11話 介入
教室に戻ると、既に赤坂が自分の席に座っていた。
「いい? とにかく須山よ。須山と関わるの」
すぐ横を通り過ぎる瞬間、赤坂が声を掛けてくる。
顔は正面を向いたまま、俺にしか聞こえない声量だ。
俺は深呼吸しながら自分の椅子を引く。そして、おもむろに時計を見た。
予鈴まであと五分。時間としてはちょうどいいかもしれない。
覚悟して教室後方を見ると、大柄な学ラン姿が弾んでいた。
「うお、マジこれ! すげえレア!」
須山鉄明は最後方の席にいる諫矢に話しかけていた。
「俺もほしー! 近くの店だともう売り切れてたんだよな」
須山が摘まみ上げているのはガチャのチャームマスコットだった。あいつらの間で流行っているらしい。
それにしたってギャップだ。
190に到達しようかという長身に横幅も広く同世代とは思えないくらいの大男。赤茶けた短髪は威圧感がある。
あの体で可愛らしいチャームマスコットに目を輝かせているなんて。
「いけ……いけ……」
背中から呪詛のような赤坂の声が聞こえてくる中、俺は諌矢の席へと進む。
「マジか。でもこれ野球ゲームのマスコットだぞ。 須山お前サッカー部だろ」
「俺、こう見えて野球部だったし! でも野球ってボールちっちぇえじゃん? だからキャッチボールとかバット打つのヘタクソでさあ」
普段この二人は西崎達、他の連中と固まっている。まさに話しかける絶好のチャンス。
「あーあ。甲子園目指したかったわー!」
「おお夏生!」
俺が二人に近づくと真っ先に諌矢が気づいた。胡散臭いイケメンスマイルが諸手を広げてわざとらしく出迎える。
「いつも俺から話しかけてばっかだし、嫌われてるのかと思っちゃって、話しかけるのやめた方いいのかなって思ってたんだよな。ほんと良かった!」
「マジか」
俺は呆然とした。
諫矢が話しかけてくれなくなってたら本当やばかった。
赤坂に感謝しなくちゃ、俺は強く思った。
「はっは。来てくれて嬉しいぜ」
須山と二人で喋ってた時に比べて妙に饒舌な気がする。そんな様子は周りも感じていたのか。
「この三人、珍しい組み合わせだね」
「うんうん。新しい」
近くの席の江崎さん達女子が色めき立っている。何この空気。
「お? 一之瀬……だっけ?」
一方、本来の話しかけるターゲットの須山は物珍しそうにこちらを見ていた。どことなくその雰囲気は、小学校の修学旅行で行った熊牧場のヒグマっぽい。
「……うん」
目線で須山に会釈を返しつつ今も笑顔の諌矢に向き直る。そして、ハッとした。
――何で須山から逃げてんだ俺。ここで話しかけるべきなのに。
しかし、一度動き始めた歯車はもう止まらない。俺が話す先にいるのは諌矢。
「なあ、諌矢。この前の試験、日本史何点だった?」
「俺か? 88点だけど?」
諌矢が答えたあと、しばらく会話が止まる。いつものテンションじゃないので俺は戸惑った。
どう見ても須山をスルーして一方的に諌矢に話しかけた形だ。
――失敗した!
「マジか。風晴、おめぇ頭いいんだなっ!」
しかし、俺の心配は杞憂だったようだ。須山が思いがけずこの話題に興味を示したのだ。
スルーした俺の会話に無理矢理の再介入してくる。
「一之瀬は?」
「え、俺?」
これには驚いた。俺だったら知らん奴が話に入ってきたら地蔵になっているところなのに須山は何の不自然さもなく俺に会話を振ってくれたのだ。
「俺は途中で倒れちまったから……」
「おお! 確かにそうだったな、大丈夫か!?」
今更のように肩をがしがし揺らして心配してくる。
なんかクマみたいでやっぱ威圧感あるけど気遣われてるって事はわかる。
「現代文は追試か? せっかくちゃんと受けたのに――」
「須山、お前人の心配してる場合かよ」
俺が答えようとしたところで諫矢が暴走気味の須山を引き受ける。
「お前、試験全部受けても追試結構あったろ? 何教科だっけ?」
「現代文に英語に数学だろ? ああ。あと化学か!」
諌矢の問いに、須山は左手で指折り数える。
「やば。多すぎだって」
「うるせー風晴! お前潰す!」
諌矢の頭を締め付けようとする須山。陽気過ぎる二人の空気についていけず、俺は薄ら笑いを浮かべて固まっていた。
いつもの俺。中学時代からこんなポジションだ。本当嫌になる。
「ってわけで一之瀬! 今日の追試頑張ろうな」
「え、ああ。おう?」
須山は俺の肩をばしっと叩きながら言った。
林檎も噛み砕きそうな強靭そうな歯だ。それを剥き出しにワイルドに笑いかけてくる。
案外いいヤツなのかもしれない。
そう思っていた矢先の事だった。
「風晴に須山じゃん。何テンション上げてんの?」
見ると諌矢の横、教室のドアから一人の男子が現れた。
「ん?」
いつも須山と一緒にいる連中の一人、確かバスケ部のやつだ。
須山ほどの大柄ではないが、引き締まった体つきは見るからに物理攻撃力が高そう。前髪を立てた短髪に細い眉毛に締まった目つき、普通に怖い。
「どうかしたん? え、一之瀬?」
須山達に向けるのとは違い明らかに部外者扱いの目線だ。
「ああ。夏生……一之瀬ってこの前のテスト中に倒れたじゃん?」
「そうだったっけ。お前大丈夫なの?」
諫矢の話を聞いたバスケ部男子が俺に問う。昼食後の眠気のせいかどことなく気だるげ。しかし、ドスが効いた低い声だ。怖い。
「ま、まあなんとか」
「そ。大変だったな」
一応、心配してくれているらしい。
それでも、初めて話す相手にいきなりの『お前呼ばわり』はハードルが高すぎるよ。
逃げたい。しかし、背後から突き刺さる赤坂の視線がそうさせてくれない。
退いたものを撃ち殺す勢いの眼光を感じる。あいつは督戦隊か何かか?
「お、もうチャイムじゃん」
と、そのタイミングで予鈴が鳴った。
須山もそのバスケ部男子も自分の席へと戻っていった。
俺もほっと胸をなでおろしながら、途中でぶつ切りになった会話も気にせず席に戻った。
赤坂は既に午後の授業の準備を終えて近くの席の女子と談笑している。
そのやり取りを見ながら俺は思った。
――赤坂の言う通りやってみたけど。
「めっちゃ腹痛くなるな、これ」




