20話 計画準備
放課後。今日は掃除当番だ。
俺は自在箒で机の合間を縫うように掃いていた。少し離れた所で諫矢も同じように自在箒を動かしているのが見えた。
席は変わったけど、掃除当番は名簿順の班で行われる。
同じ班の赤坂は他の女子と一緒に黒板を拭いている。ぐっと力を当てて綺麗に拭ききる。その動作は雑にすいすい箒を走らせる俺とは全然違う。まめな性格のあいつらしい。
「夏生。炊事遠足の買い出し、忘れてないよな?」
「放課後だっけ? 知ってるよ」
実は今日の放課後は早速炊事遠足に向けた準備が始まろうとしている。
諫矢は少し離れた列を掃除しながら確認してきた。
「何作るか決まってんの?」
「そらもうカレーよ」
諌矢は当然と言わんばかりに白い歯を見せた。カレー好きの諫矢主導で一瞬で決まったのが容易に想像できた。
「一之瀬は炊事遠足の班決まったんだ?」
そうしていたら、赤坂が話しかけてきた。
「ああ、決まったよ。」
俺はちり取りでゴミを集めながら続ける。
「諫矢と竹浪さん、あと工藤舞人とかだった気がする」
「良かったじゃん」
どこか優しさを帯びた声音で赤坂が笑った。
「俺のスカウトな!」
諫矢が大きく声を張る。
「なるほど。その辺は風晴君が上手くやってくれたってわけね」
「言い方いちいち腹立つなあ」
「あはは、ごめんごめん」
赤坂が笑う、遠くで聞いていた諫矢もつられて笑っていた。
いいよ、ここじゃ俺は道化さ。
「環季ちゃんって風晴くん達とも仲いいの?」
そんな風に三人のノリで会話していたら不意に同じ掃除の班の女子が聞いてきた。前の席の時に後ろだった江崎さんだ。
彼女にとっては俺や諫矢が赤坂と慣れた風に会話しているのが新鮮に映ったのかもしれない。
「いろいろあってさ、風晴君に仲間意識持たれちゃったぽくてさ」
「赤坂さん言い方ひでえ」
諫矢が自虐的にボケる。俺よりも堂々としていてこういうポジションって美味しいなと思ってしまう。
俺は自虐じゃなくてほんとに虐待されてる感あるからな。
「風晴君、一之瀬君とも仲いいんだ。すごいね」
「そうそう、俺完璧だから」
江崎さんが褒めると諫矢が胸を張る。
和気あいあいとした雰囲気だ。ていうかちょっと待って、すごいねってなんだよ江崎さん。
何で諫矢が俺と仲良くできることがすごいの?
「じゃあ、私たちゴミ捨て行くね」
しかし、聞く暇もないまま江崎さんはもう一人の女子と一緒に出て行ってしまった。
仕方なく、残った三人で後片付けを続ける。
「ところで赤坂は誰と組んだんだよ?」
「なに、そんな知りたそうに」
俺が尋ねると赤坂が怪訝な顔をする。
詮索するのそんなに気になるのかな。
「いや、赤坂っていつも猫かぶってるからさ。だから、こういう時に誰と班を組むのか気になる」
「北見さんと江崎さんでしょ? あとは多分一之瀬に言っても知らない離れた席の子と組んだわ。女子だけの班」
「ああ、そうかい」
確かにまだ話したことのないクラスメートは多いけどな。俺は投げやり気味に答えた。
「でも、一之瀬の方こそ大丈夫なの? 須山や風晴君は話すようになったっぽいけど、他の人たちタイプ違う人たちじゃない?」
「竹浪さんとか?」
「竹浪さんは大丈夫だと思うけど……」
赤坂はこれでも俺を心配してくれているらしい。
「まあ大丈夫だろ。諫矢いるし」
そう言って諫矢に振るのだが、長身を傾かせて不思議そうな顔が返ってきた。
「なにしてたんだよお前……」
「箒のメンテ。埃つきすぎだろこれ」
箒についたゴミをブラシで丁寧に取っている。
――それは江崎さん達がゴミ出しに行く前にやってくれないかなあ!
