STEP5-3 終わらないゲーム~朔夜の場合~
涙を拭いて、手を合わせるが、またすぐに目元をぬぐう。
真新しい墓の前、そんな背中は小さく見えた。
「……サクレア」
呼んでもやつはふりかえらない。
小さな、ぬれた声が、俺に問いかける。
「ねえ、サクス。
ぼく、ほんとにしなないの?
ぼくって、ほんとに寿命がないの?」
撫でてやっても、愛らしい頭上の耳はぺたりとしたまま。
ふさふさのしっぽも、だらりと地によこたわっている。
「もう、つかれたよ。
……だいすきなひとたちが、みんなみんなしんじゃうんだ。
そのたびに泣いて、泣いて……
ぼく、神さまなんかもういやだ。
……もう、ただの猫に戻っていいよね?
ユキマイにはもう『キカイ』があるもの。
ぼくにたよらなくても、もう、だいじょぶだもの。
おねがい、サクス…… おにいちゃん」
もう俺には、NOなどいえなかった。
神王は、長きに渡る務めで力を使い果たし、死期を悟りました。
そのため、これより、神の国へ戻ります。
ユキマイの民に宿る神の力はゆっくりと消えてゆくでしょう。
でも、皆には知恵がある。技術がある。
いままでともに生きて勝ち取った、不朽の力が。
これからは、それを使って、より強く賢く、生きていってください。
そして、神の加護の届かぬ場所にも、優しく幸せを分けてあげてください。
そんな演説を最後にサクレアは、王位を降りた。
あとを信頼できるものたちに託し、俺たちは旅立った。
気ままな旅の日々は、ゆったりとしたしあわせに満ちたものだった。
サクレアも、なくしていた笑顔を、徐々に取り戻し始めていた。
だが、そんな時間は長くは続かなかった。
『キカイ』が暴走したのだ。
『キカイ』にのみ頼り、神の力をほぼ失っていたユキマイの民に、身を守るすべはなかった。
急ぎ駆けつけた俺たちを待っていたのは、完膚なきまでの『絶望』だった――
* * * * *
もう何度、これに類するバッドエンドを見ているだろう。
アズールの狂化を防ぐことは造作もなかった。
事前に国境に見張りを回し、夜族排斥派を職務質問。連行の後に落とせばよかった。
他の留学生を引き込んで行おうとした工作活動も、奈々希を呼び寄せてやれば頓挫した。
もともと、サクレアは優れた資質の持ち主だ。周囲に良質な人材、豊かな資源もそろっている。
ユキマイは、まるで自然のなりゆきのように、世界一のしあわせの国になった。
問題はその後だった。
いかに幸せな国であろうと、人は死ぬ。
健康な生活を送らせ、寿命を延ばすとはいっても、限界はある。
家族や親しい人々は、100年もすればみな天に召された。
神であるサクレアと、その加護を最大に受けた俺とルナ以外は、みな。
もちろん、新たな出会いも誕生もある。
それでもサクレアは、寂しさを募らせ、いずれ限界を迎えてしまう。
俺とルナが側で支えても、それでも。
せめて、イサとシャサがいてくれれば……
そう思いつつふと顔を上げれば、そこには二人がいた。
この二人のほうも、しあわせの国をつくるところまでは無事たどり着いていた。
しかし、その先に問題を抱えていた。
彼らは異能を授かってはいるが、あくまで人間。
寿命が尽きればあとは子孫に任せるしかないが、サクレアにとってさいしょの友であるふたりを失うことは、それでも大きなダメージだった。
死別の悲しみはその後もつもりつもって、いずれサクレアの心は、その重みに負けてしまう。
「そこで考えたんだ。
あたしたちも不老不死の力をもらって、そばでずっとさっくんを守ってあげればいいんじゃないかって。
それで人里はなれたところで、静かに暮らせば……」
「お前とルナさんは、さっくんの恩恵で不老不死になってたよな。
それを俺たちや、ほかの希望者にも拡張してもらうようにすれば、まあ、いい線行くと思うんだ」
「歯切れが悪いな、イサ。懸念事項はなんだ?」
「行っても『いい線』どまりかもしれない。
ひとつには、サクレアの性格。
あいつは、優しいおせっかい焼きだ。誰かを助けるためなら、傷つくのもかまわずにとっこんでいく。
