STEP5-2 終わらないゲーム~咲也の場合~
おおアズールよ。天才とはお前のことか。
さっそく俺たちはそれを試してみることにした。
前と同様、施設時代からシミュレーションをスタート。
アズールは、課されたテストでことごとく手抜きした。
その結果、思ったよりは優秀でもなかった個体としての評価を受け、特別扱いもなしに埋もれることになった。
研究者たちの注目は、あっさりと次席の子供に集まった。
見た感じ、十二、三歳程度だろうか。
施設の子供たちの中では、一番の美少女といってよかった。
ゆるく波打つ銀髪。大きく愛らしいひすいの瞳。どことなくスノーに似ている。
自由のない、明日をも知れぬ運命にめげず、明るい笑顔を絶やさぬ『お姉ちゃん』。
まさか、この子がアズールの代わりに工作員に……?
不安に駆られた俺たちだったが、つきつけられたのは、それ以上に残酷な現実だった。
* * * * *
その日。偉名王立研究院には、やけに見覚えのある青年がやってきた。
首元でひとつに結わえたつややかな黒髪、清流の青の瞳。端正で知的な面差しに、穏やかな笑みを浮かべている。
均整の取れた長身を包むのは、青を基調とした騎士の礼装。同じように青の礼装をまとった数名を連れている。
「七瀬 陸也様、ならびに同行のみなさま。
本日は当研究院にお越しいただき、まことにありがとうございます」
「こちらこそ、我々の視察を受け入れていただき、感謝いたします」
なるほど、前世のロク兄さんか。うん、確かにすごくロク兄さんだ!
王立研究院――院長、研究所員、施設の職員、そして身なりを整えられた夜族の子供たち――は慇懃にロク兄さんとその一行を迎えた。
先頭に立つ初老の院長は、もはや手もみせんばかりの様子。すぎるほど親しげな笑みで、わざとらしいほど深々と頭を下げてくる。
真っ白な髪と白衣と裏腹に、腹に一物ありそうなそいつに対し、ロク兄さんはあくまでさわやかだ。
腰を折るように丁重に頭を下げて、本日はよろしくお願い致しますと述べている。
『おいおいまさかのロクちんかよ……なんかすっげぇいやな予感してきたんだけど俺』
「あー……まずくなったらすぐ切ろう。
俺たちの考えすぎだといいんだけどな……」
シミュレーションのなかでアズールは、出迎え組の子供たちにまじってそれを見ていた。
そうしながら、こっちサイドにも器用にコメントしてくる。
さすが梓はできる子だ! と自慢しそうだった亜貴はしかし、なんともいえない顔をしている。
『朱鳥の闇を担う東雲研究所』の中心部にいたやつには、なにやら思うところがあるようだった。
やがてロク兄さん一行は応接に通され、出迎え組とは別の子供たちがお茶を運んできた。
とくに礼儀作法のきちんとして、こぎれいに見える少女ばかりを選んだようで……
そのなかにはもちろん、あの美しい少女もいた。
ロクにいさんは彼女を見るなり釘付けになった。
「あの、きみは、……
あっ、わたしは陸也……七瀬、陸也ですっ」
「……ゆき。
ゆき、ともうします、七瀬様」
やっぱりゆきさんだったその少女も、ロクにいさんを見てほほを染めた。
それでもきちんとお茶を出し終えると彼女は、走って応接を出て行った。
「ゆきは当院で、もっとも優秀なこた……子供です。
聡明で、下のものの面倒見もよく、能力もずば抜けて高い。
くわえて、希少な上位種でもある。
いずれ必ずや、国のお役に立つでしょうなぁ」
それを見る院長は目を細めていたが、その笑いは正直、居心地の悪いものだった。
ロク兄さんたちの微妙な表情を見るにつけ、内心は俺たちと同じようだった。
それでもその場は如才なく切り抜けられ、研究所と施設の視察が始まった。
七瀬家の一行は細かく熱心に質問を重ね、あちらこちらを見て回った。
こっそりとついてまわるアズールの目を通じてみても、トロンを通じて追加情報を得ても、おかしなところはまったくない。ごくごく普通の視察風景だ。
しかし、すべてを終えて、応接に戻ったとき。
院長はいっそう慇懃に、しかしなんともいやあな笑い方で、とんでもないことを切り出してきたのだ!
