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第15話 残響①


プーナ村の警備員、ポールの朝は早い。

まだ日も上らない内に目を覚ますと、庭にある井戸から水を汲み、顔を洗い眠気を覚ます。

やや水で濡れた生まれつきの茶髪は、年齢からか白髪が目立っている。

そして使い慣れた愛剣を握り、素振りを始める。

もう数年前に50を過ぎたポールだったが、その肉体は、全盛期には劣るものの、鋼のような筋肉が全身を包み、振られる剣筋は鋭い。

冒険者時代からの日課だった素振りを終えると、妻のハンナが用意した朝食を食べ、職場であるこの町の警備員の詰所へ向かった。


「おはよう、ポール。」


「おはよう!ゴンズ爺ちゃん、今日も散歩かい?」


「あぁ。今日は腰の具合も良いからな。ポールに習った体操をするようになってから調子が良いんじゃ。」


「あんまり無理はするなよ!」


大きい村ではないが、朝早い時間でもそれなりの人数が道を歩いていた。

道行く村人の多くがポールと挨拶を交わしていく。

30代までB級冒険者として活躍していたポールが子供の成長を期に冒険者を引退、故郷のこの村に戻ってきて早20年。

子供もすっかり成長し、5年前に初孫にも恵まれていた。

今ではベテラン警備員として日夜この村の内外の警備を請け負っている。


詰所に着いた時、中にはいたのは夜勤で村の警備に当たっていたジョセフだけだった。


「おはよう、ジョセフ。セドリックはもう上がったのか?」


「おはようございます、ポールさん。あいつは子供が産まれたばかりですからね。後は引き継ぎだけだったんで先に返しちゃいました。」


ジョセフと呼ばれたのはポールよりもやや年下の獣人の男性だ。

彼もまたこの村の警備員をもう10年以上勤めるベテランの一人だ。


「それなら夜勤を減らしてやった方がいいかもしれんな。」


「いやいや、夜泣きがスゴいらしくて。昼間に面倒みてやれる方が奥さんも楽みたいですよ。むしろ夜勤を増やしてくれるように隊長に頼んで欲しいらしいです。」


「なるほどなぁ。子育てってのは家庭ごとに抱えてる問題が違うからな。」


引き継ぎを終えたジェセフが退出しようとした時、詰所のドアが開かれた。

外から1人の男が気だるい雰囲気で入ってくる。


「ファァ。…おはようございます。」


「おい、フレッド。また寝坊か。」


「ギリギリ勤務には間に合ってるでしょ。」


「まったく。」


欠伸を噛み殺して、室内に進む男性。

フレッドと呼ばれた彼もここの警備員の1人らしい。

年は30歳程だろうか、寝癖の付いた青い髪が特徴的な男だった。

彼もポールと同じく去年まで冒険者として活動していたがモンスターとの交戦中に左手の指にケガを負い、引退。

その後この村の警備員として就職したクチだった。

ちなみに最終的な冒険者としてのランクはC級である。


「よし、今日は外回りだ。最近森の魔物が増えてきてると冒険者ギルドからの報告も来ている。」


「魔物退治は冒険者の仕事でしょうに。」


「この村の冒険者だけだと限界もある。それに村を守ることが俺たちの役目だ。」


行くぞ、と言うとポールとフレッドは軽く装備を整えて村の外へ向かった。



プーナ村は人口約500人程の村で、周囲約2キロの柵が村の外に張られている。その周辺はほとんど平野が広がっているが村の北側には森があり、主にその森にモンスターが生息している。

この町で冒険者として活動する人数は10人で全員がDかC級。凄腕と呼ばれるB級以上の冒険者は所属していなかった。

そしてポール達、警備員は6人。

この16人だけで森中のモンスターを狩りきることは不可能で、モンスターの増える時期には村の柵近くまでモンスターが現れる事もあった。

ポール達の今日の仕事はそう言う森から出てくるモンスターがいないか、周辺に他のモンスターが潜んでいないかの見回りだ。


「さあ、とりあえず早い時間は冒険者が森の入り口のモンスターを狩ってくれるだろうから、俺たちは周辺を見て回るか。」


「うぃーす。」


ポールはフレッドの軽い返事に、少しため息をつくが、フレッドの態度が軽いのはいつもの調子だし、何より手を怪我したとはいえ戦闘力に問題があるわけではなかったので、大事な時に働いてくれればそれでいいと考えた。


