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お見合い、という名の面接

ハワード伯爵邸。


リビングでは、クロードが落ち着かない様子で室内を歩き回っていた。


「……本当に、公爵夫人には感謝してもしきれない。」


「旦那様、先ほどから同じ事を申されております。」


執事が苦笑する。


「分かっている。しかしだな……!」


クロードは拳を握りしめた。


愛娘のヒルダは、伯爵家の跡取りである。

婿養子として家を継ぎ、領地経営を支え、なおかつ熊が出没する領地で住民の安全を守れる男。

そんな都合の良い相手が、果たしているのだろうか。


そう思っていたところに、公爵夫人からの紹介である。


しかも、辺境伯家の三男。

長男が家を継ぐため、婿養子に入ることにも問題はないという。


「……これで上手くいけば、ハワード伯爵家の未来は明るい。」


「旦那様、まだお見合いも始まっておりませんよ。」


「分かっている!」


クロードは即答した。


「分かっているが、期待するくらいは良いだろう!」


支度を終えたヒルダが、リビングに入って来た。


「………お父様、落ち着いてくださいませ。」


ヒルダが呆れた顔で告げていた。


「落ち着いている!」


「先ほどから同じ場所を往復されていますが。」


「……。」


クロードは足を止めた。


「……お前の結婚相手だからな。」


その言葉に、ヒルダは少しだけ表情を和らげた。


「ありがとうございます、お父様。」


「うむ。」


クロードは大きく頷いた。


「ところで、相手の方はどんな方なのでしょうか?」


侍女長が尋ねる。


「公爵夫人のお話では、背が高く、顔立ちも整っていて、鍛錬を欠かさない方だとか。」


「まあ。」


侍女長は微笑んだ。


「ヒルダお嬢様の条件にぴったりでございますね。」


「はい!」


ヒルダは勢いよく頷いた。


「ぜひとも、お話を伺いたいですわ!」


その瞳は、期待に満ちていた。


恋愛への期待というより、優秀な人材との面談を控えた経営者のそれに近かったが。


* * *


ローゼンベルク公爵邸に到着したヒルダとクロードは、本日のお見合い会場であるダイニングに通された。


「……あら? ジョンは?」


仲人役を務めるパトリシアが首を傾げた。


お見合いの席に、肝心の男性がいない。


「トレーニングの時間だと、少し抜けられました。」


侍従が申し訳なさそうに答える。


「こんな時まで……。」


パトリシアが額に手を当てた。


普通の令嬢なら、ここで不快感を覚えるだろう。

自分とのお見合いより、筋肉を鍛える方が大事なのかと。


しかし………。


「どんな時でも鍛錬を怠らないなんて、素敵です!」


ヒルダは目を輝かせた。


「そうだな………。」


クロードも満足げに頷いた。


「日頃の鍛錬を欠かさないというのは、立派なことだ。」


「でしょう、お父様!」


「うむ!」


「……。」


パトリシアは、目の前の父娘を見つめた。


この親子、本当に大丈夫かしら。


そう思ったが、口には出さなかった。


やがて、扉が開く。


「お待たせして申し訳ありません。」


現れた男を見て、ヒルダは息を呑んだ。


彫りの深い顔立ち、長身。丸太のような逞しい腕。

仕立ての良い上着の上からでも分かる、鍛え上げられた肉体。


その男――ジョンは、礼儀正しく一礼した。


「アンリバッハ辺境伯家の三男、ジョンと申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。」


ヒルダは、じっと彼を見つめた。


そして。


「……条件通りだわ!!」


思わず声が漏れた。


「ヒルダ。」


クロードが小声で窘める。


「……失礼いたしました。」


ヒルダは咳払いをした。

だが、目の輝きは隠しきれていなかった。


ジョンもまた、目の前の美しい令嬢を見て、わずかに頬を赤らめていた。


今まで縁談がまとまらなかった男である。

ここで失敗するわけにはいかない。


ジョンは背筋を伸ばした。


「まぁまぁ、立ち話もなんだし……お茶でも飲みながら、ゆっくりお話なさい。」


パトリシアに促され、各々着席した。


***


そして、お見合いという名の…………


ハワード伯爵家による面接が始まった。


「それでは……お話を伺ってもよろしいでしょうか。」


ヒルダも姿勢を正す。


「はい。まず、結婚後は我が家門の名を名乗っていただくことになりますが。」


「私は三男ですので、問題ありません。」


「ありがとうございます。それから、春先から秋に掛けて、領地に熊が出ます。」


「熊の対策ならお任せください。」


ヒルダとクロードの目が、同時に光った。


「……続けてください。」


「はい。」


ジョンは真剣な表情で頷いた。


「熊は本来、森で生きる森の賢者です。

人里に降りて農作物を荒らすということは、森の餌が不足している可能性があります。」


「なるほど……。」


ヒルダは身を乗り出した。


「では、人間が森へ入り込むことで、熊の生活圏を脅かしている場合もあるということですね。」


