弥助からの提案
翌朝、衛実が目を覚まし、起き上がろうとすると、傍らに何かの気配を感じた。
そちらを見ると、布団は 2つ、きちんと用意されていたにも関わらず、1つの布団に潜り込むようにして、朱音が穏やかな寝息を立てている。
「ん…? なんで朱音がこっちで寝てんだ?」
寝起きで、まだ頭が上手く働かない中、衛実は昨日の事をおぼろげながらに思い出す。
「ああ、そうか。朱音と約束した後、弥助が部屋に入って来たんだっけか。それで軽く手当てしてもらって、飯を作ってくれて、
…そっから先は思い出せねえな、多分寝ちまったんだろう。」
ハッキリしない記憶の中で、衛実は自分が朱音よりも先に寝てしまった事を思い出した。
恐らく、朱音は衛実の看病をしていたのだろう。そのうちに朱音自身も眠くなって、衛実の布団で眠ってしまったのだと衛実は考えた。
「本当に、お前ってやつは。…ありがとうな。」
朱音の献身に感謝しつつ、衛実は朱音を起こさないよう、慎重に布団を出ようとする。
だが、気配を察知したのか、朱音も目を覚ましてしまった。
「む…。あ、衛実。」
図らずとも、朱音を起こしてしまったことに、若干の罪悪感を感じつつ、衛実も返事をする。
「おう、おはよう。朱音。」
「ふわぁ…。今日は、弥助の所には行かなくて良いのか?」
寝ぼけているのだろう。朱音は一昨日泊まった宿だと思い込んでいる。
朱音の天然ぶりに、やれやれといった感じで、衛実は優しく訂正する。
「朱音、ここは弥助の家だぞ。覚えてねえのか?」
「む? …はっ! い、いや分かっておったぞ? 今のはわざとじゃ。わ、わらわは衛実を試したのじゃ。」
慌てふためく朱音に、笑いを堪えきれない衛実は、口元に笑みを浮かべながら、朱音をからかい始める。
「ほ〜お? 流石は鬼だな。俺を試してくれていたのか?」
「そ、そうじゃ! これから共に過ごす者として申し分ないか、わらわが直々に見定めてやっておるのじゃ!」
悪ノリに乗り始めた衛実は、さも残念そうな顔をし、腕を組む。
「そうか〜。それじゃあ、もうここまでかも知んねえなあ。
実のところ、俺はここが弥助の家だとは思ってなくてよ。どうやら俺は、朱音様と旅をする資格がないみてえだ。」
「えっ? い、いやそういうことではなくて、」
「あ〜あ、残念だなあ。でも仕方ねえもんなあ〜。」
衛実の歯に着せぬ言い方に、とうとう朱音は怒り始める。
「ぬ、ぬしは、意地悪じゃ! もう嫌いじゃ!」
朱音がふくれっ面になっているのを見た衛実は、それでも笑いを残しながら、朱音を宥め始める。
「悪かった悪かった。少しからかいが過ぎた。だから許してくれ。ごめんな?」
「ぬしは、そうやっていつも! …はあ、もう良いわ。今回ばかりは、わらわにも落ち度があるからの。」
「ホントにそうだよな、全く。」
「だから! そういうのを辞めるのじゃ!」
衛実に向かって、勢いよく枕が飛んでくる。
「お、おい! 俺はお前と違って、怪我が治りきってないっての! 悪かったから、もう俺をこれ以上痛めつけるのは辞めろ、って痛っ!」
朱音の飛ばした枕を避けようとし、身体を捻る衛実を、先の戦闘で負った傷が襲う。
痛みに思わず傷口を庇う衛実を、ふくれっ面のまま見つめる朱音。
「調子に乗ったぬしにとっては、それくらいの灸がちょうど良い。」
「痛た…。ったく、手厳しいな、朱音は。」
痛みが治まるのを確認した衛実は、ゆっくりと立ち上がり、朱音に手を差し伸べる。
「それより、朱音。そろそろ朝餉の時間だ。弥助が作ってくれているだろうから、下に降りるぞ。立てるか?」
差し出された手を握り返しながら、朱音も起き上がる。
「ぬしのお陰で、スッキリじゃ。」
「ところで、弥助の作る料理は美味なのか?」
階下へ降りる途中、朱音が衛実に問いかける。
急な角度の階段に足を滑らせないよう、注意しながら衛実はその問いに答える。
「そうだな…。まあ実際、そこらの飯屋よりは美味いな。
でもたまに、よく分からんやつが出てくることもあるから、驚くなよ? 安心しろ、味は多分、大丈夫だ。」
「ううむ…。店の品揃えといい、弥助はどこか少し変わった人物なのか?」
「少し、どころじゃないな。だいぶ、変わってる。
でも、昨日の戦闘の時は、あいつの品に助けられたな。」
昨日の戦闘を思い出しながら、感慨に浸る衛実。
朱音も、つられてその時の光景を思い出す。
「それにしても、弥助の品にあのような力があったとは、知りもせなんだ。
