第16話 残響②
「フレッド!!」
ポールの目には反応が間に合わず、腕を切り裂かれて体勢を大きく崩すフレッドの姿が映る。
背後への攻撃を止めて、アーマードベアの注意を逸らすために、硬い皮膚で覆われていないアーマードベアの首もとへ剣を振り下ろす。
しかしアーマードベアも度重なる攻防で背後から敵が来ていることは既に学習していた。
背中や後ろ足を狙う攻撃にはリーチが足りなかった反撃も、自身の上半身、ましてや首を切ろうとする程近づいた相手なら、その腕は十分届く距離だ。
しっかりと狙いをつけたアーマードベアの腕が大きく振るわれる。
戦闘を始めてから、初めてアーマードベアの反撃が相手を捉えた。
「ッ!ぐはぁ!」
攻撃を受けたポールの身体が大きく宙を舞う。
辛うじて爪の直撃は避けたがそれでも分厚い皮膚で殴打された事により、ポールは少なくないダメージを受けた。
シャツは破れ、首に掛けられていたネックレスが露出する。
僅かに触れた爪がポールの腹に3つの裂傷を刻んでいた。
「ック!」
しかしそんな傷を負ってもポールは直ぐ様立ち上がり、再びアーマードベアに向かって走り出す。
ポールを退けたアーマードベアが剣を支えにようやく立っている状態のフレッドへ止めを差そうとしていたのだ。
「こっちだ!ウスノロ!」
ポールは渾身の力でアーマードベアの頭部に斬りかかる。
アーマードベアもまさか反撃がすぐに来ると思っておらず油断していたようだ。
ガキン!と剣とアーマードベアの頭の皮膚がぶつかる音が響き、アーマードベアの体勢が大きく崩れた。
しかし肩と同様に硬化した頭部に致命傷を与えることは出来なかった。
それでもポールは着地した次の1歩でフレッドまで近づくと彼の身体を担いで距離を取ることに成功する。
「…ぅ。すいません、ポールさん。おれ…。」
「しゃべるな。立てるか?」
「…はい。…ヤられたのは腕だけです。」
フレッドの左腕は暫くは使い物になりそうもなかった。
深い傷は一部、骨まで見えている箇所もある。
それを一瞥したポールは背にフレッドを隠すようにアーマードベアと対峙する体勢を取った。
「…フレッド。お前は逃げろ。」
「っ!そんな!ポールさんだけじゃ!」
「うるさい!その怪我じゃもう満足に剣も振れないだろう。このまま村に行って早く治療を受けるんだ。」
「けど…!」
「いいから、行け!なぁに俺にも奥の手って奴があるんだよ。お前がいたら巻き込んじまうかもしれねぇ。」
「…!分かりました…。死なないでください。」
「ハハッ。死なねえよ。まだ孫と遊んでやらなきゃいけねえしな。」
そう言うとゆっくりと起き上がってこちらを睨み付けているアーマードベアに向かってポールが走り出す。
その姿を見たフレッドも持っていた剣を置いてその場から立ち去る。
もう満足に使えない剣はただの重りになるからだ。
視界の端で上手く逃げていくフレッドの姿を確認したポールはスピードを上げる。
「さぁ、第2ラウンドと行こうか!ウスノロ!」
「グァル!」
ポールの声にアーマードベアも応えるように雄叫びを上げ向かってくるポールに腕を振り下ろした。
フレッドが戦線を離脱してから約3分。
闘いは平行線を辿っていた。
お互いに手負いと言うこともありどちらも決定打に掛ける。
しかしポールは自身の腹を伝う血の流れが増している感覚を覚えていた。
(もう時間がないか。)
このままだと、いずれ血が足りなくなって動きが鈍る。
その時が自分の最期になる直感をポールは感じていた。
(やるしかねぇ。)
掴んでいた剣に再度力を込める。
するとポールの体から赤いオーラの様なものが立ち上ぼり始める。
(今の体力じゃ持って30秒って所だ。それまでに決着を着ける!)
ポールの身体がまるで爆発による推進力を得たかのようなスピードで加速しながらアーマードベアへ襲い掛かる。
これまでとは一線を画す速度の攻撃にアーマードベアも対応が遅れる。
振り下ろされた剣が咄嗟に突き出されたアーマードベアの爪と交差する。
バキンッ!と言う音と共にアーマードベアの体の中でも最硬を誇る爪が砕け散った。
「ッグワァ!?」
予想外の結果に動揺するアーマードベア。
ポールは返す2撃目でアーマードベアの硬化していない胸に向かって剣を逆袈裟に振るう。
「チッ!浅いか。」
これまでのダメージの蓄積で踏み込みが甘くなった一撃は致命傷までは到達していない。
痛みを無視したアーマードベアのまだ無事な右腕がポールを襲う。
ポールはそれを剣の腹でいなすと、跳躍してまた距離を取った。
赤いオーラは今だポールの身体を覆っていた。
ポールの職業は狂剣士。
スキルは鬼神化。
このスキルを使うと魔力と生命力を代償に一時的に身体能力が大きく向上する。
しかしその替わりに自我を失い暴れ周り、周囲に敵の姿が無くなるまでスキルの解除が出来ない。
ポールは長年の特訓で自我を失わずにこの鬼神化を使うことが出来るが、敵を倒すまで解除することは出来ない。
生命力を捧げると言う性質上、老いたポールには長時間の使用は命に関わる、諸刃の剣と呼べるスキルだった。
ましてや万全とは言えないこの状況下では時間以内にアーマードベアを倒さないとポールの方が先に力尽きてしまう。
(後20秒。)
時間がない。
感覚でそう自身の体力を把握したポールは一気に止めを刺すべく、アーマードベアに向かって駆ける。
狙うのは急所で唯一、硬化した皮膚に覆われていない首の付け根の部分。
しかしアーマードベアもタダでは斬らせてくれない。
剣に触れるのは危険と察したのか、剣の腹を無事な右手で受けながら、ポールの身体に向かって爪の無くなった左手を振るう。
しかし鬼神化は攻撃力だけを上げるスキルではなく、身体能力全般を引き上げる。
向上した動体視力で左手の動きを正確によみ切ると、僅かに上方に飛んだ。
そして自らの身体の下を通り抜けようとしているアーマードベアの左手を踏み台にして、より高く跳躍する。
「これで、終わりだぁ!」
光速の剣がアーマードベアの首元へ吸い込まれていく。
しかしその時、あまりの力で左手を蹴られたアーマードベアの体がポールの予想よりも遥かに傾いてしまった。
(しまった!)
