22話 炊事遠足の出鼻
「うわ~っ! 山の空気美味過ぎ!」
バスからキャンプ場に降りてすぐ、須山の第一声で炊事遠足は始まった。
「馬鹿だなあ、須山は」
諫矢が突っ込むと笑いが起こる。
なんなんだろうな、これ。
このキャンプ場は市内からバスで一時間ほどの距離にある。周りはひたすら山だ。
天気は快晴。頭上に広がる群青には四方どこにも一片の雲すらない。
――そうだ。今日はここで一日過ごすんだ。
意気込んでいたら、諫矢が隣に立っていることに気づく。
「夏生。ジャージで来たのか」
諌矢は私服だった。清涼感のあるペールブルーのシャツに動きやすいアウトドア用のパンツ。腰からはオレンジのタオルを出していて、こういうアウトドアイベントに慣れた感があった。
一方の俺はジャージ。そう、学校指定のエンジ色のジャージ。
胸元には学年色の赤で『一之瀬』と俺の名字が刺繍されている。
どうだ、かっこいいだろ。以上。
「なんだよ一之瀬~。私服なかったのか?」
工藤の私服は学校でも見慣れたいつものパーカーを通気性良くした感じの薄手の奴。
悔しいが着慣れてる感がある。
いつも諫矢や竹浪さんの一歩後ろを行くようなポジションで、自分と割と似たような立ち位置だと思っていた工藤のその出で立ち。
出鼻をくじかれた気分になる。
そんな工藤から目を背け同族を探す。しかし、周りにいた同じ班の女子、そして隣の班も。
ジャージで来ている生徒はなかなか見当たらない。
「そんな……どうして……」
炊事遠足は私服でもジャージでもよい。炊事道具は各自持参、食材は家庭科室で前日まで保管することを許可する。おやつは500円まで。たしかそう記されていた筈だ、ふざけんな。
「なんでみんな私服なんだよ」
炊事遠足は校外活動だ。学校指定のジャージ推奨。但し――これが厄介な文言だ。
但し、活動しやすく華美ではない私服での参加も可。高校生らしい服装をとかなんちゃらかんちゃら後は覚えていない。
この前のロングホームルームで担任から聞かされたそれらが走馬灯のように俺の脳裏を過ぎ去った。
「須山ジャージかよ。ださっ!」
「いやでもジャージいいじゃん? 俺の母ちゃん、兄ちゃんが着てたジャージ家で着てるし。それくらいいいものなんだってジャージは!」
「そういう問題かよ」
そんな風に笑っている連中を見ると須山一人だけがジャージだった。
俺にとってはある意味それが救いに思えた。
「須山もああ言ってるし。気にすんなよ」
諌矢がにやにや顔でこちらを見ている。俺は即座に脇腹に肘鉄をかましてやった。
「いってえ……」
苦悶の表情の諫矢。
しかし、そんなイケメンを見下ろしていたところで俺は気づく。
『須山みたいなキャラになっちゃいなよ』
そうサムズアップする、いつか話した赤坂とのやり取り。
「これは……そうか。これでいいんだ!」
「一之瀬?」
諫矢を介護しながら工藤が訝しげに俺を見ていた。
その後もしばらく、一人高笑いする俺の姿を班メンバーは少し引いた顔で見ていたようだった。
♦ ♦ ♦
集合場所のキャンプ場入口に向かう。
狭い炊事場の前に設けられたそこは既に多くの生徒が集まっていて賑やかだ。
授業中に見せる沈黙さは微塵もない。
「クラス別に並べだってさ」
一応学級委員の諫矢が俺達を指揮する。
一年三組は三列になり、俺は後方に並んだ。
見渡すと他のクラス、同じクラスの他の班にもちらほらジャージ姿は見える。
しかし、うちの班では俺一人だけ。見事に浮いている。
前の方にいる赤坂も薄手のシャツに動きやすいショートパンツ姿だった。その下には黒のレギンスも重ねていてアウトドア対策もばっちりに見えた。そして首元には暑さ対策のネッククーラー。
