京街騒乱・幕間
ーー於・八兵衛の反物屋ーー
衛実と権八が野盗集団『山狗』を追い払ったのと時を同じくして、こちらの方でも撤退の合図を知った野盗達が、次々と剣を引いて店から走り去っていった。
死闘が繰り広げられた店の前では、打ち捨てられた野盗達の死体が転がっており、その戦いの激しさを生々しく物語っている。
危うい状況であったとは言え、何とか勝利を収めて、荒い息をしている3名の用心棒達の所に、短めの刀をその手に握った八兵衛が走り寄ってきた。
「皆、大事ないですかい!? 殺られちまった奴はいないですかい?」
自分達の雇い主がやって来たのに気づいた彼らは、疲労困憊といった様子であっても、武器を持っている手を後ろに回し、片腕だけ『休め』のような形できちんと姿勢を正しながら、整った礼を返し、その内の1人が八兵衛の問いかけに答える。
「はい! 何とか皆、生きております!
ただやはり、今回は敵の数も多く、1人はそこまで深いわけでもありませんが手傷を負い、次の戦闘は控えるべき状態にあるかと。さらに、敵中に突っ込んでいった権八さんと衛実さんの安否がまだ……」
この場にいない2人の事について言及する所で、申し訳なさそうに話す用心棒を制して、八兵衛は深く頷き、了解したことを伝える。
「分かりやした。2人の事は無事に帰ってくることを祈りながら待つしかないでしょう。とりあえず、お前たちだけでも生きててくれて良かったでさあ」
八兵衛の言葉に、いくらか肩の荷が軽くなった用心棒達は、心に余裕を持ち始め、それと同時に雇い主が右手に血糊がついた刀を持っていることに気づいて、先とはまた別の不安を感じ出す。
「もしかしてですが、まさか何人か、我らの守りを抜けて店内に? 死傷者は……」
だが、彼らの予想とは裏腹に八兵衛の纏う雰囲気は朗らかであり、それどころか新たな発見でも見つけたような顔をして、嬉しそうな声音で話し出した。
「いやあ、確かに何人かは店内に乱入して来やしたが、それは仕方のないことでさあ。それでもまあ、少し焦りはしやしたが、」
とそこへ、店の奥の店員達の控え室から、1人の少女が八兵衛達の元へ駆け寄って来た。
「八兵衛殿! 皆の無事が確認できたぞ。お客人も含めて、怪我を負った者はおらぬようじゃ」
彼女の報告を聞いて、八兵衛はより一層、嬉しそうに顔を綻ばせて、彼女の頭を撫でながら口を開いた。
「そうですかい! そいつは良かった良かった! ご苦労様でさあ、朱音ちゃん」
そのまま、用心棒達の方に向き直り、先程の話を続ける。
「もう手遅れかと思って、控え室に向かったら、このお嬢さんが入って来た野盗達をほとんど倒しちまいましてね、ウチは近くにいた残りの2人ほどを斬り倒すぐらいで済んだんでさあ」
彼の話を聞いて、『信じられない』といった表情で朱音を見る用心棒達。
「本当か!? 小さな身体なのに、よく倒せたな……」
「すごい……。普通に俺たちの戦力に加わって欲しいほどッスね」
「なんにせよ、ありがとう。あんたのおかげで店の仲間達を守ることが出来た。礼を言わせてくれ」
3人の用心棒達から一気に頭を下げられて、朱音は軽く驚き、畏まる。
「い、いやいや、そんなに頭を下げられても困る。わらわはただ、敵を追い払うのに夢中になっておっただけで、そこまで凄いことをしたつもりはないのじゃ」
その少し慌てふためくような感じで答える朱音の可愛らしさに、その場にいた4人全員が、思わず頬を緩めて微笑む。そして八兵衛が彼らを代表して、改めて彼女に感謝を伝える。
「それでも、ウチの大事な仲間を守ってくれたことに変わりはありませんや。朱音ちゃん、本当にありがとうございやす。それにしても、どうやって奴らを倒したんですかい?」
不意に振られた八兵衛の疑問に、朱音は心の中でギクリ、としながら、ぎこちない笑みを浮かべて答える。
「そ、それは、じゃな、あ、アハハハハ……」
もちろん、人の姿の彼女がまともに野盗達と渡り合えるはずもない。
奴らが控え室に乱入して来た時に、恐怖で目をつぶったり、顔を背けている店員達の姿を確認してから、朱音は一瞬だけ『変化の力』を解き、その手に爆炎を生み出して、招かれざる客を焼き払った。
仕留め損ねた2人の野盗は、目の前で焼け焦げていった自分達の仲間の姿を見て、思わず恐怖に身をすくませて動きを止め、そこにやって来た八兵衛に斬り殺されていった。彼が到着した頃には、既に朱音は人の姿に戻っていたので、正体がバレることもなく済んだのである。
