STEP4-1 奈々希、留学~奈々緒の場合~
2019/07/10
『 サクやんとルナさんも俺から聞いて、作戦を知っている。』のあたりに抜けがありましたため、修正しました。
2019/07/11
表現を微修正しました
男の体でちょうど見えないが、→ 奴の体でちょうど見えないが、
そうして俺は、ユキマイ城への馬車に乗っていた。
アズが発ってすぐ、俺も志願したのだ。
俺もやはりアズをたすけにユキマイにいきたい。急じこみの知識だけで異国に一人、それではあまりに心配だと無理を言って。
確かに、普通に心配だという向きもあったのだろう、俺の留学はあっさりと許可された。
うれしいことにユキマイ側も、快く応じてくれた。
アズと違い、俺はあくまで、本当にただの留学生。
ややこしいことは告げられぬまま、わずかな護衛と、荷物とともに国を出た。
国境近くの町までは馬車で移動し、ユキマイへの山道は、徒歩とヤク。
直線距離こそ近いが、急な勾配と曲がりくねった道程のためペースは上がらず、実に数日かかる道のりだった。
すこしずつ気候が冷え込み、植生が変化してゆく。
持ってきた服を重ねてまとい、はじめてみる植物を手帳に残す。
そんな日々を重ねて五日。やっとのことで峠の関所を通過すると、そこはユキマイだった。
真っ白な雪を冠した、北の稜線から上は青い空。
眼下に広がるのは、かわいらしい家々とゆたかな田畑、とりどりの花々を一面にちりばめた平原。
その一角に、俺の行く先、ユキマイ城はあった。
ぱあっと開けた視界のせいか、さわやかな空気がおいしく感じられた。
みんなで大きく深呼吸し、一休みしてから、迎えの馬車に乗った。
馬車から見るそこは、まさしく「幸せの国」に思われた。
畑を耕すおじさん、収穫した果物を運ぶ女性。帳面を手に記録をとる学者らしき若者。
おいかけっこをして遊ぶ子供たち。木陰で一休みのおじいさん。
道々出会う人たちは、みんな優しい顔をして、俺たちに声をかけてくれた。
動物たちもたくさんいた――犬や猫、にわとりやあひる。牛や馬、ろばにやぎ、ぶた。
飛びかう小鳥たちすらどこか、ゆったりとして見える。
みんなとあいさつをかわしつつのんびりゆけば、ユキマイの城下町はもうすぐそこだ。
……といってもそこは、イメイの都とは大違い。
できる限り、それまでの風情を残したというそこは、俺たちにはとても、素敵に思えた。
豪奢に飾り立てた王都は、奈々希にも俺にも、息苦しい場所だったから。
確かにいまは、大変な状況なのだ。もうじき『サクレアのさいしょの死』も起きるころあいだから、気を引き締めていかないとならない。
でも、ここならイメイよりも、ずっと楽しくがんばれそうな気がする。
そんなことを考えていると、ふいに馬車が止まった。
同乗しているユキマイの騎士たちの顔に緊張が走る。
通信士もかねているという御者役の騎士の声が、伝声管を使って聞こえてきた。
「すみません、急に停車してしまいまして。
いま城の前で、騒ぎが起きているようなのです。
危険ですので……あっ?!」
俺は馬車から飛び出していた。ぴんと来たのだ。
今起きようとしているのは、神の子サクレアのサーガにある『サクレアのさいしょの死』。
暴走した反夜族過激派が、誤ってサクレアを殺害した事件だと。
そのとき現場に居合わせて、サクレアの蘇生を目の当たりにしたことでアズは、狂気を得たとされている。
逆に言えば、この事件で、サクレアを守れたら――
すくなくともサクレアが死して、蘇生していく場面を見せなければ、アズは狂気を得ないですむはずだ!
もうすこし遅く起きると思っていたけど、むしろちょうどよかった。
このままつっこんで、止めてやる!
体を水に変えて滑らせ、騎士たちの腕をすり抜け駆れば、ものの数秒でユキマイ城の門前がみえてきた。
貧しい身なりをした、数人の男たちがこちらに背を向けている。
こぎれいな様子の少年がふたり、こちらを向いている。
男たちのうちの一人、やせて背の高い黒髪の青年――そう、瑠名人のグライスだ――が、大声を上げてサクレアに向かっていく。
奴の体でちょうど見えないが、手には短刀、狙いは胸だ。
「やめろっ!」
すばやく水のつぶてを飛ばし、奴の体勢を崩す。
刃はそれて、サクレアの腕をかすめる。
けれど、史実のように胸を突くことはなかった。
「武器を捨てろ!! 抵抗するな!!」
そのときかけつけてきたたくさんの衛兵や騎士――そのなかにはシャサさんもいた――により、男とその仲間たちはそのまま取り押さえられた。
もちろんサクレアは、すでに何人もの身体とバリアと盾で守られていた。
もちろんサクレアに怪我をさせてしまった以上、満点ではない。
でも、なんとか助かった。そう思った。
だが甘かった。
こちらから見えるアズの顔は、すでにおかしくなり始めていた。
薄絹の袖をすっぱりと裂かれ、あらわになったサクレアの二の腕。
そこに走っている小さからぬ傷が、見る間にふさがっていく。
それと同時に、釘付けになったアズの目が……
俺はたまらずアズを呼ぶ、が、だめだ、届いていない!
