3話 ばれている。
翌日。
またしても俺は腹痛に襲われた。例のごとく、昼休みになると同時に学校すぐ近くの親戚の家に向かった。
「夏生。また来たの?」
「その割に嬉しそうですね」
用を済ませて挨拶代わりにリビングを覗くと、大画面テレビでゲームをしているこの家の主がいた。
「お腹の調子は?」
「助かりました。美祈さんの家がここにあってほんと良かった」
「でしょー?」
間延びした声でソファーでゲームをしているのは俺の年の離れた従姉、北畠美祈さんだ。結婚する前は俺と同じ一之瀬の苗字だった美祈さんは主婦をしながら、この新築一戸建てで暇さえあればFPSばかりしている。
「ゲーム、好きなんですね」
「ワイドショー見ても暗いニュースばっかだし、現実逃避?」
言いながら画面上のキャラクターのスナイパーライフルが火を噴いた。相変わらず上手いなこの人。
「じゃあそろそろ戻ります。また借りるかもしれないんでその時は宜しくお願いします」
「ええ? もう少しゆっくりしていけばいいのに……ああっ!」
悲鳴と共に画面に赤いエフェクトが弾けた。どうやらキルされたらしい。
「ああっ。私の死体の上でスクワットするなああああ!」
ネット上の相手に煽られ悔しがる美祈さん。
その悲痛な声を背中に聞きながら俺は玄関を出た。
住宅街から桜並木の大通りに出ると、新しいパン屋が目についた。
ショーウインドウには焼きたてのメロンパンやらピザパンやら、とにかく食欲をそそるラインナップが並んでいる。
「赤坂が言ってた店か」
まさか美祈さん家のすぐ近くにあるなんて。俺は穏やかじゃない気分だった。
赤坂のやつ、この店でよくパン買ってるみたいだし、もしあの家から出てくる所を見られたら――
そんな風に立ち止まっていたら、店の自動ドアが開き、出てきた人影が俺にぶつかってきた。
「は?」
あろうことか赤坂環季だった。紙袋片手に満面の笑みを浮かべていた赤坂は、ぶつかったのが俺だと知った途端、表情を硬化させる。
「ごめん。ぼーっとしてた。まさか赤坂さんが出て来るとは思わなかった」
「……じゃ」
赤坂は間違いなく同じ高校の制服を着た――というか、いっつもプリントの受け渡しで顔を知ってるはずなのに。
そんな俺とは目も合わせず学校に向かっていく。
「何なんだよ」
もしかして、昼飯の度にパンを買いに出てるのだろうか?
せっかく安全な待避所となっていた美祈さんの家。腹痛に襲われても安心だと思っていたのに。
俺は一抹の不安を感じずにはいられなかった。
♦ ♦ ♦
予鈴と同時に戻れたのは我ながらギリギリだった。
席に着いた俺は、拳を絡ませ、赤坂に問い詰められたらどう答えようかと思案する。
――さっきまでいたのは、『俺の実家』だ。
俺は学校の近くに住んでいて、昼休みはその家が近いというメリットを最大限活用してゆったり過ごしているんだ。
よし、この設定で行こう。
何の違和感も無いな、うん。
「環季ちゃん。昼はまたパン買いに行ってたの?」
「あそこのドーナツ、マジで美味しいからね。三個も食べちゃったし、カロリーやばいかも」
隣の女子に話しかけられ赤坂は大袈裟気味に返している。
「いいなあ。私も行ってみようかなあ」
俺の隣の席に座る女子は赤坂を見て羨ましそうに頬杖をついた。
女子が好きそうな菓子パンとか多かったし気持ちはわかる。
でも、昼休みに出歩くのは勘弁してくれ。赤坂ならまだしも、あの界隈にクラスメートの女子がうじゃうじゃ行きかうなんて困った事態になってしまう。
「あー、でも」
二人の会話に注意していたら、赤坂が一瞬だけこちらを見たような気がした。
「私みたいに学校抜け出すのはやめたほういいよ? 北見さん優等生だし、見られたらまずくない?」
「私が優等生って!?」
悪戯っぽく褒めちぎる赤坂にその女子生徒、北見さんはあたふたと小さな手を振り謙遜する。
「私優等生じゃないよ。環季ちゃんの方がすごいって。この前の小テストも満点だったんでしょ?」
「数学が得意なだけだよ。それにこの前の試験は中学までの範囲だったでしょ? ないない」
女子特有の空気の読み合いみたいな会話だ。ていうか赤坂の数学の点数が強すぎる、満点って……
いや、俺の点数が低すぎるだけなのか。
おさらいも兼ねた中学校で勉強した受験と同じ範囲だったのに、たった二十点は無いよな。
「一之瀬。元気?」
そんな風に一人脳内で問答していたら風晴諌矢が現れた。
「何、そんなに俺が気になるの?」
言い返すと何故か後ろの別の女子グループ、江崎さん達が色めき立つ。
何なの、この会話のどこがおかしいの?
「一之瀬。もしかしてまた外行ってた?」
「そうだけど」
「あー。なるほどね」
否定する意味がないので正直に答えると、諌矢が意地悪くにやける。
というか、この話題はあまり大きな声で言わないで欲しい。前の席は赤坂な訳だし、気が気じゃない。
「そういやお前ん家、新型のゲーム機買ったってまじ?」
諌矢は思い出したように話題を変える。
「前に言ってたじゃん。入学祝いに最新機種買ったとかってさ。俺やってみたいんだよね!」
俺はどう返すべきか迷っていたら、
「あー、でも」
不意に諌矢が眉根を寄せ考え込む。
何か、すごく嫌な予感がした。
「一之瀬って、確かチャリ通だったよな?」
「は?」
ちなみに、チャリ通――自転車通学を認められているのは、遠距離に自宅がある生徒のみ。
当然、美祈さんの家から自転車で通う事など不可能だ。ていうか徒歩五分もないし。
狼狽する俺を余所に諌矢はへらへらと笑う。
「遠いよなあ。歩いていけない距離だし。徒歩四十分くらい? ……やっぱ今日はいいや」
「いや、それ今ここで言う!? しかも、徒歩時間まで補足しなくていいから! グーグルの経路検索並みに細かいな!」
思わず口に出てしまった。勢いあまって立ち上がりかけたので思いきり椅子の音が鳴る。
そんな俺の反応に、それまで駄弁っていた諫矢グループの連中までこちらを見ている。
「え、どうしたんだ? 俺、何か悪い事言ったか?」
一方の諌矢は飄々としている。悪気なんて無い顔だ。
完璧イケメンのくせに肝心な時だけ空気が読めない、そんな天然系イケメンが風晴諌矢なのだ。しね。
「なんだよ。相変わらず変な奴だなあ。言う訳ないだろー」
鐘が鳴り、諌矢は不満げな顔で最後尾の席へ向かう。
それを見送った後ろの江崎さん達が会話を始める。
「さっき耳打ちしてた!」
「やっぱりあの二人って……!」
そろそろ言わせてくれ。江崎さん達、やっぱりちょっとおかしいよ。
教材を机に出しながら注意深く観察すると、赤坂はまだ隣の女子と会話をしていた。
「へえ。北見さんって英語の課題。もうそこまで訳してるんだ。さっすが!」
よし、諌矢と交わしていた話なんて半分も聞いていない筈だ。大丈夫だろう。
キャッキャと笑う赤坂の横顔を見ながら、俺は自分の心にそう言い聞かせた。