村の外周付近の見回りを終えた2人は森へと向かっていた。


「相変わらず辛気くさい森だこと。」


フレッドが悪態つく。

しかしこれに関してはポールも否定出来なかった。

まだ森の中に入っていないのにも関わらず、辺りの気温が少し低くなった気さえする。

さすがに元冒険者の2人は慣れた様子でそのまま森の中へと進んでいった。


「…おかしい。静かすぎる。」


「…えぇ。鳥の声1つしねぇ。」


少し歩くと違和感を感じる。

まだここは森の入口付近、普段なら鳥のさえずりが聴こえてくる。


「フレッド。周囲の警戒を怠るなよ。」


「了解。言われなくても。」


流石のフレッドも軽口を叩く余裕はないようだ。

このまま引き返すのも手だが、先に入っているはずの冒険者の様子も気になる。

2人は森に起こっている異変の調査に乗り出した。


森と行っても普段から冒険者が出入りしているため、ある程度の道は確保できている。

このまま進めば北の山脈から流れる川にぶつかる。

川には数十年前に架けられた木造の橋があり、その隣にある河原が冒険者達の休息所の様な場所になっていた。

2人はとりあえずその河原に向かうことにする。

道中、モンスターや動物の姿は見られなかった。

普段なら猪型のモンスター、フォレストボアの1体や2体と遭遇していてもおかしくない。

森に漂う不穏な空気は奥に進めば進むほど増していく。

程なくして2人は河原に到着した。

雪解けの時期と言うことも相まってか、川の水嵩はいつもより高く、勢いも強い。

そこで2人は普段なら石を組んで簡易的なコンロを作っている場所が、無惨にも荒れ果てているのを発見した。

それを見たポールが口を開く。


「…これは、何かと争った跡か?」


「見てください。こっちには血痕もありますぜ。」


続いてフレッドがそこから少し離れた場所に人のものと思われる血痕が、それもかなりの量付着しているのを見付けた。


「ここで休んでいた冒険者がナニかに襲われたのは間違いなさそうだな。」


「はい。けど、にしちゃ人やモンスターの死体も見えませんね。」


「見てみろ。血が橋の方に向かっている。恐らく逃げ場を無くして橋の向こう岸に渡ったんだろう。」


「今日森にいるのは確かD級の3人パーティーでしたね。」


「あぁ。あいつらが逃げることしか出来なかったと言うことは相手は恐らくC級のモンスターだろう。」


「こんなまだ村に近い場所にC級が出たって言うんですかい?!」


「そうなるな。」


ふぅと息を吐き、ポールは頭の中で状況を整理する。

C級のモンスターと言うのは、C級冒険者のパーティーが全力を出して討伐出来る強さのモンスターを表す指標だ。

本来ならもっと人里から遠い場所やダンジョンの下層に生息しているはずの災害である。

小さな村なら軽く蹂躙出来るほどの力を秘めている。


「どうしますか?一度村に戻って応援を呼んだ方が…」


「いや、冒険者も心配だ。それに俺たち2人ならC級を追い払うくらいは出来るはずだ。」


ポールは衰えたとは言え元B級、フレッドも元C級でも上位の冒険者。

討伐は出来なくとも手傷を負わせるくらいは可能だろうと考えた。


「けど、もし相手がC級より上だったりしたら…?」


「その時は姿を確認して撤退だ。だがB級以上ならあいつらはあの河原で既にやられているはずだ。逃げれていると言うことは、逆にそれくらいの余裕があったと言うことだ。」


「なるほど。」


「ともあれ、この血の量。モタモタしている時間はなさそうだな。急ぐぞ。」


そう言うと2人は血の跡を追って走り始めた。

橋を渡り、森を駆ける。

手は既に剣に添えられており臨戦態勢が取られている。

血痕が道から森側に逸れたのを確認すると、草木を掻き分けて奥へ進む。

程なくして少し開けた空間に出る手前で2人は足を止めた。


「…いるな。」


「…はい。」


2人は木の影に隠れて気配を断つと、そっと影から前の様子を窺う。

そこには3人の倒れた冒険者らしき人影と、そのうちの1人の前で屈んで口を動かしている巨大なモンスターの姿があった。


(…あれは、アーマードベアか?)