そんな朱音の事情をよそに、八兵衛達は『大方、あの衛実という男に戦いの術を教えてもらったのだろう』と当たりをつけて、彼女のぎこちない笑みを照れ隠しであると思いながら眺めていた。
何とか他の話題に移ろうと、周囲に視線を巡らせる朱音は、その時になってようやく、彼女の隣で守ってくれる男の姿がこの場にいないことに気づいた。
「む? そういえば、衛実はいずこにおるのじゃ?」
その質問を聞いて、用心棒達は『あっ!』という表情を浮かべ、その内の1人がすまなそうな顔で、朱音に説明した。
「すみませんッス。衛実さんは、権八さんと一緒に敵の只中に突っ込んで行きましたッス。俺たちが不甲斐ないばかりに……。申し訳ないッス……」
彼は、権八の隣で戦い続けていた男で、衛実が到着して2人が何やら言い争っているような感じがしたと思ったら、急に権八に『何としてでも、ここを守れ』と言いつけられて、そのまま置いてけぼりにされてしまったのである。
しかし、彼らを束ねる用心棒の頭が言うことは必ず成し遂げなければならず、それに敵の数が多すぎて、抗議をするどころか、衛実と権八がどこへ行ってしまったのかさえ分からなかった。
彼の話を聞いて、一気に青ざめていく朱音。
「そ、そんな……衛実……」
彼女らを取り巻く空気がずっしりと重たくなっていきそうになった所に、突然、その場にはあまりにも不釣り合いなほど、穏やかな声がかかってきた。
「お、着いたか。良かった、皆無事みてえだぞ権八」
「無事みてえだぞ、ではないぞ衛実。お前が1番心配してそうな顔をしていたくせに」
「うるせえな。あんただって、自分の仲間が心配じゃねえのかよ」
「ふっ、あいつらがそう簡単にやられるはずないだろう。ほら見ろ、皆ピンピンしているだろう?」
「ああ、そうだな。さすがは八兵衛さん所の用心棒だ」
まるで小さなボヤ騒ぎを抑えて来たかのような軽い感じで店に戻ってくる2人の姿を見て、八兵衛や朱音を始め5人の顔には生気が宿り、それまでの空気の重さは明後日の方向へと吹き飛んでいった。
その中から、勢い良く飛び出した朱音が衛実の元へ一直線に駆け寄っていく。それを見た衛実は、安堵した表情を顔に浮かべて、彼女を迎え入れようとし、
猛烈な体当たりを受けて、後ろに倒れ込んだ。
「った痛っ! 朱音、お前何してんだ」
驚いて、目を見開きながら問いかける衛実の上に跨った朱音は、その両目に涙を浮かべ、唇を噛み締めながら、心配から来た怒りを滲ませた声で彼を責め立てた。
「何をしている、とはこちらのセリフじゃ、このたわけ! 何故、その身体で命を散らすような真似をするのじゃ! ぬしは、わらわを独りにでもする気か!?」
朱音の激しい剣幕に圧されて衛実は、バツの悪そうな顔をする。
「悪かったよ、余計な心配かけてすまなかった。けどな、俺だって考えなしに飛び込んで行ったわけじゃねえんだ。あのまま守りに入ってれば、俺達はいずれ殺される。そうなる前に、弱いと判断したヤツに突っ込んで、敵の大将を討ち取るしか方法がなかったんだよ」
「だからと言って、ぬしが突っ込む必要はないであろう! この店に来る前に、わらわが言ったことを忘れたのかぬしは!」
「だから悪かったって。お前が言ったことも忘れてない。けど、そこまで辛い思いをさせたんなら、次はそんな思いを2度とさせないって誓うよ」
「申したな! 今わらわはこの耳でしかと聞き届けたぞ! 忘れぬからな!」
「分かったよ。絶対忘れない。……でもまあ、何はともあれ、お前が無事でいてくれて、本当に良かった」
朱音との約束を守ると誓った衛実の、話の末尾にふと零れ落ちた、彼女の無事を心の底から喜ぶ気持ちが込められた言葉に、少女の心が揺り動かされる。
「き、急にそのようなことを申しても、わらわの怒りが治まるわけではないのじゃぞ」
『怒っている』という口調の割には、どこか嬉しく思っていそうな感じを漂わせている朱音は、照れを隠すつもりか、拗ねた顔を若干横に背け、どんな風に衛実を見ればいいのか分からなそうな目で彼を見ながら腰を上げて、手を差し伸べた。
衛実は、そんな朱音のいじらしさに軽く笑みを浮かべ、もう一度『悪かった』と口にしながら、その手をしっかりと握り返して立ち上がると、八兵衛達の方を向いて、改めて彼らに心配をかけたことへの謝罪と戦果を報告した。
「朱音を始め、八兵衛さん達にも迷惑をかけて、すまなかった。一応、俺と権八で『山狗』を追い払うことは出来たが、頭を取り逃がしちまう結果になったことをこの場を借りて報告させてもらう」
衛実の報告を聞き届けた八兵衛は、その内容に何か思う所があるようで、何やら深く考え出して黙り込む。