そんなヤツが、ちいさなおうちにいつまでもおとなしく引っ込んでてくれるかというと、限りなく疑わしい。
みずから外の人間と接触を持って、その動向にまた心を痛めることになるおそれがある。
やつの生き物としてのサガも、それに拍車をかけるだろう。
サクレアも神とはいえ、本性は雄猫だ。
いずれあらたな伴侶を求め、外に行きたがるはず。
いかにルナさんがすばらしい女性といっても、こればかりは本能だ」
ルナをあいつが裏切る――俺にとってそれは、今見たユキマイ滅亡以上の悲劇といっていい。
そんな光景は、それまでの試行で一度も目にしていないし、目にしたくもない。
だが、それとこれとは別の話だ。別の話なのだ。
大きく深呼吸して、まずはイサのプランを聞くことにする。
「それを完全にフォローするには、たくさんの嫁さん候補を住まわせた『内庭』が必要になってくる。
つまりは隠遁場所のそとにもう一段、隔絶された聖地を設けるってことだ。
性格もよく、不死の運命を受け入れてくれる男女を集め、不自然でなく整えられたつくりものの<セカイ>をな。
ぶっちゃけ、作ることはできなくはないが、維持するのはかなりの難易度だ」
「確かに……」
サクレアを慕うものを集め、その中から聖地の民を選抜するのはそう難しくないだろう。
だが問題は、神と同じときの流れに、人の心が耐えられるか。
神であるサクレアでさえ、その重みに負けた。
スノーフレークスという、自我は乏しくも心寄り添う、優しき半身があるにもかかわらず、だ。
そのとき、イザークが挙手した。
「なあ、みんな。
ちょっと部外者ポジからのトンデモ発想になるが、かまわねーか?
あいつの力を借りちゃどうだろう。
つまり……アズールだ。
あいつくらいのパワーなら、サクレアにも通用するだろ。
で、いまやってるみたいなちょーリアルVRゲームを用意して、たっぷり遊んでもらって、軽いひきこもりになってもらうってな作戦なんだが……
これなら、そんなにたくさんの資産や人間を巻き込まないですむ。
もしアズールが不死になりたくないとか、なってもやつばっかに頼りっぱなしはどうよってなら、システム面をトロンにやってもらって、シナリオはお前たちで組む体制に移行すればいい。
どうだろう」
「それはっ……」
確かに、改心後のアズールは、もとのアズールとは違う。
だが問題はそこじゃない。サクレアを欺き続けるということだ。
これまでサキを欺き続けてきたお前がどの口で、といわれるかもしれないが……
「いやな、いっそのこと、世界中を不老不死にしちまったらどーだろーとかって俺も考えちゃみたんだけど……」
「人というものはそんなに都合よくできてはいない。
自らが不死と知れば、外道に走るものも多く出ような。
得てしてそうした輩の方が、でかい顔をするもの。地上はいっとき地獄と化そう。
弱き者たちは虐げられる生に倦み飽き、自ら不死を手放すだろう。
そして強き者たちも、いずれは――
かくして、人は滅ぶ。
もちろんこれは最悪を寄せ集めたシミュレーションだ。期待値としてはそれより幾分マシな煉獄が、だらだらと続きいずれ果てる。そうしたものとなるだろう」
イザークのとなりに立つ『天使』は、でかい顔をしてそうのたまった。
思わず挑むように問いかけていた。
「人というものを変えることは可能か」
「より大きな権限を得ればな。
お前が神たることの自覚を深め、その階梯を三つも上れば、その程度はたやすいだろう」
「は……?!」
神。いま、神と言わなかったか。こいつは、俺が。
凝視しておれば、あきれたように『天使』は言い放った。
「もうとっくに、伝わっていたものと思ったが。
サクヤ。
お前は『写し身』。
真なる神の片鱗として、その場所に零れ落ちたシロモノだ。
お前がサクレアより貰い受けたと称するチカラは、もともとお前がやつにくれてやったもの。
自覚せよ、『写し身』。
そうすれば、世界はすなわちお前。
サクレアの『最上』を一瞬で探り当て、実現することなど造作もない。
だが、そうすればお前は、サクレアを消し去ることとなる」