「その通りです。人は里で、熊は森で。それぞれの生活圏を守ることが重要だと考えています。」


「素晴らしいですわ……!」


ヒルダは感嘆の声を上げた。


「ただし、すべての熊を森へ返せば良いというわけでもありません。」


ジョンの表情が引き締まる。


「人間を餌と認識し、繰り返し人を襲うようになった熊は、住民の安全を脅かします。

そうなれば、捕獲や駆除も含めて対処しなければなりません。」


「……確かに。」


クロードが深く頷いた。


「人命を守ることが最優先だ。原因を考えることと、危険に対処することは別の話だからな。」


「はい。森の環境を守り、人里に熊を引き寄せない工夫をする。そして、危険な個体には適切に対処する。それが必要だと考えています。」


ヒルダは、感動していた。


話が通じる。しかも、理想論だけではなく、現実的な対策まで考えている。


こんな人材が存在したとは!


「……素晴らしいですわ。」


「ありがとうございます。」


ジョンもまた、感動していた。


熊の話をして、ここまで真剣に聞いてくれる女性がいるとは。

これまでの縁談では、熊の話を始めた途端に相手の表情が曇ったものだった。


しかし、目の前の令嬢は違う。

質問までしてくれる。なんという幸運だろう。


「ところで。」


ヒルダが口を開いた。


「筋力についても、お伺いしてよろしいでしょうか。」


「もちろんです。」


ジョンは即答した。


「日頃はどのような鍛錬を?」


「腕立て伏せ、スクワット、重量挙げなどを中心に。食事や休養にも気を配っています。」


「なるほど……。やはり、継続が大切なのですね。」


「はい。鍛えた分だけ、筋肉は応えてくれます。」


ヒルダは深く頷いた。


「筋肉は裏切りませんね。」


「その通りです!」


二人は固い握手を交わした。


「……あの。」


パトリシアが遠慮がちに声を掛ける。


「2人とも、まだお見合いの途中なのだけれど……。」


「ええ、承知しております。」


ヒルダはきっぱりと答えた。


「ですから、必要な確認を進めております。」


「……そう。」


パトリシアは、それ以上何も言わなかった。


その後も、話題は尽きなかった。


「ところで、堤防の維持管理については、どのようにお考えですか?」


ヒルダが尋ねる。


「はい。熊と筋肉は裏切りませんが、堤防は裏切ります。

定期的な点検と補強が不可欠です。増水してからでは遅いですから。」


「おっしゃる通りですわ。平時からの備えが重要ですもの。」


「特に、古い堤防は注意が必要です。見た目に問題がなくても、内部が劣化していることがあります。」


「分かります。帳簿上は問題がなくても、実際の資産状況が健全とは限りませんものね。」


「……なるほど。帳簿と現物の照合ですか。」


「はい!」


二人は、再び深く頷き合った。


「……何の話?」


パトリシアが隣のクロードに小声で尋ねる。


「夫人、堤防の話でございます。」


「伯爵、それは分かるのだけれど……。」


「重要な話です。」


クロードは真剣だった。


「我が領地にも堤防があるのですよ。」


「……そう。」


パトリシアは、そっと紅茶を口に運んだ。


やがて、ヒルダが口を開いた。


「ジョン様。」


「はい。」


「私は、領地を守り、家門を存続させていくことが何より大切だと考えております。

そのためには、夫婦で協力し、困難に立ち向かう必要があると思います。」


「私も同じ考えです。」


ジョンは真っ直ぐにヒルダを見つめた。


「私は、家を継ぐ兄を支えながら、国境警備や領地の管理に携わってきました。

婿養子に入った後も、ハワード伯爵家のために力を尽くす所存です。」


「……ありがとうございます。」


ヒルダは微笑んだ。

そして、ジョンも微笑み返した。


互いに、確信していた。


この人なら、共に歩んでいける。


「ヒルダ嬢!」


ジョンは勢いよく立ち上がり、右手を差し出す。


「私と、結婚していただけませんか!」


「よろしくお願いしますっっ!!」


ヒルダも勢いよく立ち上がり、ガシッッ!と熱い握手を交わした。


「……え?」


パトリシアが目を丸くする。


「……決まりましたな。」


クロードが呆然と呟く。


「はい!」


「はい!」


ヒルダとジョンは、満面の笑みで頷いた。


お見合い開始から、僅か三十分。


こうして、ハワード伯爵家の跡取り娘と、アンリバッハ辺境伯家三男の縁談は、驚くほどの速さでまとまったのである。


なお、この日二人が語り合った内容は、熊害対策、筋力トレーニング、堤防の維持管理、そして領地経営であった。


恋愛小説に出てくるような甘い台詞は、一つもなかった。


しかし2人にとっては、それで十分だった。


「……お父様。」


「何だ、ヒルダ。」


「帰ったら、ジョン様と領地の堤防の資料を確認したいのですが。」


「うむ。私も同席しよう。」


「……まずは、お茶のおかわりでもいかが?」


パトリシアの声だけが、静かにダイニングへ響いた。

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