『梓、てよんでみて!』
そのとき俺の頭のなかに、りん、と愛らしい声がひびいた。
花菜恵の声だ。
みれば、足元にはスノーフレークスが揺れていた。
「『梓』っ!!」
俺はありがたく、その忠告を受け入れた。
するとサクレアとアズが、同時にあっという顔でこちらをみた。
* * * * *
その晩、俺とアズはこっそりと情報交換をした。
ほんとうはサクやんとルナさんとも一緒したかったのだが、さすがに今の俺たちはそこまで親しくないし、そんな四人がとつぜんつるんでいれば、すぐに誰かに疑われてややこしくなるだろう。
そのため、まずは俺たち二人で情報をまとめることにしたのだ。
しかし、アズはありがたそうながらも、やや困った様子だった。
「いやな。ナナがきてくれたのはうれしいし、ありがてえ。それはホントだ。
だが、この件には関わってほしくねえんだ。
正直、お前が追っかけて来てくれるなんざ想定してなかった。
だから俺一人でやつらを掌握し、抑えるつもりだった」
「ええっ?!
で、でも、ラトルはさっきの歓迎パーティーにいた、し……」
俺は驚いた。なぜかというとまだアズが、他の留学生たちをスパイ仲間に引き込んでいない、と思っていたからだ。
理由は留学生たちのひとり――アユーラ東からきたラトルだ。
史実では、彼はアズとの密談のとき殺されている。条件が折り合わず、もめた末に。
でも、さっきの歓迎パーティーに彼はいたから、まにあった、と思っていたのだが……
するとアズは、照れたように頭をかいた。
「ああ、やつにゃハナから声かけなかったんだ。
顛末知っててソレってのも、寝覚めがわりぃからよ。
ハナシもどすが、ナナはこの件にはかかわらないでくれ。
この俺様とはいえ、万一があるかしれね……」
改めてみればわかる。そのしぐさ、そのいいかた。それは「いまの」アズのもの。
ほかならぬ『蒼馬梓』のものだ。
そう思ったとたん俺の目から、なんだか熱いものが落ちてきた。
「お、おおい?! どうしたナナ、どこか痛……」
「ううん」
俺はアズにぎゅっと抱きついていた。
あったかな腕が俺を抱き返してくれるのを感じると、ほっ、とためいきが口をついた。
「本物のお前にあうの、なんかすごい、ひさびさで……ほっと、しちゃって……
アズ、いるんだねここに。
ゲームごしだけど、いるんだね……」
「ああ。俺は、ホンモノだ。
もう二度と、おまえのことを騙したり殴ったりなんかしない、ホンモノの俺だ。
昔の俺のまぼろしが、怖い思いさせちまったんだな。
ごめんなナナ。ほんとうに、ごめんな」
頭をなでてくれる大きな手。そうだ、アズだ。この撫で方が、アズなんだ。
こいつの手の大きさも、俺の頭の大きさも、ほんのちょっとずつちがうからわずかに戸惑うけど、シンにあるものはかわらない。
俺の顔には、自然に笑みが浮かんでた。
「だいじょうぶだよ。
まぼろしのおまえも、いいやつだったから。
……でもやっぱちょっと、さびしかったかも」
「おまえもか~!
俺もついおまえのノリでNPC奈々希に話しかけてよ、たまーに変な顔されてよ、ありゃ~じみにきつかったわ~」
身を離し、笑いあえば、あっというまに気持ちが弾んだ。
わかってる。この感触も体温も、顔も声も、すべては『トロン』のうつすまぼろしだ。
けれど、その奥にあるこころは、ほんものだ。
まぼろしの衣をまとい、笑ってくれているアズは、ほんもののアズなのだ。
いますぐシミュレーションを終えてしまいたい、そんな気もした。
けれど、いまはがまんだ。
まずは、俺たちの過去を救わなければ。
そうすればもっともっと、なにも案じることなくこうしていられるようになる。
そのために、するべきことは……
俺は目を閉じ、トロンの簡易シミュレーターにアクセスした。
試算結果を確認、目を開ける。
「よし。
俺がサクやんのそばにいて、いつも守るようにするよ。
だから……」
――はたしてその二日後。
俺は手足と異能のチカラを拘束され、玉座の前に引き出されていた。
「七瀬公子・奈々希。
お前を密告する者が複数あった。
お前に、陛下および、側近の暗殺をそそのかされたと。
全て、正直に話せ。
ここユキマイにおいても、かかる事件においての偽証には、死よりも重き罪が架されると心得よ」
* * * * *
『いずれ俺は、スパイとして密告される。
俺の存在が暗殺の邪魔になると考えた、留学生たちによって』
『そうしたら俺は御前審問に引き出されるから、そこでほんとのことを話す。
ふたりは俺を援護してほしいんだ。もちろん無理のない範囲でだけど』
サクやんとルナさんも俺から聞いて、作戦を知っている。
それでもサクやんは、いまにもやめろと言い出しそうな顔だし、ルナさんの目も辛そうだ。
むりもない。俺に厳しい声をかける騎士長サクスの亜麻色の瞳は、へたな動きを見せれば即座に俺を解体せんばかりの鋭さなのだ。
彼はトロンが用意したNPC。メイちゃんだけど、メイちゃんじゃない。
サクやんとおなじ、黒にも近い濃緑色の瞳で「奈々緒」と笑ってくれる、俺の友達のメイちゃんではないのだ。
はやく、ほんもののメイちゃんにも会いたい。
悲しい過去の呪縛から逃れて、心底から明るく笑えるようになったメイちゃんをみたい。
そう思えば、おのずと気合も入る。
『御座』のチカラをフルに利用して、シミュレーションの中にありながらも、その情勢をリアルタイムですべて把握し、最適なやりかたをはじき出しつつ進める無敵体制を俺は、もう一度構築していた。
今度は、把握の対象に例外なんか設けない。
たとえそれが、ホンモノとわかってるサクやんやルナさん、アズであってもだ。
エリーとエリカにもほめられたそれで、俺はここから、悲しい歴史を変えてみせる――
決意をこめて俺は、ひとつ深呼吸をした。