権八以外の用心棒達も『山狗』という言葉を聞いて、『どうしてその名が、ここで……』と言った心境でいるらしく、何やら不可解そうな表情をしている。
その反応を取る理由が分からなかった衛実は、同じように感じている朱音と不思議そうな顔で見合わせ、視線を権八の方に向けて問いかけた。
「なあ、なんで皆そんな反応をすんだ? 『山狗』を知らないやつなんて、ここにはいないはずだろ?」
権八は八兵衛と同じように、どこか考え込む様子を見せながら、衛実の問いに丁寧に説明し出す。
「確かに、お前の言う通り、あいつらの名前を知らない奴はいないさ。しかし今回は、その奴らが俺達の店を襲ったことそのものが問題なんだ」
「どんな問題だ?」
「お前もよく知ってると思うが、『山狗』はここと真反対、つまり嵐山を根城して動いている。奴らは縄張り意識が特に強くてな。自分達の領分を侵しに来る者を排除するのはもちろんのこと、それ以外の勢力が張っている土地を襲うことも滅多にしないんだ」
「だが現に、奴らはここに来た。それはつまり、そうせざるを得ない状況にあったってことなんじゃねえのか?」
権八の話を聞いて自分なりの推測を立てて話す衛実に、それまで黙り込んでいた八兵衛が付け足すような形で口を挟んだ。
「衛実の旦那が言うことはごもっとも。ですが、これは商人としてのウチの勘にはなりやすが、今の『山狗』は他の勢力を襲うほど切羽詰まってはないはずなんでさあ。
それに奴らの頭はウチと同じ『商人』でもあります。あの男にも『商人としての流儀』というものがあり、ウチはそれを知っているからこそ、今回の出来事が信じられんのでさあ」
「つまり、端的に言っちまえば、今回の一件は普段とは違う状況になっている、っていうことなんだな?」
「そうなんでさあ」
衛実の解釈に頷いて肯定を示す八兵衛の隣で、腕を組んで何かを考え込んでいる様子の権八が、自らの雇い主に向けてある提案を持ちかける。
「……八兵衛さん、何だか嫌な胸騒ぎがする。少し、この地域の見回りをさせてくれないか?」
八兵衛も特に理由を聞き出すことなく、権八の提案を受け入れた。
「構いやせんよ。ですが権八、お前一人で大丈夫ですかい? 念の為もう1人くらい付けた方が、」
「いえ、お気になさらず。俺1人で充分です。それでは、失礼」
そう言うと権八は、すっ、とその場から立ち去り、見回りへと向かって行った。
その姿を黙って見送ってから、八兵衛はおもむろに口を開いて、残された人々に向けて指示を送った。
「それじゃあ皆、予想外の出来事が起きたけれど、まだ今日という日は終わっちゃいませんぜ! しっかり立て直して、またお客さんを呼び込みやすよ!」
八兵衛の号令を聞いて動き出す用心棒や店員達。詳細はどうであれ、過去にも野盗に襲われた経験があるので、店の営業再開に向けた動きにぎこちなさはなく、順調に作業が進んでいった。
その様子を眺めながら、八兵衛は近くにいる衛実と朱音にも声をかける。
「とりあえず、お二方も一旦控え室にお戻りください。朱音ちゃんはお色直しをする必要がありますし、衛実の旦那も先の戦闘で何かと入り用のものがありますでしょう?」
「そうだな……。それじゃ朱音、ここは八兵衛さんの言葉に甘えよう。八兵衛さん、気を使ってもらって感謝する。なるべく早めに戻れるようにするから、少しの間だけ待っててくれ」
「大丈夫でさあ。焦らず、入念に準備なさって下さい。言い忘れていましたが、衛実の旦那も朱音ちゃんもこの店を守ってくれて、ありがとうございやした」
柔らかな表情を浮かべる八兵衛の感謝の言葉に黙って頷いてみせた衛実と朱音は、自分達の身だしなみを整え直すため、身を翻して控え室へと向かって行った。
『衛×朱』てえてぇ! ………なのかな今回は。いや、もしかすると一部の人にはすごい好みなのかも! きっとその人はマゾなんでしょうね(冗談です怒らないで)。どうも『流れゆくモノ』です。
2週間ぶりの更新ということにはなりましたが、それは『カクヨム』に載せている『鬼と傭兵の物語』の第1部を改稿していたためです。いずれにせよ、更新が遅くなったという事実には変わりがありませんので、「なんだ、ただの言い訳か」とでも思っていただいても構いません。申し訳ございませんでした。
ですが、もしよろしければ、『カクヨム』に上げた方にも訪れてみて下さい。もちろん、こちらのサイトにも順次あげていきますが、「早く見たい!」と言う方は是非、お立ち寄りいただけたらと思っております。
事務連絡が強めの後書きとなりましたが、今日はこれまで。それでは皆様、またお会いしましょ〜〜。




