STEP4-3 御前裁判~咲也の場合~
「すまなかった、罪人のような扱いをして」
「いえ、罪人扱いされる作戦を取ったのは、俺ですから!」
「そういわれれば、そうだったな」
「はーい! それじゃあ一件落着!
ナナっちとるーちゃんは、あたしたちの友達だ!
これからもよろしくね、ナナっち!」
「はいっ!」
サクスとナナっちは、すっかり仲良く笑いあう。
ふたりの肩をばんばん叩きつつ、シャサさんが陽気に言えば、応接間はぱっと明るくなった。
しかし、俺たちにはわかっていた。
大団円の前にはまだ、越えねばならない山があることを。
ナナっちと握手を交わしたサクスは、結んだ手が解けるとこう言った。
「だが、奈々緒――いや、奈々希。
わかっていると思うが、こうなってしまったからには、全員速やかに帰国してもらわねばならん。
そのことは、理解してもらえるな」
「はい」
そう、アズールの件を『なかったこと』とするためには、他の留学生たちのことも同様にしなければならない。
しかし、学友を密告までした者たちをも『無事に』帰すには、即日・問答無用で全員帰国を強いるより手立てはない。
つまりはナナっちたちにも、帰国してもらわないわけにはいかないのだ。
「『これはあくまで、陛下が体調を崩されたゆえの帰国だ』。
ユキマイには付け入る隙がなかったと、アズールには報告させること。いいな」
「はい。わかりました」
それは、ユキマイ『国』としての、最大限の譲歩。
本来ならアズールのたくらみが露見した時点で、イメイ国との平和的な関係は崩壊。かつ、どちらにころんだとしても、アズールの命と、ナナっちの自由はないはずだった。
すなわちこれは、王である俺自身をしても、これ以上をいうことはできないレベルのもの。
そのため、俺はサクスのいうことに口をはさまず、うなずいた。
けれど、これはまだ通過点に過ぎないことを、俺たちは知っている。
はたして、サクスは言いだした。
「だがそのまえに、やってもらわねばならんことがある。
現在、アズールにはいまひとつ嫌疑がかかっている。
イメイ国工作員として、国許より夜族排斥派を名乗るものたちを手引きし、王を害そうとした、という。
御前裁判は明日の朝。
アズールとともに帰りたいのであれば、お前たちの手腕で、この件をクリアしてくれ」
* * * * *
このシミュレーションは、アズールのユキマイ入りの時点からスタートしている。
だから、そこまでのアズールの立場や、やつがとってきた行動の結果は、史実のままだ。
つまり、やつはここに来る前に、イメイ国工作員としていくつもの計画を立案し、実際に手を打ってしまっているのだ。
俺の側近たちを暗殺するために、他の留学生たちを手駒とする計画や――
反夜族過激派をユキマイに来させ、アズールへのヘイトスピーチをさせることで、俺にアズールを哀れませ、懐に入る計画。
そう。この件については、アズールは完全にクロなのだ。
もちろん、それなりの力がある国の軍工作班が、鉄砲玉に仕立てたものに尻尾をつかませるようなドジをしているわけもない。
捕縛された過激派たちが、やけっぱちで讒言をしたら、それが偶然? 正しかった……という最悪のパターンだ。
常識で考えて、過激派たちの無罪放免はありえない。
だがその詳細は、アズールが無罪だったか、有罪だったかで変わってくる。
まず、アズールが無罪だった場合。
この時代のスタンダードにのっとれば、グライスたち過激派は死罪となる。
俺が無事だったことをテコになんとか国外追放に収めても、国費留学生に罪を着せ、両国の関係にひびを入れようとしたかどで、イメイ側に始末されてしまうことだろう。
グライスたちはそもそも、ユキマイに厄介払いされてきたものたちだ。そんな彼らにかける情けなど、イメイ国にあるわけもない。
アズールとナナっちは無事にイメイに帰れて、俺も殺されずにすむものの、無実の人に罪をかぶせてのゲームクリアは、さすがにありえない。
次に、アズールが有罪と決まった場合はどうなるか。
ユキマイは、すんなりグライスたちを国外追放にできる。工作員を売った功によってだ。
しかしイメイが、自国の工作員を売った者を、よく扱うとは考えづらい。
そもそもアズールも、イメイでもてあまされ、ユキマイに押し付けられてきた者とはいえ。
まあそれ以前にこっちはアズールが死罪となるので、取ることのできない道なんだけど。
いっそのこと、過激派たちがあの場から逃げおおせてくれていればよかったのだろうが、捕まえてしまったものはどうにもならない。
しかも彼らは捕まるや開口一番「あいつだ! あの夜族野郎が悪いんだ!!」とわめきまくっていたので、うそでもなんでも、どうにかするほかなくなってしまった、というのが現状だ。
だが、アズールは悪い笑みで言っていた――
「まあ、なんとかならァ。これでもガチの工作員だぞ。
やつらのでまかせかっぱいで、無罪を勝ち取るくれェわけねえよ」
と。
そしていま、俺たちはふたたびここにいる。
厳重に警備された謁見の間。
玉座には俺。左右にはシャサさんとルナさん。
俺の前には、過激派たちが拘束され、ひざまずかされている。
彼らのそばでにらみを利かせるのは、昨日と同じくサクスだ。
アズールとナナっちは証人として、控えの間で待機している。
「それでは、御前裁判を開廷する」
サクスの厳かな声が響き、緊迫の裁判が始まった。
グライスは申し開きを許されるが早いか、はいつくばって許しを乞うた。
「どうかお許しください!! 私たちは、あの男にそそのかされただけなのです!!
