『山狗』との戦い
衛実が控え室から飛び出して店の売り場に到着すると、八兵衛が店員や客の避難誘導に躍起になっているのが目に入って来た。
さすがは武士の家の出。こんな事態になっても慌てることなく、冷静に、それでいて迅速に動いていた。
「すまん、遅くなった。状況は?」
衛実が走り寄りながら声をかけると、八兵衛もそれに気づいて『良い救援が現れた』という顔をして迎え入れる。
「衛実の旦那! 良かった、すぐに動ける状態でございやすね!
それじゃあ、急いで表に出てくだせえ! 権八達が応戦していますが、さすがに数が多すぎるみたいです。こっちはウチに任せてくだせえ!」
「よし、任された!」
八兵衛の指示を2つ返事で受け入れた衛実は、背中に引っさげた薙刀を抜き放ち、店の表へと駆け出して行く。
「ご武運を!」
その姿を頼もしそうに見つめながら、八兵衛は激励の言葉を送り、引き続き、客や非戦闘員の避難誘導に取り掛かっていった。
ーー八兵衛の反物屋前の街道ーー
「権八さんッ! こいつら、今日はやけに数が多いみたいっスよ!」
「怯むな! 孤立しないよう、冷静に仲間達と連携を取っていれば必ず勝てる! 慌てず、ただ前の敵を討つんだ!」
既に店の前では、野盗集団と八兵衛の用心棒達が大立ち回りを演じており、彼らの織り成す無数の剣戟が辺り一面に鳴り響く。
数では、用心棒達が4名ほどしかいないのに対し、野盗集団はその倍、いやそれをも上回る大人数で襲いかかって来る。
今回襲いかかって来た野盗集団は、見た目の割にかなり統制が取れているようであり、中々隙を見せない。
個々の能力では、八兵衛の用心棒達の方が上だが、さすがの彼らも苦戦は免れない状況だった。
「もっと狭い場所に引き込め! 突出するな!」
権八は、自身も2振りの短刀を縦横無尽に振るいながら、仲間達に指示を送る。前の『鬼』との戦いで命を落とした吉之介達に成り代わり、今は彼が八兵衛の反物屋の用心棒達を取りまとめている。
(くそっ……! 吉之介さん達がいたら、もっと楽だったはずなのに!)
「権八さんッ! 後ろっス!」
戦闘中に、ふと懐かしい自分の先輩の顔を思い出した権八は、その一瞬の気の緩みにより、自分に向けられた殺意に気づけなかった。
「なっ! しまっ……!」
振り返った権八の目の前には、上段から振り下ろされた刃が肉薄していた。
人間の本能として、反射的に目をつぶって間に合わないと分かっていながらも、左腕で庇いに行こうとする権八。
だが、いつまで経っても、その白刃が権八の身体を切り裂くことはなかった。
権八が恐る恐る目を開くと、自分を狙った野盗が背中から串刺しにされるような形で、薙刀の切っ先に貫かれている。
「な、なんだ……?」
権八が一瞬だけ、訳が分からずに突っ立っている間に、今度は自分の左側で3人の野盗が何者かの薙刀でなぎ倒されていく。
「お、お前は……!」
驚きに見開かれる権八の視線の先に、薙刀を振り抜いた姿の衛実がいた。
斬撃の合間を縫って襲いかかる野盗の刃をひらりと事もなげに躱し、権八の右隣に並んで武器を構え直した衛実は目だけを彼の方に向けながら、話しかける。
「遅くなって悪い。これからは俺も参戦する。戦況は?」
問いかけて来る衛実に対し、驚きから気を立て直した権八はとりあえず彼の鮮やかな技量への感想を差し置き、すぐさま指揮をとる者の顔に戻って、簡潔に伝える。
「統制の取れた野盗集団が攻めて来た。何人かは討ち取れたが、依然、圧倒的な数の差だ。
今はこの状況の打開のために、向こうの隙をうかがっている。」
「隙、つったって、こんな数相手じゃ、そうそう見つかりっこねえよ。そんな事するより先にこっちが潰される。
なら、向こうの頭をさっさと討った方が良いと俺は思うが?」
衛実の指摘に、権八は吐き捨てるように答える。
「出来るなら、俺もそうしているさ!
