京街騒乱の幕開け
八兵衛の反物屋が店を開き始めてから、ざっと3時間ほどが過ぎた頃、雲ひとつない青々とした空に浮かぶ暖かな陽の光を感じながら、衛実は店先で己の薙刀を携え、ぼんやりと目の前を通り過ぎて行く人々を眺めていた。
八兵衛の言葉通り、店を襲う強盗の姿は一向に見られず、そのあまりの平和っぷりに『楽な仕事だ』と思いながら、ふと軽い眠気を覚えた衛実はついと欠伸を漏らす。
そこへ、店の中から2本の短刀を腰に引っさげた若い用心棒が、暇を持て余す衛実に歩み寄りながら声をかけてきた。
「おい、そろそろ交代の時間だ。朝から今までお疲れさん。」
自分に向けられた声に気づいた衛実は、伸びをして気を持ち直すと、1つ深呼吸をしてからそれに応えた。
「もうそうな時間か。悪い、気が抜けちまっていたみたいだ。にしても、本当に何も起きねえな。」
頭を軽く前後左右に傾けて首の体操をしながら、感心しきった表情で称賛のような感想を漏らす衛実を見た若い用心棒は、顔に苦笑いを浮かべながら、その訳を説明する。
「無理もないだろう。なんせ、ここに雇われている用心棒達の腕は、この清水一帯に知れ渡っているほど有名だからな。この店を襲おうとするほどの肝の太い奴は、そうそう出てこないってわけなのさ。」
その口ぶりはどことなく誇らしそうで、『周りから一目置かれる所に所属している自分』に少しばかり酔っていそうな雰囲気を醸し出している。
衛実もそんな彼の様子を察しつつ、八兵衛から受けた話との間に生じた差について聞き出した。
「だが、八兵衛さんから聞いた話だと、ひと月に1・2回程度は襲いにくる奴らがいるんだよな? それはなんでだ?」
すると若い用心棒は、『簡単なことだ』とでも言うように衛実の疑問に答えた。
「もちろん、そういった奴らがいないとは言ってないさ。これだけの戦力を備えた所に襲いに来るってことは、それ相応の人数だったり、装備を調えている。それをもって稼ぎのいいここの店を狙うのさ。」
若い用心棒は話の最後に『まあ結局、個人的な能力じゃ、ここの戦力が圧倒的だから、いつも楽勝だけどな』と付け足して、説明を終えた。
彼の話を聞いて衛実は、納得した表情で頷きながら、自分が抱いたざっくりとした襲撃者の印象を若い用心棒に確認する。
「なるほどな。つまりは組織化した野盗集団ってとこか?」
「ああ、その通りだ。だから一応、襲撃計画みたいなのがあって、それに乗っ取った連携をして来るから、そこだけが厄介、という感じさ。」
そこで若い用心棒は、衛実の身体つきを舐め回すように見ながら話を続けた。
「それにお前、衛実って言ってたかな? 八兵衛が自信ありげにお前のことを紹介してたから、中々に腕が立つんだろう? なら、きっと上手く対応できるはずだと思っているんだけど、どうかな?」
若い用心棒の少し煽るような口調に触発された衛実は、1つ鼻を鳴らし、さも自信ありげな表情を作って応じる。
「ああ、必ずやり遂げてみせっから、まあ見とけよ……って、そういやあんたの名前をまだ聞いてなかったな。あんた、名前は?」
大事なことを今思い出したかのように問いかけてくる衛実に、若い用心棒は笑顔を作って手を差し伸べながら答えた。
「権八だ。頼もしい仲間が出来て嬉しいよ。」
差し出された手を衛実も握り返し、2人は互いを見据えながら固く、握手を交わした。
互いが同時に手を離した後で、権八が『そういえば』というような顔を作って、衛実に話しかける。
「それより、引き止めて悪かった。とりあえず交代だから、昼ごはんでも食べていてくれ。お前の連れも確か今ぐらいに休憩のはずだから、仲良く、な。」
権八の茶化すような口ぶりに、衛実は『ここの用心棒はこんなやつばっかか』と内心呆れながら、適当に受け流す。
「余計な詮索はよしとけよ。それじゃ、後しばらく頼むわ。」
「ああ、任された。」
権八に店の守りを任せ、控え室へと戻って来た衛実は、同じく休憩に入ったばかりで、従業員用の食事スペースに座って店の者から受け取った昼のまかないを食べ始めようとしている朱音を見つけた。
衛実が気づいたのと時を同じくして、朱音の方も入って来た衛実を発見する。その時の表情は『前から仲良くしてくれている、頼れる歳の近い男の先輩が来てくれた』とでも言うかのようであり、3時間ごしの再会に喜んでいる様子が衛実の方にも伝わって来ていた。