『俺はユキマイにいき、神王の寵愛を勝ち得てみせるぜ。そうしたらお前ら反夜族派なんか、神の威光で消し炭だ!』
そんなことを言われて黙っておれるわけがありましょうか。
われらの仲間には、家族がいるものもおります。まだ小さい子供をかかえて、夜族の恐怖と戦っている未亡人も。力なき我々が仲間を守るためには、こうするしかなかったのです!」
しかし、サクスは手厳しい。
「そのために、われらが王に刃を向けたと?」
「ちっ、ちがいますっ!
まさか、まさか神王陛下がお出まし下さるなどとは思わず!!
私たちは、くにの王の顔とて知らぬ下々の者です、まして隣国の国王陛下のお顔がわかるはずもございませんっ!!」
「正体のわからぬ者にいきなり斬りつけた、というか。
馬車とヤクとを乗り継ぎ、数日かかる道のりを来ておきながら、その間に頭が冷えることはなかったのか?」
「われらはみな、夜族に家族を奪われております。
われらの怒りは、そしてあせりは増すばかりでございました……」
家族を奪われたのも、それゆえに憎しみとあせりを抱いていたのも、うそではない。そう感じられた。
だが――
「それをしたのは、夜族じゃない」
俺は言わずにいられなかった。
「夜族は人間なんか殺さないんだ。
同じ人類だから食べられないし、食料や金を奪うなら闇にまぎれて掠めればいい」
「で、……ですがっ、やつらは人間を憎んで……」
「強欲な王に、見捨てられた人々をか?
高額な明かりの代金を払えないなら、どこにでも行って死んでしまえと、町を追われた気の毒な親子をか?
……それも同じ、人間によってだ。
哀れみこそすれ、うらむ筋合いじゃないだろう」
「……!」
アズールが『留学生』としてスカウトされるくらいまで、偉名では『光の都』政策というものが施行されていた。
一言で言うとこういうものだ――
『すべて王都に居住するものは、住居の屋根に夜族の襲撃を防ぐための終夜灯をつけねばならない。
その設置と運用は、王の名により行われ、その代金は、王の名において徴収される』
もしこの『代金』を支払えないとどうなるか。即日、町から追い出されるのだ。
高額な『光税』を支払えず、家を追われたものたちは、スラムや、辺境の村などに流れ、夜族の闇討ち・略奪におびえて暮らすことになる。
だが、実際に闇討ちを行っていたのは夜族ではなく、王が金で雇ったならず者だ。
かれらに夜族のふりをさせ、人々をおびえさせて『光税』の徴収率を上げる。
そんな外道が行われていたことは、この時点ですでにエリカ・エトワールらにより暴露されていた。
それでも、それを信じられない者も偉名には多くいるのが現状だった。
夜族はすでに長いこと、悪役を押し付けられてきた。
かたや現状、国を治める権力者。かたや長年、悪とされてきた被差別民。
どちらを『信じる』かといわれれば、多くの一般市民は前者をとるだろう。
まして、『真相』を口にしているのは、異国から移り住み、暗に冷遇されている少数民族の娘だ。
それが、偉名建国四大家の長とはいえ、軽く見てしまうものは少なくない。
だが俺は“慈愛の神王”だ。
しかも、国外の第三者。
そんなやつがこれを口にすれば、説得力は跳ね上がる。
人というものは、話の内容よりも、話し手の立場をこそ「聞く」ものだから。
はたして、グライスたちは息を呑んだ。
中には、がっくりとうつむいてしまうものたちもいた。




