第18話 邂逅
司は村の外れにある一軒の民家の前で足を止めた。
この村ではありふれた木造の民家。
庭には小さな畑があり、今も、名前は分からないが、キャベツに似た野菜が実っている。
その家は司が夢で見たポールの家、そのままの姿だった。
ここまで来た司だったが家を訪ねるのは少し気が引けていた。
ポールの家族は既に引っ越していると言う話だったし、ここに今住んでいるのは恐らく赤の他人だろう。
それでも何か手掛かりがあるかもしれないと思い家の敷地に足を踏み入れようとした時、家の影から1人の男性が現れた。
農作業中であろうか、身に付けているシャツやパンツは土で汚れており、手には鍬が握られている。
「おや?君は?」
男が自分の家に入ろうとしている司に気が付き声を掛ける。
声には若干の警戒が滲んでいた。
「あ、作業中にすいません。ちょっとお尋ねしたいんですが、ここに昔住んでいたロックスさんについて何かご存知でしょうか?」
ポールではなく敢えてロックスと聞いた。
この村でのポールの"悪評"を考えての事だった。
司は改めて男の顔をみる。
年は30代中頃だろうか、清涼な銀髪を短く揃えた美男子だ。
ポールの面影はなく、血縁者と言う事もなさそうである。
「それなら妻の祖母の事だろう。」
しかし、男の口から司にとって予想外の内容が語られた。
「…!お孫さんが住んでいるんですか?!」
「そ、そうだけど。君は誰なんだい?」
そう言えばポールがフレッドに孫がいると言う内容の話をしていたのを司は思い出す。
思わぬ手掛かりに歓喜の声を上げた司だったが一方で男は、司の食い付きに警戒を高めた。
そしてそれに気付いた司が警戒を解くために口を開いた。
「申し遅れました。俺は司と言います。実はここに以前住んでいたと言うポール・ロックスさんと俺の祖父が知り合いで。実家の整理をしていて出てきたポールさんの私物を届けに来たんです。」
「…ポールさん…か。」
男の表情から警戒の色が消えるが、代わりにポールの名前を出したことで、若干気落ちした雰囲気を漂わせた。
「生憎だが妻は今墓参りに行っていてね。今日は妻の祖母、ハンナさんの命日なんだ。」
「そうなんですね。」
既にハンナはこの世を去っていた。
あのネックレスが作られたのは精歴1050年。
現在が精歴1103年なので53年前。
作ったのはポールの弟、ジニー・ロックスで、ポールが冒険者を引退した際に渡したものだと、司は知っていた。
そこから逆算すると、ポールがアーマードベアと闘い殉職したのは今から30年ほど前の精歴970年前後。
ハンナもポールとあまり年は変わらない様に思えたので、確かに亡くなっていてもおかしくはなかった。
(だけど、それじゃあポールの願いは叶わないかもしれない。)
しかし、もしかするとハンナの墓に行けばスキルの残響の欄に何か変化があるかも知れない、そう司は考えた。
「もし良ければ、そのハンナさんのお墓の場所を教えていただいても良いですか?」
「…墓を?」
「はい。」
男性は少し考え込む仕草を見せるが、真剣な表情の司を見て表情を和らげた。
「わかった。なら俺が案内しよう。ちょうど仕事も一段落ついたところだ。」
男の有難い申し入れを司は快諾した。
墓は歩いて10分も掛からない村を囲む塀の側にあるらしい。
2人は畑の間の道を歩いていた。
「名乗っていなかったが、俺はケリー。妻のシャルと3年前にあの家に越してきた。」
ポールの言っていた孫とは年齢的にも恐らくそのシャルの事だろう。
「それまではどちらに?」
「アルカムだよ。ポールさんがあんなことになっちまって、妻と義両親は村に居づらくなって引っ越したらしい。だけどハンナさんは最期までポールさんの帰りを待って、この村に残ったんだ。」
「なるほど。」
「しかしハンナさんも10年程前に亡くなってね。たまにお義母さんが家の手入れに来ていたんだが、腰を悪くして来られなくなってな。代わりに俺たちがこの村に移り住む事にしたんだ。俺の職業も農家だったし、妻も幼少期を過ごした村に思い入れがあったようだしね。」
「その…やっぱり娘さんやお孫さんのシャルさんもポールさんを恨んでいるんでしょうか?」
司は恐る恐ると言った様子でケリーに尋ねる。
「ハハ、恨んじゃいないさ。シャルや義両親は今でもポールさんは無実だと信じているよ。それにまだ生きているかもしれないしね。」
それを聞いて司は心が少し痛むのを感じる。
ポールが無実なのはその通りだが、残念ながらもうこの世にはいない。
その事実をハッキリと伝えるか、司にはすぐに判断はつけられなかった。
「だけど、どうしてポールさんが逃げたって事になったんですか?」
司は詰所で話を聞いた時から感じていた疑問を目の前のケリーにぶつける。
「剣だよ。現場に残されていたのは2本の剣。そして止めを指したのは今の警備団の団長であるフレッドさんの物だったんだ。」