面白い事に同じ班の西崎もネッククーラーをしていた。グループを組んでいる女子の中で一人だけ。赤坂と犬猿の仲なのにこういう時に装備が被っている。
「あっつー。早く帰りたい」
西崎はそんな事を言って周囲の女子たちを苦笑いさせている。
「どいつもこいつも暑さ対策してんな」
俺は思わずそう呟いていた。一方の俺はジャージ姿で早くも熱が背中に集まり始めているのを感じていた。
最近は東北地方もこの時期はだいぶ暑い。
「このキャンプ場には一般の方も多く来ています。皆さんは冬青高校の生徒として――」
学年主任が拡声器でなにか言っている。
「一之瀬。さっきなんかテンションおかしくなってなかった?」
一式説明が終わり、班ごとに集まる。そうしたら開口一番に竹浪さんが吹っかけてきた。
「もしかして一之瀬ってこういう行事の時に張り切る系?」
「いつもはおとなしいけどなんか違ったよね」
「ね!」
太陽みたいにニッコニコで笑う竹浪さんともう一人の女子。一方の西崎は俺を睨むように見ていて怖い。
今日はこのメンバーでカレーライスを作る、大丈夫かな。
「今日は頑張ろうね!」
「お、おう」
そう答えると満足そうににこっと笑みを作り、竹浪さんは炊事場に出ていった。
何とか、なるんかなあこれ。
竹浪さんが常時放っている人の良さ感はひしひしと伝わって来るので、あまり不安にはならない。
竹浪さんたちは赤坂と違って活動的な服装だ。普段、制服姿しか知らないので不思議な気分だった。
「どうやって分担する?」
「男子が火起こすから、うちらはまず野菜切る?」
そう言いながら二人はこの格好では草地に座りたくないのか、揃ってしゃがみ込んでいる。
俺はその背後にぼーっと立ったまま話し合いに参加する。こういう時にしゃがむとかえって疲れるんだよな。
須山や工藤はどっかり胡坐をかいて休憩時間何をするかデカい声で話し合っていた。
「ちょっと須山たち聞いてる?」
「あんたらが火起こしするんだけど?」
攻撃的になる女子たちに流石の須山もたじろいでいた。
そんな風に分担は決まった。
俺はサポート役だ。
「家で料理する?」と聞かれ「いいえ」と答えたら、自動的に「じゃあ手伝ってもらうから」となった。見事に主導権を握られている。
「つーかさ。一之瀬、料理できそうだけど」
西崎はそんな事を俺に言ってきた。
「カレーは作ったことないかもしれない」
「ふーん。じゃあどういうの作るの?」
「チャーハン……とか? 素があるやつ」
「ああね。簡単だしね」
教室とは違って若干ソフトな言い回し。最後のしねが『死ね』と聞き間違いそうになったけど。
まあ遠足だし、俺に対する攻撃性も控えめになっているのかもしれない。映画のジャイ〇ンのあれだ。
手伝いをすることになった俺は炊事場へと移動を開始する。
諫矢たちは炉を作るのに必要なブロックとかを取りに行った。楽そうなのか大変そうなのかわからないけど同行したかったな……
「場所はどこがいいかな?」
「美由。工藤に炭取りに行かせた?」
女子三人のあとをついていく。そうしていたら案内板に気づいた。丸太風の看板に描かれた地図には、遊歩道のルートやキャンプ場内の遊具やトイレ、炊事場などが記されている。
このキャンプ場は広大な敷地を持つ。森林浴が出来る雑木林は遊歩道になっていて、その先の川原は釣りのスポットになっているらしい。
「一応場所だけでも覚えとくか」
俺はその中に記されたトイレの場所を真っ先に覚えた。
用を足す事になったらあまり人の寄り付かない外れにあるトイレが望ましい。




