23話 ふっきれた
炊事場に行くと、既にいくつかのクラスが準備を始めていた。
貸し出されたブロックを組み上げて自前の炉を作る。火を起こしたら後は鉄板を敷いて肉やら野菜を焼くらしい。
赤坂班みたいにBBQ作るとかならともかく、俺達の班は鍋を使ったカレーだ。だから、煮込む前に野菜とかいろいろ下ごしらえしないといけない。
屋根付きの洗い場に向かうと既に混んでいて場所は少なくなっていた。
しかし、西崎たち女子グループはあっという間に場所を取ることに成功する。
「野菜は瑛璃奈と一緒に切って。工藤は米炊いといて」
「おう、任せとけ」
飯ごうを持ちながら須山と工藤が準備に入る。
その間も的確に指示を飛ばす竹浪さん。洗い場の外では諫矢が他の班に頼まれて火起こしを手伝っていた。
皆がそれぞれの役割を果たそうとしている。これぞ炊事遠足の醍醐味か。
しかし、肝心の俺は突っ立ったままだ。出来上がっていくカレーを見るだけの簡単なお仕事。
「一之瀬」
周囲はどこも喧騒と笑い声。俺は一人、挙動不審に立ち尽くすだけだ。
皆やる気満々、俺の出番は無いっぽい。
しかし……果たして、本当にこれで良いのだろうか。
「ちょ、一之瀬! 話聞いてる⁉」
「はい!」
青天の霹靂。そんな怒号が耳元で轟いた。
振り返った先には西崎瑛璃奈の不機嫌そうな顔。手には銀のボウルとレタスが二玉。
「サラダ作ってきてくんない? って言ってんだけど」
「サラダ?」
カレーじゃないの?
しかし、西崎は露骨に眉を寄せて『ハァ?』とちいか〇のうさぎみたいに呟く。
「カレーだけだとありきたりじゃん。シーザーサラダも作るって言ったべ!?」
「そうだっけ」
訛りを出しながら俺にボールに乗ったレタスを押し付ける。仄かに制汗剤の香りが鼻腔を掠めた。
「包丁置いといたから。水で洗って切って。それならできるっしょ?」
そんなに難しい仕事じゃないと言いたげな顔で、西崎は自分の持ち場へと戻っていった。
「わ、分かった!」
俺は西崎が去った後の誰もいない場所に返事をしていた。
衛星中継並みの遅さだ。ああ怖かった。
「仕方ない。やるか」
俺は一人洗い場に置いたまな板に向き直った。
レタスを剥いて。剥いた葉は水の入ったボールに浸ける。しならせないようにしつつ、食べやすいように小さく切る。
そんな事を暫く続けていたら、視線を感じたので顔を上げる。
「ふーん。ちゃんと仕事してるんだ」
向かい側にいたのは赤坂だった。白いエプロン姿をしている。その隣には江崎さんもいて二人は肉やら野菜をひたすらに串に刺す作業をしていた。
「BBQの仕込み?」
「そういう一之瀬は見た所、雑用みたいね」
串を持ちながら勝ち誇った顔をされた。
少し離れた向こう側では諌矢達が炒めていた野菜と肉を鍋に投入したところのようだった。
「うおー、いい音!」
女子の間で歓声が上がる。何やら楽しそうだ。
俺はそれを遠く見ながら赤坂に聞いてみる。
「赤坂の班は火を起こせたの? 慣れない奴にやらせると上手く燃えないみたいだけど」
かまどを一から組み上げた隣の班は散々だったらしい。
男子を助っ人に頼んだらあっという間に火が燃え盛っていた。
炭の組み方にもコツがあるらしく、こういうイベントではアウトドア慣れした存在が不可欠だと痛感した。
赤坂の班は全員が女子。絶対苦戦すると思う。
そう思ったんだけど……
「私たちの班は大丈夫だったよ。ね、環季ちゃん?」
タマネギに串を通しながら、江崎さんが話しかけてくる。
傍らの赤坂は少し表情が固まっていた。
「環季ちゃん、火起こすのすっごい上手いんだよ。あっという間だったっ!」
「マジか。赤坂って勉強だけじゃなくて、そういうのもこなせるタイプなんだな」
「そんなに褒めるほどの事じゃないから。ネットで火起こしのやり方調べたらだれでもできるし」
照れ臭そうだ。
「でもコツとかあるよね。私全然ダメだったけど、環季ちゃん変わったら一瞬だったし」
「そんなに褒められても」
そう言って赤坂は肉を串に通す。グシッというすさまじい音をして肉が三つも四つも連なっていく。肉だけの串の完成だ。
完全に平常心を失っているようだ。
「だから、あの時も……ちゃんと調べてくれてたのか」
「は? あの時?」
首を傾げる赤坂。
「あっ」
俺はこの場に江崎さんもいる事を思い出してそれ以上言うのを止めた。
江崎さんもいるここでこれ以上言えなかったのだ。
『あの時はビオ〇ェルミンプレゼントしてくれてありがとな』
そんな事言えるわけないじゃないか。
そこから派生するであろう『何でビ〇フェルミン?』っていう江崎さんからの追及を誤魔化せる自信も無かった。
「仲いいんだね」
「「は?」」
そんな事情を知らない江崎さんは面白そうな顔だ。
ショートカットがはらりと揺れ、丸っこい瞳がまじまじと俺を覗き込んでいた。
「ねえ。やっぱ二人って付き合ってるの?」
「ありえないから、それ」
赤坂が即答で否定する。その口調には、荒々しい本性の片鱗が見えた。
「でも、その割に息が超合ってるけど」
江崎さんはからかう調子で俺達を見渡す。
けど、流石の江崎さんでも分からないだろう。
俺と赤坂の共有したのは夕焼け差す教室が似合うような青春めいた場所じゃない。
暗く冷たい花子さんが出てきそうな旧校舎のトイレなのだ。




