第17話 プーナ村
まるで長い夢から目覚めたような不思議な感覚だった。
「…ぅう」
司は頭を抱えながら目を覚ます。
右手にはあのネックレスが握られたままだ。
どうやら気を失っていたらしい。
「…あれは、一体…?」
夢、それにしては鮮明に思い出せる。
ポールと呼ばれた男の最後の1日の光景。
その中で司はポールとして、確かにあのアーマードベアと闘っていた。
今でも自分の手には剣でアーマードベアの喉を貫いた感覚が残っていた。
恐る恐る、ネックレスにスキルを使ってみる。
今度は魔力は込めなかった。
【錫合金のネックレス】
製造年 : 精歴940年
生産者 : ジニー・ロックス
使用者 : ポール・ロックス
残響 : 有り
(…残響?)
視界に表示されるスキルの効果に見覚えのない欄が増えている。
なんだ?と思いながら、司は残響という欄を集中して見てみる。
すると。
『‥‥‥帰りたい‥。』
また、司の頭に声が響いた。
今だから分かる。
それは間違いなくポールの声だ、と司は確信する。
あの時、ポールは最期妻のハンナや家族の元に帰りたいと強く願っていた。
(もし、その感情がネックレスを通して俺に語り掛けているとしたら。)
残響読取と言うスキルの本質に、司は気付き始めていた。
翌日。
自由市から帰宅した司は食堂で夕食を取っていた。
今日は初めてアクセサリーを並べてみたが、思いの外、ウケが良く、流石に即決に至らないケースが多かったが、それでも売上は過去最高を記録していた。
しかし司の表情は何処か晴れなかった。
その様子に気が付いたミーナが司の食器を片付けるついでに話し掛けた。
「ツカサさん、あんまり売れなかったんですか?」
「いや、売上はかなり良かったよ。アクセサリーも幾つか売れてね。」
「それは良かったですね!この調子で色々扱う商品の幅も増やせれば、すぐにお店も開けちゃいますよ!」
「ハハ。だと良いんだけどね。」
ミーナの問い掛けに笑顔で答える司だったが、その表情に見た目ほどの元気がないことをミーナは察していた。
「…他に何か気になることでも?」
「…それは…。」
司はミーナに相談するか迷った。
いきなりネックレスから声がするなんて言っても信じてもらえるか分からないし、スキルの全容を把握できないまま、誰かにその事を話すつもりはなかった。
しかし、1人で考えていてもどうしようもないのも確かだ。
司はスキルのことは黙ってミーナに相談することに決めた。
「実は仕入れたアクセサリーの1つが、遺品らしくてね。」
「遺品、ですか?その人の親族の方から買ったんですか?」
「いや、買ったのは関係ない人なんだけど、どうもそのアクセサリーが故郷に帰りたがっているような気がしてならないんだ。」
「は~、なるほど。なんかそう言う話を聞くと返してあげちゃいたくなりますよね。」
ミーナは分かります!と首をうんうんと上下させて大袈裟に頷いて見せた。
「それで、どこに返して良いか分からないから困ってるんですか?」
「場所は聞いてるんだ。元々の持ち主の名前も分かってる。」
「だったら!返した方がいいですよ!」
ミーナは間髪いれずにそう答えた。
あまりに迷いのない返事に目をぱちくりとさせる司。
「あ!けどそれってツカサさんがお金を払って仕入れた物ですもんね。勝手なこと言ってすいません。」
司の様子にしまったと言わんばかりにミーナが謝罪する。
それと連動して耳と尻尾までぱたりと垂れ下がってしまう。
「いや、あまりにも即答だったからビックリして。そうだよな。返せるなら返した方がいいよな!」
霧が晴れたかのような表情を浮かべる司を見て、ミーナも役に立てたと嬉しそうな表情を浮かべた。
ミーナの尻尾もすっかり元気を取り戻したかのように左右に揺れ始めた。
翌朝、司の姿は街道を進む馬車の中にあった。
ミーナに聞いたところ、あの夢に出てきたプーナ村と言う場所はアルカムから東に馬車で5時間程行った場所にあるらしい。
早朝東に向かう馬車に乗り込んだ司はこの世界に来て初めてアルカムの町を出て、ポールの住んでいたプーナ村に向けて出発していた。
馬車はアルカムを走る乗り合い馬車くらいの大きさだがグレイホーンではなく、普通の馬4頭が引いている。
乗っているのは司を含めて15人程。
その内3人は護衛の冒険者だ。
冒険者たちは馬車の入り口に2人座っており、残りの1人は御者席にいるらしかった。
窓から見える景色は先ほどからずっと平原だ。
この道は比較的モンスターも少ないらしい。
その代わり道が町の中程整備されておらず、時折激しい揺れに襲われるので、眠るのも一苦労だ。
2時間程馬車が走ると最初の村に到着する。
司が見たプーナ村よりもっと小さい村で周りは簡単な柵で覆われているだけだった。
比較的モンスターの被害が少ない証だろう。
2、3人を下ろすと馬に水と草を与えて、馬車は直ぐに出発した。
そこから村を2つ過ぎて、いよいよ後1時間程でプーナ村に到着すると言うところで、馬車が初めてモンスターの襲撃にあった。
