伯爵令嬢、世界から恋愛イベントの招待状を受け取ってしまった
ある日。
ヒルダは中庭で1人、読書をしていた。
「ヒルダ、こんなところに居たのか。」
「あら、珍しいわね。ペトロ。」
隣に座ったのは、高等部3年である従兄のペトロだった。
「まだ婚約者を見つけられていなんだってな〜。」
「そうなの〜。中々に難しいわね。やっぱり、王都のお坊ちゃまたちには、熊対策は難しいか……。」
「………領地経営は熊だけじゃないぞ。」
ペトロは小さく溜め息を吐く。
「知ってる。」
「だったら、その条件を外して探すしか……。」
「お父様とタイマン張れるぐらい?」
「違う、そうじゃない……。」
「ペトロはどうしてここに?」
「ミアと待ち合わせだよ。」
ミアはペトロの婚約者であり、ヒルダの友人の1人でもある。
「あらま〜、仲がよろしいことで〜。」
ヒルダは茶化すようにニヤニヤと笑う。
「なんで君は人の恋愛になると、途端におっさんのようになるんだ……。」
「だって、見てる方が楽しい。」
「良い性格してるよな……。」
「ありがとう!」
「褒めたんじゃない!!」
「知ってる!!」
そんな話をしていると、ペトロを迎えに来たミアがやって来た。
2人の背中を見送ったヒルダは、本に目線を落とす。
「……ミアを泣かしたら、許さん。」
そして、ポツリとつぶやく。
「浮気したら、残りの人生で償ってもらうからな。」
銀◯の『天下のクソ親父』と同じことを言い出した。
その時、さぁぁっと強い風が吹き、ヒルダは慌てて本を閉じる。
「季節風かな……。」
ヒルダの金髪が風になびき、絹のようにキラキラと舞う。
やがて風が収まり、少し乱れてしまった髪を手櫛で整えていると、人の気配がしたので振り返る。
そこに立っていたのは、王太子のエドワードだった。
ボーッとした表情で、ヒルダを見つめていた。
ヒルダは一瞬キョトンとしたが、慌てて立ち上がり、エドワードへカーテシーをする。
「王太子殿下におかれましては……ご機嫌よろしゅう。」
身分にうるさい世界だ。王族への挨拶を怠るのはタブーである。
エドワードはハッとした顔をして、ヒルダに近付き、その前に立つ。
「君は……。」
「ハワード伯爵家の長女、ヒルダと申します。
王太子殿下にお目に掛かれまして、光栄にごさまいます。」
ヒルダは更に深く頭を下げる。
(ああ……今だに慣れん……。)
前世では一般家庭で育ったのだから、貴族特有の挨拶には今だに慣れていない。(ただし、所作は完璧。)
「………楽にしてくれ。」
「ありがとうございます。」
ヒルダはようやく、姿勢を正した。
(ああ〜、腰痛い。)
澄ました顔をしているが、心の中で呟いた。
「ここには、よく来るのかい?」
「はい。静かに読書が出来ますから。」
「そうなんだ……。」
エドワードはふっと笑う。
「読書の邪魔をして悪かったね。」
それだけ言って、エドワードはその場を後にした。
「………やっば、本見られてないよな?」
ヒルダはベンチに置かれている本を慌てて手に取る。
『一から学ぶ交渉術〜応用編〜』と書かれた本のタイトル。
とても、女子生徒が読む本ではないのは、ヒルダも分かっている。
だが、ハワード伯爵家の跡取りである以上、商人や銀行の交渉は必要不可欠だ。
「まぁ、本読んだだけじゃダメなんだけどね〜。今度、お父様に交渉場に連れてって貰おうかな〜。」
ヒルダはベンチに座り直し、ふと空を見上げる。
「………さっきの………なんかデジャブ……。」
背後に宇宙が広がる。
「さっきの展開……なんか……どっかで見たような……。」
すると、雷を撃たれたような衝撃が全身を駆け巡る。
「ヒルダ………エドワード………公爵令嬢レティシア…………。」
そっと目を閉じた。
「おい、マジか……。」
ヒルダは全てを思い出した。
いま、自分が生きているこの世界は………。
前世で、職場の先輩と「なんでコレ人気なん?」とツッコミしながら読んでいた、恋愛部門年間ランキング1位のweb小説の世界であることを……。
「嘘やろ……?よりによって、あの作品なの?」
ヒルダは頭を抱えた。