顔を綻ばせて、嬉しそうな視線を向けている朱音に、衛実は『やれやれ』というような気持ちになりながら、昼のまかないを受け取り、朱音と机を挟んで向かい合うような席に腰を下ろした。
衛実が席に着くのを確認して、朱音が身を乗り出しながら話しかける。
「衛実、そちらの首尾はどうであったか?」
朱音の問いに、衛実は肩をすくめながら答える。
「どうって言われてもな。ただ立ってるだけだったから、なんにも起こりゃしねえよ。それより、朱音はどうだったんだ? 結構人来てただろ?」
八兵衛の読み通り、開店直後から店先に出て客寄せをし始めた朱音の姿は、街ゆく人々の視線を釘付けにし、その見栄えの良さから、ひっきりなしに客が店へと集まって来ていた。
たまに衛実に怪しい者がいないか聞きに来る八兵衛は見るからに上機嫌な顔をしており、衛実は『本当に、今日はよく売れているんだな』と察し、今まで気づきもしなかった朱音の持つ強みが凄まじいものなんだと思い知らされていた。
衛実の問いかけに朱音は、乗り出した身を引き戻してどっかりと座り込みながら、どこか充足感で満ち足りたような顔で話し出す。
「うむ、とても疲れたのじゃ。まさかあそこまで人が集まるとは思いもしなかったのでな。開店から多くの人間様達に話しかけれて、わらわもてんてこ舞いじゃ。
衛実、八兵衛の店の人気ぶりは凄まじいものであったのじゃな。」
そう言いながら、控え室の外から漏れ聞こえて来る店の賑やかな人々の声に反応した朱音は、控え室の入口の方へ、どこか余韻に浸っているような感じの視線を送る。
そんな朱音の横顔を、衛実は『それでも、ここまでの人を集めることが出来たのは、お前のおかげだろうよ』と心の内で思いながら眺めつつ、先程からほとんど手つかずになっているまかないを見て、朱音に昼を食べるよう促す。
「とにかく、お疲れ様だな朱音。よく頑張ったと思うが、まだ俺達の仕事は終わっちゃいない。午後もあるんだから、今のうちにしっかり食べとけよ。」
その言葉に視線をこちらの方に戻した朱音は、納得したように頷いて箸を手に取ったが、そこで何やら良からぬ事でも思いついたような顔をすると、途端に箸を机の上に置き、その手を後ろに回してふんぞり返るように席に座りながら衛実の方をじっと見つめた。
その様子を不審に思った衛実は、キョトンとした顔をして首を傾げながら問いかける。
「どうした? そのまかないは、お前の口に合わないのか?」
だが、朱音は答えない。むしろ、その言葉を聞いてより面白くなってきたのか、ニマニマとした笑みを顔面に貼り付けている。
朱音の真意が分からず、ただずっとこちらの方を意味ありげに見つめてくる朱音に、衛実はしびれを切らして再度、問いかけた。
「なんなんだよ一体。何かあんなら、さっさと言ってくれ。」
すると朱音は顔だけを衛実の方へと寄せて来て、目を閉じて口をぽかりと開けながら、『ん』とだけ言ってくる。
「……は?」
訳が分からない衛実は、眉をひそめて困惑の表情を浮かべた。
衛実がいつまでたっても動き出さないので、不満に思った朱音は口を閉じて目を開けると、頬を膨らませてそっぽを向きながら、目だけを衛実にくれてやって愚痴をこぼす。
「……むう、ぬしは女心というものが分からぬのか? わらわがこうしておるということは、やることは1つじゃろう。」
それでも、まだ衛実には検討もつかない。
「分かんねえよ。なんなんだよ、ったく。」
「こういう時は、衛実がわらわにご飯を食べさせるというのが相場と決まっておろう。」
「はあ?」
衛実はいよいよ訳が分からなくなり出して、素っ頓狂な声をあげる。朱音は確かに疲れてはいそうだが、飯を食べることが出来なさそうな状態にあるとは到底、思えなかったのだ。
「なんで俺が、わざわざお前に飯を食べさせねえといけないんだ? 朝餉だって自分1人で食えてただろ?」
『心底分からない』といった顔で問いかける衛実に、依然、不服そうな視線を向ける朱音は、その理由を話そうとして、その内容を面と向かって話すにはあまりにも恥ずかしいことであるのに気づき、思わず小声になって答える。
「……こんな時ぐらい、甘えさせてくれても良いではないか。」
