京街散策 壱
正午を少し過ぎた頃、
弥助から紹介してもらった医者に身体を診てもらった衛実は、弥助の家で朱音と軽く昼食を済ませた後、彼女を連れて京の街へと繰り出していた。
「衛実、本当に出歩いても良いのか?」
医者からの『無理な動きは厳禁。そして、なるべく安静にしておくこと』という忠告を聞いていた朱音は、隣で歩く衛実を気づかう。
不安な眼差しを向ける朱音に対し、衛実はこれ以上、朱音が余計な心配をしないように、いつも通りの声音で話し返す。
「大丈夫だ。『なるべく、安静に』ってことだから、別に出かけるのを控えろと言ってるわけじゃない。
それに、これは俺がそうしたいと思ってやっている事だから、今日は楽しもうぜ。」
そう言うと、懐からそこそこ大きな袋を取り出し、
「ほら、金にも余裕はある。弥助も太っ腹だな。」
と、少し上機嫌になってみせる衛実。
それを見た朱音は、微かな後ろめたさを味わっていた。
「この報酬も本来ならば、あの者達に渡っていたのやもしれぬな。」
朱音が沈んだ気持ちになっていこうとするのを見た衛実は、「そうじゃない」と、朱音の言葉を強く遮り、淡々と続ける。
「朱音、そうやって、後悔ばかり負っていても仕方がない。どんなに憂いたって、悲しんだって、それで死んだ者が戻ってくるわけじゃないんだ。」
そう言う衛実の拳にも力が篭もる。だが、それに流されることなく、衛実は決然とした表情で言い切る。
「だからこそ、俺達は今、ここで生きていることに全力で向き合わないと行けない。
この瞬間を全力で楽しんで、時には悲しんで、
そうやっていつか死ぬかもしれなくなった時に、変な悔しさを残さないように、生きるんだ。」
そして朱音を見つめ、
「だからな、朱音。今日は全力で楽しもう。昨日の事はしっかりと受け止めて、それを次に活かせるように。
だって、俺達は生きているんだから。」
衛実の力強い言葉に励まされた朱音は、顔を振り、先ほどまでの暗い表情を払拭すると、改めて衛実の方を向き直る。
「そうじゃな。ぬしの言う通り、今を全力で生きることを心がけよう。」
そこで一旦、顔を伏せ、頬を若干赤らめながら、
「ぬしの言葉で、気が楽になった。…ありがとうなのじゃ。」
そして今度は、満面の笑みで、衛実を見返し、
「やっぱり、ぬしは優しき者であるな!」
と、言い放つ。
そのあまりに真っ直ぐな称賛に、今度は衛実が気恥ずかしくなって顔を背ける。
「ったく、よくもまあ、面と向かってそんなことが言えるな、朱音は。」
衛実の反応に少し面白く思った朱音は、ここぞとばかりに、追い討ちをかける。
「なに、今まで、ぬしにはやられっぱなしであったからな。此度は、わらわからやらせて貰うぞ。」
朱音の挑発に、「このままやりこまれるのは、気に食わない」とばかりに食いつく衛実。
「ほ〜お? 言ってくれるじゃねえか、朱音。今日という今日は、容赦しねえからな。」
朱音も負けじと見返し、
「望む所よ。衛実、覚悟するのじゃ。」
そう言ってお互い見合った後、どちらからともなく、二人して、軽く吹き出していた。
「それじゃ、行こうか、朱音。はぐれるなよ。」
「分かったのじゃ。」
「衛実、ここは?」
「ここは、清水っていう所だ。あの山に建っている寺が見えるか?」
そう言って衛実は、「清水寺」の方を指差す。
「うむ。じゃが、何となく浮いているように見える。特にあそこ、舞台のような所かの? あそこへは行きたくないのう。 」
後に「清水の舞台から飛び降りる」という言葉が生まれるきっかけとなった場所を見た朱音は、若干、怯えた顔つきをしている。
その様子を見た衛実は、いたずら好きの子供が、よくするような顔をし、朱音を茶化し始める。
「そうか。それじゃ、まずはあそこに行くか。」
「ええっ!? しょ、正気か、ぬしは。」
「ああ、もちろん。俺もあそこには、1度くらいは行ってみたいと思っててな。
中々行く機会が無かったから、丁度いいかもな。」
「ま、待て。ぬしは、わらわの話を聞いていたか?
わらわは、あそこには行きたくないと言ったはずじゃぞ。」
「聞いたさ。だからこそ、敢えて行くんだろう?
さ、いつまでもグズグズしてないで、さっさと行くぞ。」
「い、嫌じゃ! やめよ衛実、って、なぜこの時ばかり力強くわらわの腕を引くのじゃ!
