21話 買い出し
冬青高校に程近い大型商業施設。その地下の食料品コーナーに俺達はいた。
「ねえ一之瀬。瑛璃奈いなくてホッとしてる?」
竹浪さんは今にも笑いを堪えたような顔だった。
何がそんなに面白いのか。
「別にそんなんじゃない」
「大丈夫大丈夫、うちらみんな分かってるから」
強がる俺の気持ちも分かっている風な口ぶりだ。安心させようとしてくるけどなんなんだろうねこれ。
しかも、他の連中もここにはいるのだ。
「つかさー、一之瀬って風晴と仲いいよなあ。同じ中学なの?」
「違うけど」
反対側から同じ班の男子、工藤舞人が質問してくる。
ボタン全開の学ランの下に緑のパーカーを着込み、フードを外に出しながら少し野暮ったそうな小柄な男子。
普段はよく須山とツルんでいるが、今ここにいる男子は俺だけのせいかやたらと絡んでくる。
「名簿近いから掃除の班が同じなんだよ。それでよく話すようになったんだ」
そうだ、それでうっかり俺の腹痛の悩みがあいつにもバレたんだ。そこからやたらと関わるようになった。
俺は入学当初のやり取りを思い出していた。
でも、それを工藤達に言うとめんどくさくなるので俺は黙っておいた。
「そういえばさ、一之瀬って自転車通学なんだね。通うのめちゃくちゃ楽そうでうらやま!」
「雨降ったらめんどいよ?」
「確かに。梅雨とかだるそー」
簡単に自分の意見を変える工藤。なんか話していて軽い。会話誘導とかできそうな危うさを感じる。
「売り場ってこっちだっけ?」
「そうそう、あとは――」
先導する竹浪さんたち女子がテンポ良く進めていくので殆ど俺達は何もしていない。
――これ意味あんの?
そう思っていたらいきなり竹浪さんがくるりと振り返る。
「一之瀬ってどこ中だったの?」
「俺? 篠岡中だけど……」
「ここからだと、めっちゃ遠いじゃん!」
買い物もちゃんとしてる。リアクション豊富な会話もする。会話で距離も詰めてくる。
この女子結構スペック高いぞ。
「チャリ通でも結構時間かかんない?」
「25分とかかな」
「それって歩きだともっとかかるよね?」
「1時間ちょい……?」
「パンクしたら死ぬ距離!」
竹浪さんが大きく口を開いて悶絶する。八重歯がちらりと見えていた。
ほんと勘違いしそうになるけど多分彼女の素でこういう話好きなんだろうって分かる。
「愛理も俺も近くて良かったー」
重ね着したパーカーのフードを直しつつ工藤は同情するような視線を向けてくる。
さっきからこの二人には近い何かを感じる。
「工藤と竹浪さんって同じ中学なの?」
「そうそう。俺らの中学って冬青に近いから志望する人多いんだよなー」
それにしても寒いなこの売り場。空調効きすぎだろう。下にパーカー重ねてる工藤はめちゃ温かそうだった。
「瑛璃奈と美由もだよねー」
竹浪さんが言うと前を歩いていた女子が一人振り返る。
彼女が美由という女子らしい。俺には彼女の苗字が山吹ってことくらいしかわからなかったけど、美由って呼ばれて頷いているから間違いないんだろう。
ようやく顔と名前が一致したよ。俺女子の名前覚えてなさすぎだろ。
「じゃあ、この辺はもうホームグラウンドって感じ?」
「そうそう。ここも子供の頃から来てるよねー。昔はでっかいゲーセンとかもあったんだよ?」
「そ、そうなんだ……」
流石地方都市。だんだん規模が縮小されていっている悲哀をまた実感した。
「でも、諫矢は竹浪さん達とよく打ち解けてるよね」
「あいつ距離感近いんだよね。だからすぐ慣れたし」
「わかる!」
女子たちがそう言ってはしゃぐ。竹浪さんの距離も近いのにと俺は思った。
でも、これで入学早々グループで固まってたのもよく分かった。
別の中学でも西崎達と上手くやってる諌矢の凄さを改めて分からされた気分だった。
「でも、高校から近いっていいなあ」
「でしょ?」
竹浪さんはキラキラした瞳をさせて頷き返した。
「ギリギリまで寝てられるし、最高だよ!?」
「でも、愛理はいつも遅刻ギリギリじゃん。化粧に時間かけすぎなんじゃね」
「ひっぱたくよ? 工藤」
さっきまで名前呼びだったのが一転、呼び捨て口調に切り替わる。
「ところで一之瀬は?」
「え?」
と、竹浪さんが興味深そうな顔をして俺をまじまじと見た。
一瞬視線を外していたら更に詰められる。
「どうしてここ選んだの? 一之瀬の中学ならもっと近いところにいい高校ない?」
「それは――」
しょうもなさすぎる真の理由を言えない。
「愛理。私たち大体そろえたから。あと自分で持ってくお菓子買うんだけど、あんたら三人仲良さそうだし野菜頼んでいい?」
不意に前を歩いていた女子たちが俺達に声を掛けた。
完全に目的を外れていたらしい。
「美由行っちゃうん?」
「はいはい、そういうのは彼氏とやってね」
「それどういう意味?」