でもこっちは、お前を入れても5人。それに比べて敵は、今ざっと見ても10人以上もいて、包囲網を作っている。そんな中に馬鹿正直に突っ込めば、命を落とすのは明白だ!」
「……なるほどな。でも本当にそうか? 案外、やってみないと分からねえこともあるもんだぜ?」
すっ……、とまるで何かに狙いを定めた目をした衛実の放つ言葉に、何やら上手く言い表せないほどの嫌な予感を抱いた権八は、その言葉が示す意味を推測し、戦慄した。
「お、お前、まさか突っ込む気か!? 無理だ! 死んでしまうぞ!」
「どっちにしたって、死ぬ時は死ぬ。それなら俺は、ただ黙って死を受け入れるより、自分で動いて活路を切り開く!」
そう言うやいなや、衛実は腰を時計回りに捻って薙刀を振りかぶりながら勢いよく敵の左翼に突っ込んで行く。
「ちょっ、まっ! ……くそっ!」
自分の制止の声も届かないと悟った権八は、残りの3名に『なんとしてでも、ここより先を抜かせるな』と厳命して衛実の後を追い始める。
(なんて無茶苦茶な人なんだ……。どう足掻いても切り刻まれるだけの未来しか見えないぞ。)
もちろん、権八にだって『この状況を無傷で切り抜けられる』とは、到底思っておらず、いずれジリ貧になるのは分かっていた。
(だからと言って……!)
周囲の追いすがってくる敵を切り捨てながら、権八は衛実の背中を追いかける。『いずれ切り刻まれる』という権八の予想とは裏腹に、前を行く衛実は一向にその気配を見せない。
「ラアッ!」
むしろその逆。衛実が進むごとに、その周りで真っ赤な血しぶきが飛び交い、次々と野盗達の屍が積み上げられて行く。
衛実の、まるで『鬼』のような強さと激烈な気迫に恐れを抱いた野盗達が、我が身かわいさに道を空けて行く始末。
後ろを走る権八は、次々と出来上がっていく道に、ただただ唖然としていた。
(あれが、衛実の強さなのか……? ケタ違いに強いじゃないか!)
そんなことを感じつつ、足を止めない権八の視線の先で、衛実が静止して何かを見つめているかのように前方を向いているのが見えた。
ようやく追いつき、荒くなっていた息を整えながら、権八は衛実に問いかける。
「どうしたんだ、衛実。いきなり止まったりなんかして。」
彼の問いに衛実は黙って前方を指差す。
「あれを見ろ。」
衛実の指の先を追って視線を前へと向ける権八に、信じられない光景が飛び込んで来た。
「あ、あれは……!」
敵の最も守りが固くなっている所、その奥に、一際大柄な身体をした男が腕を組んで仁王立ちしていた。その男が身に付けている服の胸元には『凶暴な犬』の図柄が描かれている。
それを見て合点が言った権八は、目を思いっきり見開き、険しい顔で睨みつけながら、絞り出すように呟く。
「『山狗』ッ……!」
この京の街で暮らしている者であれば、一度は聞いたことのある名前。けれどそれは『悪い意味で有名』であり、普通の人であれば、その名を聞くだけで腰が引けるほどの強烈な印象を与える野党集団。
『今、自分達の視線の先にいるこの大男こそがその頭であるのだろう』と当たりをつけながら、衛実は薙刀を下段に構えて相手を見据える。
その姿勢のまま、大男に向かって牽制するような口ぶりで話しかける。
「命が惜しかったら、さっさと失せろ。そうじゃねえなら、今ここで、てめえを切り捨てる!」
衛実が口を開くと同時に放つ殺気の圧に、大男の取り巻きの幾人かがたじろぐ。だが、当の本人は意に介さず、ふてぶてしいまでの表情を作り上げて答えた。
「ふん、たかが2人ごときに何が出来る。貴様ら! こいつらを囲んで切り刻んでやれ! その減らず口を叩き伏せて、二度と開けないよう完全に黙らせろ!」
野太く、聴く者の腹の底を揺さぶるような声に発破をかけられた野盗達は、衛実と大男、2人の放つ圧に板挟みになって息苦しそうにしながら、周りに合わせて慎重に衛実と権八の方へと、その包囲の輪を縮めて行く。
血走った目をした野盗達に、氷のような視線を向けて間合いを測る衛実は、背中合わせになって反対側に意識を注いでいる権八に向けて、これから自分がやろうとしていることを耳打ちで伝えた。
「俺はこのまま突っ込んで、ヤツを討ち取る。権八、あんたも来るか?」
衛実の提案を聞いて、一瞬だけ『ふざけているのか』と思った権八は、それでも周りを見渡して自分達の置かれている状況を確かめると、もうそれしか活路が無いと悟り、どこか諦めたような顔で首を縦に振った。
「……やれやれ、分かったよ。敵の頭のことはお前に任せる。俺は邪魔が入らないよう、露払いをしておくから、好きなだけやってくるといいさ。」
権八の了承を得た衛実は、不敵な笑みを浮かべ、獲物を狙う狼のような目をしながら口を開いた。
「協力的で助かるぜ。それじゃ、行くぞ。3、2、1……かかれっ!」