馬が唸り声を上げて馬車が急停車する。
司は何とか椅子を握ることで転倒を避けたが、2人程は横に転けていた。
馬車の入り口に待機していた冒険者が勢い良く馬車から出ていく。
司は恐る恐る、窓から外の様子を窺う。
前方を塞いでいたのはオオカミのようなモンスターだった。
合計4体だったが、冒険者3人が見事な連携で即座に切り捨てた。
初めて敵対するモンスターと、馬車の中にいたとはいえ、対峙した司だったが、自分が平常心を保っていた事を少し意外に思う。
(夢の中のアーマードベアの威圧はかなり凄かったけど、あの狼からはそれ程感じなかったな。)
ポールの記憶を追体験した司はC級のモンスターの迫力と今の狼との差に少し拍子抜けした気分になった。
その後、馬車は何事もなかったかの様に街道を走り、予定時刻に少し遅れて、プーナ村に到着した。
「ここか。」
プーナ村の外観は司が夢で見た物と少し異なっていた。
途中で寄った村と違い、柵ではなくちゃんと塀で覆われている。
夢では柵だったが、モンスターが生息している森から近いために改築されたのかもしれない。
(そもそもあの夢が現実の内容じゃない可能性もあるか。)
多少疑心暗鬼になりながら司は門から中に入る。
門を潜るとまず畑が広がっていた。
その様子は司もポールとしてこの門を出た時に見知ったものと酷似していた。
そしてその畑の奥には民家の並ぶ居住区がある。
司は居住区に入ると、まず宿屋を探した。
たまたま目の前を通りかかった農夫に宿屋の場所を尋ねる。
農夫は親切に村に1つしかない宿屋の場所を司に説明した。
「ここを曲がって…3番目…。」
アルカムと違って木造の平屋の建物が多いこの村では、珍しく2階建てのこの建物が今日の司の宿らしい。
司が中に入ると恰幅の良い女性が受け付けに立っているのが目に入る。
「おや、いらっしゃい。」
女性が司に気が付いて挨拶する。
司は受付まで進むと2泊分の部屋を頼む。
部屋は問題なく空いている様だった。
「にしても、ここにはどんな用なんだい?冒険者でもなさそうだ。」
「ちょっと、届けたいものがあって。」
「なんだ宅配かい。」
「似たような物です。」
受付の女性と他愛もない会話をしたあと、司は部屋に行き荷物を下ろした。
まだ時刻は昼と言っても問題ない時刻だった。
小腹が空いた司は情報収集を兼ねて昼食へ行くことにした。
受付の女性におすすめの店を聞くと、近くに旨い家庭料理を出す店があると言う事だったので、そこに向かうことにする。
司はその道中で、デジャヴに似た感覚を覚える。
はっきりとは言えないが、司はこの道を見たことがある気がした。
(…そうか、この道…ポールの通勤路だ。)
少しだけ、風景に差はあるがそこは間違いなくあの時ポールが警備員の詰所に向かう時に通っていた道だった。
(ってことは、この先に詰所が…。)
司は記憶にある詰所までの道を思い出す。
しかしまずは腹ごしらえだと思い、お勧めしてもらった店に入ることにした。
結果、店は当たりだった。
家庭料理というのがどういうものか理解していなかった司だったが、出てきたのはボア系のモンスターのシチューと地元の野菜が入ったスープ。
どちらも非常に美味であっという間に完食してしまう。
「御馳走様でした。」
「はーい。お兄さん良い食べっぷりだね!」
如何にも食堂のおばちゃんと言う雰囲気の女将に挨拶する。
「あ、そうだ。ポール・ロックスさんって方をご存知ですか?ずっと前にここの警備員をしていた人なんですけど…。」
「ポール…?あぁ、"あの"ポールさんね。」
店に入ってからずっと気の良い女将と言った雰囲気だった女性が、ポールの名前を出した途端に表情が曇る。
司は女将の含みを持たせたその言い方に若干の疑問を感じる。
「私もあんまり詳しいことは知らないけどね。その話はここじゃあんまりしない方が良いと思うよ。せっかく知らない人も増えてきてるからね…。」
「…?」
「まあ、どうしても知りたいなら警備団の詰所に行くと良いよ。この道を町の反対に進めばあるから。」
「分かりました。」
司は会計を済ませ店を後にした。
とりあえず詰所に向かうしかない、そう思いポールの記憶で見た道を辿る。
目的の詰所はすぐに見つかった。
司の記憶より大きく、この村にしては珍しくレンガ造りの建物だ。
『警備団詰所』
と大きく書いてある看板が掲げられている。
今は警備員、ではなく警備団と呼ばれているようだと司は呟いた。
詰所のドアを叩く。
直ぐに「はいよー。」と中から声が聞こえて、扉が開いた。
中から出てきたのは3.40代の男性だった。
「えーっと、何かあったのか?見ない顔だが。」
「あの、昔ここで働いていたポールさんという方の事はご存知でしょうか?」
「…ポール?はて、聞いたことあるような。」
「ポール・ロックスという方です。」
司がポールのフルネームを伝えると扉の更に奥から別の男の声が聞こえた。
「ポールっていやぁ、あの"臆病者"のポールの事じゃないか?」
(臆病者?)