多分工藤の事を言ったんだろうけど竹浪さんは本当に知らない感じだった。工藤がかわいそう。
俺達は三人だけになる。
「野菜か……」
このまま突っ立って何もしない奴とか思われるのは嫌だった。
俺はとりあえず近場にあった買い物籠を一つ取った。
「工藤。ここ広すぎて売り場わかんないんだけど……」
俺は竹浪さんの言葉でショックを受けて放心状態の工藤に声をかけた。
「あ、おう。野菜売り場はずっとあっちの方だっけな」
「この店あんま来ない系?」
竹浪さんも会話に加わる。
距離感がいちいち近いので鼓動が早まる。
「竹浪さんはよく寄るの?」
「うんうん。ここってマックとかもあるし。しょっちゅう帰りに寄る!」
流石ホームの地だけあって詳しい。
俺はこの二人に任せて籠持ちに徹することにした。
「お、玉ねぎ安いってよ」
売り場では、明るい照明の下に籠に詰まった新鮮な野菜が陳列されていた。
「淡路島産じゃん」
竹浪さんは籠に入れられて並んでいる玉ねぎを吟味し始めた。
「何してんの、愛理。そんなに変わんねーって」
「だめ。中身が悪くなってるのがあるかもしれないし」
工藤は早く決めて帰りたさそうだ。でもそれを由としない竹浪さん。
大きさを比べながら振り返る顔は真剣そのものだった。
見た目が派手でも中身は相当にしっかり者のようだ。
「じゃあこっちの人参は?」
「それは――」
工藤と二人で野菜を選び始める。
この二人やっぱ付き合ってるんじゃないの。そんな事を思いながら俺は野菜が投入される度に重くなっていく籠を持ち続けた。
「一之瀬。またいたの?」
本当に唐突過ぎて、思わず買い物籠を落としそうになった。
横に現れたのは警戒色の『赤』が際立つツーサイドテールの髪型。
「あ、赤坂!?」
「ねえ。一之瀬ってスライム並みに弱いから、いろんなところに現れるの?」
楽しそうな声音で口火を開く。明るい曲調なのに、どこか無機質さを感じる店内BGMが流れていく。
どうやら、こいつの中の俺は経験値が低くて出現率が異様に高い雑魚モンスターの一種らしい。
「あいつらに連れられてきたんだよ」
「買い出しに行くとは聞いていたけど、まさかここだなんて」
赤坂は気まずいのか前で野菜選びしている二人を見ていたのだが、すぐにそのうちの一人が振り返った。
「赤坂ちゃんじゃん。来てたんだ」
気さくに話しかける竹浪さんに赤坂は軽く会釈で返す。
「竹浪さん、その具材ってもしかしてカレー?」
「うん分かる?」
「もしかして風晴君の提案?」
そう尋ねると、竹浪さんの笑顔が更にくしゃっとする。
「風晴がカレー好きなの知ってるんだ!」
「一度学食で延々語られて……一之瀬もあの時いたよね?」
「ああ、ありゃ病気だよ。カレー好きすぎる病気」
それを聞いた竹浪さんが今度こそ噴き出した。
「ほんと! 普段しっかりしてる癖にあいつ変な所で『少年』って感じなんだよねえ」
「わかる」
見た所赤坂と竹浪さんは気が合いそうだった。
「赤坂ちゃんの班は何作るの?」
「BBQ」
即答する赤坂。
確か、赤坂の班は女子だけだったと思うけど、肉食系全開だ。
がっつり炊事遠足を楽しむ気満々らしい――と、俺はある事に気づく。
「そういや、買い出しに来てるのって赤坂だけ?」
周囲を見回しても赤坂以外の班員らしき人影は皆無。バーベキューなら肉やら野菜やら色々必要だと思うんだけど。
「江崎さん達はホームセンターに行ったわ。私は肉と野菜担当」
赤坂の華奢な腕から吊るされた籠の中には、バーベキュー用の肉とか業務用ウインナーのパック詰めとかピーマン、パプリカ……その他諸々が一杯に詰め込まれていた。結構な量だ。
「担当する食材が多すぎないか?」
「千冬ちゃんは吹奏楽部だし。私別にこういうの嫌じゃないから」
こいつの場合、一人の方が気楽ってのもあるんだろうか。この前のやり取りを思い出しながら俺は考えていた。
「それより一之瀬。あんたもう準備終わったの? 鍋とかはキャンプ場で貸してくんないよ?」
「あ……」
確かに、うちの班は具材集めばかり躍起になって、調理器具の打ち合わせは一切していない。
本来なら誰が何を持ってくるとか決めなくてはならないのに。
「ああ、それね。大丈夫だよ」
と、竹浪さんがテンション高めに人差し指を上げてみせた。
「瑛璃奈の家って結構キャンプ行くみたいなんだよね。だから、飯盒とかアウトドアの道具も一式あるし、全部持ってきてくれるって」
「マジか」
「安心した?」
そう言って得意げな笑顔を作る竹浪さん。
同じ中学だったという事もあって、西崎がどんな女子か分かってるようだ。
「それを聞いて少し安心した」
「一之瀬。もしかして、瑛璃奈の事見直した?」
竹浪さんが核心を突く一言を放ってくる。
俺は否定すべく必死で首を横に振った。
やっぱりこの女子、俺が西崎を苦手なの確信して聞いてる気がする。




