王太子、無意識に"世界のルール"に喧嘩を売る
ヒルダとジョンが出会って僅か30分で婚約を決めた頃。
レイチェルは父のローゼンベルク公爵と共に王城に来ていた。
王妃が所有する応接室に集うのは、ルクレティア王国国王のアンデルセン4世、シルヴィア王妃とエドワード王太子。
テーブルを挟んで向かいに座るローゼンベルク公爵とレイチェル。
シルヴィア王妃はお茶を一口飲んで、隣で小さくなっている息子を見る。
「………エドワード。」
「はい。」
返事まで小さい。
「恋愛をするな、とは言わないわ。でもねぇ……。」
ティーカップをそっと置く。
「相手の令嬢の気持ちも考えた?」
エドワードは顔を上げる。
「で、ですが!ヒルダ嬢は嫌がる素振りを見せませんでした!」
「影まで使ってヒルダ嬢を追い回して?」
エドワードは言葉に詰まる。
すると、アンデルセン4世が大きく溜め息を吐く。
「………エドワードよ。」
エドワードは、中央に座る父を見る。
「ヒルダ嬢が嫌がる素振りを見せなかったのは、それはお前が王太子だからだ。」
首を傾げる息子に、アンデルセン4世は額に手を当てる。
「王太子であるお前に、一介の伯爵令嬢が無碍にできるわけないだろう。
彼女がお前に会っていたのは、臣下の礼を取っていたからだ。」
「し、しかし………。」
「世界広しと言えど、『勘違いしてんじゃねぇぞ!この馬鹿王子!』と面と向かって罵る令嬢が何処にいるんだ。」
「居るなら、是非とも会ってみたいわね。」
シルヴィア王妃は静かにお茶をすすった。
「対処法を間違えると……下手したら、一族全員の首が飛びかねませぬ。」
向かいに座るローゼンベルク公爵も、静かにお茶をすすった。
項垂れるエドワードを見て、レイチェルは小さく息を吐いて、いつもの穏やかな口調で呼ぶ。
「殿下。」
レイチェルに呼ばれて、エドワードは姿勢を正す。
(………ふふ、子犬みたい。)
レイチェルはいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「小説のような、ロマンチックな恋をしたいとお思いになるのは、悪い事ではございません。」
エドワードはコクリと小さく頷く。
「ですが……。先ほど、両陛下が申されていた通り、ヒルダ嬢が殿下との逢瀬を楽しみにされていたと、本気でお考えに?」
「そ、それは……だって……楽しそうに、領地の話をしてくれるんだ。」
「まぁ、それは良い事です。
では……彼女とお会いになった時の事を思い出してください。
ヒルダ嬢は、小説のヒロインのような甘い言葉を囁いておりましたか?」
エドワードは、ヒルダとの逢瀬を思い出す。
あのキラキラとした目で、領地の小麦の収穫量から特産品のスミレのハチミツの流通ルートの開拓、税収、領民たちの生活に治安維持、熊害対策に洪水対策を、時に拳を握り熱弁していたあの姿…………。
「………いや、一度もない。」
「それがヒルダ嬢からの答えです。」
レイチェルはキッパリと言い切った。
エドワードはガックリと肩を落とす。
「私は………ヒルダ嬢に自分の気持ちを一方的に押し付けて、迷惑を掛けてしまったのだな……。」
「今更気付いたか。」
「自分で気付けただけで、良い方よ。」
両親からの追撃に、エドワードは項垂れる。
レイチェルは一度お茶を飲み、再び姿勢を正す。
「殿下。殿下は王族にございます。
殿下の行動お一つに責任が伴うのですよ。」
「………ああ。私の迂闊な行動で、ヒルダ嬢だけでなく、ハワード伯爵家の立場を悪くしてしまうところだった……。」
「私も、殿下も、まだ若いです。
ですから、殿下が今後、ご自分の行動やお考えに悩まれた際、私も一緒に解決策を考えます。」
「レイチェル……。」
エドワードはゆっくりと顔を上げる。
向かいに座る、幼馴染であり婚約者でもあるレイチェルは、幼い頃から変わらぬ穏やかな笑みを向けてくれた。
「私が誤った道へ進もうとするのなら、殿下が止めて下さい。また、殿下が誤った道へ進もうとされていらっしゃれば、私が止めます。
だって、私たち……夫婦になるのですよ。」
エドワードは鼻の奥がツンとなるのを誤魔化すように、ハンカチを口元で覆って咳払いをした。
「………そうだな。私は……いや、私とレイチェルはこの国の次期国王と王妃……この王国の父と母だ。
レイチェル、君に心配を掛けて本当にすまなかった。
これからも……お互いに手を取り合って、この国を豊かにしていこう。」
「はい。」
アンデルセン4世とシルヴィア王妃は、うんうん、と力強く頷き、ローゼンベルク公爵はホッと胸を撫で下ろした。
「失礼いたします。」
応接室にローゼンベルク公爵の侍従が入って来た。
「旦那様、奥様より報せにございます。」
「どうした?」
「ジョン様とヒルダ嬢の見合い、無事に終えられました。」
「ああ、そうか………。」
ローゼンベルク公爵はホッと安堵の息を吐いた。
妻の歳の離れた従弟で、熊と筋トレと堤防の話しかしない変人。
顔良し、スタイル良しなのに、変人過ぎるせいで、これまで幾度のお見合い………どころか、お見合いにすら辿り着けなかった。
そんな、義理の従弟にようやく春が来たのだ………。
「出会って僅か30分で婚約を決められたそうです。」
「早ぁぁ!!!」
その場の全員の声が綺麗に揃った。
エドワードは、ポツリと呟く。
「………レイチェル。ヒルダ嬢に婚約の祝いとこれまでの謝罪をしたいのだが………同席してくれるかい?」
「そのつもりです。」




