10話 仕切り直し
結局、その後の定期試験はなんとか無事にこなす事ができた。
試験明けの昼休み。
俺は学校近くの美祈さんの家に足を運んだ。
「は? 何でお前がここに?」
トイレを借りてリビングに顔を出したら何故かそこには赤坂もいた。
「相変わらず、人様のトイレ借りといて偉そうな顔だね」
赤坂は椅子に腰かけて美祈さんと一緒にワイドショーを見ている。
「いや、おかしいだろ。ここ人ん家だよ?」
一度話しただけなのに美祈さんと赤坂は打ち解けている。まるで歳の離れた姉妹だ。
「いいじゃない。環季ちゃん私と話が合うのよね。ほんといい子」
一方の美祈さんは上機嫌だ。何なら俺といる時より楽しそう。
「私なりに一之瀬がどうやったらこの体質を改善できるか考えたんだけど」
「それでわざわざここに? 協力的すぎるだろ」
真面目くさって腕を組む赤坂に言ってやる。
しかし、赤坂はムッとしながら俺に反論する。
「違うわ。一之瀬がこんな風に一緒に校外に出てこられるとこっちが困るの。分かる?」
「けど、俺の親戚の家にこんな風に入り浸ってたら本末転倒じゃないか」
そこでようやくはっとしたのか赤坂は表情を変えた。
「た、確かに……」
気づいてなかったのかよ。
「で、でも美祈さん面白いんだもん……それよりも!」
自分は悪くない。そう言いたげに赤坂は足を組みなおす。
「一之瀬って、クラスだと風晴君以外ろくに仲良い人いないよね?」
「いきなりか」
本題に入ったと思いきや初手から手厳しい。
「まあ、否定はしないけど」
「しないんだ」
赤坂が面白そうに笑みを作る。
まあ、実際俺が入学してからまともに会話できているのは諌矢だけ。それは事実だ。
今更反論したってしょうがない。赤坂にはバレてるし。
「だって他の奴らみんな仲良さそうだし。運動部の奴らとか特に。会話に入る余裕ないって」
この冬青高校は男女混合の名簿で席順もそれに倣っている。俺の周囲の男子は同じ運動部の仲間同士いつも一緒だ。俺が割って会話に加わる機会は全く無い。
「ほら、運動部同士でしかないと通じない会話とかあるじゃないか。内輪感すごいんだよ。赤坂も席近いしあいつらのノリわかるだろ?」
「まあ、そうだけど……」
納得したように頷いた――つか、そこはすんなり納得するのかよ。
「一之瀬、そういう相手苦手そうだしね。ていうか、その話しぶりだと風晴君は親友じゃないの?」
「いや、あいつは……」
テスト前のやり取りとか教室での様子を見ている赤坂は指摘する。
でも、いざ面と向かって言われるとはっきり親友だ!
そんな風に答えていいものかと悩む。
「確かに諌矢とは仲がいいよ? でも、あいつは基本西崎とか須山と一緒にいるんだよ。空いたときに俺とは話するけど、基本はあいつらの派閥なの、分かるだろ?」
「あのいつも教室の後ろで固まって騒いでる人たちね」
赤坂は突き放したような言い方だ。同じクラスメートに対しても容赦がない。
「いつもうるさいよね。まるで教室を自分たちのものだと思ってるみたい」
「はっきり言うんだな」
絶対、赤坂は西崎のグループみたいなギャル系は嫌いなんだろうな。
そして、西崎達からしても赤坂みたいな女子とは絶対にソリは合わないと、俺は確信した。
「だから親友かって聞かれるとちょっと悩む。あいつからしたらただのクラスメートかもしれないだろ」
「……」
自信なさげな俺を見て少し同情したのか。赤坂はそれ以上追及はしてこなかった。
今までだって、ずっとそうだった。
関わった人間とは良好な関係を築けても、そこから先は進まない。それで一期一会みたいに気づけばクラス替えとか進学で終わっている。
同じ小学校出身の昔からの幼馴染。部活や塾といった学校以外でのつながりもある仲間。そんな強固な絆を割って踏み込む勇気は無い。
「今更、この根性はどうにもできないんだよ。多分、高校三年間も同じような感じで終わる」
「でも、周りはきっと誰も気にしてないと思うけど」
赤坂と俺の問答。
傍らで話を聞いている美祈さんは面白いものを観察するような微笑を浮かべていた。
幼少期を知っている姉貴分にこんな自分が見られているのが恥ずかしかった。
「もういいだろ……」
「うん。分かったわ」
しかし、そんな俺を見て赤坂は一人頷く。
「一之瀬の悩みって要は本当に信頼できる仲間がいないからでしょ?」
そして、俺を見上げながら、
「私が手伝ってあげようか?」
「は?」
開いた口が塞がらない。突然何言ってんだこいつ。
だが、赤坂はそんな俺を見て得意げな顔を崩さない。
「トイレ行きたいなら普通に『ウン〇したいからトイレ行ってくる!』って感じで堂々と行けばいいじゃん。そういう事言える友達作ればいいんだよ」
「今のセリフは俺の物真似か?」
赤坂の今の言葉を美祈さんは呆然と聞いている。
一瞬幻聴か妄想の類かと思ったがそうでもないらしい。
