8話 定期試験で全力全壊
今日は定期試験初日。その一発目はよりによって大嫌いな現代文だ。
試験とはこれまで学んだ知識のありったけを答案用紙に叩き込む為の時間の事を言う。
(参ったなあ。問題が全く頭に入って来ない……)
だが、皆が必死に問題を解く中、俺は試験内容とは全く別の物に支配されていた。
問題の内容を脳が理解してくれないのだ。その理由は腹痛のせいでは無い。
(腹減った……)
俺は問題用紙をびっしり埋める文学問題を流し読みしながら思い出す。
それもこれも、全部諌矢の野郎のせいだ。
『出るものが無ければ、腹痛はおろか下痢だって起きない』
つまりは試験前に胃腸を全て空っぽにしておけばいい――それが諌矢の主張だった。
『成程いい案だ。天才だお前!』
俺は諌矢の背中をバンバン叩きながらその作戦に乗った。
対照的に赤坂は終始怪訝そうな顔を浮かべていたっけ。
『……そう上手くいくものかしら?』
彼女はあまり信じていないようだったが、その時の俺は有頂天で気にも留めなかった。
やはり、赤坂の懸念は正しかった。
俺は腹が減ると虫が鳴くという、至極当たり前の生理現象を忘れていたのだ。
昨夜と今日の朝。二食も抜いてしまったせいか空腹感だけでなく体全体フラフラする。
カロリーを求め続ける生存本能だけが先行していて落ち着かない。幼い頃から慣れ親しんでいる平仮名と漢字の文字列が解読不能の奇怪な暗号に見えてくる。
前席では赤坂が背中を丸めて必死に問題を解いている。いつもはきつい物言いだけどやっぱり進学校に入る頭は持っているようだ。
カリカリ、トントンと鉛筆の音をさせて難問を次々と撃破していく。
「残り、あと五分だ。見直しとけよ~」
教卓にいた試験監督の教師が退屈そうに言った。
――ヤバイ、まだ半分も解答が出ていない。
焦りながら問題用紙をめくると、何とその先にも文章問題。しかも、ほどまでの物語形式の文学ではなく、学者の持論がひたすら羅列された評論文。
アレだのソレだの抽象的な言葉ばかりで何が言いたいのか分からない。三行でまとめてくれ。
空腹と焦燥感で落ち着いて問題を解く為の頭も働かない。
こうなったらヤケだ。俺は机の端に置いていた予備の鉛筆を手に取った。
鉛筆の六面には数字が刻まれている。事前に迷った時の為に鉛筆サイコロを作っておいたのだ。
もう時間も残されていない。番号を選ぶタイプの問題はサイコロで片づけよう。
えいっ――そんな風に心の中で叫んで鉛筆を転がす。
何度も、何度も。殆どの生徒が解答を書き終えて静寂に包まれた教室で、転がる鉛筆の音だけが虚しく響く。
なんとなく視界の端で、隣の女子がこちらを気にしているのが分かった。
それでも止めない。カランコロンという音は木霊し続ける。
残り何分だろう。俺はふと、教卓前の時計に目をやった。
――あれ? 何か、おかしいな。
見上げた先の壁掛け時計は、輪郭を大きく歪ませていた。
極限まで達した空腹感のせいで、とうとう視界が回り始めたのだ。
まずいと思った時には遅かった。俺の上体は机から転げ落ち、派手な音を立てる。
「そこ、一之瀬……大丈夫か!?」
ざわめきと急ぐような足音が遠くで聞こえ、俺の意識はそこで絶えた。




