公爵夫人、無意識に"世界"へ喧嘩を売る
パトリシアは、空になったヒルダのティーカップにお茶を注ぐ。
「流石は次期伯爵家当主ね。事前にリスクを回避をするなんて、中々出来ないことよ。」
「あ、ありがとう、ございます。」
「貴女ぐらいの年頃なら、王太子殿下に声を掛けられたら、舞い上がってしまうのに。」
ヒルダは頬をポリポリとかく。
「………正直に申しますと………浮かれてました。
王太子殿下のような、お美しい方が、一介の伯爵家の娘にお声を掛けて下さるなんてって……。」
「まぁ、普通はそうよ。でも、貴女は自分の行動によって、その後に起こりうるトラブルを予測して、私たちに知らせてくれた。
これは誰にでも出来るものではないわ。もっと、自信を持ちなさい。」
パトリシアは、まるで娘に言い聞かせるように告げた。
「………はい。」
「………奥様、お嬢様。発言してもよろしいでしょうか。」
今まで黙っていたアリスがすっと手を上げる。
「ええ、いいわ。」
「ありがとうございます。
ヒルダ嬢は、噂が立たぬようにと王太子殿下を避けられております。しかし、行く先々で王太子殿下にお会いになる………。これ、影付けられてますよね?」
パトリシアとレティシアは「あっ……。」と声を上げる。
「つまり………王太子殿下は、ヒルダ嬢に好意を抱いていると……。」
「何度も場所を変えているのに、行く先々で出没する事を考えれば……。偶然を装って、ヒルダ嬢に近付き……。」
「………そうね。女官候補や公妾候補であれば、王太子殿下から呼び立てる方が早いものね。」
ヒルダは目を伏せる。
「………もしかして、恋に恋してるんでしょうか?」
レティシアたちは首を傾げる。
「いま、社交界で流行っている恋愛小説がございましょう?」
「………ああ、あの身分違いの恋のやつね。」
「はい。その小説は、王子と男爵令嬢が庭園で偶然出会います……。」
パトリシアは小さく息を吐く。
「………その恋愛小説の、相手役になりきってるって事かしら?」
「私の予想です………。」
レティシアとパトリシアは顔を見合わせる。
「「あり得るわね。」」
(あり得るんスか………。)
「まぁ、殿下のお年頃ならねぇ。幼い頃より、貴女と婚約していて、貴女と殿下は言わば、未来の王国を担う共同経営者よ。
少なくとも、恋愛感情で結ばれていないわ。
一度でも良いから、恋をしてみたいと、お思いになられるのは、当然ね。」
「私も、王太子殿下を尊敬し、敬意を持っておりますが……。恋愛かと聞かれると、それは違うような気がいたしますわ。」
(王族との結婚って大変だなぁ〜。まぁ、国家運営に恋愛脳とか感情を持ち込まれたら、溜まったもんじゃないわ。)
ヒルダはどこまでも現実的だった。
「………でも、どうして殿下は……私を?」
ヒルダは疑問を口にすると、アリスはテーブルの下から、サッと例の本を取り出す。
(持ってるんかい。)
「この小説のヒロイン……ヒルダ嬢に似ておられるからでは?」
3人でテーブルに広げられた本を見る。
小説の挿絵、そしてヒロインの紹介文。
絹の如く美しい金髪、アイスブルーの瞳、そして雪のような白い肌………。
「………まんまですね。」
「ヒルダ嬢そのものね。」
「この主人公も、王太子殿下によく似ているわね。」
4人は同時に溜め息を吐いた。
「………私たちだけの手には負えなさそうね。
お父様からは私からお話しするわ。」
「はい、お母様。」
「もしかしたら、国王陛下と王妃陛下へもお耳に入れておかないといけない案件かも……。」
(……ヤバいのに巻き込まれたかなぁ……。)
ヒルダは思わず小さくなる。
「………ところで、ヒルダ嬢。」
「は、はい!」
パトリシアに呼ばれて、ヒルダは慌てて顔を上げる。
「貴女、婚約者はまだよね?」
「は、はい。お恥ずかしながら………。友人たちや従兄たちからも、条件を下げろと言われたのですが……。」
「その条件を伺っても?」
「ダンベル30kgを片手で上げられる方が良いです。
春から秋に掛けて、熊が出ますから。
あと、算術が得意な方と、建築の知識がある方……。」
レティシアとアリスは遠い目をしたが、パトリシアだけキラリと目を光らせる。
「………1人、心当たりがいるのだけど。」
「ほんとうですか!?」
ヒルダは思わず身を乗り出す。
「ええ。私の母方の歳の離れた従弟なんだけど。
辺境伯家の三男よ。」
「では、婿養子になっても問題ないですね。」
「ええ。家は長男が継ぐことになっているの。
顔も良いし、背も高い。趣味は筋トレ。」
「なるほど……。」
「ただねぇ、熊と国境警備と堤防の話しかしないの。」
「素敵です!」
「まぁ、そんな話しかしないから、女性が寄りつかないのよぉ。もう25歳になるのだけど、今だに結婚どころか恋人もいないわ。」
「勿体無い!」
「年齢差があるのだけども〜………。」
「誤差です!」
「お見合いしてみない?」
ヒルダは勢いよく立ち上がって、最敬礼をする。
「よろしくお願いします!」
「では、ハワード伯爵には私から話を通しておくわね。」
「ありがとうございます!!」
何故か、ヒルダのお見合いが決定してしまった。