じっとこちらを見ていた赤坂は滑ったのが気まずかったのか微妙に頬を赤らめていたのだから。
「え、何。良くない? 良いでしょ?」
「恥ずかしいなら最初から変な物真似するな」
リビング内に微妙な空気が流れる。
「でも、この前も言ってたじゃん。好きな科目の時はお腹が痛くならないって。つまり、周りに気を遣わなくていい友達だらけになったら――緊張とかストレスも消えるでしょ?」
「まあ……確かにな」
言いたいことはわかる。実際美祈さん相手なら平気だからここに来てるわけだし。
目を合わせた先の姉貴分はうんうんと頷いている。何この天使。
「楽しい時間だと腹痛にならない。それは確かに自覚してる」
クラスに居場所が無い。だから勝手に気負ってお腹が痛くなってくるんだ。
赤坂の指摘は正しい、そう思った。
でも――
「俺は……赤坂が言うようなキャラになれるとは思えない」
「はあ?」
「そういう風に陽気になった俺の姿が想像できないんだよ」
小さな頃から引っ込み思案だった俺がそんな風に振る舞うなんて空回りするだけ。何かのバグだと思えるくらいだ。
俺の事を昔から知ってる美祈さんなら分かるはずだ。
そんな視線を送ったのだが、
「それいい!」
しかし、美祈さんはどこか楽しげな顔。
「リア充ってやつね? なっちゃいなよ。お姉ちゃん応援してるから!」
「嫌だ」
俺は即答した。
「そもそも俺は目立たない存在なんだよ? いきなり変な発言をしたら絶対浮くから」
「そういう冗談を言い合える友達を作れって言ってんの。一之瀬はもっと他の人と関わった方がいいよ?」
赤坂は強い口調で続ける。壁の時計はまだ昼休みの半分に差し掛かるところだ。
「環季ちゃんって本当になっちゃんの事、ちゃんと見てるのね」
「え、いや……私は別に。てかなっちゃんって」
美祈さんの緩すぎるオーラに流石の赤坂も調子を崩す。何か頬も赤い。
それはともかく、美祈さん。家族親族間でしか通用しない俺のニックネーム安易に口に出すのやめてもらえるかな………
しかし、俺の不満の目を見ても美祈さんはのほほんとしたままだった。
「さっきの話に戻すけど」
「ああ」
「例えば、うちのクラスに須山鉄明っているじゃない? ああいうクラスのやかましい奴なら、ノリでトイレ行ってくるって言い出しても違和感なくない?」
須山鉄明――サッカー部所属の大柄な男子生徒。
諫矢や西崎と一緒にいるうちの一人で、馬鹿みたいにテンションが高い。騒いでいるのは大体こいつだ。
何よりも、先日『牛丼を腹壊すだけいっぱい食べてえ』とか言ってた男だ。
俺には到底できない事を簡単に言ってのけるあいつの言葉は今も脳裏にずっと染みついている。
「そうだな。須山ならそんな事言っても誰もいじらないな」
「でしょ、あいつ身体だけじゃなくて声もでかいし誰も気にしないわ」
酷い物言いの赤坂にドン引きする。
「一之瀬。須山と仲良くなっちゃいなよ」
それが結論だと言わんばかりの勢いだ。
「でもなあ。須山は良くても一緒にいる連中がなあ……あいつらのテンションについていけるとは思えないし」
須山は喜怒哀楽の『喜』だけで生きているような存在だ。俺が話しかけても何の違和感もなく答えてくれるかもしれない。
だけど、諫矢や須山のグループには西崎とか普段話さない男子女子がうじゃうじゃいる。人見知りする俺が話の輪に入るにはハードルが高い。
「風晴君だっているじゃない? よく須山とバカやってるし。あの二人にだけ話しかけたらいいんだよ」
諫矢はあのグループでは須山といつもふざけあっている。
俺とか他の連中のときは割と普通だけど、須山相手の時だけ馬鹿さが増す。そんな風に相手によってちゃんと対応を変えるところがある。
そう考えたら、そこに俺が入り込んでも案外うまく合わせてくれそうだ。
「今ならテスト期間終わったばっかだし。点数どうだった? とか色々あるし」
「よく考えつくな」
赤坂は口も悪いし圧強めだ。それが本性。
だけど、基本的な社交性は結構高い。少なくとも俺よりかは上だ。
「あのー」
不意に美祈さんが小さく手を上げた。
赤坂と俺は思わず視線を吸い寄せられる。
「いいの? そろそろ昼休みも終わりじゃない?」
「「あ!」」
壁の時計は昼休み残り十五分くらいだった。今から学校に戻っても時間はそんなに残されていない。
「とにかくいい!? 昼休みの終わり間際に話しかけてみるの!」
俺が立ち上がるより早く赤坂が玄関に向かう。猫みたいな素早い動き。
「強制かよ」
俺が追いかけながら叫ぶと、赤坂はもう靴も履いて玄関のドアを開けている。
「チャイム間際の会話ならそのまま次の授業の準備始めなきゃいけないし。強制的に会話も終わるしいいじゃん。分かった?」
そして、一目散に飛び出していった。
余程俺と一緒に学校に戻るのを見られたくないらしい。