衛実、弥助の店に並んでいる物は皆、そういった物ばかりなのか?」
「いや、どうだろうな。一昨日も話したが、俺はあいつの商品が何に使う物なのか、全く理解出来てない。
子供とかは、楽しそうに遊んでいるから、きっと、そういう物なんじゃねえか?」
「子供の遊び道具を取り扱う店が、その裏で、ぬしのような者に向けた仕事の斡旋か。
…ますます訳が分からなくなったぞ。」
「あんまり深く考えんな。そういうもんだと割り切った方がいい。たまに来る嵐と一緒だ。」
そんな会話を交わしつつ、衛実と朱音は、弥助の家の食堂にあたる部屋に入る。中に入ると、土間で鍋の様子を見ていた弥助が 2人に気づき、振り返る。
「おはよう、2人とも。
それより衛実、さっき廊下から、あっしの悪口が聞こえた気がしたんだけど、気のせいかなぁ?」
「ああ、気のせいだ。普段と違って、朝から俺達が家にいるから、調子が狂ってるんじゃねえか?」
朱音と並んで座布団の上に腰を下ろしながら、衛実は弥助の追求に、とぼけた答えを返す。
「あーあー、そういうことを言っちゃっていいのかなぁ、衛実。せっかく今日、腕利きのお医者さんを呼ぼうとしていたんだけど、やめようかなぁ?」
「悪かったよ。だからヤブ医者だけは勘弁してくれ、頼むから。」
「分かれば良いんだよぉ、分かれば。それじゃあ、朝ごはんにしようかぁ。」
そう言って円形の台の上に、出来たての鍋を持ってくる弥助。中身を覗き込んで、衛実は少し意外そうな声をあげる。
「お、今日は普通の鍋なんだな。」
「なんだよぉ。いつも通りじゃあないかぁ。朱音ちゃんに、変なことを吹き込むのは辞めてくれないかぁ?」
「残念だが、それはもう一昨日の時点で知っているぞ、こいつは。」
「えぇぇぇっ!? そんなことないよねぇ、朱音ちゃん?」
弥助の勢いに押され、若干、引き気味の朱音は何とか返す。
「だ、大丈夫じゃ。弥助のことを変な人物だとは思っておらぬ。むしろ、わらわと衛実に良くしてくれる、優しい人じゃと思うておる。」
「だよねぇ。良かった良かったぁ。」
朱音の返答に、心の底から安心した素振りを見せながら、弥助は衛実に向き直る。
「ほらぁ、だから辞めるんだよ、衛実。」
「はぁ、じゃあそういうことにしておくか。それより早く飯を食おうぜ。腹が減った。」
「しょうがないなぁ。はい、衛実の分。これは朱音ちゃんの分ねぇ。それじゃあ、いただきま〜す。」
弥助の声に一呼吸遅れて、衛実と朱音も「いただきます」と言い、食事を始めた。
「ところで衛実、体の調子はどうだい?」
3人が朝餉を終え、後片付けをしている途中、弥助が衛実の具合を聞く。
「そうだな…、まだ少し傷が痛む。日常的に生活するには、なんの問題もないが、戦闘はもう少し控えた方がいいかもな。
取り敢えず、今日は医者も来るみたいだし、その人の判断を仰ぐさ。」
「そうかい。それじゃあ、お医者さんに診てもらった後、気晴らしに朱音ちゃんと散歩してきたら?」
弥助の提案にキョトンとする衛実。
「ん? それはなんでだ?」
「いやぁ、特に意味は無いよ。でも昨日の事もあったし、一旦ここで気分を変えてみてもいいんじゃないかなぁ、って思ったのさぁ。
それに、一昨日は嵐山を回れなかっただろう?
今ならもう大丈夫なはずだし、行ってみたらどうかなぁ。」
弥助の言葉に、一旦考える素振りを見せた衛実だが、時間をおかず、すぐに返事をした。
「…そうだな。そうしようか。」
弥助の考えに納得した衛実は、その提案に乗り、朱音と京の街を再び、回ることにした。
こんばんは。もう何度目のお久しぶりです、だよ。どうも、流れゆくモノです。
取り敢えず、投稿間隔が空いて申し訳ございません!言い訳をさせてもらいますと、最近少し忙しかったのです。決して途中で投げ出しているわけではないので、ご理解いただけるとありがたいです。
また、先にも申し上げましたが、ここ最近、執筆活動に充てる時間があまり取れておらず、今後も投稿ペースが遅くなると思いますので、この作品を読んで下さっている読者の皆様には、ご迷惑をおかけする事をあらかじめ、ご報告させていただきます。ごめんなさい!
とまあ、こんな出だしの第2部ですが、これからも「鬼と傭兵の物語」ならびに流れゆくモノを、よろしくお願い致します。
えっ? 「第2部のテーマがないぞ」ですか? あぁ〜、まあ、いずれ考えておきます。
…すみません。




