女神様、盛大に人選をミスる
ローゼンベルク公爵邸から戻ったヒルダとクロードは、ジョンと共に早速婚約に関する書類作成をする。
「あとの細かいところは、アンリバッハ辺境伯家とも調整が必要そうだな。」
「はい、公爵夫人を介して両親に連絡します。
早ければ、来週頃には王都に来ると思います。」
「でしたら、ご両親が到着されましたら、日を改めましょう。」
「分かりました。」
そして、ローゼンベルク公爵邸へ戻るジョンを見送った。
「中々に良い青年じゃないか。礼儀正しいし………熊害と土木の知識もある。」
「ようやく見つけましたわ……。ジョン様はまさに運命の人です。」
「そうだな。これで我が家も安泰だ。
ヒルダ、疲れただろう。夕飯まで部屋で休んでなさい。」
「はい。」
父に一礼して、ヒルダは2階の自室へと向かった。
パタン、と扉を閉め、部屋の中央まで来ると………
「………っしゃぁぁぁああああああ!!!」
少年漫画の主人公のような雄叫びを上げた。
その日の夜。
ヒルダは、不思議な場所に立っていた。
一面に広がる白い空間。
足元には雲のようなものが漂い、目の前には、光り輝く衣をまとった美しい女性が立っている。
女性は、ヒルダを見るなり、にっこりと微笑んだ。
「ようこそ、ヒルダ。私はこの世界を司る女神です。」
「……はぁ。」
「…………あら?」
女神は首を傾げた。
「驚かないの?」
「いえ、驚いてはいますけど。」
「もっとこう……神々しいとか、ありがたいとか……!」
「だって、夢でしょ?」
「夢じゃありません!」
女神は思わず声を張り上げた。
ヒルダは、ふむ、と頷く。
「なるほど。では、女神様。私に何か御用でしょうか?」
「ええ、もちろんよ!」
女神は気を取り直し、優雅に微笑んだ。
「ヒルダ。どうして、王太子との恋を拒むの?」
「…………はい?」
ヒルダの眉間に、深い皺が寄った。
「どうしてって……。王太子殿下には婚約者がいらっしゃいますよね?」
「え、ええ。」
「つまり、その婚約者を放り出して、別の女性を選ぶということですよね?」
「そ、それは……物語の展開上……。」
「現実的ではありません。」
ヒルダは即答した。
「王族と公爵家の婚約ですよ?個人同士の恋愛感情だけで解消できるものではありません。
王家と公爵家の関係、貴族社会への影響、後継者問題、外交上の信用……。
それらを全部無視して恋愛を優先するのですか?」
「で、でも!真実の愛があれば!」
「真実の愛で国庫が潤うわけないやろ。生活は楽にならん。」
「…………え?」
「真実の愛で堤防が修繕されるのですか?」
「て、堤防?」
「真実の愛で熊が森へ帰るのですか?」
「熊は関係ないでしょう!?」
「私の領地では関係あります!!」
ヒルダの声が、白い空間に響き渡った。
女神は、思わず一歩後ずさった。
「い、いえ、そういうことではなくて……。
エドワードは王太子としての責務に縛られているでしょう?