「実はですね、七瀬様。
わたくしどもも、夜族の現状がこのまま、閉ざされたものでよいとは思っておりませぬ。
しかし、ただ言葉でのみ理想を説いていても、状況は進みはしない。
そこで、いかがでしょう。幾人かの優秀な子供たちを、七瀬様のもとに……
もちろん、すぐにお屋敷にとは申しません。
まずは今宵、お気に召した者たちと“相性”をお確かめになられればと」
「はッ?!」
俺たちは耳を疑った。目を疑った。
応接のドアが開けば、さきほどお茶を運んできた少女たちが入ってきた。
ゆきさんをはじめとした、年端も行かぬ少女たちが何人も。薄絹をまとわされ、うつむいたまま。
ものかげに隠れて見ていたアズールも、それを忘れて声を上げていた。
だが、とがめられることはなかった。
同じ声をロク兄さんが、鬼の形相で発していたからだ。
「きょう、七瀬の視察を受け入れたのは……つまりはそれが、目的だったと?!」
院長が、ひっと声を上げてしりもちをついた。
供の者たちがすばやく、子供たちを応接から連れ出す。
応接の床はすでに一面、波立つ水に浸されて……
断ち切るように、その映像は掻き消えた。
そして俺たちのまんなかには、自分のおでこをぐっとつかんで、肩で息をするロク兄さんと、そのそばに優しく寄り添い、背中をさするゆきさんが現れたのだった。
* * * * *
ゆきさんとロク兄さんは、最初から研究院の施設と近所にいることを利用して、いろいろと試みていたらしい。
アズールとタイミングを合わせてゆきさんが一緒に脱走してみたり、ロク兄さんがさまざまな方法で研究所に揺さぶりをかけたり。
どれも、結果は芳しくなかった。
最高傑作と目されるアズールが脱走すれば、王立研究院はだまっていない。
しかし、アズールは絶対に逃げ出す。
そこで、いっそのことゆきさんががんばって、アズールをはるかに超えてしまえばどうだろう――そう考えての試行が俺たちの、アズールが手抜きをしてみる試行とリンクしたらしい。
しかし、いまの試行が『現実』に基づいて弾き出されたものかと思うと、俺はなんともいやな気持ちになった。
『最高傑作』が女性ならその“武器”を、本人の尊厳を無視して利用しようとする。
そんなの俺には吐き気がしたし、他の皆にとっても愉快ならざるものだったようだ。
とくに女性陣は手厳しく、あの頃においてもあれは時代錯誤ですわとか、やっちゃえばよかったのよあんなやつとか、あいつ生きてるうちに切り落としとけばよかったわとか、大丈夫よナナくん暗殺に加担したかどでアズくんに葬られてるからとか、おそろしい雰囲気だ。
恐怖に満ちたそれを収めたものは、ロク兄さんの紳士の対応。
誠実にわびる言葉を添えて、しっかりと頭を下げたのだ。
「すみません皆さん。俺の力不足です。
シミュレーションとはいえ、不愉快な光景をお見せしてしまって……」
「なっ、ロクセイは悪くないわ!
こっちこそごめんなさい、気を使わせて」
『あたしもごめんなさい。
気持ちのままに、不愉快な言葉を聞かせちゃったわね。反省するわ』
「お気を使っていただいて、ありがとうございます、陸星さん。
そのお言葉で、わたしたちはもう十分、癒していただけましたわ」
「わたしからもありがとう、ロクさん。
守ってくれようとしたこと、とてもうれしかったわ。
でも、わたしはいやじゃなかったわよ?