でも、いちいち言ってもしょうがないので黙っておく。
俺って神経質なんだろうか。
「ああ、大丈夫っしょ。夏生いいヤツだし。愛理とか工藤も分かってるよ」
ブラシでゴミの絡まった箒の先をほぐす諫矢。箒の先にたまった髪やら埃の塊が床に散る。
さっき綺麗に掃除したばかりの床なんだよそれ……
恨めしい顔の俺に赤坂は気づいているんだろうか。何か言いたげに顔だけこちらに一瞬向ける。
「そ。まあそれならいいけど……」
先ほどまでの心配性モードは完全に鳴りを潜めたようだった。
「それに俺もいるし?」
自慢げに自分を指さす諫矢だけど嫌味ったらしさがないのがこいつらしかった。
「あーはいはい。それね。風晴君って本当誰とでも仲良くなるんだね」
赤坂が珍しく褒める。温かな空気。
「そう? よく言われる!」
「……馬鹿じゃないの」
諫矢が笑って赤坂も笑う。
「あはは……」
俺もつられて笑っていた。
ここは普段の細かい悩みや劣等感から解放されて自然な会話ができる場所だ。
俺はそんな開放感に浸っていた。
「風晴」
しかし、その時――教室の開け放たれたドアに一人の人影が現れる。
「……」
西崎瑛璃奈は俺達がなぜ楽しげに話しているのか理解できないような、狐につままれたような顔をしていた。
「おう、どした?」
「帰んないの?」
「掃除当番なんだよ俺ら」
諫矢が答えると西崎は俺、そして次いで赤坂を見た。
「そ」
「それに俺ら買い出し行くんだよな」
諫矢はそう言って俺を見る。西崎が釣られるように俺へと視線を向けた。
「一之瀬と?」
「ああ、あと愛理と工藤達も来るんだっけ?」
「そうだな」
俺が答えるのだが、西崎はその中にいない。
元々、俺が西崎を苦手なのを配慮してくれて諫矢がこのメンバーで行く事を決めたのだ。
おかげで俺は気後れすることなくあまり関わる事の無かった連中とも打ち解けられる。そういう配慮だ。
しかし、自分だけ外されたような気がしたのか西崎は不服そうだ。
「野宮と帰るんじゃないの?」
「紫穂はバレー部」
「ああ、そうだっけ」
諫矢は飄々と返すが内心『しまった』とか思ってるんだろうか。
「諫矢。俺達だけでも大丈夫だよ」
「夏生?」
諫矢は後ろ手で頭を掻きながら俺を見る。
俺はこちらの動向をじっと観察している西崎を見返しながら答えた。
「カレーの具材なら俺でもわかるし、竹浪さんもいるし。諫矢はいろいろ当日頑張ってもらうから今日は帰っても大丈夫だよ」
「そっか。ってかこき使う気かよ」
あははと笑い合う。
そんな俺を赤坂、そして西崎はそれぞれ違う方向からじっと見ていた。なんか居づれえ。
「じゃあ帰る? 風晴」
「お、そうだな」
俺が視線で促す必要もなく、この流れの意図を汲んだ諫矢はさっさと帰り支度を進める。
そして西崎と一緒に去っていった。
「なんで風晴君帰らせたの?」
床に散らばった箒についていたゴミを一人でちり取りにまとめる。
そうしていたら赤坂が聞いてきた。
「だって西崎が迎えに来てたし」
「それで?」
「ああ」
赤坂の怪訝そうな目。俺は平常心を装って答えた。
まるでこの前の放課後の西崎との出来事が見透かされているんじゃないか。
赤坂の瞳を見ているとそんな不安を覚えたのだが……
「一之瀬って結構几帳面だよね」
ちり取りを持つ俺を見ながら赤坂は何故か勝ち誇った顔を浮かべていた。
――お前もやれよ。




