STEP5-4 俺があいつを消す理由・1~朔夜の場合~
2019/07/16
なんてこった……誤字修正いたしました。
現物質→原物質
一部表現を修正しました
『人』と『神』→『神』と『人』
「なにを、……いっている?」
理解が追いつかない。
こいつはいったい、何を言っているのだろう。
問えば『天使』は、金の瞳を一度伏せ、ゆっくりと語りだす。
「……順を追って語ろうか。
この世界は陰陽よりなる。
他に影響を与える力である『陽』と、それを受けとめ、変化するもの『陰』だ。
すべてのはじめに、原初の『陽』たる、『真なる神の意志』が――
原初の『陰』たる、『原物質』に作用した。
力の対象への作用とは、すなわち力と対象の一体化。
『真なる神の意志』と『原物質』は一体化し、『世界』となった。
これが、世界の創造。
すなわち、『この世界』はほぼイコール、『真なる神』なのだ。
ここまではいいか」
語られたのは、よくあるパターンの創世神話だ。
つまり、いいかといわれたところで、なんとも言いがたいシロモノだ。
「正直なんともいえないが、先を聞かせろ」
「いわく言いがたい男だな。……まあいい。
『ほぼイコール』というところからわかったと思うが、実のところ、『世界』は『真なる神の意志』を、余さず体現しきっているわけではない。
その体現具合はどうしても、ところによってゆらぎが生じてしまう。
それにより、さまざまな片鱗が『零れ落ち』てきた。
たとえば、『力』と『物』。『霊』と『肉』。そして、『神』と『人』。
『真なる神の意志』をうちに多く含んだ片鱗は、当然にその能力を強く発揮した。
己の意を直接、世界に飲ませる能力。『人』の目から見れば、自然の理をすら軽く圧伏する超常のチカラを。
『人』はそれを『カリスマ』と呼んだ。
そして『カリスマ』を有するいきものを『神』と呼んだ。
我らはそのいきものを『写し身』と呼ぶ。『真なる神の意志』と同様に世界を動かすことをもって、その写しであるとして。
たとえば、大河の神アズアと、その娘アイ。アイを娶って七瀬の神となった、ナナミ。
夜族の祖たる、夜闇の精。炎や夢見、さまざまの神々。
お前はその座に並ぶものだ、亜麻色の迷い猫」
「そこだ。
俺は神ではないはずだ。現に……」
ようやっと、一つ目の不審な点が語られた。俺は心に留めてあった問いを発する。
俺は神ではない。なぜなら俺は、サクレアの『キオク』を得たときはじめて、やつのチカラ(カリスマ)を手に入れているのだ。
それまでの俺は、ただ少しだけ体が強くて、運がよくて、光を出すことができるだけのヒトでしかなかった。なのになぜ、俺が神などといわれるのだ。
『天使』はそんな問いを、発される前にさえぎった。
「お前はいまもって自らをわかっていないのだな。
ルナと出会ったときのことを覚えているか。泉のほとりでだ」
「ルナ、と……?」
思案をめぐらせようとしたところで、ふたたびイザークが挙手した。
「あー、話の途中すまん。俺その辺わかんないから、ここでざっくり教えてくれるとうれしいんだけど」
「そっか、イザっちは知らなかったっけ。
あのね、前世のサクっちは、猫だったんだって」
「へっ?!」
シャサが答えればイザークは俺を凝視した。無理もない。
サキやルナはまだしも俺には、猫らしい愛らしさなどないのだから。
「いや、俺たちも猫だったときの姿はしらないんだけどさ。
ある日先生が――前世のメイ博士がさ、何年かぶりにユキマイに帰ってきたときに、こいつとルナさんを連れてきたんだよ。
そんときはもう俺たちとゼンゼン同じ、人の子供の姿だったんだけどさ。
博士が出会ったときには、亜麻色と黒の子猫だったって言ってたんだ」
「お、おう……」
固まったままのイザークに、イサが追加説明をすれば、その間にやつは立ち直ったようだ。
だから俺も、そのまま話を続ける。
「俺も父上からそれは聞かされたが、どうにも記憶があいまいで……
いや、ルナのことは、覚えているな。
夏も終わりかけたころ、俺は、ひとりで夜の草原を歩いていた。
いつもの泉にやってきて、水を飲もうと覗き込んだら、月の光をうけた俺の影が映っていて……。
これが、俺の家族ならいいのに。
そう思ったら、ルナが俺のもとにいた。
見た感じ、生後一ヶ月半くらいか。天使のように愛くるしい子猫だった。
漆黒の毛並みはやわらかくもつややかで、まるい瞳は月のような金色で、考える間もなく俺は、彼女を『ルナ』と呼んでいた」
まるで小学生の書いたファンタジー小説のようだが、文才の乏しい俺にはそうとしか言いようがない。
だが、それを契機に、おぼろだった記憶がどんどんとクリアになってきた。
「ルナはそのころから、このうえなく賢く愛らしく……
俺はもう、ルナさえいればなにもいらないと思っていた。
だが、しばらくして行き倒れの男に出くわした。
介抱してやったらすぐ回復したのだが、その後もどうにも危なっかしくて。
ほうっておけずについていって、いろいろ手伝っていたら、いつの間にか俺たちの姿が彼と同じ種族の――ヒトのものになっていた。
彼は恩返しだといって、俺たちを養子に迎えてくれた。
それが、父上とのなれそめだ」
「マジかー……!」
興味深そうに食いつくイザークを見ていると、どんどん話し続けてしまいそうになる。
だが、それは後にせねば。
俺はその話を切りあげると、あらためて『天使』に問い直す。
「そのへんはまたの機会にするとして。……
『天使』。ルナが現れたことがなぜ、俺が神だということになる?」
「考えろ。そのとき、季節はどうだった。ルナの月齢は」
「……あっ」
そうだ。月齢一ヵ月半の子猫が、夏の終わりにいるはずがない。
あの頃からすでに、子猫の生まれる時期は今と同じだった。
すなわち、春子としては遅すぎる。秋子としては早すぎる。
「そうだ。
ルナはふつうの子猫ではありえない。
お前が作り出したんだ。
泉に映る己の影に、『これが、俺の家族ならいい』そう、願ってな」
「……つまり、同じようにして、俺がサクレアを作り出した、と……?」
「そのとおりだ。
何の不思議がある?
『カリスマ』は、ただ周囲を魅了し、動員するだけのチカラではない。
その名のとおり、真なる神の力、純然たる『陽』のチカラそのものだ。
己の望みを世界にのませ、命ひとつを生み出すことなど、造作もない」
「いや……いや、ちょっと待て!
俺はそんなこと望んでいない!!
――あんな傷ついた、哀れな姿の子猫を生み出すことなど!!」
俺が草むらに横たわるやつを見出したとき、やつはやせっぽちのぼろぼろだった。
もしかして、家までももたないかもしれない、とすら思われたほどに。
一緒にいたルナに『アクアヴィータ』を維持してもらいながら、必死にそうっと連れ帰ったものだ。
「では、お前の望みをかなえるためにそうなったと言おうか。
お前はなんと言った? のちにサクレアと名づけられる、そのものを見出す前に」
「俺、は……」




