STEP7-0 シミュレーション結果:病床のサクレアが、手記を書き上げていたならば
いまのうちに書き残しておこうと思う。
僕は、無念じゃないよ、と。
最初にイメイに行ってから、僕はおかしかった。
しょっちゅう、記憶がとんだ。
みんなを拉致した容疑者として、大陸中部の都市国家の王の名が上がることがあった。
そのたび、僕とるーちゃんは一緒に話を聞きに行ったのだけれど……
気づくと僕はベッドに寝ていて、話は終わった、空振りだったとるーちゃんから聞かされることがほとんどだった。
怖かった。
僕は、壊れちゃったんだって思って。
でも、それ以上に情けなかった
みんなは、どこかで怖い思いをしてるかもしれないのに、と思うと。
だから僕は、いつもるーちゃんと一緒にいった。
今回は倒れないよう、今回は、と必死に踏ん張って。
そんな僕たちを快く思わずに、戦いを仕掛けられることもあった。
怖がる僕にるーちゃんは、神の子だって向き不向きがあるんだから、できることをがんばってくれればいいんだよ、て言ってくれた。
だから僕は前線に出るよりは、怪我をした人たちの手当てを多くした。
よわむしの僕に代わって戦ってくれるるーちゃんたちのために……
そして、今はもめてるけどきっと分かり合えるはずの人たちのために、ぼくは全力でがんばった。
そうこうしているうちに、大陸の国は、みんなまわってしまった。
あとは、海の向こうの国しかない。
海を越える大きな船を――もしも戦いになっても耐えられるような、頑丈なのを――出すには、もう少しお金をためなきゃいけなかった。
もうしわけないけど、もう少しだけ手伝ってくれないかな? とるーちゃんに頼まれた。
もともと、僕の家族のことなのに、自分のことみたいに頭を下げてくれるなんて!
二つ返事で引き受けた。そのときの僕には、ただただそんな風にしか思えなくって。
あちこちの田んぼや畑を回って、げんきになーれ、をやった。
どこもどこも、すぐ元気になってくれた。
けれど、繰り返すうち、徐々に効き目が落ちてきた。
そして、記憶が飛ぶことも増えた。
お医者様は、もう、あちこち出歩くのは控えめにして、次代を残すことを視野に入れたほうがいい、とおっしゃった。
ああ、やっぱり僕はもともと猫だから、歳をとるのも早いのかな、そう思った。
でも、逆に考えれば、それはいいことだとも。
もしも、みんながもう、生きていないとしたら……
そして、僕が神として、無限の寿命を持っていたとしたら……
僕は、みんなのいない世界で、ずっと一人生きていかなきゃならないことになる。
いま僕を支えてくれてるるーちゃんも、神じゃない。いずれ、死んでしまう。
その後のことを考えると、僕はおそろしくてたまらなかった。
僕は唯聖殿の離宮に住まいをもらった。
そこには僕のお嫁さん候補として、るーちゃんの知り合いの人がたくさんきてくれた。
みんな、とってもとてもすてきな、やさしいひとたちばかりだった。
けれど、もともと猫の僕が、人類をお嫁さんに、なんて……
いっしょに暮らしてるうちに、きっと誰かこれはって人がみつかるよ、てるーちゃんはいってくれた。
結局、いちばん仲良くなったのは『上位神聖語』を教えてくれたゆきお姉ちゃんだけど、いわゆる、男と女の……というきもちは、やっぱりどうやっても沸いてこなかった。
それでも、みんなは優しく面倒見てくれた。
いつも突然倒れて、記憶が飛んじゃう僕を、いやな顔ひとつせずに看病してくれた。
ゆきお姉ちゃんには、特に苦労をかけてしまった。
僕は倒れるたび、教えてもらったことを忘れてしまう。
どんなにがんばっても、一週間分くらいの記憶がなくなって、どうやっても戻ってこない。
でも、ゆきお姉ちゃんはだいじょうぶよ、といって、何度でも教えてくれた。
ほんとうに、感謝しても、しきれない。
唯聖殿でのくらしは、ほんとに毎日楽しかった。
男の子の友達もできた。