「けど、それだけじゃどっちが闘ったかなんて分からないんじゃ…?」
それだけの証拠で、あそこまで村の人に慕われていたポールがまるで悪人呼ばわりされるとは到底思えなかった。
「ポールさんの剣と闘っていたアーマードベアの爪は激しい戦闘で砕け散っていた。いくら元B級でも"ただの剣士"のポールさんがあの年でそんな力で闘えるはずがないんだ。」
「…剣士?」
ポールの職業は凶剣士のハズだと司は思ったがケリーの話が続いたため、一旦出かかった言葉を途中で止めた。
「そう、ポールさんは剣士。対してフレッド団長は双剣士で剣舞と言うスキルを持っている。」
「剣舞、ですか?」
「あぁ。2本の剣をまるで舞うように扱うスキルでね。スキルを使用している間、攻撃が当たる度に攻撃力が増していくんだ。アーマードベアの体表には数えきれない程の切り傷があったらしい。そして極限までに高められた攻撃がアーマードベアの爪を破壊した。そしてそれと同時にポールさんの剣も砕けたが、残った自分の剣で止めを差したってわけさ。」
「そう言うことか。」
確かにそれなら筋は通っていると司は思った。
つまり、司が見たポールの記憶、あの後に…。
(恐らくフレッドが村に引き返さずに戻ってきたんだ。そして死んだアーマードベアを発見して、ポールの姿も見えないことに気が付いて、手柄を、横取りした。)
無意識に司の拳に力が入る。
この世界にやって来て、初めて、司は怒りと言う感情を露にさせた。
しかし、司の心の一部は冷静だった。
「だから村の人は皆、ポールさんが逃げたと信じているんですね。」
「そう言うことだ。…おっと、着いたぞ。」
気が付けば目的の墓所が眼前に広がっていた。
文字の刻まれた墓石が数十は並んでいる。
人気のないその中で1人の女性が立っているのを見付けるのは至極簡単なことだった。
2人は静かにその女性の所に向かった。
「シャル!」
ある程度近付いたところでケリーが、目を閉じ祈りを捧げている女性に声を掛けた。
名前を呼ばれた女性が目を開け少し驚いた表情を浮かべてこちらを見た。
年頃はケニーと同じ30代と思われる。
司の記憶の中にあるハンナを若くした様な見た目だった。
「アナタ。どうしてここに?それにそちらの方は?」
「はじめまして。シャルさん。俺は司と言います。」
「はじめまして…。」
シャルはまだ状況が飲み込めていないと言った様子で少し不安そうに司に返事をした。
「実は俺の祖父から届け物を頼まれたんです。」
そう言うと司は懐からポールのネックレスを取り出した。
「…ネックレス?…あれ、けどそれ何処かで…。」
「…ポールさんが身に付けていたネックレスです。」
「…ッ?!」
生前、と言う言葉が出そうになり、司は少し言い淀んだ。
目の前の女性はまだ、ポールが死んでいることは知らないのだから。
対して、司の言葉を聞いたシャルは何かを思い出すかのように身体を震わせた。
「…そうよ。確かにそれは、ポールお爺ちゃんが何時も身に付けてた…。」
「俺の祖父が持っていました。それを返しに来たんです。」
そう言うと司は手にしていたネックレスをシャルへ手渡した。
シャルはそれを震える手で受け取ると、細部を確認するように見つめて、大事そうに胸に抱える。
「…ッ。ありがとうございます。」
その目には涙が浮かんでいた。
あの時、ポールは身体ごと川に沈んで、流された。
身に付けてた様な物は何も残っていなかった事は想像に難くない。
少しの間、噛み締めるようにネックレスを抱いていたシャルだったが、落ち着きを取り戻し溢れる涙を指でぬぐうと、少し赤らんだ目を再び司に向ける。
「あの、それで祖父がどうなったかご存知なのですか?無事なのでしょうか?」
まるで願う様にシャルは司へ問いかける。
司は返事に困った。
しかし、真実を説明する必要がある。
その中でポールの死は避けて通れない内容だ。
意を決して話し出そうとした司だったが、その前に別の声が辺りに響いた。
「おや、奇遇…でもないか。今日はハンナさんの命日だからな。」
男性の声だ、それも少し老いた。
3人が一斉に声のした方向を見る。
司達とは反対、シャルの後ろ側からゆっくりと1人の男性が歩いてこちらに向かって来ていた。
墓参りに来たのだろう、手には花束が抱えられている。
オールバックにした青髪には白髪が混じる。
年齢は60歳前後と司は判断した。
捲られたシャツから見える左手には大きな傷痕が見て取れる。
何よりも、司は目の前の男に夢で見た男の面影を感じた。
(…こいつ、まさか?!)
「…フレッドさん。今年も来てくれたんですね。」
「あぁ。ハンナさんには世話になったからね。」
フレッド。
シャルに確かにそう呼ばれた男は、間違いなくあの時ポールと共にアーマードベアと闘い、そしてポールの功績を盗み取った男であった。




