STEP4-2 御前審問~奈々緒の場合~
この謁見の間にいるもののうち、重要人物は王と側近たち。
ほかは人払いで外に出す。
説得の対象を絞り、ゴールを単純化するのだ。
俺はこうべをたれて懇願した。
「ではどうぞ、人払いを……
陛下と側近くお仕えの方々に、すべて包み隠さず、お話申し上げたいゆえでございます」
このパフォーマンスには、俺が従順に全てを話す心積もりであるという印象を植え付ける効果もある。
狙いは当たったようで、騎士長サクスの心証が若干向上した。
目つきもほんのすこしだけやわらいでいる。
このあたりは、メイちゃんよりわかりやすかった。
謁見の間から人払いがされたことを感じ取り、別室で証人として待機する留学生たちの緊張が高まった。
彼らにはいまどう動かれても構わない。
今彼らにできることは大人しくしているか、暴れるかの二択。
大人しくしているなら問題はない。
暴れるなら、それが彼らの証となる。この場合はあえてアズには手抜かりをしてもらい、衛兵との協力で制圧してもらう手はずだ。
この国はもちろん、他国で起きる動きにも俺は注意を払っていた。
ここで誰かが下手なアクションを起こせば――たとえば、俺が密告されたことを知り、他の留学生の国と偉名がモメはじめでもしたら――最悪、状況が崩壊しかねないためだ。
しかし、それに類する動きはない。
俺が密告されたことはまだ外に漏れていないし、別の要因による、気をつけるべき動きも発生していないようすだ。
大丈夫。いまのうち迅速に正確に、秘密裏に片付けてしまおう。
謁見の間の扉が再び閉じられ、騎士長サクスの視線がさあ話せ、と俺を促す。
深呼吸しながら俺は、この場に残った者のうち誰が『キーパーソン』か――つまり、説得すべき存在であるかを再確認した。
残っているのは、予測どおりの五人。サクやんとルナさん、シャサさんとイサ、そして騎士長サクスだった。
まず、サクやんとルナさんは『ホンモノ』すなわち俺側だ。
サクやんは玉座にかけ、ルナさんはその隣に控え、どちらも準正装で決めている。
ふたりは、俺を援護してくれる味方。説得の対象ではない。
シャサさんは玉座の壇上でサクやんたちをガード……しつつも全体に気を配り、イサはすこし脇の机で書記官兼総合顧問官として控えている。二人とも、通常の制服姿だ。
まるで本物にしか見えないが、かれらはどちらもNPC。トロンが作り出した、過去の二人のまぼろしだ。
だからというわけではないが、ふたりはこういうとき、よほどがなければ口を挟んでこない。
よって彼らも、説得の対象とは基本的にみなさないでよい。
残るは、俺の脇に立ち、白の詰め襟風の準正装に身を包んだ、威厳あふれる青年。
騎士長サクス。とてもそうは見えないけれど、やっぱりNPCである。
彼はこの場で尋問を主に担当しているが、それはこの押し出しのよさ……もあるが、ほんとうの理由は論理的思考力の強靭さ、頭の回転の速さ、そして情実のバランス感覚からだ。
そんな彼の出した結論はみんなに信用される。だから知恵袋担当のイサも、いざというとき以外は口を挟まず見守るし、シャサさんも警備に集中していられるのだ。
まとめると、『キーパーソン』は、サクスだ。
彼を説得できれば、あとはこの国が応と言う。
アズの無罪放免による帰国。そのことによる、アズとサクやんの無事の確保。
それをかなえさせれば、俺たちは晴れて、過去の呪縛から解き放たれる。
俺はまず全力で、サクスの説得にとりかかった。
サクスには、同じ状況でメイちゃんにそうするより、情に訴えた説得が効く。
だが、それは彼単体のときだ。
サクレアはサクやんよりおひとよしだ。サクスはそんな彼をカバーするために、サクレアと公務の場にいるときは情をおさえる傾向がある。
だからここは、あくまで理詰めで語る必要がある。
大丈夫だ。俺は潔白なのだ。
最悪『御座』による『クガタチ』を行えば、絶対に納得せざるを得ない結果しか出ないのだ。
俺は最後にもう一度だけ大きく息を吐いて、語り始めた。
「まず、俺は断じて、スパイではありません。
俺の願いは、現世国家の利益にはないのです。
この身に宿る魂は、はるかなときの向こうから、直接、ここに遣わされたものだから。そういえば、納得もいただけるかと思います。
俺の本当の名は七瀬奈々緒。『御座』の思し召しでここにきました。
目的は、陛下とアズールを救うことです。
このままゆけば、陛下と彼がともに、呪わしい運命に縛られることになる。
それを阻止するために俺は、ユキマイ国にきました。
そしてあえて讒言を受け、御前に引き出されるように行動しました。
ひとつには、重大な罪とかかわっての証言ならば、確実に真剣に取り上げていただけるがゆえ。
いまひとつには、いまアズールが強いられている運命ゆえに」
異能や神、運命といったものを信じないものも多い現代の尺度では、この話は『電波』だ。
しかし、この時代この状況においてそれらは、俺の生きる現代における科学と同じくらいのリアルだ。
現に、この部屋にいる全員が異能を使うし、神だって目の前に座ってる。
果たしてサクスは、ルナさんに確認を取った。
「……ルナ」
「はい、お兄さま。
この方からは、『御座』の波動を感じますわ。
信じてさしあげて、大丈夫です」