下働きのカイル君はちょっと気弱だけどとっても頭がよくって、僕の勉強に付き合ってくれた。
衛兵見習いのクロウ君は、僕でもできる体力トレーニングを考えてくれた。
ときどきは、るーちゃんもおしごとの合間をぬってきてくれて。
天気のいい日はみんなで、ピクニックをしたりした。
このころ、僕は体を大事にしなきゃというので、王として執務をすることはもうなかった。
あそんで、勉強して、トレーニングして、ご飯を食べて、寝る。
まるで、子供にかえったみたいな暮らしをしていた。
でも、夜になってみんな寝静まると、やっぱりいなくなったみんなのことを思い出してさびしくなった。
おとうさんおかあさん、サクス、ルナ。シャサとイサ。ラフーラくんと瑞穂ちゃん。
するとミーコママをはじめとした、天寿を全うした仲間たちのことも、どんどん、どんどん、とめどなく浮かんできて……
さびしくて、あいたくて。月のきれいな夜はいつも泣いてしまった。
でもそんなときは、るーちゃんがきてくれた。
寒い日はあったかな、暑い日はひんやりしたコーディアルを持ってきてくれて、隣に座って僕をなでてくれた。
そうするといつしか僕は、るーちゃんにもたれて寝てしまう。
帝国宰相としてすごく忙しいはずなのに、僕をおもいやってくれるるーちゃんを僕は、心からたよりにしてた。
るーちゃんが女の子だったら、僕もお嫁さんになってもらいたいって、思うのかな。
そんな風にさえ思ってた。
だから、すごくショックだった。
るーちゃんとお菓子を食べた後、気づくと暗い部屋にいて。
るーちゃんがぼくに、ひどいことをしようとしたこと。
そのとき、部屋の壁がふっとんで、みんながあらわれて……
のせられた馬車の中で、るーちゃんが悪者だったって聞かされたこと。
るーちゃんのいってたことは、みんなうそだったって。
ぼくはもう、るーちゃんににどとあえないんだって。
ぼくは、るーちゃんのいない世界で永久に生きてかなきゃならないんだ。
そう思ったら、涙が止まらなかった。
みんなが転生してきてくれて、また会えたことはすっごく、うれしい。
でも、そんなみんなもいずれまた、僕の前から消えていく。
ぼくはひとりぼっちになってしまう。
こんどは、なぐさめてくれたるーちゃんもいない。
そう思うと、かなしくてかなしくて、なんでぼくは神の子なんだろうと、考えちゃいけないことも考えてしまった。
だから、うれしかった。
おとうさんが、僕のいのちはもってあと一年、と言ったときは。
ほんとうだよ。
ほんとうに、うれしかったんだよ。
ぼくも死ねる。
ひとりぼっちで、去っていった仲間を数える日々を、ずっとずっと繰り返すなんてことをしなくていい。
来るべきときが来たら、みんなと同じところにいって、同じように眠れる。
そしていつか、目覚めたらおはようって笑いあって、また眠るまでのひと時を、力いっぱい生きていくのだ。みんなで一緒に、力を合わせて。
僕のためにと転生してくれたみんなより、ちょっと早いのは、確かに申し訳ないけど……
確かに、それは、悲しいけど。
いまは、それでも、ほっとしている。
僕は、すこしだけ、疲れてしまったから……
ちょっとだけ、休ませてください。
どうか、僕の死を、そんなに悲しまないでね。
みんなのせいじゃない。僕が弱いからなんだ。
ほんとうにごめんね。
きっと、ちゃんと、戻ってくるから。
そしたらまたみんなで、ピクニックしようね。
いっしょにお弁当を作って、スノーフレークスのわたげがいっぱいの春の日に、あの丘に行って……
おにごっこして、お弁当たべて、お茶もおひるねもぜんぶぜんぶの、フルコースで。
やくそくします。
うまれかわってきたら、もっともっとつよくなって、きっとみんなをしあわせにします。
みんなのこと、ずっとずっと、だいすきだから。
こんどこそ、みんなみんなで、しあわせになろうね。
ありったけの愛をこめて ヴァル・サクレア=ユキマイ




