STEP5-1 守れなかったもの~咲也の場合~
「お前の『本当の名』は何なんだ?」
「え、……」
その日、サク――騎士長サクスは俺にくっついて離れようとしなかった。
強制帰国を命じられた留学生たちが、強硬手段に出るかもしれない、という理由だった。
どうやら、なにか話したいことがあるようだった。
果たしてその晩、二人きりの部屋でやつは問いかけてきた。
「今日で確信した。
お前はグライスたちに、そしてイメイ国に許しと慈愛を与え、神王としての威光を示した。
見事な裁きだったし、立ち居振る舞いも凛々しさがあった。
いや、ありすぎたというべきか。
いうなれば、生後四ヶ月のポヤポヤした子猫が、突如一歳半の若雄になってしまったかのように俺には見えた」
「え、えーと……」
四ヶ月って。四ヶ月って。人間換算したら八歳ですよ、ねえ。軽くショックを受けつつも、俺は言葉をさがす。
「それをおいても、このところときどきお前の口調は別人のように変わっている。
いったいいつから『俺』などと言うようになった?
背伸びをしているようでもない。まるで自然にだ。
そこに、いるのだろう? 俺の弟の中に。――未来のサクレア」
そこまでずばりを言いあてられては、もはやごまかす意味もない。
そう思って俺は、すべてを打ち明けた。
この俺はトロンの力を借りてここにきた、サクレアの転生であること。名前は此花咲也。転生後のサクのおとなりさんでおさななじみで親友で、サキとよばれていること。学友で親友のナナっちとおなじように、悲しい歴史を変えようとしていること。
「やはり、そうか。
おかしいとは思っていたのだ、ここにアズールたちが来た日から。
もっというなら、あの謁見の間から。
わからないわけないだろう、俺はサクレアの兄なのだからな」
そういうサクの顔は、さびしそうだった。
いまのサクよりわかりやすいその表情。俺はストレートに胸をつかれた。
「ごめん、ごめんサク。
こんなことを言っても、混乱させると思ってたんだ。
あの……実は未来のお前も、別働隊として動いてくれてるんだ。っていうか一番に動き始めたのはお前で、だからよけいな負担、かけたくなくて、……」
ゲーム慣れしたやつなら、きっと馬鹿だと笑うだろう。
ここにいるサクもNPC。トロンが操る幻影だ。
『魂のないからくり人形』ごときに、何をいちいち感情移入しているのかと。
けれど、俺にとってはこいつはサクだ。
サクの鏡写しに過ぎなくたって、それでもやはりサクなのだ。
俺は全力で頭を下げていた。
はたして俺の頭には、ぽん、と暖かい手が乗っかった。
「お前というやつはほんっとうに、どうしようもないな。
俺はお前の兄貴だぞ。転生したぐらいで遠慮するな。
いいからいくらでも頼れよ、サキ!」
「ありがとう! ありがとうサク!!」
「よーし、いい返事だ!」
現実よりちょっと年下の、でも同じくらいに心強いサクが、子供のときのような笑顔でそういってくれれば、俺は一瞬の迷いとてなくうなずいていた。
うれしそうにくしゃくしゃくしゃっと頭をなでてくれたサクはしかし、手を離すと一転、まじめな顔になった。
「で、お前たちは……
いつぐらいを、歴史改変完了として考えてるんだ?
