伯爵令嬢、切腹を覚悟する
出会って僅か三十分で婚約を決めてから、一週間後。
ヒルダは、学園内にある王族専用の応接室にいた。
室内には、エドワード王太子と婚約者のレティシア、その側近であるアリス、王太子側近のトーマス・ケッペル侯爵令息。そして、王太子の妹であるマーガレット王女の姿もあった。
(…………なんか、やらかした?)
ヒルダは澄ました顔でソファに座っていたが、内心は穏やかではなかった。
王族専用の応接室に呼び出され、王太子とその婚約者、さらには王女まで同席している。
何事だろうか。
先日のお茶会では失礼のないように振る舞ったはずだし、婚約についても父に相談のうえで手続きを進めている。
(え、何?私、知らんうちに不敬でも働いた? それともジョン様との婚約に何か問題が……?
これ、私………切腹せなあかん?
私1人の命で収まるのかな?)
そんなヒルダの内心を知る由もなく、エドワードがゆっくりと立ち上がった。
「ヒルダ嬢。」
「はい、殿下。」
「このたびは、私の軽率な行動によって君に迷惑を掛けてしまった。本当に申し訳なかった。」
エドワードは深々と頭を下げるので、ヒルダは目を見開いた。
「…………え?」
続いて、レティシアも立ち上がる。
「ヒルダ嬢。私も、貴女について誤った認識を持っていたわ。
王太子殿下との関係を疑い、女官候補や公妾候補ではないかと考えてしまったこと、謝罪させてちょうだい。」
レティシアもまた、丁寧に頭を下げた。
(えっ、ちょっと待って。王太子殿下だけじゃなくて、レティシア様まで!?)
ヒルダは内心、完全に混乱していた。
すると、今まで静かに座っていたマーガレット王女が、すっと立ち上がった。
「ハワード伯爵令嬢。」
「は、はい!」
「兄が貴女に迷惑を掛けたと聞きました。両陛下の名代として、王家を代表し、私からも謝罪いたします。」
マーガレットは真っ直ぐにヒルダを見つめ、深々と頭を下げた。
(王女殿下まで!?いやいやいや、待って!何でこんな大ごとになってるの!?)
ヒルダは慌てて立ち上がった。
「お、お顔をお上げくださいませ!」
三人が顔を上げると、ヒルダは一度、呼吸を整えた。
そして姿勢を正し、エドワードとマーガレットへ向き直った。
「王太子殿下、王女殿下。謝罪は受け入れました。
しかし、そのように臣下に対して深々と頭を下げてはなりません。」
室内が静まり返った。
エドワードが、驚いたように目を瞬かせる。
「……だが、私が君に迷惑を掛けたのは事実だ。」
「はい。その点について、殿下がご自身の行動を顧みてくださったことは、ありがたく存じます。」
ヒルダは落ち着いた口調で続けた。
「ですが、殿下は王太子でいらっしゃいます。王女殿下もまた、王家のお立場にあられる方です。
臣下に対して誠意を示されることは大切ですが、王族としての威厳を損なうような振る舞いは、どうかお控えくださいませ。」
マーガレットは、わずかに目を見開いた。
ヒルダは二人を責めるような口調ではなかった。
むしろ、二人の立場を案じているようにさえ聞こえた。
「今回の件は、私個人への謝罪として、確かに受け取りました。
ですから、どうかお顔をお上げください。私も、これ以上この件を問題にするつもりはございません。」
エドワードは、しばらくヒルダを見つめ、やがて、静かに頷く。
「……ありがとう、ヒルダ嬢。君の言葉を肝に銘じよう。」
「ありがとうございます、ハワード伯爵令嬢。ご忠告、心に留めておきます。」
マーガレットも、真摯な表情で答えた。
その様子を見ていたレティシアが、ほっと息を吐く。
「ヒルダ嬢、貴女は本当に……。」
「はい?」
「いえ。貴女が殿下との恋愛に興味を持っていない理由が、少し分かった気がするわ。」
「…………。」
(それ、どういう意味でしょうか。)
ヒルダは澄ました顔のまま、心の中で首を傾げた。
すると、王太子側近のトーマスが、そっと咳払いをした。
「殿下。ハワード伯爵令嬢も、そろそろ授業のお時間ではないでしょうか。」
「ああ、そうだったな。」
エドワードは姿勢を正し、ヒルダに向き直った。
「ヒルダ嬢。改めて、申し訳なかった。今後は、自分の立場と行動に責任を持つと約束する。」
「はい。殿下のお言葉、確かに承りました。」
ヒルダは優雅にカーテシーをした。
そして、心の中で盛大に叫ぶ。
(…………ぁぁあああ!!!よかったぁぁぁ! 不敬罪とか婚約破棄とか、そういう話じゃなかったぁぁぁ!!)
澄ました顔のまま、ヒルダは王族専用の応接室を後にした。
残された一同は、その背中を見送る。
「……兄上。」
マーガレットが、静かに口を開いた。
「今後は、もう少し慎重に行動してくださいませ。」
「……分かっている。」
「本当に?」
「…………分かっている。」
レティシアとアリス、そしてトーマスは、そっと顔を見合わせ、小さく笑った。
王太子の前途は、まだまだ多難なようであった。