衛実と別々になったのが短い時間であることは、朱音も分かっていた。それでも衛実がいない所で頑張って来たのだから、せめてこの昼休憩の時ぐらいは衛実に労って欲しかったのだ。
「んあ? 悪い、なんて言ったんだ?」
だがそんな朱音の意図に全く気づかない衛実は、朱音の言葉が上手く聞き取れなかったようで、図々しくもう一度聞き直してくる。
少なくとも朱音にはそんな風に感じたのである。それでも衛実の問いに答えなければいけないと思った朱音は、代わりの答えを口にする。
「じゃから、わらわは今、店の売り物を身につけておるのじゃぞ? 万が一、こぼして服を汚せばどうなるか、ぬしにも想像つくじゃろう、と申しておるのじゃ。」
そのどこかイライラしていそうな感じを含んだ言葉に、少しばかり不思議に思いながらも、衛実は朱音の服装を見て『それもそうだな』と呟くと、朱音に少し待つように言って、離れた所に置いてある己の荷物から30cmほどの手ぬぐいを取り出して持って来た。
「それじゃ、これを使え。手ぬぐいで悪いが、汚れるよりはマシだろ。前掛けにして使ってくれ。」
衛実としてはしっかりと気を遣ったつもりなのだろう。それでも差し出された手ぬぐいを受け取る朱音は憮然とした表情をしており、衛実はなぜ朱音がそんな態度を取るのか、その理由を最後まで察しきれなかった。
だが、やがて諦めたのだろう。朱音は『はぁ……』と1つため息を漏らすと、衛実から渡された手ぬぐいを服の上に載せて、自分で昼のまかないを食べだした。
それからは2人で向かい合うようにして、時折、どうでもいいような些細な世間話を繰り広げながら、食事を進めて行った。
先に衛実が食事を終え、朱音が食べ終わるのを見届ると、『さて』と言って席を立ち、自分と朱音の椀を手に持って流しへ運んで行こうとする。
それを不思議に思った朱音は、その理由を衛実に聞き出した。
「わらわでも、そのくらいのことは出来るぞ? 何故、衛実がわらわの分まで運ぶのじゃ?」
朱音の問いに、衛実は『当たり前だろ?』というような顔で自分が取った行動の意図を説明する。
「そりゃお前、俺はもうすぐにでも仕事に戻れるが、お前は着崩れしていないか確認したり、化粧の手直しとか色々やることあるだろ? それなら、飯の後片付けくらい、俺がやるのは普通じゃねえか?」
実にあっけらかんとしたように言うので、朱音は軽く驚いた。そして心の中で『そこまで気を遣えるのであれば、何故、先のわらわの思いに気づけぬのじゃ』と思いつつ、衛実に感謝を伝えた。
「そうであったか。いや、なんでもないのじゃ。ありがとうなのじゃ、衛実。」
朱音のどこか引っかかるような感じのする物言いに、衛実は軽く首を傾げながら返事をする。
「おう。」
そのまま午後からの仕事に向けて準備をゆっくりと進める2人だったが、そこへ非常事態を告げる大声が店の方から聞こえて来た。
「強盗だ! 奴ら、また大人数で来やがったぞ! 手のある者は応戦してくれー!」
途端に控え室の中は緊張に包まれる。衛実は自分の防具と武器の状態を今一度確認してから、目が合った朱音に言伝を残す。
「朱音、お前はここにいてくれ。最悪、賊が入ってきて誰も守れる奴がいなかったら、代わりにお前がここの人達を守ってやってくれ。頼めるか?」
衛実の頼みに、朱音も真剣な眼差しをしながら頷いて応える。
「分かったのじゃ。わらわに任せよ。衛実も、くれぐれも無理をするでないぞ。必ず生きて、わらわの元に帰って来て欲しいのじゃ。」
朱音の末尾の言葉に込められた願いに、衛実は『当然だ』というように力強く頷いて、店の方へと急行していった。
八兵衛の店を舞台に繰り広げられる騒ぎの幕が今、切って落とされたのである。
【#衛×朱てえてえ】! どうも!流れゆくモノです。
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この上のやつ、よくカップリングで目にするのですが、これってどっちが『攻め』でどっちが『受け』なんでしょう?
そこら辺の知識があまりないもんでして、いや〜(汗)
まあ、そんなわけで更新です。今回は、新たに権八が出て参りました。彼が今後の物語にどう関わって来るのか、是非楽しみに続編をお待ちくださいませ。
では!