つまり、いつ時点までここにいるかってことなんだが……」
「んー。
ナナっちとアズールがイメイ帰って、お帰り式典がおわってしばらくぐらい、かな。
つまり、あと1、2週間。
グライスたちもそのころにはここに、それなりなじめてると思うし。
……うん、もとのサクレアになかなかもどってやれなくて、申し訳ないとは思ってるけど……」
「その分モフってやるから気に病むな。
俺としてはそれよりさらにあと、長くて一月程度を見込んだほうがいいとふんでいる。
なぜなら、そのくらいにイメイは大陸中部の都市国家に対し宣戦布告するだろう。
そう、父上がおっしゃっているからだ」
――果たして、その予測は的中した。
イメイは狙い通り、俺とユキマイを大いにリスペクトするようになった。
国内でもてあましていた『イカレ野郎』たちを、あるいはひきとり、あるいはマトモにして返してくれたのだから。
しかも、その際のトラブルには許しを与えてくれた。
そして奈々希とアズールに、ちゃんと使える農業技術と知識を与えてくれた。
国内各地の現場でそれらを取り入れた結果、発芽率の上昇、苗の発育良化など、早くもつぎの収穫が楽しみな状況すらできてきたらしい。
しかし、それは目前の金欠状態をどうにかするものではなかったし――
イメイの上層部は、その解消に必要な反省とアクションを、なにひとつ行ってこなかった。
結果、まずはほかから分捕ろう。そんな、救いのない結論に飛びついてしまった。
そして皮肉なことに、今回留学を無事に終えたことで、正式に騎士として取り立てられていたアズールは、国命でその戦いに加わることになってしまったのだ。
『ナナっちたちを守りたい・迷惑はかけたくない』という気持ちを手に入れてしまった奴には、ブッチでサボるなんて選択肢はなかった。
俺たちは、もちろん戦場に駆けつけた。
宰相時代のアズールは、発生した武力衝突にはすべて先陣を切り、歯向かうものをことごとく焼き尽くしてきた。
だが、それは狂気を手に入れたアズールだ。
いまのやつは、そのときほど無慈悲に戦えない――いや、戦わせちゃいけない。
そしてそうである以上は、確実にナナっちが同行している。
けれどあの優しいナナっちが、戦場に立つことになんか耐えられるのか。
ユキマイ砂漠でそうしたように、とっさにアズールをかばおうとして、やられてしまったりはしないだろうか。
はたして、悪い予感は当たってしまった。
自らの身代わりとして倒れたナナっちを目の当たりにしたアズールは、戦場をつんざくばかりの叫びを上げ……
気づけば、俺はルナさんに、アズールとナナっちは亜貴に支えられ、ぜえぜえと肩で息をしていた。
* * * * *
なんとか落ち着いてから見回せば、ここ――『御座の間』は、すっかりにぎやかになっていた。
まずは、俺とルナさんとアレクとるーちゃん。
ついで現れたのが、アズール、亜貴、ユーさんジゥさん、うさぎちゃん。
そしていま加わったのが、ナナっちとエリカと奈々希。
エリカのなかには、彼女のご先祖の一部分――エリーもいるので、実に総勢13名のにぎわいぶりだ。
俺としては、心強い。けど、逆にここにいないメンツは……と、ちょっと心配になってきた。
それぞれへ音声通信を試みてみたが、いずれもお取り込み中のようで返事はない。
シャサさんとイサ。ゆきさんとロク兄さん。サクとイザーク。そして、スノー。
いちばん心配なのは、今なおひとりでいるらしい、スノーだ。
たしかに彼女は悠久の女神だ。でも俺たちは、幼い少女としての彼女の顔を知っている。
それよりなにより――俺にとっては、愛を誓った存在だ。
スノーはスノーフレークスの花を通じてナナっちに助言を与えてくれたというし、何らかの形で参加はしているみたいだが……。
どうしようと思っていると、いつものようにルナさんが、冷静なアドバイスをくれた。
「『ココロコトバ』で呼びかけてみてはどうかしら?
スノーさんの半身であるサキさんの声なら、必ずや届くはずですわ」
「そうだな、やってみる!」
はたしてかえってきたのは、子供スノーの元気な声だった。
『わたしなら大丈夫よ!
もー、ほんとサキってば心配性なんだから……
あんまり心配ばっかりしてると、ルナおねーちゃんが心配するわよ?
みんなのことはちゃんと、スノーフレークスの木や花を通じて見守ってるから。
いまは、サキたちができることをせいいっぱいやってみて。
きっとそれが、ベストの結果につながるわ!』
この声は気を利かせたアレクが、この場のみんなに中継してくれていた。
ちいさな女神の励ましに、俺は、俺たちは再び気力を取り戻す。
「よし、もう一度いってみようぜ!
今回かなりいい線行ってたしな。
もういっそのこと、アズールとナナっちもユキマイくるか?
そうすれば、二人もあんなことにならずにすむ。
イメイはもともとアズールを、俺に進呈するつもりだったんだし……」
「サクやん。俺としては、やっぱりイメイのひとたちが心配だよ。
俺がやらなきゃ、イメイで貧困に苦しむ人々は救えない。
だから、こういうのどうだろう。
史実どおり、アズは留学する。俺はその間に、救済活動を進める。
アズはユキマイの国民に一旦なって、それからこっそり俺と合流する、てのは……」
「それなんだがな、ちょっと思いついたんだ」
そしてアズールが言い出したアイデアに、俺たちは全員仰天した。
「あのよ。
そもそも、俺がテキトーに『不出来』だったらよかったんじゃねえかって思うんだわ。
そしたら俺が逃げたところで、研究院もそう執念深くは追ってこねえだろ?
テストでそこそこ手抜きして、凡庸な夜族と思わせとく。
脱走してナナに拾われたら、ほとぼり冷めるまで七瀬屋敷で潜伏する。
そしたらあとは、ひたすら、ナナを手伝って暮らす。
それでいけると思わねえ?」
「それだあああ!!」