ポールは冒険者時代に対峙したことのある巨大な熊型のモンスターと目の前のモンスターが同種であることを察する。

次いで倒れる人影に目を向ける。

1人は今まさにアーマードベアに補食されている最中、もう2人も胸の部分に動きがないので、既に事切れている事がうかがい知れた。


(最悪だな。しかしアーマードベアなら人数を揃えれば討伐は可能か。)


ポールは2つ隣の木の影に隠れながら、同様にアーマードベアを観察しているフレッドに目を向ける。

フレッドは恐怖からか、手が震えて、目の焦点が定まっていない状態だった。


「…おい、フレッド。フレッド!撤退だ。」


ポールはなるべく小声でフレッドに撤退を伝えようとするが、フレッドにその言葉が届いている様子はない。

仕方がないので直接側に行って、正気を取り戻させようと思い、近づこうとした時。

不意に足元の枝を踏み抜いて、アーマードベアの咀嚼音しかしていなかった森に、パキッと乾いた枝の折れた音が響き渡った。


(ッ!しまった!)


ポールは久しぶりの実戦と相方の予想外のリアクションで足元への注意を怠ってしまった。


「…グルゥ」


前方でアーマードベアの唸り声が聞こえる。

ポールが前方を確認した時、アーマードベアもポールの姿を真っ直ぐ捉えてた。


「クソォ!フレーッド!撤退だ!」


ポールは荒々しい動作でフレッドの腕を掴む。

もう音を立てようが気にしていられる状況では無かった。

焦点の合っていなかったフレッドの視線が安定する。

ようやく自我を取り戻したようだが、次の瞬間には万力のような力でポールに捕まれた腕が悲鳴を上げながらアーマードベアと逆方向に引っ張られる。

一刻も早くこの場所から離れる必要があると判断したポールがフレッドの腕を掴んだまま来た道を引き返すように走り始めたのだ。


「…ッ!ポールさん!もう大丈夫!1人で走れますっ!」


フレッドがポールに声を掛けるとフレッドの腕を掴んでいた手がフレッドから離れて、替わりにそのままポール自身の剣に添えられた。


「とりあえずッ!迎撃するにせよ、逃げるにせよ、兎に角森を抜けた方がいい!」


幸い相手はC級のアーマードベア。

人数さえ揃えば討伐は可能だとポールは判断した。

全力に近いスピードで森を抜ける。

すぐに橋まで到達した。

そこでフレッドが背後を確認する。


「…ハッ、ハッ。どうやら追って来てはないみたいっすね。」


「…そのようだな。」


フレッドが少し息を切らしながら、安堵したように肩を下げる。

ポールは日頃の鍛練のお陰か息も切らしていないようだ。


「しかし、さっきはいったいどうしたんだ?様子がおかしかったが…。」


元C級冒険者のフレッドにとって、自分と同じランクのモンスターは元々パーティーで討伐していた経験があるはずだ。

しかし、あの時のフレッドの様子はまるで遥か強大な相手に怯えるように見えた。


「…そ、それは…。」


「まあそんなことより早く戻るぞ。なるべく奴が村に近づく前に片を付けたい。」


そう言うと2人は再び走り出した。

木造の橋を渡りきったまさにその時だった。

橋の前方に巨大な影が立ち塞がった!


「ッ!なんでコイツがもうこんなところに!」


目の前に現れたのは間違いなく後方に置き去りにしたはずのアーマードベアだった。

その体毛が濡れていることにポールはいち早く気が付いた。


「まかさコイツ!川を泳いだのか?!」


どうやら目の前のアーマードベアは、ポール達が森を迂回してここに来たのに対して、真っ直ぐ森を抜けて橋を使わず川を泳ぐことで先回りしていたのだろう。


(獣にしては無駄に知能が発達しているようだなっ!)