強化された脳が修正を図ろうとするが、動き出した手は止められない。
剣は首元ではなく、分厚い皮膚で覆われたアーマードベアの肩の部分へと吸い込まれていく。
しかし先程アーマードベアの爪を砕いた一撃だ。
ポールは肩を切り裂き、このまま致命傷を与えてやると更に力を込める。
剣とアーマードベアの強靭な肩がぶつかる。
パキッと言う乾いた音が響く。
砕けたのはアーマードベアの肩ではなく、ポールの握る剣の方だった。
警備員用に支給された剣が、この戦闘で酷使され、さらにポールの鬼神化による規格外の力に耐えられなかったのだ。
「ッな!?」
剣の刀身が砕ける瞬間をまるでスロー再生の様に見つめるポール。
その奥にはニヤリと笑うようなアーマードベアの獰猛な牙が見えている。
大きく姿勢を崩したポールにアーマードベアの左手が振るわれた。
直撃。
ポールの身体が弾かれたように飛んでいき、30m程地面を転がった所で何かにぶつかり、ようやく停止した。
「グハッ!」
ポールの口から体力の血が吐き出される。
即死してもおかしくない攻撃だったが、幸いにも爪の無くなった左手によるものだったので体がバラバラになると言うことにはなっていない。
それでも肋骨は折れ、傷は内蔵にまで達していそうだ。
致死量に近いダメージを負ったポールの体には、もう赤いオーラは纏われていなかった。
「グァル!」
自身の勝利を確信したアーマードベアは、ゆっくりとポールに向かって歩き始める。
「…ハァ…ハァ…ハハッ。ここまでか…。」
さすがのポールも武器を失っては何も出来ない。
そう確信したアーマードベアがポールの目の前までやってくると、食事を邪魔された事への復讐のつもりだろう、その大きな口を開きポールの頭にそのままかぶりつこうとヨダレを出しながら近づく。
自分をここまで追い詰めた者を食する事が余程嬉しいのだろう、歓喜にもにた唸り声を上げている。
グサッ。
ポールの頭を噛み切ろうと口を閉じようとした時だった。
咀嚼音ではない、何かもっと不吉な嫌な音が自身の口内から発されたのをアーマードベアは聞いた。
視線を目の前のポールへ移すと、何かを掴んで手を伸ばしているポールの姿があった。
「ッガワ?!」
その腕の先には砕けたはずの剣が握られている。
アーマードベアはここでようやく自分の口内に侵入した異物の正体がこの剣であることを知る。
アーマードベアの柔らかな口内を貫通した剣は既に脳にまで達してた。
あの時、飛ばされたポールの身体を止めたのは、フレッドの置いていった剣だったのだ。
「ハハッ、ぶつかったのが剣の腹側じゃなかったらフレッドの剣に殺されてたとこだったぜ。」
大きく開かれたアーマードベアの口に剣を刺したポールは止めを刺すべく、残った力を振り絞る。
だが、モンスターであるアーマードベアも脳にダメージを負っても即死まではしない。
例え残りの命が数瞬だろうとも、目の前の敵に一矢報いるために、最後の力を振り絞る。
両手で剣を握るポールの身体を掴むと、身体ごと剣を抜こうとポールを力の限り振り投げる。
しかしポールに残された力は殆どない。
アーマードベアの思惑は外れ、剣の柄から手が簡単に離れて、ポールの身体だけが空中に投げ出された。
ザブンッ
ポールの身体が落ちた先は水かさの増した川の上だった。
ポールには川の激しい流れに逆らう力はもう残されていなかった。
(…ハンナ、すまん…。)
ポールは走馬灯の様に昔を思い出していた。
冒険者を引退して村に戻ってきた頃の記憶だ。
まだポールも嫁のハンナも若く、その横には娘のリーナが笑顔で絵を描いている。
「それにしても良かったの?本当に冒険者をやめちゃって。」
ハンナが少し心配そうな顔でポールを見つめる。
「いいんだよ。冒険者なんていつ死ぬか分からないからな。」
そう言いポールは愛おしそうに娘の頭を撫でる。
「死ぬならお前の膝の上が良いからな!」
「もう。」
恥ずかしそうにハンナが笑う。
幸せな家族の光景だ。
(…ハンナ、お前の膝がこんな冷たい水になっちまったよ。)
薄れ行く意識の中、ポールは目を開ける。
濁った川の水のせいで視界には殆ど何も写らない。
しかし、僅かに光る物が見える。
首に掛かったネックレスだ。
冒険者を引退した際、最後に狩った魔物の魔石を弟が加工して作ってくれた物だった。
ゆっくりとネックレスが首から外れていく。
それを掴もうと手を伸ばそうとするが、ポールの手は少しも動いてはくれない。
(…ちくしょう。ハンナ、みんなの所に帰りてえよ。)
ネックレスがすぐに濁流に消えたのを見送って、ポールの意識は深く深く沈んでいった。