……だって、相手はあなた、なのですもの」
だが、ほのぼのとしたなかなおりムードは、最後の最後でぶっ飛んだ。
ゆきさんの爆弾発言に、ロク兄さんは大慌て。
知的でクールなイケメンどこいったのあわてぶりで、耳まで真っ赤になってしまう。
「い、っいえ!! そ、それは俺も、もちろんその……
で、ですがそれはあくまでっ、あなたを正式にっ、あなたの自由意志に基づく合意で伴侶にお迎えしてっ、その、その、それ、からっ……」
「……うれしい。
それじゃ、いい子で待ってるわ、『あなた』」
もちろん俺たちもただじゃすまない。
うっかり目が合ってしまった俺とルナさんは、お互い恥ずかしくなって下を向いてしまった。
頭の上からは騒がしく『姫、我々も』『バカッ!』『ひゅーひゅー!』だの、『あーあーあっついあっつい! ひとりものはつらいですねー!』『かえったら俺たちも婚活しよっかなー!』だのという声が聞こえてくる。
だがそこに、規格外の猛者がひとり。
もはや雰囲気に飲まれていないご様子で、こんなことをのたまわる。
「ええっ、ジゥさんシングルだったんですか?! 亜貴は知ってましたけど」
「奈々緒くん……
いまきみがそれ聞かないでください……それもそんなにきれいな目でっ……」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
その悲しげな声に顔を上げれば、ジゥさんは泣きそうになっていた。
もちろん、ナナっちは素直に謝ってるが、どうみても真の原因がわかっていない。
「あのよ、……あー、ナンデモゴザイマセン……」
「???」
かんじんのアズールも途中でくじけ、ナナっちはきょとんとするばかり。
くそ恥ずかしそうに顔を覆うアズールと、どうしたのなんて言ってるナナっちの肩を、亜貴がぽんぽんと叩く。
ゆきさんはころころと笑うと、事態を収拾してくれた。
「はいはいみんな、ごちそうさま。
いま、ざっとみんなの試行をチェックしてみたわ。
わたしたち、お互いに力になれそうね?」
* * * * *
そうして、力を合わせて臨んだ試行は――
今度こそ、ハッピーエンドをみたのだった!
ゆきさんがアズールのおしかけ世話焼き友達となり、やつを早期に教育したことで、やつは悪党にならなくなった。
テストに手抜きして平凡な夜族をよそおったアズールはナナっちのもとへ。
そしてアズールとナナっちは、ロク兄さんやエリーと協力して貧民救済と社会運動を進めた。
『光の都』構想の欺瞞を暴くとともに、夜族たちへの偏見を払拭、かれらを解放。
ゆきさんとロク兄さんは国中の祝福の中、結婚した。
もっともその前に、有名になりすぎてしまってほとぼりを冷ましたいナナっちとアズール、まだまだ勉強したい十五歳のゆきさんがユキマイに留学に来て、俺やルナさんたちといっしょにドタバタしたり。
そこでメイ博士から『イメイ半島が沈む』という研究結果をきいて、朱鳥国建国を前倒ししたり。
その過程でエリーが初恋の人と再会、電撃結婚&一族率いて帰郷……なんてことはあったりしたけど。
ともあれ、アズールは無事にまともな男になり、ナナっちの騎士として平穏な一生を送った。
俺も誰かに殺されることなく、ユキマイを幸せの国にすることに成功した。
もちろん俺たちのだれも、ふしあわせにはなってない。
やった、やっとだ! 俺たちは手をとって喜び合った。
しかし、そこに響いてきたスノーの声は、俺をおどろかせた。
『おめでとう。これで奈々緒兄さまとアズールはしあわせになれるわ。
サキもサクも、あのいまわしい過去から逃れられる。
……でもね、サキ。
サキのゲームはおわってないわ』