ポールは剣を構えた。

隣のフレッドも剣を構えるが、剣先は僅かに震えている。

それは視界の端にフレッドを捉えているポールにも見えていた。


(まずいな。理由は分からないが、フレッドの様子もおかしい。)


フレッドの実力がC級冒険者として十分なものであることはポールもフレッドのこれまでの警備員としての仕事振りから疑ってはいない。


(何か理由があるのか…しかし…)


フレッドの不調の原因も気になるが、今は目の前のアーマードベアの対処が先決か、と剣を持つ手に力を込めた。

対するアーマードベアもその名の由来となった鎧のように硬化した頭部と肩を前へと突き出し突進の構えをとっている。

次の瞬間にはまるで弾丸のようなスピードでアーマードベアが突進を開始する。

2人が取った行動は、回避。

素早くお互いが橋の両端に向かって斜め前方の角度に跳躍する。

2人の真ん中をアーマードベアの巨体が通り抜けるが、木造の橋が大きく軋む。

あの巨体の突進に建造から数十年経っているそ橋がそう何度も耐えれそうに無いことは火を見るより明らかだった。


「フレッド!撤退は無理だ!河原に出るぞ!」


「ッハイ!」


2人は回避のためのジャンプの推進力をそのまま利用して一気に橋を渡りきり、河原に移動する。

その後ろをアーマードベアも猛烈なスピードで追いかけてきた。

小石が敷き詰められたようなよくあるタイプの河原は普通の地面よりやや足が取られる。


(ここならあの突進のスピードも多少落ちるだろう。)


ポールはこの状況にあっても冷静だった。

ポールは冒険者時代はアーマードベアよりもっと上位のモンスターを相手にしていた。

いくら耐久が高く、スピードが早いとは言えそう易々と遅れは取らない自信がポールにはあった。


「ポールさん、どうしますか?」


「どうもこうもない。ここで奴を仕留める。」


「…了解。」


「とりあえず対角にポジションを取るぞ。1ヵ所に纏まるとあの突進の餌食になるだけだ。」


「ウス。」


向かってくるアーマードベアを捌きながら2人はちょうどアーマードベアを挟むフォーメーションを取った。

その光景にアーマードベアも若干の戸惑いを見せるが、そこは流石に獣、目についた敵に向かって進む。

突進は躱されると思ったのだろう、ポールの近くまで素早く接近すると、長く尖った右手の爪を猛烈なスピードで振りかざす。

当たればいくらポールでも致命傷は避けれない。

ポールは剣を爪に当てて軌道を逸らせる。

続く左手の攻撃は後方に飛ぶことで回避した。


「ハーッ!」


その後方でフレッドが雄叫びにも上げた声を上げながら、がら空きのアーマードベアの背中に剣を袈裟斬りに振りかざす。


「ッグァー!」


背中に激しい痛みを感じたアーマードベアが反射的に腕を裏拳の要領で背後に振る。

狙いもつけていないその手はただ空を切るだけに終わった。


「よし!フレッド、その調子だ!」


「へへっ、流石に左の指の感覚が鈍くて、一撃で仕留めるなんて不可能ですがね。」


「それでいい。足を狙え。機動力が落ちれば後はこっちのものだ。」


「ヘイ!」


その後も2人は同じような要領でアーマードベアに手傷を負わせていく。

アーマードベアの体には既に無数の傷が付いているがポールとフレッドには大きな怪我はないようだ。

もっとも2人とも息は荒く、これ以上長引くと不利になりかねない。


「…ハァ…ハァ…コイツ、思ったよりタフっすね。」


「…ハァ…だが、足はかなり削った。」


ここまで戦法を特に変えていない。

1人が攻撃を弾き、隙を見てもう1人が攻撃し離れる、ヒット&アウェイが上手くハマっていた。

アーマードベアが痛みを堪えてまたフレッドに対して攻撃を始める。

最初に比べると動きは遅くなっている。

しかし追い詰められた獣特有の殺気を纏った一撃は相手が素人ならばそれだけで戦意を失わせるだけの迫力を備えていた。


「グガゥル!!」


「ッ!!」


その殺気に充てられたフレッドの動きが一瞬固まる。


「フレッド!!」


背後から近づいていたポールがその様子に気付き、フレッドに向かい叫ぶが、声は間に合わない。

アーマードベアの鋭く尖った爪は無情にもフレッドの左腕を切り裂いた。


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