対してルナさんは、にっこりと笑ってくれた。
竜神の巫女――すなわち『御座』の巫女姫である彼女は、いまは白の準正装に身を包んでいる。
清楚かつ、神聖さをたたえたその姿での証言は、最高の信憑性を持つ。
そんな彼女の援護射撃に、この場そのものがふわっと明るくなった。
「そうか。
ならば拘束を解いてやりたいところだが、国の柱にかかわることなのでな。
それは真相を聞いてからとさせてほしい。
せめて楽にしてくれ、奈々希……いや、奈々緒」
サクスは俺たち全員に聞かせるようにそういった。
サクやんの顔、そして頭の耳はあきらかに「えーっ」というものだったが、サクスからしてみればそういうわけにもいかないだろう。
いいよ、と小さく首をふってみせ、俺は話し始めた。
* * * * *
すべてを話し終えるまでに、どれほどかかっただろうか。
途中でサクやんが「なあ、ハナシまだ長そうだし俺も疲れたから、応接に移動しようぜ! ナナっちは悪いやつじゃないってもうわかったんだし、いいだろ?」と主張してくれたので、拘束も解かれ、お客さまのような扱いで話をさせてもらえたのはありがたかった。
「……お前の言いたいことは把握した」
すべてを聞いた騎士長サクスは、しばらくむうっと腕組みをしていたが、やがて大きく息を吐いた。
「お前は、アズールが狂気に陥り、わが王を殺めたずっとあと――
その悲劇の上によって立つ未来に、生を受けた。
そして、悲しい歴史を変えるため、『御座』に力を借りてここにきた。
わが王の、そしてお前の友の非業の死を防ぎ――
それによって、続く未来をも幸せにしようと。
そのために、すべてを不問に、アズールをイメイに戻してくれと。そういうことだな。
だが『近視眼的』な見方をするなら、お前たちはわが国と王に、国内の厄介ごとを押し付け、自らその回収に来たという状態だ。
それについては、どのように考えている?」
彼はものすごく、渋い顔で俺を見据える。
そう、一番やっかいなのはここなのだ。
歴史改変シミュレーションをアズールのユキマイ入りから始めてしまった以上、その直前に確定していた俺たちの『利己的』な目的はそのまま。
すなわちアズールのユキマイ入りの背景は、『イメイではどうしようもない悪党を徳高き神王様におしつけ、改心したならよし、しなかったらそのまま神王様をどーにかさせればいーや』という、酷すぎるもののままなのだ。
メンツも国益もある一国にこれを知らせ、そのうえでどう不問としてもらうかが、この交渉の一番のポイントだ。
だが、ここにはサクやんがいる。
自覚はぜんぜんないながら、それでも限りない慈愛を宿した『神の子』は、一点の曇りもない笑顔でこう言ってくれた。
「いいじゃないか、俺を頼ってくれたんだろ?
どうせ神なんだったら、困ってるやつの役に立たなきゃな!
で、どうなんだ、ナナっち。るーちゃんは、優しいこころを身につけられたか?」
「はい! それは、ほんとにっ!
計画を中止しようって、なんとかみんなに働きかけてくれていたし……
万一があるかもと、俺を遠ざけようとすらしてくれました!
あいつの顔も声も、ここに来てからすっかり優しくなってますし!」
そもそもアズールの『なかみ』じたいがもう、転生して優しさを知ったあいつなのだから、ここに来たかどうかはあまり関係ないとも言える。
それでも、俺ははっきりそう言えた。
アズの目つきはここしばらくで、明らかに穏やかなものとなっていた。
自分がスパイに仕立ててしまった留学生たちの手綱を取るため、まだまだ油断はできないから、それなり鋭さは残っているけど……
それでもたしかに、アズの優しさは増している。
友達のアズ、悪党のアズ。そして、うそのヒーローだったアズ。
ここまでいろいろなアズをみてきたオレがいうのだから、間違いはない。
「ここはすごく、いいところです。
ここで学んだことを、祖国に広めれば。
きっと国中のみんながもっとゆたかに、幸せになれる!
俺は、イメイをユキマイみたいに、笑ってくらせる国にしたいんです。
俺はそう思ってるし、あいつは俺の夢を実現させたいって思ってくれてる。
イメイがいい国になれば、ユキマイの役にも立つはずです。
ですので、お願いします。ふたつの国の幸せのために、未来の世界の幸せのために。
どうか……」
俺はさらに言葉を重ねた。
たくまずして、心から流れ出したことばだが、ここはそれがベストとわかっている。
トロンの試算を心強く抱きつつも、俺は心のままを語った。
そうして、応接間にいるひとりひとりを見つめ、頭を下げた。
シャサさんとイサはもう俺を信用してくれているのが明らかだったから、これは実質、騎士長サクスひとりにむけた説得になる。
だが、そんな些事は、いまは意識から拭い去られていた。
いまは、せいいっぱい、気持ちを尽くすだけ。
はたして、ふわりと笑いの気配がただよって、やわらかな声がふってきた。
「顔を上げてくれ、奈々緒。
俺も、お前を信じよう。
すまなかった、罪人のような扱いをして」
そしてサクスは、きちんと頭を下げてくれた。
俺を見る亜麻色の目は、すっかり暖かく優しいもの。
そのまま笑いあえば、まるでメイちゃんとこうしているかのようで、ほんとうにほっとしたのだった。