頼む、後生じゃから、離してくれー!」
衛実に半ば引き摺られるような形で、朱音は「清水の舞台」へと連れていかれる。
何とかして逃れようと試みる朱音だが、衛実の力が思いの外強く、やがて抵抗することを諦めてしまっていた。
「よし、着いたぞ朱音。」
衛実達が「清水の舞台」に着いた時には、既に朱音はどこか悟りを開いたような顔で、明後日の方を向いていた。
「ったく、そんな顔すんなって。
単にお前に嫌がらせをするだけじゃなくて、こっからの眺めを一緒に見たいって思っただけなんだ。
ほら、どうだ? 結構良いだろう?」
衛実の問い掛けに悟り顔のまま応える朱音は、衛実の指が差す方向に顔を向けた。
すると、その目に京の街でも有数の名所たる証を示す景色が飛び込んでくる。
「わあっ! す、すごいのじゃ!」
すっかり上機嫌になった朱音は、もっと見てみたいと半ば興奮気味に欄干から身を乗り出す。
「あ、おい! 危ねえぞ。」
欄干から身を乗り出し、そのまま落ちそうになった朱音を、衛実が引き戻す。
それによって我に戻った朱音は、舞台からの高さに怯みつつも、そこから見える景色に感激して嘆息する。
「なるほどな。確かにここからの眺めは、とても良かった。
じゃが衛実、なぜそれを先に言ってくれなかったのじゃ?」
朱音の少し責めるような視線に、衛実は苦笑いしながら答える。
「悪かったって。次はちゃんと言うからさ。そう膨れっ面になるなって。」
大して悪びれた様子を見せない衛実に、朱音は、それ以上の追及をすることを諦めた。
「はぁ、もう良いわ。いい物も見せてもらった事じゃしな。」
それから「清水寺」を堪能した衛実達がその帰途についている途中、聞き覚えのある声が衛実達を呼び止める。
「おや? もしかして、弥助さんの所の傭兵さんじゃあ、ないですかい?」
衛実達が声のした方向に顔を向けると、昨日、衛実達に"鬼"の討伐を依頼した反物屋の主人が、店先に立っていた。
「あんたは、昨日の…。」
「昨日の今日でなんですが、身体の調子はどうですかい?」
「ああ、まだ派手な動きは出来ないけど、一応、普段通りに生活するのに支障はない。それより、八兵衛さんの方は?」
「いえいえ、用心棒の数が減っただけですから、商売には問題ありません。
ただまあ、そうは言っても腕が立つ奴らでしたからね、物盗りにはちっとばっかし、神経質になってますね。」
それを聞いた衛実と朱音は申し訳ない気持ちになる。
「その、本当にすまなかった。」
「いいんですよ、昨日も言ったでしょう? 気にすることはないと。」
反物屋の主人の励ましに、いくらか気を楽にしてもらった衛実は、感謝の念と共に、何かお礼がしたくなって、そのまま主人に話しかける。
「ありがとう。代わりといってはなんだが、ここの品を 1つ、買っていかせてくれ。」
「いいんですかい? それなら、今日は特に上等の品が入ってますんで、そちらのお嬢ちゃんに 1つ、どうですか?」
そう言って反物屋の主人は、店に並んでいる商品の中から、鮮やかな唐紅色の布地を持ち出してくる。
「これなんか、どうです?
やっぱりお嬢ちゃんには、紅が良く似合う。
こいつに藍色の物と組み合わせたらきっと、えらい別嬪さんになると思いますぜ。」
衛実は、反物屋の主人が持ってきてくれた品と朱音とを見比べ、納得するように首を縦に振った。
「そうだな…。確かにこれは良く似合う。朱音、お前はどうだ?」
「問題ない。わらわにとっても好みの色じゃ。」
「そうか。よし、じゃあ八兵衛さん、その2つの反物をいただこうか。」
「毎度あり〜! また今度もウチをよしなにね、旦那。」
「ああ。そうさせて貰うよ。」
反物屋の主人と別れた後、朱音はとある疑問を衛実にぶつける。
「わらわの為に買ってくれてありがとうなのじゃ。
じゃが、衛実。仕立て屋の当てはあるのか?」
「弥助に聞こう。あいつなら、そんくらいの伝手はあるだろ。」
「弥助」という人間の底知れなさに、「弥助とは、一体何者なのじゃ?」と思いながら、朱音は衛実との会話を続ける。
「そうなのか。では、そろそろ陽も落ちそうであることじゃし、弥助の家に戻らぬか?」
弥助の家を出た時には真上にあった太陽が、今は向こうに見える低い山と同じくらいの高さにまで移っていて、空を橙色に染めていた。
それを見ながら、衛実も朱音の言葉に同意を示す。
「そうだな、そうしよう。
さてと、今日の晩飯は、どんなえげつない物が出てくるのやら。」
「今日出された食事には、変わったところは無かったことじゃし、このまま夕餉も普通なのではないか?」
「分かんねえぞ? 弥助はこういう時に限って、何かしでかすやつだからな。」
「ふふん。では、それを楽しみにでもするかの。」
こうして2人は弥助の家へと帰って行った。
どうも皆さん、1週間ぶりぐらいですか? 久々の投稿という事で、お待たせ致しました。
やっぱり書いてて思ったんですけど、「ものを書く」っていう作業が1日でも空くと、「あれ? どんな文書を書くんだっけ?」という感覚になってしまいがちですね。
さて、「京街散策 壱」ですが、実は僕自身、京都出身でもなければ、住んでもいない。せいぜい旅行とかで数日来た程度でして、全く詳しくもないんです。
そんな中で「清水寺の事を書く」と言っても、「こんなんで大丈夫かな? 現地の人に怒られないかな?」なんて思ってしまっているんですよ。
まあつまり、何が言いたいのかと言いますと、もしこれを読んで下さっている人の中で、「京都に住んでるよ」とか「京都なら割と知ってるかも」といった方がいらっしゃったら、教えて頂けないでしょうか?
一応、Twitterの方で詳細を書きますので、良かったらリプライなど送っていただけると助かります。
(Twitterアカウント:mOKoeNa @mOKoeNa22750108)
手前勝手で、申し訳ないとは思っていますが、どうかよろしくお願い致します。
ではでは。