衛実が号令を下すと同時に、正面から猛然と包囲の輪に向かって突っ込んでいく。急な動きに対応が遅れた野盗の1人が、哀れにも首筋から派手に血を噴き出して倒れた。
一方、権八も衛実の突撃に呼応するように2本の短刀を自在に操りながら、彼に群がる雑兵の命を確実に奪っていく。
2人の勢いに、呆気なく崩されていく包囲網。先に抜けた衛実が薙刀についた返り血を振り払いながら、『山狗』の頭の元へと一直線に向かっていく。
「ハァッ!」
盾となった2人の野盗を鮮やかに捌いて切り伏せ、目前に迫った獲物に向けて振り下ろす衛実の薙刀と、『山狗』の頭の右手に握られている分厚い乱刃刀が火花を散らす。そのまま両者、鍔迫り合いのようになりながら相手の顔を睨み合う。
「ふん、どうやら口だけのひよっこでは無いらしい。」
静寂を破って口を開く『山狗』の頭。その者の重い剣圧を負けじと押し返しながら、衛実も軽口を叩いて応じる。
「はっ。てめえも、ただのずんぐりむっくりじゃないらしい。さすがは頭、ってとこか?」
衛実の挑発をものともせず、逆に笑って返す余裕を見せながら、『山狗』の頭は『フンッ!』と1つ気合いを入れると、力の全てを剣を握る手に集中にさせて衛実を弾き飛ばす。
4mほど後ろに飛ばされながらも衛実は、転倒することなくしっかりと踏ん張って耐え切ると、直ぐにまた突っ込もうとせずに、全神経を集中させるように静かに武器を構え直して敵を見据える。
『山狗』の頭も追い討ちをかける訳でもなく、地にそびえ立つ大樹のような体勢で衛実を見返す。
2人が睨み合いを始めて、もう一度剣を交えるかと思われた頃合で、不意に『山狗』の頭が武器を下ろして身を翻す。
それを不審に思った衛実は、構えを取った体勢のまま、その行動の真意を問いただした。
「おいてめえ、まさかこの俺がその背中を殺りにもいけないほど甘ったれだとでも言うつもりか?」
衛実の投げかける言葉に、『山狗』の頭は肩越しに目線をくれてやりながら答えた。
「なに、気が変わっただけだ。貴様はいずれこの俺が正々堂々と討ち果たしてくれる。それまで精々、残り少ない人生を楽しんでおくことだな。
者共、撤収だ! 負傷者は軽いヤツから連れて帰れ! 後のウジ虫は捨ておけ!」
酷な暴君の如き態度で撤退を指示した『山狗』の頭は、その大柄な身体付きからは想像できないほどの身のこなしで馬に飛び乗ると、手下を残してさっさと引き上げて行った。
その背中を『盗賊に正々堂々とかあるのかよ……』と、どこか呆気に取られた表情を浮かべながら見送る衛実のもとに、一段落した様子の権八が歩み寄って来た。
「何とか撃退に成功したか……。やれやれ、今回ばかりは、さすがに危なかったな。衛実、お前はどこか怪我をしていないか?」
権八の問いかけに気づいた衛実は、肩をすくめながら何事も無かったかのような口ぶりで答える。
「ああ、見ての通り、ピンピンしてるぜ。あんたも特に大きな怪我はしてないみてえだな。さすがは八兵衛さん所の用心棒さん、ってとこか?」
衛実の軽い冗談に、思わず苦笑いを浮かべる権八。
「これでも一応、用心棒の頭だからな、俺は。それにしても、本当に頼りになる奴が来てくれてものだ。これは、弥助殿とやらにでも感謝しておくべきかな。」
権八の何気なく発した言葉の中に、あまり聞きたくない者の名前が含まれていたことに、少し顔をしかめた衛実は、その話題を早々に終わらせるかのように帰還を促す。
「あいつに礼なんて言う必要ねえぞ。それより、さっさと戻ろうぜ。店がどうなったかも気になるしな。」
衛実の進言に、権八も深く頷いて応じる。
「そうだな。そうと決まれば急いで戻ろう。衛実も、お前の連れのことが心配だろうしな。」
「うるせえ、ほっとけ。」
そんな具合で、2人の武芸者は自分達の帰るべき店へと歩みを進めて行くのだった。
『衛実×朱音』てぇて……、ってあれ? あ、違えや。いっけねえいけね。つい間違えちったてへぺろ(´>ω∂`)☆
……今、『うわキッツ……』とか思った人、正直に手をあげなさい。大丈夫、怒りませんから。
いやだってキツいでしょ、これ。いくら書くことがないからって暴挙に出たわね、『流れゆくモノ』
さて、そんなことはもう忘れてもらって(絶対ですよ? ねえ)、更新です。
【『山狗』との戦い】、今回は『衛実TUEEE!』回でしたね。読者の皆様の中には「またかよ……」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、やっぱり作者が作り上げた主人公ならば『戦いに強いヤツにしたい!』って思っちゃうわけですね。ロマンですよ、ロマン。
そんなこんなで見事、『山狗』を撃退してくれましたね。次回は恐らく、もしかすると、『衛実×朱音てえてえ』要素があるかもしれませんので、どうぞお楽しみにお待ちください。
それでは〜〜。




