4話 発覚
「不味いな。何とかしないと」
俺は自転車のペダルをこぎながら帰っていた。
気になっていたのは赤坂と俺がやたら学校外で出くわすことだ。
しかも、あのパン屋のショーウインドウからこの家が見えるのは死活問題だ。
いつかバレる。そんな事を考えながら走っていた。
大通りは夕方という時間帯もあってか、そこそこの混雑具合。
見慣れた北畠の表札が掲げられた門扉を横目に通り過ぎる。
そして曲がり角に至った瞬間の事だ。
「あの家って何なの?」
視界の端で赤い髪が翻り、俺は脳天をハンマーでかち割られた気分になった。
「――え?」
何と、そこには腕を組んだ赤坂環季が立っているではないか。
「素通りするって事は、やっぱ。ここって一之瀬の家じゃないんだね」
ツーサイドテールを揺らしながら赤坂は壁の向こう、美祈さんの家を指し示している。
「は……赤坂? お前、何で……」
「昼に風晴君と話してたじゃん。それに、いつも昼休みにここから出て来るでしょう? パン屋の窓から丁度見えるんだよね」
そう言って小首を傾けた先には、パン屋側面のショーウインドウが夕陽に当てられ煌めいていた。
大通りから入った小道だけど、丁度この界隈が見える位置だ。
「おまけに名字だって違うし。ねえ、一之瀬。この家って、あんたにとって一体何なの?」
赤坂は不信感たっぷりの冷酷な眼差しを向けてくる。
「ずっと待ってたのか? ここで」
「え、何。私がここで一之瀬を待っていたと? まあ確かにそうなるわね――あ」
自分の言った言葉の意味を理解したのか、赤坂の顔色がその名の通り赤くなる。
「迂闊だった。これじゃ、私が一之瀬と付き合っているように見えるじゃない……」
右手を顎に当てて問答し始める。こいつはソクラテスか何かの生まれ変わりなんだろうか。
不意に思い至ったように、赤坂が顎にやっていた手を下ろす。
「ちょっと待って、一之瀬。もしかしてあんた、私の事好きなの?」
「何でそうなるの。どんな理屈だよっ!」
「ちょ、近い。ソーシャルディスタンスって知らない!?」
両の手のひらを俺に向けて赤坂は後ずさる。自分から近づいて来た癖に酷い仕打ちだ。
「ここが別に何だろうが赤坂には関係ないじゃん。問題でもあんの?」
「は? 問題? 大アリなんだけど。一之瀬さ。やたら学校抜け出したりしてんじゃん」
この住宅地で大声を出せない代わりなのか、俺ににじり寄ってガンを飛ばす赤坂。
身長は俺が勝っているけど、小柄って程でもない赤坂が間近に来ると威圧感がある。
「私と同じ授業サボるのも何? 変な噂立って迷惑してんだけど」
低く押し殺すような口調。ヒステリックに罵倒されるのとは違う意味で傷つく。
「江崎さんたちならともかく、風晴君たちと仲良しの西崎さんや野宮さんまで噂してるって。ほんと迷惑してるんだけど――ところで」
そして、じっと見据えるような赤坂の顔が近づいてきた。
「この家、なんなの?」
俺は意を決する。もう正直に真実を言うしかない。
「ここは親戚の家だよ」
「親戚?」
しかし、俺のまっすぐな返答を赤坂はぽかんと口を開け聞いていた。何このかわいい生き物。
「名字は違うけど親戚の家なんだ。で、昼休みとか朝に寄ってる」
「いや、親戚の家だとして……何でそんなに足を運ぶ必要があるの? おかしくない?」
眉を寄せ、夕陽に照らされたオレンジの虹彩が俺を貫く。
「それは……」
流石に、学校の個室トイレ入るの嫌だからここのトイレを借りているとは言えなかった。
相手は女子。いきなりそんな事を言えば、ドン引きされるのはわかりきってる。
俺のクラスでの立ち位置も更に低くなっているだろう、それだけは避けたい。
「不自然過ぎる」
しかし、検察官のような鋭さで重ねてくる赤坂に俺は言い返せない。
じりじり近づいてくる赤髪から逃れようとしたところで、ブロック塀に背中を打ち付けた。
万事休す。
「あれ? 夏生じゃない」
そこに不意に割り込んできた、のんびりした女性の声。
驚く赤坂の後ろには美祈さんが立っていた。
暖色系のカーディガンに黒のシフォンスカート。
買い物帰りなのか両手の袋はパック詰めされたコロッケとか唐揚げとか大量の総菜。それだけでこの結婚したての新妻に自炊する気が全く無いのが分かるね。
「何、もしかして……またウ〇コ?」
「う、う〇こ!?」
ゆるふわ美人が唐突に発したパワーワードに、さしもの赤坂も正気を失いかけていた。




