったことにする?いや、それならポールさんの行方を知らないことの説明が付かない…。
…私が倒したことにする?
ポールさんがどうやってアーマードベアを倒したかは分からなかったが、私の剣舞なら説明は出来る。
幸い状況証拠は揃っていた。
私が双剣を振れない事はポールさんしか知らない。
後で疑われてもこの怪我が原因で左手は使えないことに出来る。
そうするしか、私がこの村で、今後も平穏に暮らしていく方法は無かった。」
そこまで一気に話すとフレッドはハァハァと少し酸欠気味に呼吸を乱した。
話を聞く3者は、誰も口を開かずフレッドの次の言葉を待った。
「…ハァ…。ポールさんが無事に帰ってきて、私の嘘が明るみに出ても、それはそれで構わなかった。ポールさんが私も勇敢に闘ったのだと、証言してくれるからだ。もしポールさんが逃げた汚名を着せられても、私が最大限に庇おう。そう決めた私は、何とか腕の止血をして村に戻った。」
その後は皆の知る通りだ、とフレッドは続けた。
そこで漸く、司が口を開いた。
「では、ポールさんが"臆病者"と呼ばれたのはフレッドさんにとっても不本意だったと?」
「勿論だ。虫のいい話だが、私は言い振り回すつもりは無かった。最低限、身内だけの話で留める予定だったのだ。しかし、小さい村だ噂が回るスピードは私の手に負える物ではなかった…。」
色の濃い後悔がフレッドの顔に滲み出ていた。
とうとうフレッドは膝を地面に着けた。
「そこからは皆の知る通りだ。私も全力を尽くしたが、それでもロックス家の皆さんにとって住みづらい村になってしまった。
私の保身のために…、本当に申し訳ないッ!」
フレッドは頭を地面に擦り付けて、土下座し許しを乞う。
それは目の前のシャルに対してなのか、それとも亡くなったハンナへか、未だ帰らないポールに対してなのか。
司にはその判断はつかなかった。
隣に佇むシャルの様子を見る。
真実を知り、その事をまだ消化しきれていないと言った様子だ。
しかし、今この場で発言権を有しているのは彼女だけである。
一同はシャルの言葉を待った。
「……私は、この村で酷い扱いを受けた、と言う記憶があまり、ありません。」
そしてポツポツとシャルが語り始める。
「幼い頃に引っ越したと言うのもありますが、当時の記憶は、ポールお爺ちゃんがいて、ハンナお婆ちゃんが隣で笑っていて、両親も幸せそうで、私も楽しくて…。そんな思い出しかないんです。」
シャルの頬を一筋の涙が流れる。
しかし彼女はそれを拭うことはしなかった。
彼女の両手はポールのネックレスを握ったまま、離すつもりがない、と言わんばかりに握り締められていたからだ。
「この村に帰ってきてからも、特に不自由さを感じることはありませんでした。それはフレッドさんが色々お世話をして下さったからだと分かっています。」
その言葉を聞いてフレッドが漸く顔を上げ、シャルの目を見る。
「…私は、フレッドさんを…責めません。」
ゆっくりと、しかし強い意思を込めて、シャルはそう言った。
「両親がどう思うかは、分かりません。だけど私個人は、これ以上この件でフレッドを糾弾しないとお約束します。…勿論、赦すと言う事ではありません。家族が負った苦しみを考えると、私の口から軽々しく、そんな事は言えません。」
「…アァ…。…ありがとう。ありがとうぅ。」
フレッドは目に特大の涙を浮かべて、本当に安堵したような表情を見せた。
しかしシャルの表情は晴れない。
「けど、せめてハンナお婆ちゃんにも、その事を知ってもらいたかったです。」
シャルの視線はハンナの墓石に向けられる。
ポールが行方不明になってからも自分の前ではずっと笑顔だった祖母をシャルは本当に良く慕っていた。
そんな女性が、真実を知ることもなく、眠りについたことはシャルとしても無念でならないのだろう。
しかし、フレッドの口から予想外のことが語られる。
「…いや、ハンナさんは全て気が付いていた。」
「え?」
シャルから不意に声が漏れる。
ハンナの墓石に供えられた花が、風で揺れていた。