聞こえた言葉に疑問を感じるが、司は情報収集に努める事にした。
「ご存知なのですか?」
「あぁ、"臆病者"ならおれも知ってるぜ。」
今度は司の目の前にいる男が思い出したかのように口を開いた。
その後この2人に聞いた話を纏める。
30年くらい前にこの辺に初めてC級のアーマードベアって言うモンスターが出た時の事。
現団長のフレッドと当時ペアを組んでいたポールは、2人でアーマードベアを発見。
普通なら1度、応援を呼ぶため撤退するところだが、ポールが功を焦って特攻。
そのまま戦闘になり、最初は上手く2人で手傷を負わせていたが油断したポールが攻撃をくらい戦意を喪失、武器を残してフレッドを残し逃亡する。
残されたフレッドは死力を尽くし、スキル双剣術を駆使して、左手に大怪我を負いながらもアーマードベアの討伐に成功する。
逃げたポールはそのまま行方不明。
以降、警備員(今の警備団)の中で、無意味な特攻や村を危険に晒すような行動を戒めるため、この"臆病者"ポールの話が語り継がれていると言う。
あまりにも、司の見たあの夢と違う内容に戸惑いを覚える。
「にしても、今さら"臆病者"のことを聞きに来るなんて、お前も変わってるな。」
一通り話を終えた、詰所の中に座っている方の男が司を少しからかうように笑った。
司はこの村に来る途中で考えた自身の"設定"を語り始めた。
「実は祖父がそのポールさんの冒険者時代の仲間だったみたいで、家の整理をしている時にポールさんの私物が出てきたんです。それをポールさんかその家族に渡すように頼まれまして。」
なるべく違和感のないように、これならポールの事を多少知っていても祖父から聞いたとシラを切れると司は考えた。
「なるほどな~。にしても家族か…。ずいぶん前に引っ越したって聞いたが…。」
「そ、そんな。」
目の前に立つ男が遠い記憶を引き出すようにそう言った。
引っ越し。
司はその可能性も考えないでもなかったが、予想した中でも最悪の答えだ。
しかし、司はせっかくここまで来たのに特に手掛かりなしで終るつもりもなかった。
司は落胆を隠しながら警備団の男たちに礼を言うと詰所を後にした。
(にしても、何でポールが"臆病者"なんて言われているんだ?)
司は激しい違和感を感じていた。
司の知るポールは周りの人間にも慕われていて、最期までアーマードベアと勇敢に闘い、相討ちとなった。
それがどうしてかポールがフレッドを見捨てて逃げた事になっている。
(俺の見たあの夢の方が偽物だったのか…?)
司は一瞬その可能性を考えたが、首を横に振り自身の考えたを否定する。
あの時見た夢内容は今でも鮮明に思い出せる。
ポールとして体験した、あの戦闘、匂いや剣を持った感触、痛み、そしてポールの感情。
あれが全て偽物だったとは到底思えない。
(まずはポールの家族の行方だ。長年この町で暮らしている人なら何か知っている人もいるかもしれない。それに…。)
司はポケットに入れたポールのネックレスをポケットの中で握りしめた。
(勇敢に闘ったポールが、"臆病者"と笑われているなんて、あまりにも虚しい。)
ポールの願いがこのネックレスを家族の元に届けて安らかに眠ることだとしたら、自分が笑い者にされているこの現状で、果たして願いは叶えられたことになるのだろうか。
何より司自身が、ポールの汚名をそそぎたいと考えていた。
(とりあえず、ポールの家があった場所に行ってみるか。)
司は記憶にあるポールの足跡を辿って、歩みを進めた。