だからこそ、一度くらいは自由に恋をしても……。」
「恋をすること自体は否定しておりません。」
ヒルダは冷静に答えた。
「ですが、相手の気持ちを無視して一方的に接近したり、婚約者がいるのに別の女性を追い回したりするのは、恋愛以前の問題です。」
「で、でも、その婚約者は悪役令嬢で……。」
「それ、そっちの都合ですよね?」
女神が固まった。
「…………え?」
「レティシア様は素晴らしい方です。
お会いして、お話しして、私はそう判断いたしました。」
「で、でも、小説では彼女はヒロインを虐めて……。」
「証拠は?」
「えっ。」
「証拠はあるのですか?」
「そ、それは……。」
「証拠もなく公爵令嬢を断罪するのですか? 王太子殿下が?」
ヒルダは、深々と溜め息を吐いた。
「そのようなことをすれば、王太子殿下の信用が失墜します。
公爵家との関係も悪化するでしょう。
場合によっては貴族間の派閥争いに発展します。
そうなれば、国政にも影響が出ます。」
「ちょ、ちょっと待って!そんな大事にするつもりは……!」
「大事になるんですよ、現実は。」
「…………。」
「女神様は、恋愛小説の筋書きと現実の区別がついていらっしゃらないのですか?」
「そ、そんなことはありません!」
女神は慌てて首を振った。
「私は、この世界の幸せを願って……!」
「では、なぜレティシア様を悪役に?」
「そ、それは……物語を盛り上げるために……。」
「人の人生を、物語を盛り上げるための道具にしているのですか?」
「…………っ!」
女神が言葉に詰まった。
ヒルダは腕を組み、さらに続ける。
「そもそも、王太子殿下が恋愛に夢中になって国政を疎かにした場合、その後始末は誰がするのですか?」
「そ、それは……。」
「財務官僚ですか?外交官ですか?それとも、各領地の貴族ですか?」
「…………。」
「改革を進めるのであれば、予算を組み、関係者を調整し、法令を整備し、現場の実務を回さなければなりません。
王太子殿下が恋愛小説の主人公のように振る舞ったところで、勝手に国が豊かになるわけではありません。」
「うぅ……。」
「恋愛脳で国家運営をしていたら、国が滅びますよ。」
女神の目に、うっすらと涙が浮かんだ。
「そ、そんなつもりじゃ……。」
「それと、もう一つ。」
「ま、まだあるの!?」
「ございます。」
ヒルダは、きっぱりと言った。
「レティシア様は、オスカル様が似合いそうな方だと思いました。」
「…………はい?」
「気品があって、知性があって、責任感もある。あのような方が男役を演じられたら、どれほど素晴らしい舞台になるか……!」
ヒルダの瞳が、きらきらと輝き始めた。
「私、感動したのです。あの方こそ、男役トップスターにふさわしいのではないかと!」
「ちょ、ちょっと待って!何の話!?」
「オスカル様です!」
「だから、誰なの!?」
「女神様はご存じないのですか!?」
ヒルダは信じられないものを見るような目を向けた。
「…………。」
女神は、とうとう頭を抱えた。
「どうして……どうしてなの……。」
「何がでしょう?」
「どうして、私が用意した恋愛ルートに乗ってくれないの!?」
「乗る理由がございませんので。」
「王太子と結ばれれば、幸せになれるのよ!?」
「私はもう、幸せになるための相手を見つけました。」
「…………え?」
「ジョン様は、熊害対策についても、領地経営についても、私と同じ考えをお持ちです。
堤防の維持管理についても、具体的な知識をお持ちです。
私は、あの方となら協力して家門を守っていけると判断いたしました。」
「で、でも……恋愛は!?」
「これから育んでいけばよろしいのでは?」
「そ、そんな……!」
「それとも、女神様は私に、婚約者のいらっしゃる王太子殿下と恋愛をして、公爵令嬢を傷つけ、伯爵家の立場を危うくし、国政にまで影響を及ぼせとおっしゃるのですか?」
「ち、違うの! 私はただ……!」
「でしたら、私の選択を尊重していただければと思います。」
ヒルダは優雅に一礼した。
女神はプルプルと肩を震わせる。
「女神様?」
「…………なんなのよ、あなた……。」
「はい?」
目元をこすり、鼻をすすりながら呟く。
「恋愛小説のヒロインに転生させたはずなのに……。どうして領地経営と熊害対策を優先するのよ……。」
女神は、とうとう両手で顔を覆った。
「エドワードも……私の用意したルールから外れてしまうし……。公爵夫人がお見合いセッティングするなんて、聞いてない!」
ヒルダは黙ったまま、女神を見守る。
「しかも、男役トップスターの話まで始めるし……! 私、そんな設定、用意してないわよぉぉぉ!!」
そして。
「人選ミスったぁぁぁぁぁ!!」
女神の悲痛な叫びが、空間に響き渡り、女神は泣きながら帰っていった。
1人残されたヒルダは、首を傾げる。
「………メンヘラかな?」
当然、誰も答えてくれない。
「さてと……。今日も学校だわ。マジで変な夢。」
そして、いつものように、いつもの時間に目を覚ました。




